コニカミノルタ株式会社 事業開発本部 事業推進部長 三浦雅範
2016.11.24
日本の農業を取り巻く環境が厳しさを増していく中、ヤンマーは、空から新たな挑戦を始めました。それはリモートセンシングの技術を利用した米栽培の最適化です。ドローンによって上空から稲の生育状況を把握・分析。その結果をもとに無人ヘリでエリアごとに最適な量の肥料を追加で撒き、稲をベストな状態にしようという取り組みです。ドローンを始めとするICT技術によって、日本の農業を元気にすることを目指しています。
農業リモートセンシングと呼ばれるこの技術・仕組みを開発するにあたって、ヤンマーを含む5社によるコンソーシアムが結成されました。コニカミノルタ株式会社、山形大学農学部、有限会社鶴岡グリーンファーム、伊藤電子工業、そしてヤンマーヘリ&アグリ株式会社によるコンソーシアム「ISSA山形(Imaging System for Smart Agriculture)」。5社それぞれの強みを生かすことでプロジェクトは実現しました。
いかにしてコンソーシアムが立ち上がったのか。農業リモートセンシングとは具体的にどういう技術なのか。コンソーシアムが描く農業の未来の姿は――?
今回、コンソーシアムの技術面をリードしたコニカミノルタ株式会社とヤンマーヘリ&アグリ株式会社の各社からお二人ずつに来ていただき、その全貌について語っていただきました。
コニカミノルタ株式会社 事業開発本部 事業推進部長 三浦雅範
コニカミノルタ株式会社 事業開発本部 事業推進部 第3推進グループ 星野康
ヤンマーヘリ&アグリ株式会社 代表取締役社長 尾崎英一
ヤンマーヘリ&アグリ株式会社 常務取締役 営業部 技術サービス部担当 長田真陽
※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。
――今日はよろしくお願いします。このプロジェクトは農水省の採択による「農業界と経済界の連携による先端モデル農業確立実証事業」として平成26年にスタートし、3年目となる今年が最終年度だと伺っています。みなさん既に気心が知れた間柄のようにお見受けしますが、どのように出会われたのですか。
発端は平成25年の夏に山形大学の 藤井弘志教授からいただいたご提案でした。水稲の生育状況を測る装置として弊社が開発した葉緑素計(SPAD)(※)をカメラにできないかと言われたんです。SPADは農業界で広く使われている製品ですが、葉っぱ一枚一枚に端子を付けて測らなければならないので手間がかかります。それをカメラにして上空から撮ることができれば便利なのではないかと。そこで、ヘリと農業の専門家であるヤンマーヘリ&アグリさんに相談したら、すぐに興味を持っていただけたんです。
我々が現在実施している無人ヘリ防除事業は、日本の田んぼの約4割(延べ100万ヘクタール)をカバーしています。このヘリにカメラを積めば圃場の状態もハッキリわかるはずだというアイディアが以前からありました。しかし我々は光学技術に関する知見が十分でなく、打ち手を探していたところ、星野さんからお声がかかったのです。
ご相談したら、即日やりましょう!ということになったんですよね。さらにもう一つ、ちょうどその年末に、農水省からセンシングに関する事業を公募するから応募しないかと弊社に打診があったのです。ICT技術を使って農業生産のコストダウンを目指す事業を、ということでまさに私たちの狙いと同じ。そこで、ヤンマーさん、藤井教授と一緒に平成26年2月に申請し、採用されたというわけでした。
ヤンマーさんも「ヘリにカメラを積めれば……」と考えていらしたということから、農水省による事業の公募がちょうどいいタイミングであったことまで、本当にうれしい偶然が重なりましたね。我々にとっても、食料の持続性を維持するのに貢献したいという観点から、「農業」は新規事業としての一つのターゲットにしていたので、願ってもないチャンスでした。
偶然といえば、農水省の事業へ応募するタイミングで鶴岡グリーンファームさんに合流していただいたのですが、鶴岡グリーンファームさんはうちの防除のヘリのオペレーターなんです。彼らの圃場がちょうど山形大学の隣にあるというのも思わぬ偶然でしたね(笑)。
(※) 葉緑素計SPADは、コニカミノルタが20年ほど前に開発した製品。光を利用して葉の葉緑素の量を測定します。葉緑素の量は、稲の生育状況を知る上で重要な要素で、それをSPADで測って数値化したのが「SPAD値」と呼ばれています。その値を稲の生育過程で測り、値に応じて追加する肥料量を決めるというのが現代の農業の一つのスタンダードになっています。
――偶然、いや運命とも言えるみなさんの出会いですね。コンソーシアムが立ち上がり、どのようなゴールを掲げられたのですか?
与えられた期間は、平成26年度から28年度までの3年間。その間に、リモートセンシングで稲の葉緑素の状態を測って数値化し、数メートル四方ごとの生育状況を「見える化」する。そして、その値に応じて最適な肥料を撒き、お米の品質アップや収量増加を達成することを狙いとしました。SPADでの測定を上空からのカメラ撮影で代替することも、場所ごとに細かく上空から肥料を撒きわけるということも、まだ誰もやっていないことだったので、当然技術的な課題は数多くありました。
リモートセンシングに関しては、これまで人工衛星を使った事例はありましたが、雲や天候などの条件に左右されるためにビジネス利用は難しかった。ただ、低空を飛ぶ無人ヘリであれば雲も関係ありません。そして生育状況の見える化のみならず、その結果に対してアクションを起こせる農業機械を提供し、使い方まで考案してトータルソリューションとして提案出来ればきっとビジネスになるはずだと考えました。そこで、リモートセンシングでデータを取るのはコニカミノルタさん、得たデータに沿って肥料を撒く技術は我々が開発します、と役割を決めて進めていくことになりました。
――開発は最初から順調に進んだのでしょうか?
1年目はいろいろと難しさがありました。たとえば、最初はヤンマーさんの防除用のヘリにカメラを載せて撮影しようと思っていたのですが、それがダメだったんです。
我々の防除用のヘリはローターが3.8メートルもある。飛び上がるために下に送る空気の量が多すぎて、その風で稲がバタバタとなびいて使用に耐える画像を得られませんでした。そこでドローンを使うことに。風の問題以外にも、運用面から見ても、ドローンの方が自由度が高かった。ただ、ドローンは飛べる時間も短く力も弱いので、コニカミノルタさんには随分無理をお願いして、カメラの軽量化に取り組んでいただきました。
平成26年はカメラとヘリ、両社の既存の技術をそのまま使って失敗。そこで翌27年にドローンを使って実験をやり直すべく、冬の間に開発を続けました。コニカミノルタは軽量化したカメラの開発を、ヤンマーは初年度失敗しながらもヘリで取得した一部のデータをもとにして、可変施肥、すなわち生育状況のばらつきに応じて最適量の肥料を撒くことを自動で行える可変施肥機の開発に取り組みました。
植物が赤い光を吸収する度合いは、植物の生育状況を測る指標になることがわかっています。今回開発されたカメラでは、稲が赤い光をどれだけ反射するかを数値化。その値からSPAD値が求められることがわかりました。カメラの画像からSPAD値が計算できるようになったのは初めて。さらに稲の茎数も計算できるようになったことで、葉色評価と茎数評価を掛け合わせて窒素吸収量が得られます。この値が稲の籾数と相関があるため、窒素吸収量が最適になるように追加で肥料を撒けば、最適な籾数の稲、つまり目指すべき稲が得られることになるのです。この計測・計算を可能にしたことが今回のリモートセンシング技術の肝とも言えます。
一方、ヤンマー側で言えば、無人ヘリで場所ごとに量をコントロールしながら肥料を撒くこと自体が世界初。この可変施肥の設計にも高度な技術を要しています。
――田植えは5月、9~10月には収穫です。稲の生育状況を調べて肥料を追加するのは、草丈が伸びてきた7月ごろにしなければなりません。実験のチャンスは年に一度だけ。開発は、冬の間に終えないといけないわけですね。それに3年という縛りもある。プレッシャーは大きかったのではないでしょうか。
そうですね、開発の時間はわずかでした。それでも、協力メーカーさんに助けていただいて、突貫工事でなんとか27年5月に間に合わせることができました。実際の制作期間は3か月もなかったくらい。
うちのセンシングの精度はこれくらいに、ヤンマーさんの可変施肥の精度はこれくらいを目指してほしい、といったことをお互いに共有しながら進めました。山形大学では施肥設計、つまり、リモートセンシングで得た数値に応じて何キロ追加で肥料を撒けばいいかといった実証実験シナリオの設計をやっていただきました。時間はありませんでしたが、なんとか27年の春までに全ての技術がそろいました。
――各社の努力によって、2年目となる平成27年の春までに全てが整い、いよいよ本格的な実験開始となったわけですね。結果はいかがだったのでしょうか。
実験は「はえぬき」と「つや姫」という二つの品種で行ったのですが、結果は予想通りのものでした。「はえぬき」は、外食産業などで広く使われるお米で、品質よりも収量を上げた方が農家さんは儲かる。そのため収量増加を目標に可変施肥を行ったところ、収量が14%上がりました。一方「つや姫」はブランド米で、品質を上げることがより重要です。目標をそのように設定したところ、収量は減ったものの品質が向上。その結果、高い価格で売ることができ、農家さんの収入は33%もアップしました。自信に繋がる結果でした。
重要なのは、栽培戦略に沿った対策が立てられるということです。米は、タンパク質の量がある基準以上に増えると味が落ちます。そこで例えば、収入を最大にする方策としてこの田んぼでは高級米を作りたいからタンパク質を抑えたい、一方、この田んぼでは普及米を作りたいから多少タンパク質が多くとも収量を上げたい、といった戦略を立てたとすると、それに合わせて施肥量をコントロールすれば、目的を達成出来るという道筋が見えてきたのです。
また大きな違いとして、今までのセンシングでは生育状況の相対的な評価しかできなかったのが、今回、コニカミノルタさんが開発したアルゴリズムでは、育ちの良し悪しが絶対値でわかるようになったんです。
つまりこれまでは、育ちの良し悪しはわかるものの、では肥料を何キロ加えたらいいのかということには答えられなかった。しかし今回、我々が開発したアルゴリズムでは、「ここはSPAD値38 相当だ」ということが点でわかります。足りないところにはあと2キロ肥料を追加すれればいい、という具体的なアクションにつなげられるのです。
――実証実験の結果は期待通り。その他に実際にやってみて初めてわかった新たな発見もあったのでしょうか。
はい、大きな発見がありました。それは、稲の生育状況を見える化しただけで、圃場の状態について多くの情報が得られたことです。見える化したマップを見ると、実際に肥料を撒いた軌跡がわかる。それをヤンマーさんに見てもらうと、例えば、「あ、ここは肥料撒きで手を抜いたな」といったことがわかるんです。それはすごい驚きでしたね。
また、圃場の特定の場所だけ生育が悪いというケースがあったので、なぜかと農家さんに尋ねたら、「ああ、そこには硬盤があっていつも育たないんです」と。つまり、マップを見ただけで硬盤の位置が特定できた。土地改良にも利用できるということです。見える化だけでは意味がないのではと当初は思っていたのですが、それ自体にも大きな価値があることがよくわかりました。
今までの農業は勘や経験に頼る部分が大きく、「測る」ということがあまり一般的になっていませんでした。それゆえ今回、コニカミノルタさんの技術によって生育状況を数値化することができたことは、今後の農業に大きなインパクトを与えるのではないかと思っています。
ただ、数値で測ることができたとしても、その意味を評価できなければ価値がありません。そこはやはり農業の専門家であるヤンマーさんと一緒だったからこそ成果につなげることができたのです。
今回のこうした成果や発見を何かひと言で表わせないかと、我々はこんなキャッチフレーズを考えました。「センシングは点から面に。するとアクションは面から点に」。これまでは、いくつかの点の情報だけから推測して面全体へ同じアクションを起こしていたのに対して、今回の技術では、面全体の情報を細かく得て、そこから点ごとにきめ細かいアクションを起こせるようになりました。それが効率化につながり、今後の農業の強い味方になるのではないかと考えています。
――こうしてお話を伺っていて、両社が互いに相手を尊重されていると感じました。今回異なる業種のテクノロジー企業同士が協業したことは、お互いにどのような効果をもたらしたのでしょうか?
電子系、光学系の会社とご一緒したのは、私は今回が初めてでした。やはり、業界が違うと、考え方や開発へのアプローチも大きく違う。そもそも精密農業の定義自体が違いました。コニカミノルタさんは数センチ単位でコントロールすることを精密農業とされていましたが、我々はメートル単位でした。しかしそのような感覚が非常に新鮮に思えすごく勉強させていただきました。
分解能で言えば、コニカミノルタさんのセンシングはセンチ角単位なのに対して、我々が肥料を撒くのはメートル単位が限界です。その一方、農家さんに、「メートル単位で肥料の量を調整できる」と言うとみなさんびっくりするんです。それくらい感覚が違うんですね。そういう違いを互いにぶつけて議論するのは、とてもいい経験になりました。
――コニカミノルタさんはいかがですか。
私たちはそれまで農業についてはほとんど無知で、最初は言葉もちんぷんかんぷんでした。私は「出穂(しゅっすい)」を「出水」だと思っていましたから(笑)。そのような基礎的なことも今回多く学ばせていただきました。今後事業を展開していきたい農業分野で今回、ヤンマーさんという素晴らしいパートナーに出会うことができ、そういった意味でも貴重な機会になりました。
農業の世界に入っていくには、やはり農業のプロの方たちとパートナーシップを組まないといけないということが今回とてもよく分かりました。ヤンマーさんはすでにこの世界で広くいろんな方とつながっていらっしゃいます。そうした方々が最終的に我々の事業のお客さんになっていくという点も非常に大きく、ありがたいことでした。
――コンソーシアムは今年度いっぱいで終わりとなるわけですよね。でもこのお話、きっと先があるのではないかと思っています。この先のビジョンについて、最後にそれぞれのお考えや思いを聞かせてください。
「測定なくして、改善なし」という言葉があります。農業界はこれまで勘と経験に頼ってきましたが、今回、測定におけるセンシングの有用性がわかりました。今後、この方法を応用して、田畑の病気の診断などを含めて可能な限りあらゆることを計測したいというのが私の願いです。きっとそれが農業の進歩に貢献出来ると思っています。
農業は、弊社がずっとやりたいと思っていた分野です。今回、ヤンマーさんと力を合わせることで、農業の未来に貢献できるシステムの仕掛けづくりができたように感じています。まだスタートラインに立った段階ですが、今後、このシステムを発展させて、農業が抱える問題が少しでも解決に向かえばと思っています。
――では最後に、ヤンマーさんはいかがでしょうか。
今回の技術で毎年生育状況を測っていけば、いずれビッグデータになると想像しています。それを気象庁のデータと組み合わせることで、たとえばこれから二日間雨が降ったらこの圃場の状態はおかしくなるぞとか、そういうことが予測できるようになるかもしれません。農業は今後間違いなくロボット化が進みます。そのときに圃場状態がわからないとロボットは正確な行動はとれません。今回の技術は、その基礎の部分になるような気がしています。
日本の農業従事者の平均年齢は現在約67歳です。しかも就農人口が離農人口に追いついていません。一方で日本にとって食料供給という使命を背負った農業は、これからも基幹産業として重要であり、若い人に担っていただかねばなりません。今回の技術によって、科学的なデータに基づく栽培管理が行われ、一層の効率改善により農家の皆様が安心して農業を継続できる環境作りのお手伝いができればと思っています。
――みなさんそれぞれの、この技術にかける思いや、農業の将来、日本の将来への強い思いが感じられ、今後の展開がますます楽しみになりました。本日は、貴重なお話をありがとうございました!
分野の違うテクノロジー企業と大学、農家が共創に取り組んだコンソーシアム。技術面をリードした2社による対談をお送りしました。プロジェクトの起こりから、実証実験内で得られた発見、そして確かな成果。農業経営をサポートする技術として、農業リモートセンシングが全国に広がっていく日も、そう遠くないかもしれません。
次回は場所を、実証実験が行われた山形に移します。山形大学と鶴岡グリーンファームの取材から、この取り組みの価値や可能性をさらに「見える化」します!
※リモートセンシング関連サービスは2022年11月30日をもって新規申込みを終了となります。
プロジェクトの成果や農業の未来にとっての意味を、研究者や農業従事者それぞれの立場から語っていただきました。