丸山剛広(マルヤマ タケヒロ)
ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 中央研究所 基盤技術研究センター 新パワーソースグループ。
2016年入社。前職より携わっていた燃料電池システム開発の経験を活かし、2018年より舶用水素燃料電池システム開発のプロジェクトリーダーを務める。
2021.11.12
近年、脱炭素社会への移行に向けて、電気自動車や水素燃料電池自動車などに代表されるモビリティの電動化が急速に進展しています。船舶分野においても、リチウムイオンバッテリや水素燃料電池の発電電力でモーターを駆動して航行する電動化技術の開発が加速しています。
ヤンマーでは、電動化技術開発の一つとして、トヨタ自動車製の燃料電池自動車「MIRAI」の部材を活用した舶用水素燃料電池システムの開発、および試験艇による実証試験を通じて、実用化に向けた開発に取り組んでいます。
今回のY mediaでは、この実証試験艇に試乗し、水素燃料電池によって新たに創出される付加価値についてレポートします。
水素燃料電池は、水素(H2)と空気中にある酸素(O2)を反応させて電気をつくります。エンジンなどの内燃機関とは異なり、排出されるのが水だけであり、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスや窒素酸化物(NOx)などの大気汚染ガスを一切排出しません。その為、「脱炭素社会のゼロエミッションなパワーソース」として注目されています。
マリーナの桟橋に係留されている実証試験艇は、そのスタイリッシュなデザインで一際目立っていました。船に乗り込んだとき、最初に感じたことは、エンジン船特有の燃料やオイル類の臭いがまったくしないこと。
期待が高まり、いよいよ出港へ。
モーター駆動のプロペラが回転し、実証試験艇はゆっくりと桟橋から離れます。マリーナから出ると、実証試験艇はスピードを上げていきます。力強くグングンと加速していくにも関わらず、船内はとても静かで、振動も少ないことに驚かされます。
丸山:「ゼロエミッションであるだけでなく、エンジンと比べて、静かなこと・振動が少ないこと・臭いが無いことも、水素燃料電池の特長です。例えば、エンジン船では船上で会話する際に相手の声が聞き取りにくかったり、排ガスの臭いで気分が悪くなったりすることもありますが、水素燃料電池船ならその心配はありません」
従来はエンジンの騒音で影を潜めていた、船が水を切って進む音が、“水上の疾走感”を盛り上げてくれます。さらに、排ガスの臭いがないので、“潮の香り”を楽しむこともできます。このような水素燃料電池の特長を活かして、例えば遊覧船や屋形船などの旅客船に新たな付加価値を提供する事が出来ると思います。
一方で、今回の実証試験を通じて、舶用水素燃料電池システムの実用化に向けて見えてきた課題もあります。
丸山:「燃料となる水素の体積エネルギー密度が軽油やガソリンよりも小さい為、従来のエンジン船と比べると、どうしても燃料の搭載に必要なスペースが広くなってしまいます。また、今回の実証試験では、移動式水素ステーションを用いて70MPaの水素を船体に充填しましたが、船舶用水素ステーションは未だ検討段階であり、商用には存在していません。加えて、燃料電池を搭載した船舶に関する規格やルールが策定途上段階である為、船体設計や運用方法の検討に時間がかかることも課題です。これらの課題は我々だけで解決できるものではありませんので、今回の実証試験で得られた結果や、国や自治体や企業などとの繋がりを活かして、関連各所と一緒に解決していきたいと思います。」
単に舶用水素燃料電池システムを作るだけでなく、その実用化に向けて多岐に渡った活動をされていることを知り、脱炭素社会への移行に向けた本気度を感じました。
ヤンマーでは、2023年の市場投入を目指して、舶用水素燃料電池システムの開発を進めています。また、船舶以外でも、陸用発電機や港湾荷役機械など、様々な用途への展開が期待されています。
平岩:「まずは、舶用水素燃料電池システムをきちんと事業化すること。その後は、カーボンニュートラルポート(CNP)向けの陸用発電機などを含めて、用途を拡大していきたいです。」
今回の試乗を通して、「水素燃料電池で船が走る時代が来たことを実感すると共に、その静かさ、振動の少なさ、臭いの無さなど、水素燃料電池が創出する新たな付加価値」を肌で感じることができました。水素供給インフラの整備や関連ルールの整備など、実用化に向けた課題はありますが、近い将来、ヤンマーの水素燃料電池システムが水上や陸上のフィールドで活躍しているでしょう。
■実証試験艇(主項目)
船体型式 :EX38A (FCプロト艇)
総トン数 :7.9トン
全長/全幅 :12.4メートル / 3.4メートル
推進モーター(定格出力):250kW
燃料電池システム(最高出力): 92kW x 2基
水素タンク :70MPa高圧タンク x 8本
リチウムイオン電池(公称容量): 32kWh
航海速力(最高速度):22ノット
定員:10名
丸山剛広(マルヤマ タケヒロ)
ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 中央研究所 基盤技術研究センター 新パワーソースグループ。
2016年入社。前職より携わっていた燃料電池システム開発の経験を活かし、2018年より舶用水素燃料電池システム開発のプロジェクトリーダーを務める。
平岩琢也(ヒライワ タクヤ)
ヤンマーパワーテクノロジー株式会社 特機事業部 システムエンジニアリング部 。
2012年入社。国土交通省委託事業のプロジェクトなどに参画。本プロジェクトにおいては、舶用水素燃料電池システムの開発に欠かせないルール対応などを主に担当している。