2024.05.01
多様なステークホルダーとブランドを共創する。ヤン坊マー坊の新デザインに込めた「次世代への思い」とは?
ぼくの名前はヤン坊
ぼくの名前はマー坊
2人あわせてヤンマーだ
きみとぼくとでヤンマーだ♪
1959年から2014年まで放映されていた「ヤン坊マー坊天気予報」。歌詞を見れば、かわいらしい歌が耳に蘇り、懐かしく感じる人も多いのではないか。
長らく視聴者に「ワクワク」を届けてきた、ヤン坊マー坊。今年1月、彼らが9代目として現代的なデザインへ一新され、大きな話題を呼んでいる。
なぜ今、ヤン坊マー坊の大胆なアップデートを試みたのか? そして、新たなデザインに込められた思いとは? 創業100年を超える産業機械メーカー・ヤンマーが挑むブランド戦略について、クリエイティブチームに話を聞いた。
「人と未来を動かす」ヤンマーらしさ
ヤンマーホールディングス・印田千容さん(以下、印田):ヤン坊マー坊はヤンマーグループの企業マスコットキャラクターで、現在9代目です。今回のリニューアルでは一般投票をおこない、3案の中でもっとも多く票を集めたデザインに決定しました。
実は、キャラクターのコンセプト「心を動かし、未来を動かす」は、ヤンマーのパーパスにも繋がっているんです。
私たちは「人の可能性を信じる、人の挑戦を後押しする」というHANASAKA(※)の価値観のもと、世の中の声に耳を傾け、“A SUSTAINABLE FUTURE”を共に創ることをパーパスとしています。そして、この言葉の通り「人の力」をとても大切にしているんです。
※HANASAKA(ハナサカ):ヤンマーらしさの象徴で、“人の可能性を信じ、挑戦を後押しする”という創業者の精神であり、パーパス実現のための基盤となるヤンマーの価値観
というのも、私たちは「人の力」がイノベーションを生み、新しい豊かさをつくると考えています。言い換えると、「一人ひとりが“未来を創る存在”である」と信じることが、新たな豊かさを実現する第一歩だという思いがあるんです。
9代目のヤン坊マー坊は、そんな価値観を体現しています。とくに、未来を担う次世代層に寄り添い、好奇心や探究心を原動力に未来に向かって一緒にチャレンジする。そんな存在を目指しているんです
今回のリニューアルに伴い、未来に関する意識調査を実施したんですが、18~24歳の次世代層は約60%が「やりたいことを見つけたい」と感じ、さらに約70%が「やりたいことを見つけるために体験機会が必要」だと考えていることが明らかになりました。
彼ら/彼女らの「やりたいことを見つけたい」という思いや悩み、葛藤といった秘めたエネルギーを「未来を動かす力」に変える。そんな共感を生むキャラクターにするべく、ヤン坊マー坊のコンセプトを開発しました。
この辺りは、クリエイティブディレクターの引地さん中心に進めていただきました。
クリエイティブディレクター・引地耕太さん(以下、引地):ヤン坊マー坊のコンセプトを考えるにあたって、まず「ヤンマーらしさは一体どこからくるのか」をヤンマーの皆さんと話し合ったんです。
btrax Japan木全真理さん(以下、木全):ワークショップを何度も開いて、議論を深めていきましたよね。
印田:そうでしたね。当時、ヤンマーではデザイン案のベースとして「ヤンマーらしさを形づくる言葉」のワードクラウドを作成していて。これを使って、キャラクターとして重要な要素を整理しました。
引地:「ワクワク」やヤンマーの創業者である山岡孫吉さんの「人をより豊かにしたい」という思いに通じる「人助け」、そして「チャレンジ」「エネルギー」――とにかくたくさんの言葉がヤンマーさんから出てきました。そこから、まずワードクラウドを咀嚼して。集約させた2つのキーワードを通じて、コンセプトを検討していきました。
1つが、人助けの精神やワクワクなどヤンマーのヒューマニティを表し、HANASAKAの価値観にも通じる「人間味」。もう1つが、チャレンジや情熱や、ヤンマーの祖業であるエネルギーも表す「熱」。これら2つをうまく掛け合わせられないか? と考えたんです。
その結果、「人の心を動かす」と、“A SUSTAINABLE FUTURE”つまり「未来を動かす」という言葉が出てきました。
また、ヤン坊マー坊の歌にある「小さなものから大きなものまで動かす力だ」という言葉が、自分の中にすごく残っていて。しかも、ヤンマーの祖業はディーゼルエンジン。だから、「動かす」という言葉にこだわりたかったんです。「人/未来を変える」よりも「動かす」だろう、と。
お茶の間のブラウン管で元気に動き回っていた二人。彼らの原動力は、世界のさまざまなものに心躍らせるという「好奇心や探究心から生まれるワクワクする心」だったはずです。
その心の動きを原動力に、これから二人はたくさんの人たちと共により良い「未来」を動かしていってほしい。そんな思いを込めています。
印田:リニューアルしても、ヤン坊マー坊であることは変わりません。「心を動かし、未来を動かす」というコンセプトは、好奇心や探究心を原動力にチャレンジしてきた、キャラクターの資産をとてもよく表していると感じましたね。
引地さんとは長い間一緒にやってきて、意思疎通もしっかり取れていました。また、社内でも新デザインにぴったりのコンセプトだと、共感の声が多かった。ということで、採用させてもらいました。
引地:僕はコピーライターではないんですが(笑)。ヤンマーの過去と未来をつなぐ「ヤン坊マー坊らしさ」を表わすコンセプトとして、受け入れてもらえて良かったです。
「絵でコミュニケーションする」無数のアイデアから絞り込んだ、新デザイン。
印田:デザインのディレクションはYKBXさんにお願いしたんですが、ヤンマーのデザインチームと一体になって進めていただきました。
YKBX:無数のアイデアやイメージから削り出していくような作業でしたね。
ヤンマーさんの社内からお客様まで、皆さんが共通して「ヤンマーらしい」と思えるデザインにしたい。そもそも、愛されるキャラクターにしたい。そんな思いでデザインしていったんです。
印田:“A SUSTAINABLE FUTURE”を目指し向かっていくヤンマーのキャラクターとして、デザインをブラッシュアップしなければならない。一方、これまでのデザインが好きだった人にも、新しいヤン坊マー坊を愛していただきたい。そんな思いに、YKBXさんはしっかり応えてくれました。
また、さまざまな方を巻き込む「一般投票」でデザインを決定する手法をとったことで、さらに難易度が上がったと思います。
YKBX:そうですね。要は、「どれが選ばれても納得がいくよね」という状態のまったく別方向の案を、数パターン出す必要があったわけで。正直、難易度はかなり高かったです。
木全:3案に絞り込むまで、本当に多くのデザイン案がありましたよね。細部に至るまで、何度もディスカッションを重ねて。最終的な絞り込みのフェーズでは、皆さんに大阪に集まっていただき、対面でワークショップをしました。
YKBX:実際に大阪のヤンマーオフィスに行って。とても盛り上がりましたね。デザインチームと一緒になってスケッチを出し合ったり、話しながら絵を描いたり。まさにワンチームでした。
これまでのヤン坊マー坊のイメージに、自分が考え得る限り寄せたものと離したものを出しながら、話していきました。ここは、すごく感覚的な話で――。絵を描いているだけなんですが、それを1つの言語にして。デザイン案のやりとりを重ねていった、という感じです。
印田:ヤンマーからは、ワードクラウドで整理した3つのキーワード「あきらめない」「ワクワク」「やんちゃ」からインスピレーションを得てデザイン案を制作して。YKBXさんにシェアしました。
本当に「言葉で話す」というより「絵でコミュニケーションする」みたいな感覚でしたね。
YKBX:アイデアが書かれた大量の付箋を見ながら「ああでもない、こうでもない」と、デザインを描き進めていって。今でこそ言えますが、泣く泣く落としたボツ案も結構ありました。
多様なステークホルダーとブランドを共創する。
引地:企業とクリエイターの共創において、企業側が大枠の方向性を伝えたうえで、外部のクリエイティブチームの裁量に任せる、というケースは多くあります。しかし、今回のプロジェクトは従来と異なり、かなり実験的かつ流動的なプロセスを踏みました。
今回のプロジェクトでは、ヤンマーの皆さんと外部のクリエイターが、いかに共創的なインスピレーションを出し合えるのか、が大切だと思ったんです。
インナーのデザインチームと外部のクリエイターの共創をいかに促進するか? そのプロセスや場をデザインする。つまり「作り方の作り方」を考えるところが、もっとも重要なポイントでした。
印田:「共創」は近年のヤンマーにとって、重要なキーワードの1つです。
冒頭で話したパーパスにも繋がるのですが、私たちヤンマーは人の可能性を信じ、人の挑戦を後押しするため、多様なステークホルダーを巻き込みながらブランドを共に創る「インクルーシブ・ブランディング」を進めています。
そうした流れもあり、今回のヤン坊マー坊リニューアルでも社外クリエイターの皆さんとの共創プロジェクトを実施しました。さらに、世の中を巻き込んでヤン坊マー坊をつくれないか? と考え、デザイン決定の最終プロセスとして「一般投票」に挑戦したんです。
一般の方々にもリニューアルプロジェクトへ参加してもらうことで、ヤン坊マー坊を自分ごと化し、愛着を持ってもらいたいという期待もありました。
木全:結果的に76,000を超える投票をいただいたので、想定よりも多かったですよね。
実は、私と同世代の友達にはそもそもヤン坊マー坊を知らない人もいました。だけど、この一般投票をきっかけに認知してもらえた実感があります。
今後は、これまでのヤン坊マー坊を知らない次世代層も含めた幅広い世代に加えて、さまざまな国や地域で親しんでもらえるキャラクターにしていきたいと思っていて。将来的に3Dデータ化もしていく予定なので、デジタルな場所でも活躍してくれるはずです。
印田:まさに、その通りです。ヤン坊マー坊は、これまでの天気予報のキャラクターから、担うミッションが大きく変わってきています。
だからこそ、昔からヤン坊マー坊を知っている方だけでなく、未来をつくっていく次世代層の方々からも共感を得ることが重要だと思っています。未来の可能性に一緒にチャレンジするキャラクターとして、幅広い層から愛してもらえる存在になってほしいですね。
「キャラクターはある程度進んでいくと、勝手に動いていく」と言われますが、今後も皆さんと共にヤン坊マー坊をつくっていくことで、キャラクターだけでなくヤンマー自体への理解を深める活動をしていきたいと考えています。
一方、それと同時に、ヤンマーの中にいる人間がしっかりとヤン坊マー坊を育てていかないといけない。ということで、「覚悟」と「楽しみ」の両方がありますね。
写真:tomohiro takeshita
取材・文:midori ohashi
※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。