2024.12.13
「デザイン」から見るヤンマーの今と未来。『YANMAR DESIGN みらいのけしき展』をレポート
創業112年の歴史のなかで、つねに人に寄り添い、課題に挑戦し続けてきたヤンマー。10年前からはインハウスデザイン組織が立ち上がり、本来の機能的な価値・意味を重視する「本質デザイン」の思想を掲げ多彩なデザインを提案してきました。
そんなヤンマーが描く「みらいのけしき」とは? 2024年11月に開催された展覧会『YANMAR DESIGN みらいのけしき展』の様子を通じて、ヤンマーがデザインに込める想いを紹介します。
ヤン坊マー坊からロボットアニメ、駅の構内まで。ヤンマーの掲げるデザイン哲学とは?
11月8日から15日にかけて、ヤンマーデザインを集結した展覧会『YANMAR DESIGN みらいのけしき展』が、YANMAR TOKYOにて開催されました。
2035年の未来を見据えた新しい農業用コンセプトトラクターのほか、2025年春に放映予定のヤンマーオリジナル商業アニメ『未ル』に登場するロボット「MIRU」や、2024年に大きくリニューアルされたヤンマーのマスコットキャラクター『ヤン坊マー坊』のスタチュー、さらにはスポーツ、食品のパッケージ、建築など、多岐にわたる作品が展示されました。
これらのデザインを手がけたのが、2015年に発足したヤンマー初のインハウスデザインチーム「ヤンマーホールディングス株式会社 ブランド部 デザイン部(以下デザイン部)」です。
ものごとの形や様式にとらわれず、本質を重視し、社会と人々に新たな価値と共感を生み出す「本質デザイン」の考え方に基づき、さまざまなデザインワークを展開してきたデザイン部。10年の歩みを振り返ると、柔らかく人々に寄り添いながらも課題には強く立ち向かい、力強いアウトプットをしていくというスタイルにヤンマーらしいデザインの強みを見出したといいます。これを「柔和剛健」という言葉で表現しています。
そしてこの度、次世代ヤンマーデザインの“ありたき姿”を視覚化した「YANMAR PRODUCT VISION(YPV)」を新たに発表。デザインチームによる新しく多彩なデザインワークや、世界中のパートナーとの共創によって生み出された作品の数々からは、ヤンマーが描く豊かな未来像が感じられるはず。さっそく展示された作品群を見ていきましょう。
小さなものから大きなものまで。文化やジャンルを飛び越えた驚きの展示物たち
『ヤン坊マー坊』
展示会場へ入るとすぐに、2024年1月にリニューアルした「9代目ヤン坊マー坊」の像がお出迎え。双子の兄弟ヤン坊マー坊は、農家や漁師など、お客様のためになる情報を届けたいという思いからはじまった「ヤン坊マー坊天気予報」に登場し、親しみやすいキャラクターとして多くの方々に愛されてきました。
それから65年、ヤンマーのブランド自体が洗練されていくなかで、ヤン坊マー坊が時代の変化に並走できるキャラクターとなることを目指して、これまでになく大幅にリニューアルすることを決めたのだとか。デザイン部のメンバーは、どのような点を大切にしながら新たなヤン坊マー坊を生み出したのでしょうか。担当者はつぎのように語ります。
「リニューアルにおいて、双子の兄弟で、ヤン坊はしっかり、マー坊はおっとりした性格であるといった基本的な部分は大切にするようにしました。一方で、現在のヤンマーのブランドイメージに沿わせること、世界に愛されるグローバルなキャラクターとして活躍できること、次世代に対してもアピールできることといった3つの観点からキャラクターのデザインを刷新していきました」
キャラクターデザインは外部のクリエイターと共創。できあがったいくつかのキャラクター候補から一般投票を行い、選ばれたデザインが採用されました。
デザインチームのメンバーたちは、「キャラクターを大きく変えることには責任感もありましたが、『ワクワク』する気持ちを大切に、アイコニックで強いキャラクターであることを意識しました」と胸を張ります。
『セレッソ大阪』
ヤンマーディーゼルサッカー部を母体として1993年に発足し、その2年後にJリーグに加盟した「セレッソ大阪」。ヤンマーデザイン部は、そのブランディングにも携わっています。数年にわたってブランドカラーの定義づけやマスコットキャラクターの活用など、さまざまな角度からコミュニケーションのルールを統一し、新しいブランドイメージをつくりあげてきました。
「選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できるようにすること、応援するサポーターのワクワクする気持ちに寄り添うことを最優先に、セレッソ大阪運営チームやスポーツメーカーと協業してつくりあげました」と語る、デザイン部のメンバー。
チーム名であるセレッソ(CEREZO)は、スペイン語で「桜」。ユニフォームに使われるオリジナルナンバーも桜の花びらがモチーフとなっており、ユニフォームのデザインにもチームカラーの「セレッソピンク」が大胆に使われています。
『YPV-L』
展覧会でひときわ目を引くのは、大地を耕すトラクター『YPV-L』。2035年の未来で実現するために、先行デザインとして発表された作品です。
このトラクターの大きな特徴は、キャビン部分を建築現場などで使用される建機と共用化した点。
トラクターと建機、どちらに乗ってもヤンマーらしい操作体験ができ、製造過程のロスを減らすことも目指しデザインされたこのキャビン。フレームは従来よりも細いものが使用されており、キャビンに乗ったときに視界がかなり広く感じられます。
さらに、自動操縦する未来を想定し、なんとハンドルを排除。代わりにタッチパネル式の大きなモニターを設置したのです。これによって直感的な操作を可能に。モニターからの操作で、ほかの自動運転農機などをコントロールすることもでき、キャビンが司令塔としての役割を果たします。
展覧会では、VRゴーグルで実際に土を耕す操作を体感でき、2025年の実現を目指して開発されている無人機『e-X1』を遠隔監視しながら作業するといった、未来の農業の姿を見ることもできました。
そのほかにも、あらゆる燃料に対応した冷却系のレイアウト、パンクやタイヤ交換などの重労働を軽減するエアレスタイヤなど、ヤンマーが実現を目指す「ありたき姿」がここに表れています。
特にキャビン内のデザインは、今後の実現も視野に入れてヤンマーのデザイン部と中央研究所が一緒につくりあげていったのだとか。
「自動操作するうえで、どんなものが必要になるのか。10年後の未来の技術を想定し、理想と現実をせめぎあわせ、ときには部署横断の合宿も行いながら一緒に考え、地道な作業を経て形にしていきました」
「後継者不足や人手不足といった、農業の現場が抱える課題に向き合い、これまでの勘や技術に頼らなくても、誰もが就農できるようにすることで『農業は大変』というイメージを変えていきたい。そんなわれわれの根底の想いをデザインにも反映させて、かっこよく、欲しくなる機械であることを目指しました。次世代を担う若者が憧れを持って就農したり、農家が誇りを持って仕事ができたりする未来のために、これからも奮闘していきたいです」と、未来の農業への想いも語られました。
『未ル わたしのみらい』
さらなる世界への飛躍を目指して、2022年にオリジナルの商業アニメプロジェクト『未ル』の始動を発表したヤンマー。デザイン部は、メインキャラクターであるロボット「MIRU」原案を担当し、「ヤンマーらしいロボットのデザインとは何か?」をゼロから考えていったといいます。
そのデザインに盛り込まれたのもまた、「柔和剛健」でした。ロボット本体には柔らかな曲線を多用し、動きもしなやかに。一方で腕のように動かせるアタッチメントは力強く表現されています。これらの腕は決して武器としては使用されず、人を助けるために使われるのだとか。その斬新なコンセプトには、ロボットアニメファンからの反響も大きかったそう。
2025年春にはテレビ放映も予定されている本作。現在鋭意製作中とのことで、キャラクターデザインを行うイラストレーターや、キャラクターを動かすアニメスタジオ、アニメ監督といった外部クリエイター、そしてヤンマーとの共創が加速しています。完成や放映に向けての意気込みやアニメの魅力を、デザイン部のメンバーはこう語ります。
「イノベーションは、人がエネルギーを持っていないと起きていかないもの。これからの未来をつくり、挑戦しようとする人の意識にエンジンをかけていきたいです」
「ストーリーの中でこのロボット『MIRU』は、人々の未来を変えるひとつのきっかけとして、それぞれの主人公が生きる時代にタイムリープして、光を放ったり、石を砕いたり、風や水を送ったりと多様なアームを駆使して人を助けるというもの。ロボットがつけるアタッチメントのアームは、ヤンマーの農機や建機で実際に使われているものがベースとなっているのも見どころです」
『沢の鶴』
展覧会では、外部企業とのコラボレーションによって生まれた作品も紹介されていました。「新しい酒米をつくる」という前代未聞のプロジェクトからスタートし、日本酒メーカー「沢の鶴」と協業したこのプロジェクト。
2018年のローンチから2022年までにそれぞれ異なるコンセプトで4種類の日本酒ボトルデザインをヤンマーデザインチームが手がけました。日本酒に慣れていない人でも手に取りやすいサイズでありながら、柔和剛健を感じる力強い文字が目をひきます。
『針中野駅』
セレッソ大阪のホームタウンであり、かねてよりヤンマーが運営管理をしてきた長居公園。そのブランディングもデザイン部が手がけています。その活動を通して、長居植物園の最寄り駅のひとつである針中野駅とのコラボレーションへとつながりました。
始まりは広告の依頼でしたが、「訪れた人がワクワクするには」を追求した結果、駅全体を植物園にするという提案に至ったのだそう。構内の柱を木に見立て、駅構内にたくさんの生きものが住んでいるような、生き生きとした植物園の姿をグラフィックで表現しています。
共感を生むデザインの先で、ヤンマーが描く「みらいのけしき」とは?
12人という少数のメンバーで、さまざまなプロジェクトを横断的に手がけてきたヤンマーのデザイン部。
「この10年の活動を俯瞰して見ると、それぞれが無意識に、柔和剛健のバランスを心がけて、デザインに落とし込んでいたことに気付かされました」と、メンバー自身も驚きがあったそう。
「ヤンマーという歴史ある企業のデザインを一新していくうえで、周囲の反応はもちろんポジティブなものだけではありませんでした。
たとえばヤン坊マー坊には、旧デザインに親しみを持ってくださっている方々がたくさんいますし、農機や建機にも、従来の製品に愛着を持っているユーザーの方々や、誇りを持ってつくっている各部署のメンバーがいます。もちろん私たちはその気持ちは尊重したうえで未来のためのアップデートを目指していますが、言葉だけではなかなか伝わりませんでした。
でも、実際にデザインに起こして、形として提示していくことで、『かっこいいね』『こうしたらもっと良くなるのでは』といった前向きな反応がもらえるようになったんです。だから私たちは今後も、『本質デザイン』を意識して仕事をしていきたい。たとえば『チラシをつくってよ』といった具体的な依頼を受けたときは、依頼者はなぜ『チラシをつくりたい』と思ったのか、というところまで立ち返り、そのソリューションとしてのデザインを示していくことが『本質デザイン』の方向性だと考えています。そうした取り組みが、ヤンマーと社会全体をより良くしていく一歩になると思うのです」
社内外のさまざまな人を巻き込み、デザインを通して地道に働きかけることで、人の意識までも変えていく。「みらいのけしき」を現実にしていく、ヤンマーの柔らかく粘り強いデザインの姿勢に、これからも目が離せません。
YANMAR DESIGN みらいのけしき展
写真:ザ・ムーブメント株式会社
取材・文:宇治田エリ
※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです