ヤンマーアグリ株式会社 開発統括部 先行開発部
ヤンマーテクニカルレビュー
ヤンマーの可変施肥の紹介
~熟練者レベルの肥料散布を、誰でも簡単に~
Abstract
More uniform crop growth is a key to achieving higher yield and quality. While past practice has been for the rice transplanter operator to adjust fertilizer application manually, this requires familiarity with the field and equipment. In response, Yanmar has developed a controlled fertilization system that anyone can use. This system equips the rice transplanter with a controlled fertilization function for applying fertilizer based on a map that specifies the amount for each location in the field. Yanmar also supplies a fertilization planning system that simplifies creation of the fertilization map. By using this system, even unskilled equipment operators can perform controlled fertilization.
1.はじめに
現在、日本の農業は大規模農家の割合が少しずつ増加し(図1)、担い手農家への農地集積が進んでいます。これは、高齢化に伴う農業就業人口減少(図2)の解消にむけて良い傾向と言えます。
しかし、保有する田んぼや畑(ほ場)の面積が拡大するということは、農作業者一人当たりの負担が増すため、これまで通りに作物の収穫量(収量)と品質を維持していくことは容易ではありません。
農作業は熟練の技や知識を必要とする場合が多いことから、新規就農者を増やしてもこの問題はすぐには解消できません。そこでヤンマーは、誰であっても熟練者レベルの農作業を実現できる農作業機・サービスの展開をしています。本稿ではその一例として、ヤンマーの可変施肥を紹介します。
2.可変施肥
可変施肥とは、ほ場内の場所ごとに肥料の散布量(施肥量)を変える手法のことです。本章では、可変施肥の必要性と課題について説明します。
2.1.可変施肥の必要性
施肥は、その土地の農作物を生産する力(地力)を補うために実施するものであるため、地力に合わせて施肥量を決める必要があります。施肥量が少なすぎると十分に成長せず収量が減り、多すぎるとコストがかかるだけでなく作物の品質の低下にもつながってしまいます。
また、地力はほ場間だけでなく、同じほ場の中でもばらつきがあります。そのため、ほ場内で肥料を一律に散布することは、場所毎の地力のばらつきによって生育に影響して収量・品質が不安定となる原因となります。こういった問題を避けるために、可変施肥が必要とされています。可変施肥により、場所ごとの地力に応じて施肥量を変えることで、肥料コストを適切に抑え、作物の収量・品質の安定化を促します。(図3)。
2.2.可変施肥の課題
可変施肥を実施するためには、必要なことが2つあります。
1つは、ほ場内の地力を熟知していることです。長い間、同じほ場で農業を営んだ熟練者であれば、ほ場内の地力のばらつきを把握することができますが、そのほ場で新たに農業を始めた人には簡単なことではありません。
もう1つは、施肥を行う農作業機(施肥機)について熟知していることです。現在の肥料散布は、トラクター、田植機、無人ヘリコプターに施肥機を搭載する方法が一般的です。いずれの場合も、作業者が場所ごとに手動で施肥量を調整することで可変施肥を実現できますが、これは農作業機の機能や操作方法を熟知した人しかできません。
これら2つを併せ持った人しか実施できないというハードルの高さを克服するのが可変施肥の課題です。
3.ヤンマーの可変施肥
本章では、ヤンマーの可変施肥の構成および、ヤンマーが提供するサービス「施肥設計システム」と、農作業機「側条施肥機(V仕様)搭載田植機(以下、可変施肥田植機)」について説明します。
3.1.全体構成
ヤンマーの可変施肥は、施肥マップを作成する施肥設計システムと、施肥マップを用いて可変施肥を行う可変施肥田植機によって成り立ちます(図4)。施肥マップとは、ほ場内のどの場所にどれだけの施肥を行うかの情報を含むデータです。可変施肥田植機は、施肥マップの値と、車両の位置情報や車速情報等から、施肥量を調整することで可変施肥を行います。
これまでは、100枚のほ場で可変施肥を行う場合、ほ場と農作業機に詳しい熟練者が全てのほ場に出向く必要がありました。しかし、ヤンマーの可変施肥であれば、熟練者が施肥マップを作成することで、新規就農者が可変施肥田植機を操作しても可変施肥を実施できます。それだけでなく、複数台の可変施肥田植機を用意することで、複数のほ場で並行して可変施肥を行うことができます。
3.2.施肥設計システム
施肥設計システムは、施肥マップを作成するためのアプリケーションです。ほ場をマス目状に区切り、それぞれのマスでどれだけ施肥を行うかを設定することで場所毎の施肥量を設定します(図5)。
また、施肥マップはリモートセンシングサービス※1の生育情報を参照して作成することもできます。生育情報から場所ごとの地力のばらつきを推定し、地力の高い場所は施肥量を少なく、地力の低い場所は施肥量を多く設定した施肥マップを自動で作成します(図6)。これにより、そのほ場を熟知していない人でも、施肥マップを作成することができます。
作成した施肥マップをファイル化(以下、施肥マップファイル)してUSBメモリに保存し、可変施肥田植機に読み込ませることで、可変施肥が実施できます。
- ※1リモートセンシングは、幼穂形成期に撮影用ドローンで撮影した画像情報から一筆毎の生育状態とそのばらつきを見える化するサービスです。
3.2.1.施肥マップファイルの作成手順
施肥マップファイルは、図7に示す①~③の3ステップの作業により作成します。
① 設定
施肥マップを作成するために、以下の3つの情報を設定します。
- 対象となるほ場:施肥マップを作成するほ場の情報
- 参照データ:リモートセンシングデータの使用の有無
- 標準施肥量:そのほ場に散布する肥料の基準量
対象となるほ場は、営農サイト※2の登録済みのほ場から選択します(図8)。参照データは、事前にリモートセンシングサービスにて取得した生育情報を選択することができます。なお、参照データを使用しない場合は標準施肥量一律の施肥マップが作成されます。標準施肥量一律の施肥マップについても、次ステップで可変施肥の施肥マップに修正することができます。
- ※2営農サイトとは、ユーザーが農作業機やほ場の管理ができるWEBサイトです。営農サイトにて登録されたほ場毎に、作付計画や作業記録を登録することが可能です。
②確認・修正
設定した情報から作成された施肥マップは地図上で表示されます。
作成された施肥マップの一部分を修正したい場合は、地図上で修正したい箇所を範囲選択することで、その範囲のみ施肥量を修正することが可能です(図 9)
また、ほ場全体の施肥量を増減させることも可能です。
③出力
確認・修正を終えた施肥マップを施肥マップファイルとして出力します。施肥マップファイルを保存したUSBメモリを、可変施肥田植機に読み込ませることで、可変施肥を実施できます。複数のほ場の施肥マップを作成している場合、複数のほ場の可変施肥マップを一つのファイルに集約することも可能です。(図10)。
3.3.可変施肥田植機
本節では、可変施肥田植機の製品機器の構成について説明します。
3.3.1.製品機器の構成
可変施肥田植機では、従来の側条施肥機に加えて、Differential Global Navigation Satellite Systemアンテナ(以下、DGNSSアンテナ)と、タッチパネル・可変施肥制御コントローラを搭載しています(図11)。次節以降で、これら3つの機器について説明します。
3.3.2.側条施肥機
側条施肥機は、田植機での植え付けと同時に、苗の傍に肥料を撒くための機械です。田植機後方の植付部に搭載されています。(図12)
側条施肥機には、ホッパーと呼ばれる容器が取り付けられており、この容器に肥料を投入します。ホッパーの下部には、肥料を繰り出すための機構があり、この機構を施肥モータで駆動させることで、ホッパー内の肥料を撒く仕組みです。施肥量は、施肥モータの回転速度に応じて増加し、回転速度が速いほど、施肥量は多くなります。
そのため、施肥モータの回転速度を制御することで、施肥量を自在に調整できます。
3.3.3.DGNSSアンテナ
DGNSSアンテナは、可変施肥に必要な位置情報を取得するための機器です。田植機の前方上部に搭載されています(図 13)。これによって、位置情報を取得することができます。このアンテナで取得した情報により、リアルタイムに田植機の位置などの情報を計算しています。
3.3.4.タッチパネル・可変施肥制御コントローラ
施肥マップの切替などを明快・シンプルに操作できるようにするため、タッチパネルを採用しました(図14)。ユーザーインターフェース機能として、タッチパネルによる動作指示、USBメモリによる施肥マップの読み込み、読み込んだ施肥マップの選択、動作モードの切り替え、異常時の画面表示・ブザー吹鳴などを実装しています(図15)。
また、このタッチパネルは、可変施肥制御コントローラとしての役割も担っています。DGNSSアンテナやその他のセンサの情報を元に、各種の制御演算を行い、施肥モータの回転速度を制御することで、施肥マップで指示された通りの施肥量を実現します。
4.おわりに
本稿は、ヤンマーの可変施肥について紹介しました。施肥設計システムと可変施肥田植機を用いれば、誰でも熟練者並みの可変施肥を行うことができ、作物の収量・品質の安定化が実現できます(図16)。
現在、日本の農業は、農業就業人口の減少によって、新規就農者の支援と、担い手農家の負担軽減が課題となっています。これからもヤンマーは、農作業機・サービスの両面で新たな価値を創造し、これら社会課題の解決に貢献していきます。
著者
ヤンマーアグリ株式会社 開発統括部 電装制御開発部