Vol.2 土壌微生物の世界

植物の生育環境を決める生物多様性

土壌には多種多様な微生物が存在し、その数は1グラムの土壌に約100~1000万にもなるといわれています(表1)。

(表1)土壌微生物の生体量

種類 大きさ 生体量(kg/10a)
土壌微生物 細菌(バクテリア) 2~3μ程度 40~500
放線菌 菌糸の太さ0.5~1.0μ程度 40~500
糸状菌 菌糸の太さ5~10μ程度 100~1,500
藻類 肉眼では確認できないもの~数mm程度 1~50
土壌動物 線虫 0.2~2.0mm程度 1~15
ミミズ 0.2~数cm程度 10~150

※1μ(ミクロン)=0.001mm

(図1)土壌微生物の種類

そして、土壌微生物は、自ら相手の微生物の生育を阻害する物質を生産し、スペースを取りあったり、エサを奪い合ったりしながら拮抗します。

一方、お互いに共存するものもあり、増減を繰り返すことで種類と個体数のバランスを保っています。
これを土壌微生物の多様性といいます。

多様性が失われ、バランスが崩れた土壌は、植物の病害や生育不良を招きます。多様性を保つことは、良好な生育環境をつくる上で大切なことです。
私たち人間の腸内細菌も同様に、多様性のバランスが保たれることで健康が維持されています。
そこでVol.2では、土壌微生物の働きと病害の回避方法、有機物の正しい利用による生育環境の作り方について解説します。

土壌微生物の拮抗と共存

(図2)細菌と糸状菌の共存(左)と拮抗(右)
【2011 ペタタン・サゴンら】

(図2)は、糸状菌をシャーレの中心に接種・培養し、土壌から採取した2つの細菌を4ヶ所に植えつけたものです。
共存を示す左の写真では、糸状菌と細菌の間に関係がなく、細菌は糸状菌に接して生育しています。一方、拮抗を示す右の写真では4点に接種した細菌により、糸状菌の生育が阻止されたように観察されます。

これは阻止円とよばれ、細菌が糸状菌を溶かす物質、または生育を阻害する物質を出し、糸状菌の生育が抑制されていることを示します。
このように微生物の世界では、共存と拮抗のバランスの上に成り立っているのです。

連作障害と土壌微生物

連作障害の要因には、①土壌養分の消耗②物理性の悪化③毒素(アレロパシー)などが挙げられます。しかし、これらは養分補給や耕うんなどにより改善し、解決できるため、現代農業においては、大きな問題となっていません。
現在、一般的な連作障害の多くは、同じ作物をつくり続けた結果、土壌微生物の多様性が崩れ、増殖した病原菌によって引き起こされています。

なぜこのような現象が起こるのでしょうか。
通常、植物は根から養分を分泌しているため、根の周囲1~2ミリの根圏では大量の微生物が活発に動いています。そのため、病害菌が侵入する余地がなく、病害に対する抵抗力を持っています。
また、最近では、植物体内に生息し病害に抵抗する機能を持つ微生物である「エンドファイト」の存在もわかってきました。「エンド」は体内、「ファイト」は植物を意味し、窒素や糖分などをやりとりしながら共生し、植物の免疫機能を活性化させるとの報告があり、今後の研究が期待されます。

しかし、特定の作物の栽培と収穫は、残渣に残る特定の病原菌が増大し、根圏微生物のバランスで防ぎきれずに発病にいたります。これが連作障害のメカニズムです。

土壌微生物の特性を活かした連作障害対策

連作障害対策は、さまざまな研究が進んでおり、農薬を使わずに土壌病害を抑制する技術も積極的に利用されています。これを「生物的防除法」といいます。次にその典型的な例を紹介します。

①インゲン萎黄病(フザリウム)に効果的なキチンの投入

インゲン萎黄病は、増殖したフザリウム菌が根からインゲンの体内に侵入することで、道管が詰まり萎れる病害です。このフザリウム菌に対し、エビやカニ殻に含まれるキチンの施用が効果的です。

(表2)は、前作で病害が発生した土壌にカニ殻を投入し、連作障害を低減した事例です。フザリウムはその多くが病気の原因である糸状菌です。キチン質を持つカニ殻を施用すると、キチンを分解する能力を持つ微生物が増加し、フザリウムをエサとすることでフザリウムが減少しました。
これは、フザリウム(糸状菌)の細胞壁がキチンでできているため、キチン分解菌の増殖により、フザリウムが溶解され、改善された結果です。
また、キチンの投入後、放線菌も増殖します。
この放線菌は、キチンを分解する酵素を持ち、さらにストレプトマイシンなどの抗生物質を生産します。これが、糸状菌(フザリウム)の活性を一層抑制するのです。

(表2)キチン(かに殻)投入による微生物数比較

菌の種類 土壌1gあたり菌数(×1000) 生体量
(kg/10a)
無施用 キチン
施用
糸状菌 35 21 減少
放線菌 130 3,500 増加
細菌 800 1,200 増加
キチン分解酵素を持つ微生物 1,000 5,600 増加
フザリウム菌の溶解を引き起こす微生物 20 50 増加

【ミッチェル 1962年】

②大豆根こぶ線虫の生物的防除

栽培前の土壌に鳥の羽根などに含まれるコラーゲンやケラチンを投入し、線虫害を抑制したとの報告があります。
大豆根こぶ線虫は植物の根に寄生し、養分を奪うため、症状が進行すると生育不良、枯れ上がりが発生します。この対策として、コラーゲンを投入することで、それをエサとする線虫捕捉菌が増殖し、コラーゲンで構成される線虫の細胞を壊し、死滅させることができました。

③豚ぷん堆肥(有機質肥料)の施用による微生物多様性の維持

(表3)は、きゅうりつる割れ病に汚染された土壌で、豚ぷん堆肥を施用した場合と、施用しなかった場合の菌数と収量を比較したものです。
豚ぷん堆肥施用区では、枯死株率、道管褐変率ともに少なく、収量も無施用区の5.6トンに対し、10.4トンありました。微生物数は、どちらの試験区も同様に病原菌や糸状菌が存在しますが、豚ぷん堆肥施用区では、放線菌や細菌の比率が高くなっています。つまり、豚ぷん堆肥には多くの種類の微生物が生息し、その拮抗作用で病原性菌の活動が抑制された結果といえます。

(表3)堆肥施用による微生物数推移

実験区 定置用 収穫期
無施用 乾燥
豚ぶん
無施用 乾燥
豚ぶん
微生物数
(×1000/g)
病原菌 9.0 10.0 9.5 10.3
糸状菌 173 205 183 161
細菌 19,000 90,000 12,000 67,000
放線菌 28,000 117,000 20,000 103,000
枯死株率(%) - - 43 4
導管喝変率(%) - - 100 63
収量(t/10a) - - 5.6 10.4

【松田のデータ 1981年より作成】

拮抗作用には、抗生物質を出して相手を溶解する積極的な拮抗作用や、エサや生存空間を奪われる消極的な拮抗作用があります。
この事例は、乾燥豚ぷんの施用で多様性が高まったことにより、病害を抑制することができた好例で、有機物施用による多様性維持の大きなメリットといえるでしょう。

阿江 教治(あえ のりはる)

1975年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
1975年 農林水産省入省。土壌と作物・肥料を専門に国内、インド、ブラジルなど、各国にて研究を行う。その後、農業環境技術研究所を経て、2004年神戸大学大学院農学研究科教授(土壌学担当)。
2010年退職。現在、酪農学園大学大学院酪農学研究科特任教授、ヤンマー営農技術アドバイザーをつとめる。

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