養分吸収のために、根圏は独特のpH環境を形成しています。(図4)は、寒天に中性のpH試薬を添加し、そこに新鮮なキマメと大豆の根を貼り合わせた状態の写真です。 根の周辺では放出された酸により、酸性に変化していることがわかります。
Vol.7 根とその周辺で(根圏)で起こっていること
根圏とは
根の近傍は「根圏」と呼ばれ、養分、水分の吸収や炭酸ガスの生成、微生物の活動など、植物体を維持するための最前線です。
つまり、根圏の環境を健全に保つことが作物の健全な生長と安定した収量につながるのです。
Vol.7では、この根圏でのさまざまな現象と植物の根が持つ機能について解説します。
根の構造と働き(図1)
①身体を支える中心柱
内部は中心柱(①)と呼ばれ、葉でつくられた光合成物質を根に運ぶ「ふるい管」と、根で吸収した養分を地上部へ運ぶ「導管」があります。
②根を保護し、伸長を補助する根冠
根の先端は、「根冠(②)」と呼ばれ、キャップ状で生長点を保護する機能を持ちます。 根冠からは多糖類を主成分とする粘液質のムシゲル(③)を分泌し、根と土壌粒子との摩擦を減らし、根を伸長しやすくする潤滑剤の役割を果たします。また、根冠は化学的、物理的な刺激を感知し根の伸長に影響を与えます。
③根の伸長領域と養分吸収領域
根の細胞分裂は、生長点(④)で盛んに行われます。そして、その上部では根の表皮細胞が変化した根毛が根の接触面積を拡大させることで、養分・水分の吸収を行います(⑤)。また、ストレスに応じて根は形を変えたり、糖やアミノ酸などを分泌したりします。
根圏と非根圏
根の近傍には根冠から分泌された物質や脱落した根毛や表皮などの有機物が豊富に存在し、これをエサとする微生物が活発に増殖します。このような根の影響を受けた範囲を「根圏」、影響の及ばない範囲を「非根圏」と呼びます。
では、根の影響の範囲はどの程度あるのでしょうか?
根圏を化学性と生物性の両面から理解していきましょう。
①「ライゾボックス」
根圏の観察には「ライゾボックス(※)」と呼ばれる装置を利用します(図2)。ライゾボックスにpH6.5(中性)の火山灰土壌を充填し小麦を栽培すると、(図3)の青い線が示すように、中心部分(CC)のpHは4.8程度の酸性なのに対し、根から離れるにつれてpHは徐々に元の6.5へ近づきます。pHの変化から考えると、根の影響は2~3ミリ付近であるといえます。
また(図3)の赤い線は、根の周辺1~2ミリ付近での硝酸態窒素濃度(NO3-)が高まっていることを示しています。
陰イオンを持っている硝酸態窒素は、同じ陰イオンを持つ粘土と反発するため、根の水分吸収に伴い根の近傍へと移動し、吸収されることを示しています。
- ※ライゾホックス(図2)とは
根を制限した中心領域(CC)に閉じ込め、そこから、1.0mm間隔で区画がつくられているナイロンの布(根は通さないが、養分や微生物は通過できる25ミクロンのナイロンの網)を張り、栽培後、解体しこの1mmの区画部分の土壌を採取し、その土壌の分析を行い、根圏と非根圏との違いや、養分の移動などを検討する装置。
②「化学性からの検討」
③「生物性からの検討」
(図5)は、大麦をライゾボックスで栽培した根の付近の微生物のATP量(活動量・存在量)を測定したものです。根面から0~5ミリの範囲は活動量が大きく、5ミリ以上の範囲の十倍以上の密度で菌体が存在していることがわかります。
根圏に存在する豊富なアミノ酸や糖類などは、これをエサとする特定の微生物(グラム陰性菌(※))を増殖させ、非根圏の数十倍から百倍の数の微生物を養います。根面に微生物が密生することで、有害微生物の攻撃から植物の根を守るバリアの役割を果たしています。
- ※グラム陰性菌とは
細菌をグラム染色すると、染色性の違いにより陽性と陰性の2種類に大別されます。グラム陰性菌は、細胞壁の層(ペプチドグリカン層)が薄いため、乾燥や熱など、物理的条件に弱く根圏でしか生息できません。
根圏の活動
ある種の植物は、養分が欠乏すると根から有機酸を放出し、通常は吸収できない形態の養分を自ら溶かし吸収します。例えば、キマメはリン酸が欠乏するとピチジン酸を放出し、普通の植物では利用できない鉄やアルミニウムと結合したリンを根圏付近から溶かし出す能力が備わっています。
また、根の表面や内部で植物と共生する菌根菌という糸状菌の存在が知られています。菌根菌は、土壌中で移動しにくいリン酸やその他の養分を菌糸から吸収し、宿主に供給し、植物の生育を旺盛にします。
最近ではこのような根圏の仕組みを利用した農業資材の開発や商品化が進んでいます。
阿江 教治(あえ のりはる)
1975年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
1975年 農林水産省入省。土壌と作物・肥料を専門に国内、インド、ブラジルなど、各国にて研究を行う。その後、農業環境技術研究所を経て、2004年神戸大学大学院農学研究科教授(土壌学担当)。
2010年退職。現在、酪農学園大学大学院酪農学研究科特任教授、ヤンマー営農技術アドバイザーをつとめる。