印田千容 (いんだ ちひろ)
ヤンマーホールディングス株式会社 ブランド部デザイン部。ロゴ、商品、建築など、ブランドに関わるヴィジュアルコミュニケーション全般を担当。ヤン坊マー坊のリニューアルを手がけるとともに、『未ル わたしのみらい』プロジェクトでは、ロボットデザインの責任者としてチームを統率。
2025.03.13
2025年4月、トラクターや建設機械で知られるヤンマーが製作・プロデュ―スを手がけたオリジナルのTVアニメ『未ル わたしのみらい』(全5話)が地上波テレビで放映されます。作品に登場するロボット「MIRU(ミル)」は、『機動戦士ガンダム』シリーズのプラモデルのボックスアートなどに携わるイラストレーター、井口佑さんとの共同作業で生み出されました。「武器を持たないロボット」に込められたデザイン哲学について、ロボットのイメージ原案を作った同社デザイン部の印田千容さんと語り合いました。
写真:ロボットイラストレーターの井口佑さん(右)とヤンマーホールディングス株式会社デザイン部の印田千容さん=東京・八重洲のヤンマー米ギャラリー
――2025年4月に地上波放送が始まるオリジナルアニメ『未ル わたしのみらい』(以下、『未ル』)のロボットデザインには、お二人が大きくかかわっています。
印田千容(以下、印田):デザイン部ではトラクターやコンバインといったヤンマーのプロダクトデザイン全体に携わっていますが、2022年に今回のアニメプロジェクトに参加することが決まった時には大きな責任を感じました。世間からは「ヤンマーが一体どんなロボットを作る気だろう?」という注目が集まると思ったからです。
井口佑(以下、井口):シンプルに「えっ!あのヤンマーがオリジナルアニメ!」と驚きましたね。トラクターなどのデザインのノウハウをどうロボットに反映させてくるのだろう?とわくわくしました。
印田:そうはいっても、ロボットのデザインは初めての経験です。外部に一任するのではなく、自分たちで「0から1」を生み出す作業をまかせられたということで、そこに会社としての大きな覚悟も感じました。
――作品に登場するロボット「MIRU」はスマートなフォルムが印象的です。
井口:最初に原案を見せてもらった時、いわゆるロボットからイメージするゴツゴツ感がなく、体が細くて線も柔らかいのが印象的でした。背中にアタッチメントをつける発想もすごくオリジナリティーがあると感じました。
印田:ヤンマーとしてはデザイン案が固まった段階で、外部の視点を反映しようと考えていました。より専門的な視点でブラッシュアップするためにも、ロボットイラストレーターとして活躍する井口さんに声をかけさせていただきました。
井口:とてもうれしかったです。私は群馬県に住んでいて、実家は農家ですし、まさにトラクターが田畑を耕している環境で育ちました。身近な存在なのでやる気が出ました。
印田:井口さんに原案を渡すまでに、デザイン部員がたくさんのアイデアを出しています。そこで土台になったのは、「人の役に立つ、人を助ける機械を作る」という創業以来の理念です。そこから「武器を持たないロボット」というコンセプトも生まれました。アイデアの中には採用されたものとは全く異なる、シンプルで可愛らしいデザインもありました。丸みを帯びたロボットの方が、ヤンマーの会社イメージに近いという発想です。しかし、今回のプロジェクトでは「今までのヤンマー製品の踏襲や延長線ではない、全く新しいデザインを生み出してほしい」というミッションもあり、試行錯誤を繰り返しました。
井口:最終的には成功していると思いますよ。「MIRU」の姿からは「あのヤンマーがこのデザインを!」という驚きを覚えました。
印田:アニメ『未ル』の制作と並行して、ヤンマーの今後のデザインの方向性を検討するプロジェクトも進行していて、それが「柔和剛健」に決まったことも影響したと思います。柔らかく人々に寄り添い、同時に解決すべき課題には力強く立ち向かう姿勢でデザインするという考え方です。井口さんは、しっかりとしたデザインの考え方をもっておりコンセプトを理解して、アウトプットも自分勝手ではなくヤンマーに歩み寄ってくれた。信頼できるパートナーです。
井口:ロボットのボディは人への優しさを示すような柔らかいラインで描かれている一方、困難に立ち向かうためのショベルやタービンといったアタッチメントはヤンマーさんの産業機械から発想を得ていて屈強な感じになるよう意識しました。まさに「柔和剛健」のコンセプトを反映したデザインになっていると感じます。
――「MIRU」のデザインにはどんなメッセージが込められていますか?
印田:私たちとしては「100年後のヤンマーがロボットを作ったら?」というテーマと共に、1990年中盤以降に生まれたデジタルネイティブであるZ世代の心にも響くような、スタイリッシュな方向性を探りました。そこが難題でしたね。
井口:自分がブラッシュアップする際に意識したのは、「人に寄り添う」というコンセプトを表現するために、「自然」の形を造形に落とし込むことでした。原案の段階から「MIRU」の胸部分には、花のつぼみのようなデザインがあしらわれていましたよね。
印田:あれは「未来を支える人材や才能を支援しよう」というヤンマーの価値観のひとつである「HANASAKA(ハナサカ)」を象徴したサクラのイメージなんです。
井口:自分のデザインコンセプトとして生物のモチーフを取り入れる事を意識しています。今回も「MIRU」の肩には花びらをイメージした防具がついていますし、ほかにも昆虫や植物の姿からインスピーレションを得てデザインした部分がたくさんあります。また作品のテーマから、自分のちょっとした行動が未来の再生や破壊につながるといった世界観を感じました。そこから「大地を育てる」「土を再生させる」機能を「MIRU」のアタッチメントのひとつに持たせています。畑は耕しただけで作物は育たず、土中の微生物や生き物の存在も欠かせない。そんな意味を設定の中に込めています。今回はただ「かっこいいから」という理由だけで描くことは控え、一つひとつの機能の意味や動き方の必然性などを、すべて説明できるデザインであることにこだわりました。
印田:私は子どもの頃に、ロボットが描かれたカードやTVゲームに熱中したんですが、その体験も少なからず影響しているかもしれません。ゲームで遊ぶ以上に、いろいろなロボットと出会えるのが楽しかった。そこから力強いフォルムの在り方や敵役の色使いの共通点など、子ども心ながらにデザイン的な視点を自然に勉強していたと思うんですよね。そういった経験も思い出して、今回の仕事はとても刺激的でした。
井口:私が最初にはまったのは、ライバルであり仲間でもあるロボットたちが活躍するアニメでした。ですから、人を支えるという「MIRU」のコンセプトはすぐにしっくりきましたね。また、私の仕事は平面に落とし込むことが中心なので、実は自分の手がけたキャラクターがアニメで「動く」というのは、初めての体験でした。立体モデルができて、デモ映像を見たときの高揚感といったら……感動しました(笑)。
――『未ル』の未来には、どんな展開が待っているのでしょうか?
印田:今回のプロジェクトには、ヤンマーのブランド価値を高める、広めるという役割もあります。アニメは日本発の世界的なコンテンツなので、ぜひグローバルな形でも広がって欲しい。キャラクターやストーリーを通じて見てくださる方に共感してもらったり、自分事にしてもらったりできれば、ヤンマーの存在価値も高まっていくはずです。
井口:私は「MIRU」のフィギュア化やプラモデル化に期待しています。アニメの強みの一つは親子で楽しめることですよね。おもちゃを通じて世代を超えたコミュニケーションが生まれることで、ヤンマーさんがより身近な存在になるはずです。
印田:ぜひ実現したいですね。今回の放映ではオムニバス形式の5話ですが、さらなる展開で「MIRU」のアタッチメントが増えるかもしれません。どんどん付け替え用のキットも増えて、世界中の子どもたちが「MIRU」を人助けの遊びに使ってくれるのが夢です。
井口:そこから広がって、ヤンマーさんのトラクターのミニカーに興味を持ってもらえたらいいですよね。
印田:『未ル』をきっかけに、トラクターをはじめヤンマー製品のデザインも影響を受けていくのではと思います。現在、デザイン部では、未来を見据えた先行デザイン手法や、デザインのプラットフォーム構築を通じて、社員自らがブランドを創出するための基盤づくりを進めるフェーズに入っています。「100年後のヤンマーがロボットを作ったら?」というテーマに取り組みましたので、これからは現実との間を埋めていくことが目標になります。今後どんなデザインが生まれていくのか、心からわくわくします。
2025年4月2日(水)よりTV放送開始(オムニバス形式のストーリー、全5話)
MBS:毎週水曜26時30分~
TOKYO MX:毎週木曜22時00分~
印田千容 (いんだ ちひろ)
ヤンマーホールディングス株式会社 ブランド部デザイン部。ロゴ、商品、建築など、ブランドに関わるヴィジュアルコミュニケーション全般を担当。ヤン坊マー坊のリニューアルを手がけるとともに、『未ル わたしのみらい』プロジェクトでは、ロボットデザインの責任者としてチームを統率。
井口佑 (いぐち ゆう)
イラストレーター。群馬県出身。一般企業勤務を経て独立。「機動戦士ガンダム」のプラモデル箱絵(ボックスアート)やトレーディングカードゲームのイラスト、メカデザインやロボットデザインなどを手がける。『未ル わたしのみらい』プロジェクトではコンセプトアーティスト、ロボットデザイナーとして関わる。