2025.01.17

目指すのは「人のためのものづくり」。ヤンマーデザインの本質を、CBO長屋明浩が語る

2024年11月、ヤンマーは次世代ヤンマーデザインの「ありたき姿」を視覚化した「YANMAR PRODUCT VISION」を発表しました。さらに、11月8日から15日にかけて展示イベント「YANMAR DESIGN みらいのけしき展」を開催。展示作品を通して社内外にビジョンを共有し、次世代ヤンマーが目指す未来像を広める取り組みを進めています。

ヤンマーの描く未来「YANMAR PRODUCT VISION 」は、どのように生まれたのでしょうか。この記事では、2022年からヤンマーホールディングス 取締役ブランド部長(CBO)を務めている長屋明浩さんにインタビュー。ヤンマーがどのようなブランディングを構築し、「A SUSTAINABLE FUTURE -テクノロジーで、新しい豊かさへ。-」を実現しようとしているのかを探ります。

長屋明浩(ながや あきひろ)

愛知県出身。ヤンマーホールディングス株式会社 取締役ブランド部長(CBO)。

1983年に愛知県立芸術大学を卒業、同年トヨタ自動車に入社し、初代レクサスLSなどのデザインに携わる。その後、レクサス企画部レクサスブランド企画室長、トヨタデザイン部長、テクノアートリサーチ社長、ヤマハ発動機執行役員などを歴任。2022年よりヤンマーホールディングス取締役を務める。

創業から続く「人」への想い。長屋が共鳴したヤンマーのビジョンとは

―ヤンマーが掲げる「本質デザイン」や「YANMAR PRODUCT VISION 」の考え方では、デザインを、製品の見た目や機能の追求だけでなく、ヤンマーブランドそのものと密接に関わるものと考えていらっしゃるように感じます。長屋さんは、「デザインとブランディングの関係」をどのように捉えていますか?

長屋:世間はデザインやブランディングを、少し狭義の、スペシャルなものとして捉えがちですよね。実際に日本においてデザインは、ややもすれば色や形の話にとらわれて語られがちですし、ブランディングはいわゆる広告的なロゴマークやPRの話にとどまることが多いです。

しかし、デザインは「すべての計画」が本来の意味であり、ブランディングは「顧客との接点すべてに渡って施策を行うこと」がその本質です。これらを見比べると、デザインとブランディングは、本来的な意味ではほぼ同じ概念だと言えます。

グローバルにおいても、近年はデザインやブランディングを本来の概念に立ち返って再考する傾向にあります。成熟国となった日本が世界とつながっていくためにも、デザインとブランディングは同じこととして捉えた上で取り組むべきだと考えていますね。

―長屋さんは、2022年にヤンマーのCBOに就任しましたが、もともとヤンマーにどんな印象を持っていましたか?

長屋:現在では、多くの企業が環境を軸にブランディングに取り組んでいて、ヤンマーもその一つです。ただ、ヤンマーの独自性はとにかく「人と自然」を大切にしていること。

人間の豊かさと自然の豊かさの両立を目指すブランドステートメント「A SUSTAINABLE FUTURE-テクノロジーで、新しい豊かさへ。-」は、環境への取り組みが人にとっての豊かさに還元されるという思想であり、実際にヤンマーのすべての事業が「人のため」「人が生きるため」という動機でスタートしています。

これは、「人々の労働の負担を機械の力で軽減し、快適なものにしたい」との想いから、世界で初めてディーゼルエンジンの小型化・実用化を成功させたヤンマーの創業者・山岡孫吉の姿勢にも通じることですね。それでいて、アウトプットは「カッコよく」という軽やかさもあります。ヤンマーのプロダクトは、プロフェッショナルが使う道具です。仕事人としての誇りや真剣さがこもったシリアスなものなのに、カッコよさやワクワクもある。そういう相反する面白さが生まれています。

そして、従業員自身がヤンマーという会社に誇りを持っているところも良いところなんですよね。実際に私自身もワクワクしていますし、そんな会社で、ブランディングの最適な答えを見つけ出し、実行していきたいと思ったんです。

「私は10年以上の取り組みを受け継いでいる」。長屋がヤンマーで変えたこと・変えなかったこと

―ブランディングを進めていくうえで、長屋さんが意識されていることはありますか?

長屋:ヤンマーの10年以上にわたるブランディングにおける取り組みの中で、受け継ぐべきところ、変えるべきところを見極めながら進めることです。

ヤンマーにはもともと、ブランディングに対する課題意識があり、2012年には「YANMAR PREMIUM BRAND PROJECT」をスタート。ブランドイメージの統一を進めてきました。さらに、2015年には社内に初のインハウスデザインチームを立ち上げ、その取り組みを強化してきました。

そこから、ロゴを変え、トラクターのスタイリングを一新し、ヤンマーブランドをプレミアム化してきました。さらに、「第一次産業はカッコいい仕事」というイメージにつながるプロダクトやサービスを創出。そうして食生産に携わる仕事に光を当て、労働力を取り戻そうと取り組んできたわけです。

「YANMAR PREMIUM BRAND PROJECT」で刷新したヤンマーロゴ「FLYING-Y」(YANMARの「Y」と日本人にとって豊作の象徴でもあるトンボ(オニヤンマ)の「羽」の2つをモチーフに、クリエイティブディレクター佐藤可士和氏がデザイン)

長屋:私自身、ヤンマーの理念やビジョンは素晴らしいと感じていたので、内容は変えず、アプローチを変えれば、その実現に近づけると思ったのです。だから、すべてを刷新するわけではなく、「YANMAR PREMIUM BRAND PROJECT」発足後から10年以上にわたる取り組みを私も受け継いでいるのです。

―長屋さんが提案したアプローチとはどのようなものだったのでしょうか?

長屋:私からは、見た目だけではない、すべてのスキームを新しくしていくためのミッションを提案しました。それは、デザインプラットフォームの構築です。

ヤンマーの場合、事業が多岐に及んでいて、地域も顧客も多種多様です。お客さまのニーズに合わせていくだけでも大変だという中で、1つの考え方で統一することは難しく、一貫したフィロソフィーがなかなか出せないという悩みがありました。

それに対して、各事業のプロダクトをプラットフォーム化(部材・設計の共通化)することで、一貫性と専門性を両立しながら効率的な製品づくりができると考えたのです。

「ニーズの幅は、じつは微差に過ぎない」。「人の幸せ」を起点にしたブランディング

―「YANMAR DESIGN みらいのけしき展」ではヤンマーの「ありたき姿」が具体的な形で示されました。あらためて、この展示の狙いや目的を教えていただけますでしょうか?

長屋:「ありたき姿」というのは、理想の姿であり、いわば北極星のような指針となるものです。「VUCA(ブーカ)」(※)と呼ばれる荒波の時代において、顧客の意見をもとに改善するというフォーキャスト型の考え方は通用しなくなっています。

※ VUCA:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字をとった言葉で、目まぐるしく変転する予測困難な状況を意味する

長屋:それよりも理想をしっかりと掲げ、そこに向かって現実を近づけていくというバックキャスト型の考え方のほうが、どのくらいのスピード感で改善し、進化させるべきなのかが見えてきやすい。「YANMAR DESIGN みらいのけしき展」はまさに、ヤンマーのゆく先を可視化するというプロジェクトだったのです。

「YANMAR DESIGN みらいのけしき展」

―そうして「YANMAR PRODUCT VISION」が打ち出されたわけですね。このビジョンはどのように定義されましたか?

長屋:今回発表した「YANMAR PRODUCT VISION」では、LAND(大地)、SEA(海)、CITY(都市)というヤンマーの既存のフィールドに、HUMAN(=HANASAKA)という、「人の幸せ」や「共感」の要素を加えて打ち出しました。

高度情報化社会となった現在、インフラが整っていない後進国で暮らす人もスマホを持ち、最先端の情報が得られるようになりました。つまり、時代がものすごく洗練され、人類全体で進化してきているのです。

そうすると、人びとの「理想の暮らし」像にもそこまで差がなくなって、「お客さまが求めるものはなんでも提供します」という姿勢だと他社と差別化できなくなってくる。むしろ「われわれはこんなことができます」とリードし、そこにお客さまが共感することで初めて商品やサービスを購入され、ブランドが確立されていくようになっているのです。

「YANMAR みらいのけしき展」で発表した、次世代トラクター「YPV-L」

長屋:世の中にはいろいろな人がいて、ニーズも際限なくあると捉えられがちですが、大きく「人」という観点に立つとそれは微差に過ぎず、人の幸せや楽しみにそこまで幅があるわけではありません。

だからこそ、まずは「どうしたら人が幸せになれるか」という原点に立ち返り、どういうあり方が望ましいかを考え、そこからどう微差に対応できるかに取り組む必要がある。それが、「YANMAR PRODUCT VISION 」を定義した理由であり、デザイン要素をプラットフォーム化するということにもつながっていきます。

「誰にでも使えるプロフェッショナルツールを」プラットフォーム化の真の狙い

―プラットフォーム化には、どのような狙いがあるのでしょうか?

長屋:ヤンマーではこれまで、モノだけではなくサービスなどのコトもプロダクトであると考えてきましたが、今回は農機(YPV-L)、建機(YPV-C)、ボート(YPV-S)といった機械(モノ)にフォーカスし、プラットフォーム化を発表しました。

「YANMAR PRODUCT VISION」の概要

長屋:それらの道具は活躍の場は違えど、「人の力を拡張するための装置」と捉えた場合に求められることは、パワフルに動き、壊れない、それでいて人が楽に使えるということで、大きな差はありません。

人が多大な労力を使うことなく、誰でもやさしく楽に使えて、それでいて剛健に動く機械であれば、安定していい結果を出すことができ、みんなが幸せになるはず。これからのヤンマーも、そのように「人と機械が情報をやり取りする、意思疎通するための手段や装置」」(YPV-H)を提供していかなければならないと考えています。

また、最終的には、カスタムによってプロの使用に耐えうる専門性を持たせることを想定して、可逆性を持たせてプラットフォームをつくっていけば、お客さまの用途に合わせた道具になり、コストダウンにもつながります。

キャビン設計の共通化と他事業展開

長屋:このように、失敗のないよう詳細なシナリオを想定してから開発を行う手法を提示したことで、「挑戦してみる価値はある」と、各事業部から協働の体制をとることができました。

プロダクトだけにとどまらないヤンマーのビジョン。アニメやキャラクターを通じて「信頼されるブランド」をつくる

―商業アニメ『未ル』の制作にも驚かされました。どのような狙いから、このプロジェクトをスタートさせようと考えたのでしょうか?

長屋:「YPV-H(HUMAN)」の一環として、アニメの世界で登場させるプロダクトのデザインと、今後実際に世の中に発表していくプロダクトを一致させようという目的を持ってこのプロジェクトを進めています。

「未ル」キービジュアル

長屋:アニメの訴求力は強く、海外に行ったときも「日本といえばアニメ」が浸透していると感じますし、配信サービスの発達によってさらにグローバル化しています。ですから、ヤンマーを知らなかった人がヤンマーのことを深く知ってもらうようにするには、まずはアニメ作品から興味を持ってもらう手法が最も有効だと考えました。

より効果を高めるために、仕掛けもいくつか用意しています。ロボットアニメは戦うことが当たり前とされる中で、「武器を持たないロボットアニメ」というコンセプトを設定。「1話ごとに異なる気鋭のアニメスタジオが制作を担当し、それぞれが表現を競う場」という立て付けにすることで、作品の質と注目度を同時に向上させています。その中で、「人と自然の対峙と調和」をテーマに時代や国、歴史を超えて展開されるストーリーをつくっています。

「未ル」に登場するロボット「MIRU」

―まさに「YANMAR PRODUCT VISION」を体現するアニメなのですね。2024年は「ヤン坊マー坊」のリニューアルもされ、大きな話題になりました。

長屋:アニメのプロジェクトを通して、親しまれるキャラクターの重要性を学び、「天気予報のヤン坊マー坊」もまた、ヤンマーにとって大きな資産であることを再認識したのです。

ただ、これまでの「ヤン坊マー坊」がヤンマーの製品を知ることにつながっていたかというと、そこまではできていませんでした。人と同じで、好かれるキャラクターには「一貫性」があります。ヤンマーの中で、農機や建機などのプロダクトでの顔、アニメでの顔、キャラクターの顔がそれぞれ違っていては、信用につながりません。

そこで、グローバルでの展開も踏まえて、今のヤンマーを体現するデザインにリニューアルして打ち出そうと考えたのです。今の「ヤン坊マー坊」を好きになってもらい、一歩踏み込んでヤンマーのことを知ってもらえるようにつなげていきたいですね。

9代目ヤン坊マー坊のスタチュー

長屋明浩が目指す、ヤンマーの理想の姿

―最後に、長屋さんが目指すヤンマーの理想の姿を教えてください。

長屋:やっぱり純粋に、ワクワクすることができて、世の中に感動を与えられるような「人の役に立つプロダクト」をつくっていくことが大事ですよね。いらないモノやコトを売りつけるのではなく、本当に感謝されるようなモノやコトを提供するマーケティングをしていく。

そういった自己実現の一段階上をいく他己実現をヤンマーは目指していますし、お客さまにそれを最高の価値として受け取ってもらえるように、これからも挑戦していきたいです。

取材・文:宇治田エリ

写真:丹野雄二
※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです

 

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