2025.03.06

「未来は自分たちの手で」あのヤンマーがTVアニメを作ったワケ アニメ『未ル わたしのみらい』もうすぐ放映~プロデューサー特別対談

2025年4月、オリジナルアニメ『未ル わたしのみらい』(全5話)が地上波テレビで放映されます。製作・プロデュースを手がけたのはトラクターや建設機械などで知られるヤンマーホールディングス株式会社。なぜ、産業機械メーカーが商業アニメをつくったのか? 「人の可能性を信じ、挑戦を後押しする」という創業者から受け継ぐ価値観を持つヤンマーが未来を描くことに意義がある、と同社取締役(CBO)の長屋明浩さんは話します。総合プロデューサーを務めた『機動戦士ガンダム』シリーズを手がけた植田益朗さんとともに、ヤンマー発オリジナルアニメの誕生秘話や作品に込めた想いを語り合いました。

グローバルな影響力を持つアニメの力でブランド価値を向上

長屋明浩さん

――いよいよアニメ『未ル わたしのみらい』(以下、『未ル』)の放送が2025年4月に始まります。総合プロデューサーを務めた植田さんとの出会いについて教えてください。

長屋明浩(以下、長屋) :『未ル』プロジェクトは2022年にスタートし、植田さんには立ち上げ当初から相談に行きました。植田さんが手がけたガンダムは、ロボットアニメでありながら人間を描いた作品。私たちもそうしたアニメを作りたいと思っていたからです。もうひとつ個人的にはシド・ミード*の存在も影響しています。私のキャリアのスタートはデザイナーなのですが、私たち世代のデザイナーは、ミードの未来イメージやデザインに多大な影響を受けています。植田さんはミードの展覧会をプロデュースするなど、深い関係をお持ちでしたから、ぜひ一緒に仕事をしたいという思いもありました。

*シド・ミード(1933-2019) アメリカの工業デザイナー、イラストレーター、ビジュアル・フューチャリスト。自動車などのデザインを手がけたほか、「ブレードランナー」など、多くの映画作品に参加した。

植田益朗(以下、植田): 最初は知り合いを通じて長屋さんとお会いしました。ミードのエピソードは後から教えてもらいましたね。私とミードはガンダムのデザインを依頼したことでつながり、彼も長屋さんも自動車デザインからキャリアが始まったという共通点もある。不思議な縁を感じます。初対面からロボットが登場するアニメを作りたいということで、すでにいくつかあったロボットの原案デザインを見せていただいたことをよく覚えています。

――そもそも農業機械や建設機械、船舶などの製造開発で有名なヤンマーさんが、なぜ畑違いのアニメを作ることになったのでしょうか?

長屋:一言でいえば「ブランドプロモーション」です。世界へ向けてヤンマーの認知を高め、ブランド価値を向上させていく使命を託された時、もっとも効果があるのはアニメだと確信していました。グローバルな事業成長を目指す上で、日本発のブランドで世界的な影響力と推進力があり、共感を伴うコミュニケーションを可能にするアニメの力を利用しない手はないだろうと。

植田:企業のブランディングとしてアニメを作る発想は面白いと思いました。ただ、アニメ業界はいま制作スタジオもクリエイターも足りない状態で、さらにロボットものは手がかかる。正直、最初はあまり気が進みませんでした(笑)。

――それでもなおロボットにこだわった理由は?

長屋:それはヤンマーが、産業機械を中心に社会課題解決を目指すソリューションカンパニーだからです。そのミッションを作品にも反映したいと考えました。人の役に立つ機械には、ロボットの姿が重なります。でもふつうのロボットアニメをつくっても意味はない。『未ル』はロボットアニメではなく、人間が主人公のヒューマンアニメ。登場するロボット「MIRU(ミル)」は武器を持たない。このコンセプトに、ヤンマーの強みや理念を生かせると当初から考えていました。

植田益朗さん
植田益朗さん

植田:まさに兵器であるガンダムからスタートした自分が、45年の時を経て正反対の「武器を持たないロボット」の物語にかかわるとは思ってもいませんでした。でも、ロボットの設定やヤンマーさんの想いを聞くうちに、これは新たな挑戦だと考えが変わりました。作業は大変ですが、クリエイターにとって一番面白いのはやはりオリジナルの企画です。アニメ製作の常識に縛られず、人間に寄り添うロボットの在り方とは何か、イメージが広がっていきました。

「武器を持たないロボット」に託された企業理念とデザインポリシー

ロボット「MIRU」の全身模型
ロボット「MIRU」の全身模型

――ロボット「MIRU」のデザインもとても独創的です。

長屋:ヤンマー創業者の山岡孫吉は「人々の労働の負担を機械の力で軽減し、快適なものにしたい」という考えを持っており、「人を助けたい」という思いから始まった会社です。その信念はすべての製品デザインにも生かされています。「MIRU」も背中にショベルや投光器、タービンといったヤンマーが手がける産業機械をモチーフにしたアタッチメントをつけています。

植田:アタッチメントを広げた姿がまるで千手観音のようですよね。パーツそれぞれにリアリティーがあって、アニメクリエイターからはなかなか出てこない発想だなと思いました。

長屋:千手観音はあの手の一つひとつで人を救う。「MIRU」もまさに同じ発想で、人を殺めたり街を破壊したりしないで、文字どおり手を差し伸べていく。主役は、あくまで困難な状況の中で新たな一歩を踏み出す「人」です。その傍らに寄り添い、助け、後押しする存在が「MIRU」。この機械と人間の関係も、「人助け」というヤンマーの精神性やポリシーを象徴しています。アニメという形をとることで、このメッセージがより深く伝わるのではないかと期待しています。

ヤンマーのデザインポリシーである「柔和剛健」にあわせて、人に接するロボットは優しく柔和に、課題と対峙するアタッチメントは剛健で力強い表現になっています。

――作品にはどんなメッセージが込められているのですか?

植田:手にも見えるアタッチメントは困難に立ち向かう手段であり、「未来は自分の手でつくることができる」という作品のメッセージを象徴していますよね。

長屋:持続可能な未来を自分たちでつくるという、ヤンマーのブランドステートメント「A SUSTAINABLE FUTURE―テクノロジーで、新しい豊かさへー」にもつながります。現代はあまりにも課題が多く、時に絶望してしまいそうになりますが、自分次第で未来は変えられるということを、特に若い世代に伝えたい。『未ル』には明るい未来ばかりでなく、ディストピアも登場します。時空を超えたそんな世界で様々な悩みを抱えた人々が困難に立ち向かい、解決する物語を体験することで、未来をつくり、変えていくというマインドを感じて欲しいと思っています。

植田:物語のモチーフになっているのは、偶然の小さな出来事が連鎖して大きな変化を引き起こす「バタフライエフェクト」という考え方です。全5話とも登場人物たちのささやかな一歩が大きな出来事につながっていきます。つらい現実から逃げずに勇気をもって踏み出すことで、未来は変わるということを感じて欲しいと願っています。

オリジナルストーリー、オムニバス形式で新たな才能を育成 アニメの未来につなげたい

アニメ『未ル わたしのみらい』キービジュアル
アニメ『未ル わたしのみらい』キービジュアル

――『未ル』の全5話は異なる制作会社がつくっています。これも珍しい試みですね。

植田:時間的な制限のあるなかで高いクオリティーの作品を仕上げるため、別々の制作スタジオに全力で取り組んでもらいました。さまざまな事業を展開しているヤンマーさんの幅広さを伝えるには、プロジェクト自体も多面的なほうがいいとも考えました。結果的に、ベテラン制作会社から新進気鋭の若いスタジオまでバラエティーに富んだ顔ぶれになりました。

長屋:全5話で共通するのはロボット「MIRU」が出てくることだけ。登場人物の年齢も性別も時代背景も、作画のタッチも違います。それぞれの個性があふれていますが、どのストーリーも普遍的な悩みや苦しみを描いているので、自分事として見ることができると思います。企画当初から目指していた人間ドラマを描けたのは本当に感慨深い。

植田:5本の作品を同時に走らせて作るのは簡単ではなかったですが、とても刺激的な試みでした。

長屋:ヤンマーには創業以来受け継がれてきた「HANASAKA(ハナサカ)」という価値観があります。未来を支える人材や才能を支援しようという取り組みで、まさに今回の制作形式は、アニメ界の「HANASAKA」につながるのではと感じています。アニメ業界の人と未来を育む機会になればうれしいですね。

植田:それならば私は「花咲じいさん」みたいな存在ですね(笑)。今回はオリジナルアニメということもあって、どのスタジオも高いモチベーションで、素晴らしい作品を作ってくれました。過去の例を見てもオリジナルのアニメ作品は世の中を変えていく力を持つことが多いんです。アニメ界の現状としては残念ながら消費財として制作されている傾向や、企画の偏りといった課題がありますが、今回のヤンマーさんの野心的なプロジェクトが、アニメの可能性を広げる刺激になって欲しいと願っています。この5話は序章に過ぎず、海外展開など広がって欲しいですね。

長屋:ヤンマーの次のステップとして、『未ル』で生み出された造形やデザイン思想を実際のプロダクトに落とし込むことができたら面白いですね。モノづくりは未来を想像し、夢を描き、現実に変えていくことが大切です。「MIRU」を通じてヤンマーの未来の製品の在り方を感じてもらい、そのテイストを持った製品が未来の現実世界で人を助ける――いわばアニメと現実がつながった未来をつくりたいです。

植田:これもまさにバタフライエフェクトですね。

長屋:そのとおりです。『未ル』プロジェクトをはじめたことで、私たちもストーリーの中に組み込まれてしまったのかも知れませんね。私と植田さんが出会ってしまったこともそう。偶然の出会いや一人ひとりの行動が連鎖して、新しい未来が生まれる。作品を見た皆さんも、クリエイターの皆さんも、ヤンマーの全社員も巻き込みながら、「未来は自分の手でつくれる」ということを証明していきたいです。それが「A SUSTAINABLE FUTURE」にもつながるのではないでしょうか。

2025年4月地上波放映!

プロフィール

長屋明浩(ながや あきひろ)

ヤンマーホールディングス株式会社 取締役 ブランド部長(CBO)

トヨタ自動車で初代レクサスのデザインにかかわり、ヤマハ発動機執行役員などを経て、2022年5月にヤンマーホールディングス株式会社に入社。同年7月から取締役 ブランド部長(CBO)を務める。企業文化である「HANASAKA」を軸とするブランディング、社内外を巻き込み新たな価値を生み出す「インクルーシブ ブランディング」を先導。9代目となるマスコットキャラクター「ヤン坊マー坊」のリニューアルも手がけた。

植田益朗(うえだ ますお)

株式会社スカイフォール 代表取締役 プロデューサー

『機動戦士ガンダム』の制作を経て、劇場版『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙』で初プロデュースを経験。『銀河漂流バイファム』『シティーハンター』『∀ガンダム』『犬夜叉』などを手がけた。A-1 Pictures社長、アニプレックスの社長と会長を歴任後、2018年3月にアニメを含むコンテンツ企画、プロデュース、製作を担う株式会社スカイフォールを設立。

※取材者の肩書・役職は取材当時のものです

 

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