ヤンマーテクニカルレビュー

舶用水素燃料電池システムの開発

Abstract

Amid a rapid upsurge in global efforts to reduce GHG emissions, hydrogen is increasingly being recognized for its potential as a clean energy source able to replace fossil fuels.
Yanmar Power Technology Co., Ltd. is working to become a global leader in the green powertrain technology business by 2050, including through the development of powertrain technologies that use hydrogen as a fuel.
This article describes the development of a maritime hydrogen fuel cell system, its use in a hydrogen-powered test boat, and the world’s first 70 MPa high-pressure hydrogen refueling of the boat.

1.はじめに

世界中でGHG排出削減に向けた取組みが急激に加速している中、化石燃料に変わるクリーンなエネルギー源の一つとして「水素」が注目を浴びています。海事分野においては、2018年に国際海事機関(IMO)がGHG削減戦略を採択し、今世紀中のなるべく早期に国際海運からのGHG排出ゼロを目指すとともに、2050年までにGHG総排出量を50%以上削減(2008年比)する目標が掲げられています(1)。さらに、最近ではこれらの目標達成時期の前倒しが検討されており、欧州や米国では都市部や環境保護地域、大規模港湾等におけるNOX排出削減に向けた取組みも加速しています(2)(3)(4)
このような背景から、特に沿岸旅客船や港湾内作業船への水素燃料電池の搭載検討が活発化しており、2020年代前半に就航を目指す水素燃料電池船のプロジェクトが国内外で複数存在しています(5)(6)(7)(8)
本稿では、舶用水素燃料電池システムの開発と実証試験艇の概要、及び世界初の船舶に対する70MPa高圧水素の充填について紹介します。

2.水素燃料の可能性

ヤンマーパワーテクノロジー株式会社は、2050年にグリーンなパワートレイン技術でグローバルリーダーになることをビジョンとして掲げており、水素を燃料としたパワートレインの技術開発に取り組んでいます(図1)。

図1 水素燃料パワーソースの開発ロードマップ
図1 水素燃料パワーソースの開発ロードマップ

この中でも、水素燃料電池は比較的早期に小型の船舶から導入が見込まれ、船の電動化における一つの手段として開発を進めています(図2)。

図2 船種(出力×航続時間)毎に想定されるパワートレイン
図2 船種(出力×航続時間)毎に想定されるパワートレイン

3.舶用水素燃料電池に関する取組み

ヤンマーでは、これまで国土交通省からの受託研究や環境省の補助事業への参画等を通じて、舶用燃料電池システムに関する技術開発および燃料電池船の実証試験や船舶への水素供給方法の検討等を実施してきました(図3)。また、2020年度には、トヨタ自動車株式会社製MIRAI用燃料電池ユニットを活用した舶用燃料電池システムを開発し、高圧水素タンクとともに搭載した実証試験艇を建造して実証試験を開始しました(9)(10)(11)。さらに2021年度には、本実証試験艇を用いて、世界初となる移動式水素ステーションから海上係留船舶への70MPaの高圧水素充填を実施しました(12)。本実証試験艇は、国土交通省の「水素燃料電池船の安全ガイドライン」に初めて正式に準拠した船舶であり、実運用に向けた船舶特有の課題の抽出および対策の評価等を実施しています(13)

図3 ヤンマーの舶用燃料電池に関する取組み
図3 ヤンマーの舶用燃料電池に関する取組み

4.ヤンマー水素燃料電池船「EX38A(FCプロト艇)」

4.1.船体概要

今回開発した実証試験艇は、ヤンマーマリンインターナショナルアジア株式会社製のプレジャーボート「EX38A」の船型をベースとして建造しました(図4)。船内の居住性を確保するために、燃料電池システム、高圧水素タンク、リチウムイオン電池、推進モータ等の主要機器は全て甲板下の船体内部に搭載しています(図5)。

図4 EX38A(FCプロト艇)の外観と主要目
図4 EX38A(FCプロト艇)の外観と主要目
図5 搭載機器レイアウト
図5 搭載機器レイアウト

4.2.燃料電池システム

本試験艇に搭載した燃料電池システムは、MIRAI用燃料電池ユニットをベースとして「水素燃料電池船の安全ガイドライン」や船体搭載スペース等を考慮した上で、構成機器やレイアウト、冷却方式等を変更しています(図6)。変更点の一例として、MIRAIでは、スタッククーラントを空冷式熱交換器で冷却していますが、本試験艇では、海水を用いた水冷式熱交換器で冷却することにより、熱交換器の大幅な小型化と高出力連続発電時のスタック温度上昇の抑制を実現しています。また、燃料電池システムはリチウムイオン電池や推進用インバータを含めて、パワーマネジメントコントローラによって統合的に監視・制御されています。一般的に、船舶の推進負荷は海象状態や航行状態によって急激に変動する場合がありますが、本試験艇ではリチウムイオン電池の充放電による出力アシスト/吸収や、モータの回転数制限による推進負荷低減等を自動的に行うことにより、安定した航行を実現しています。

図6 燃料電池システムの構成
図6 燃料電池システムの構成

4.3.高圧水素充填

水素燃料電池船の航続時間を確保するためには、より多くの水素燃料タンクを搭載する、もしくは水素の充填圧力を高める必要があります。本実証試験艇に搭載した高圧水素タンクは、MIRAI用高圧水素タンクを片舷で4本並列に接続した構成となっており、70MPaまでの高圧水素充填が可能です。そこで、商用の移動式水素ステーションを活用して水素燃料電池船への高圧水素充填を行うために、高圧水素充填ホースを複数本連結し、FCV(Fuel Cell Vehicle)用の水素充填口、高圧水素配管、緊急離脱カプラ等を組合せて、移動式水素ステーションに接続可能な水素充填系統中継設備を開発しました(図7)。なお、移動式水素ステーションからの充填にあたっては、経済産業省、大阪市消防局、大阪港湾局、国土交通省、海上保安庁らと事前に調整を行い、特別に許可を得た上で行いました。

図7 移動式水素ステーションから試験艇への水素充填風景とシステム構成
図7 移動式水素ステーションから試験艇への水素充填風景とシステム構成

本実証試験では、複数条件の初期圧力と昇圧率における水素充填を実施し、目標圧力まで充填した際のタンク到達温度等を検証しました。一例として、外気温が約26℃、初期圧力が約6MPaの状態から昇圧率5MPa/minで水素充填を行ったところ、タンク許容上限温度85℃に到達する事なく、目標圧力(約74MPa)まで充填することが確認できました(図8)。なお、移動式水素ステーション内の蓄圧器容量が試験艇の水素タンク容積に対して十分な大きさで無いため、約50MPaまで水素充填した時点で、蓄圧器の復圧運転を行い、復圧後に目標圧力まで充填する運用としました。したがって、見かけ上の充填時間が長くなっていますが、これは定置式水素ステーションを舶用に展開することで解決が図れると考えています。

図8 移動式水素ステーションから試験艇への水素充填結果
図8 移動式水素ステーションから試験艇への水素充填結果

4.4.航行試験

航行時の負荷追従性を検証するために、燃料電池システムの出力上限値を184kW(92kW×2台)に設定し、推進負荷がモータ定格出力の約110%(275kW)になるまでモータ回転数を急激に変化させた際の航行試験結果を図9に示します。推進負荷が燃料電池システムの出力上限値以下の状態においては、ほぼ燃料電池システム出力のみで推進負荷に対応しています。一方、推進負荷が燃料電池システムの出力上限値以上の状態になると、リチウムイオン電池による出力アシストによって推進負荷に対応しています。

図9 負荷追従性の航行試験結果
図9 負荷追従性の航行試験結果

5.おわりに

ヤンマーでは、化石燃料に変わるクリーンなエネルギー源の一つとして水素に着目してパワートレインの開発・実証を行っており、その中でも水素燃料電池システムは2023年にいち早く商品化することを発表しています。本稿では、国土交通省の「水素燃料電池船の安全ガイドライン」に初めて正式に準拠した実証試験艇、及び世界初の船舶に対する70MPa高圧水素の充填について紹介を行い、舶用分野における次世代パワートレインとして水素燃料電池システムの可能性を示しました。今後は舶用分野を皮切りに、定置式発電機といった陸用分野への多用途展開も考えており、このためには欧米に先行した標準規格づくりなど、国や業界関係者との密な連携が必要となります。今後も国や業界関係者皆様のご協力を賜りつつ、ヤンマーグループとして水素社会の実現に向けて貢献していきたいと思います。

参考文献

  • (1)IMO、ACTION TO REDUCE GREENHOUSE GAS EMISSIONS FROM INTERNATIONAL SHIPPING、2018
  • (2)国土交通省プレスリリース、国際海運の温室効果ガス(GHG)排出削減目標を強化することで合意
    https://www.mlit.go.jp/report/press/kaiji07_hh_000221.html
  • (3)City of Amsterdam、Clean Air Action Plan、2019
  • (4)San Pedro Bay Ports、Clean Air Action Plan、2017
  • (5)HySeasIII、https://www.hyseas3.eu/
  • (6)FLAGSHIPS、https://flagships.eu/
  • (7)日本郵船(株)プレスリリース、高出力燃料電池搭載船の実用化に向けた実証事業を開始
    https://www.nyk.com/news/2020/20200901_01.html
  • (8)岩谷産業(株)プレスリリース、水素燃料電池船と船舶用ステーションの開発を開始
    http://www.iwatani.co.jp/img/jpn/pdf/newsrelease/1402/20210721_news.jp.pdf
  • (9)丸山ほか4名、日本マリンエンジニアリング学会誌、第56巻5号、(2021)51-56
  • (10)丸山ほか4名、燃料電池、vol.21、No.3(2022)p.59-64
  • (11)丸山ほか4名、水素エネルギーシステム、vol.47、No.2(2022)p.116-121
  • (12)ヤンマーホールディングス(株)プレスリリース、世界初となる船舶への70MPa高圧水素充填を実施
    https://www.yanmar.com/jp/marinecommercial/news/2021/10/13/98421.html
  • (13)国土交通省プレスリリース、水素燃料電池船の安全ガイドライン
    https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk7_000040.html

著者

ヤンマーパワーテクノロジー株式会社 特機事業部 システムエンジニアリング部

平岩 琢也

ヤンマーパワーテクノロジー株式会社 特機事業部 システムエンジニアリング部

品川 学

ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 中央研究所

丸山 剛広

ヤンマーマリンインターナショナルアジア株式会社 開発部

木村 行彦

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