Vol.9 植物の力を活かした適正な施肥

植物は光合成のエネルギーを糖の形で蓄えます。その糖から高いエネルギー状態のATP(=アデノシン3リン酸)をつくり、ADP(=アデノシン2リン酸)へと変化させ、エネルギーを取り出して成長します。ATPとADPは繰り返し生成され、何度も使用できるバッテリーのような役目を持ちます。このPがリン酸です。
今回はそのリン酸を中心に、植物の栄養吸収と施肥について考えてみたいと思います。

高騰する肥料原料と施肥過剰な日本のほ場

近年、発展途上国の食糧事情の変化やバイオ燃料用穀物生産のため、肥料の需要が高まっています。特にリン鉱石は50〜100年で枯渇すると予想され、価格が高騰し、世界的な資源の争奪が起こっています。

しかし、そのような状況でも、わが国は肥料の過剰施用傾向にあります。(表1)は、作物の養分吸収量と施肥量の調査結果です。窒素とカリは養分吸収量と同等かそれ以下の施肥量ですが、リン酸は吸収量の2〜4倍も施肥されています。なぜリン酸は過剰投与されるのでしょうか。

(表1)三大栄養素の養分吸収量と施肥量

作物 収量(kg/10a) 窒素(N)(kg/10a) リン酸(P2O5)(kg/10a) カリ(K2O)(kg/10a)
養分吸収量 施肥量 養分吸収量 施肥量 養分吸収量 施肥量
水稲 596 11.1 8.0 5.5 9.1 15.7 8.7
小麦 477 12.0 11.1 4.5 16.6 14.8 9.6
大豆 296 20.5 2.0 4.8 16.0 9.5 10.0
キャベツ 429 27.2 23.2 7.0 20.0 29.1 23.0
タマネギ 736 14.7 19.9 7.2 30.2 18.8 19.6

【1996年 農業環境技術研究所より】

リン酸吸収係数と可給態リン酸

①リン酸吸収係数の高い火山灰土壌

リン酸が土壌に施用されると、植物はこれを吸収します。しかし同時に土壌中の鉄やアルミニウムと急速に結合し、作物に吸収されにくいアルミニウム型リン酸や鉄型リン酸として土壌に固定、つまり難溶性になります(※)。
特に、火山灰土壌はアルミニウムを多く含むので、リン酸は作物に吸収される前にアルミニウムと結合し、少量の施用ではリン酸欠乏を引き起こしやすいといわれています。

  •  ※リン酸吸収係数とは、このようにリン酸が土壌に固定される指標です。

②急速に吸着される有効態リン酸

土壌に固定されたリン酸に対し、植物が吸収できるリン酸を「有効態リン酸(=可給態リン酸)」といいます。(図1)は、火山灰土壌に水溶性の過リン酸石灰を施用し、施肥後の可給態リン酸量をトルオーグ法(※)により測定した結果です。可給態リン酸は7日後には約30%、30日後には10%まで減少し、土壌へのリン酸固定の速さがわかります。
日本では戦後、火山灰土壌地帯のリン酸肥沃度を改良するために、大量のリン酸資材が投入されてきました。火山灰土壌ではリン酸が固定され吸収されにくいという観念と、低温時でのリン酸施用が発芽や生育を促すという理由から、今でも大量の施用が続けられています。

  •  ※トルオーグ法は、有効態リン酸の測定法のひとつ。リン酸の肥沃度を測定する方法には色々あるが、ここでは日本の標準測定法であるトルオーグ法を用いています。
(図1)土壌の有効態リン酸量の推移

(図2)は、国内のリンの循環量を表したものです。肥料として持ち込まれる以上に、土壌に蓄積されています。
このような事情から、平成20年の地力増進法改正では、土壌の有効態リン酸の上限値が設定され、減肥の取り組みが行われています。

(図2)国内のリン循環量

固定されたリン酸の活用

①固定されたリン酸を利用する落花生

アメリカの作物学の教科書には「落花生は、土壌に固定されたリン酸を利用できる奇妙な能力を持っている。例えばトウモロコシで確実な収量を得るためには、リン酸の施用が必要だが、もし落花生を栽培するならば、そのような作物の後作に行うと、前作で土壌に固定されたリン酸を利用できる」と書かれています。

(表2)はこのことを裏付ける実験結果です。「未耕地」は、これまでリン酸肥料を施したことのない畑で、「慣行施用地」はリン酸肥料を30年間施した畑です。
ソバは慣行施用地では410kgの乾物重ですが、未耕地はわずか24kgでリン酸吸収量もほとんどありません。一方落花生は、慣行施用地、未耕地ともに生育が旺盛です。とりわけ子実重は未耕地の方が多くなっています。これは先の教科書にあった落花生の能力を示すものです。

この能力は、落花生が根から分泌した有機酸で難溶性のリン酸を溶解していると考えられていました。
しかし、落花生は根からあまり分泌物を出さず、また根毛もないため、リン酸吸収のための土壌との接触面積が限られています。

(表2)落花生とソバのリン酸吸収

  乾物重<子実重>
(kg/10a)
リン酸吸収量
(kgP/10a)
根長
(m/m-2
落花生 未耕地 659<269> 0.89 300
慣行施用地 826<236> 1.36 424
ソバ 未耕地 24<—> 0.01 484
慣行施用地 410<—> 0.52 588

【2012年 阿江・松本らより】

では、どのように難溶性のリン酸を吸収しているのでしょうか。
最近の研究で、この吸収機構は根の表面のキレート活性(※1)によるものであることが明らかになってきました。根の表面はCEC(※2)と同様の塩基交換反応で、難溶性のリン酸から鉄やアルミニウムを引き剥がしてリン酸を溶解させ、吸収していたのです(図3)。そして、根の表面が鉄やアルミニウムで飽和状態になると、それ以上の吸収能力を失いますが、根の表面は2週間程度で脱落し、新しい根の表面が形成され、継続的にリン酸を溶解・吸収できるのです。

  •  ※1:キレートとは「蟹のはさみ」の意味で、鉄やアルミニウム原子を挟み込んで強く結合できる能力のこと。
  •  ※2:CEC(陽イオン交換容量)とは、陽イオンを吸着・保持する能力のこと。CECが多いほど、養分を保持する能力が高い土壌と言えます。
(図3)落花生の難溶性リン酸の溶解と吸収

②補給型施肥基準について

最後に岩手県で行われている適正施肥の取り組みをご紹介します。
岩手県では、充分な養分量がある土壌に対して、「栽培で土壌から持ち出された養分を補給する」という考え方で平成21年に施肥基準が提案されました。(表3)は、従来型の標準施肥量と補給型の施肥量の比較です。
窒素とカリでは若干の減肥にとどまっていますが、リン酸は大豆で70%、タマネギで80%と、施肥量を大きく削減しています。

(表3)岩手県の標準施肥基準と補給型施肥基準

作物 目標収量(kg/10a) 標準の施肥量(kg/10a) 補給型の施肥量(kg/10a)
窒素(N) リン酸(P2O5 カリ(K2O) 窒素(N) リン酸(P2O5 カリ(K2O)
水稲 540 5.0~8.0 10.0 10.0 5.0~8.0 5.0 5.0
小麦 420 6.0~10.0 20.0 12.0 6.0~10.0 2.0 11.0
大豆 252 1.0~4.0 15.0 10.0 1.0~4.0 4.0 7.0
初夏どりキャベツ 4,500 18.0 20.0 16.0 18.0 6.0 8.0
タマネギ 6,000 25.0 30.0 25.0 25.0 5.0 20.0

【岩手県データより作成】

このように、これまでの慣例にとらわれず、植物の肥料吸収のメカニズムから適切な施肥量を見直し、栽培コストや環境負荷低減に取り組んではいかがでしょうか?

阿江 教治(あえ のりはる)

1975年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
1975年 農林水産省入省。土壌と作物・肥料を専門に国内、インド、ブラジルなど、各国にて研究を行う。その後、農業環境技術研究所を経て、2004年 神戸大学大学院農学研究科教授(土壌学担当)。
2010年 退職。現在、酪農学園大学大学院酪農学研究科特任教授、ヤンマー営農技術アドバイザーをつとめる。

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