土づくりのススメ - 深掘!土づくり考
Vol.1 有機農業を科学する
有機農業に対する誤解
環境への配慮や健康志向の高まりから有機農業が注目され、各地でさまざまに取り組まれています。しかし、有機農業の定義があいまいなことから、無農薬栽培と同義で捉えられるなどイメージが先行し、誤解も生じているようです。
そこで、第1回目は有機農業を科学的に捉え、そのメカニズムを最新の事例とともに解説します。
作物は無機態窒素で大きくなる 有機物と栄養吸収の仕組み
作物は栄養素を肥料や土壌から吸収し生長します。その中でも窒素は生長に必要なタンパク質の元となる重要な要素で、作物はアンモニアや硝酸のような無機態で吸収することがわかっています。では、有機質肥料からはどのように窒素を吸収するのでしょうか。
有機物は土壌に投入されると微生物のエサになり分解されていきます。
そして、微生物が増殖と死滅を繰り返し、その死がいも別の微生物のエサになり、循環利用され、最終的にはアンモニアや硝酸などの無機態窒素となります。
作物はこれを吸収しているのです(図1)。
有機質肥料と品質・食味の関係は明らかではない
このように有機物は微生物の分解により無機態窒素(アンモニア・硝酸)へ変化して作物が吸収できる形になります。
ここで注目してほしいのが、植物が吸収している無機態窒素と、化学肥料のアンモニアや硝酸とは成分として同じであるということです。有機農産物はおいしいというイメージがありますが、化学肥料だけでも食味の良い野菜をつくっている方もあります。
現在のところおいしい理由が有機栽培によるものかどうかはまだ解明されていません。
明らかになってきた窒素吸収形態
しかし、最近の研究では、作物の窒素吸収形態にこれまでの常識にはない新しい事例が報告されています。
(表1)は、ホウレンソウの生育を肥料の違いにより比較したデータです。この試験では、土壌に①化学肥料のみ、②有機物+化学肥料、③有機物のみの3つに分けて施用し、収量と体内品質を示す硝酸濃度について計測しました。その結果、③の有機物施用区ではホウレンソウの収量も多く、体内の硝酸濃度も低いことがわかりました。
(表1)肥料の違いによるホウレンソウの生育比較
区分 | 窒素量(kg/10a) | 収量(t/10a) | 硝酸濃度(mg/10a) | |
---|---|---|---|---|
① | 化学肥料のみ | 20 | 4.11 | 3280 |
② | 化学肥料 有機物(4t/10a) |
20 24 |
5.22 | 2690 |
② | 有機物のみ(4t/10a) | 24 | 5.13 | 2266 |
(岩手県データ 小田島ら 2006から)
また、別の試験において、作物種の違いによる比較も行ってみました。ピーマン、リーフレタス、ニンジン、チンゲンサイ、ホウレンソウの5作物を①化学肥料(硫安)のみ、②有機物(菜種油かす)のみ、③無肥料の3つの試験ポットで栽培し、窒素吸収量を比較してみました。
その結果、ピーマンやレタスは、化学肥料区でよく窒素を吸収する一方、ニンジン、チンゲンサイ、ホウレンソウでは逆に有機物区での窒素吸収量が高く、野菜の種類により反応する肥料が異なる結果となりました(図2)。
冬作物には、堆肥が効く
なぜこのような現象が起こったのでしょうか。
同じ量の窒素成分を持つ有機物を施用したにも関わらず、ニンジン、チンゲンサイ、ホウレンソウといった一部の冬作物は、化学肥料よりも高い窒素吸収量を示しています。
つまり、これらの作物は、有機物が無機態に変化する前の有機態(可給態窒素)の段階で、窒素成分を直接吸収すると考えられます。
古くから「冬作物には、堆肥が効く」という言葉があります。試験結果はそれを裏付けるものとなりました。いにしえの人は、経験的にこのことを知っていたのでしょう。
有機窒素を直接吸収できる タンパク様窒素PEON
先の試験結果を受け、直接吸収できる窒素成分をさらに研究した結果、冬作物では、微生物の分解により生成されるタンパク様窒素のPEONを直接吸収していることがわかりました。
一般的に冬作物は日照が少ないため、無機態窒素を吸収しても、光合成による糖の合成が弱くなります。そのため、生長する速度が遅く、吸収した硝酸態窒素の利用が遅れ、体内に多くたまることになります。
しかし、ニンジン、チンゲンサイ、ホウレンソウといったPEON吸収能力を有する作物は、吸収したPEONに含まれる糖を細胞の成長に利用することで光合成不足を補い、日照の少ない冬場においても、旺盛な生長を示すのです(図3)。
有効な作物種と施用方法を知り適切な有機物施用を
実験結果が示すように有機物の施用効果は作物種によって異なります。また、有機物の種類により含有窒素量が異なり、無機化までの速度も異なることから、有機質肥料の導入には経験と勘が必要です。
また、有機物の施用は土壌中の生物性、物理性が改善され、連作障害の予防に効果があることが知られています。また、石油資源に頼らず持続型農業を実現することができます。
しかし、有機物の大量投入は化学肥料と同様に窒素汚染や流亡を招きます。
効果的な利用法と有効な作物種を正しく知り、持続的にバランスの取れた農業経営を行うことが重要です。
阿江 教治(あえ のりはる)
1975年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
1975年 農林水産省入省。土壌と作物・肥料を専門に国内、インド、ブラジルなど、各国にて研究を行う。その後、農業環境技術研究所を経て、2004年神戸大学大学院農学研究科教授(土壌学担当)。
2010年退職。現在、酪農学園大学大学院酪農学研究科特任教授、ヤンマー営農技術アドバイザーをつとめる。