神原清孝
ヤンマー株式会社 人事労政部 部長
2017.06.16
若手もベテランも、海外からも! 社員一人ひとりが主役になれる“YWK”とは?
2012年、創業100周年を機にヤンマーの存在意義や使命をまとめた「ミッションステートメント(以下、ミッション)」を公表、次の100年に向けたヤンマーの決意を社内外に発信しました。
以後、企業のミッションやブランドステートメントが露出する機会は増えましたが、社内にはどのように浸透しているのでしょうか。今回は、ヤンマーの内部の活動に目を向け、ミッションを浸透し実践するための各種プロジェクトを担う「人事労政部 ミッション推進グループ」神原清孝さん、橋井秀明さんへのインタビューを行いました。
橋井秀明
ヤンマー株式会社 人事労政部 ミッション推進グループ
トヨタ生産方式から学んだ、ヤンマーの現場改善活動
「YWK」とは「Yanmar Way by Kaizen」の略称。知恵ある改善を繰り返し、ミッションの実現に向けて企業体質を強化する活動です。YWKの源流をたどると、生産現場で取り組まれてきたヤンマーの改善活動の歴史が見えてきました。
――ヤンマーは、100年以上の歴史あるメーカー。以前から、生産現場では日常的に改善活動が行われていたのでしょうか。
そうですね。生産現場の改善活動は古くから繰り返されています。現在につながるものとしては、1975年に始まった滋賀生産事業所(現・びわ工場)の「ムダ廃除運動」と、阪神ディーゼル事業部(現・尼崎工場)の「M0(ムダゼロ)作戦」の二つです。
特に滋賀生産事業所では、世界的にも知られる「トヨタ生産方式」を体系化したトヨタ自動車工業株式会社(以下、トヨタ)の元副社長である(故)大野耐一さんに講演を依頼しました。また、当時大野さんのもとにおられ、現在は同社の名誉会長になられた張富士夫さんにも指導に来ていただいていました。
トヨタ生産方式に習い、「ヤンマー生産方式」を作り上げ、現場の改善に取り組み始めました。
――個別の現場レベルではなく、会社全体として体系的に改善に取り組む流れへは以前からあったのですね。
次の大きな動きが2004年に製造体質強化活動として始まった「YWK活動」です。
2000〜2002年頃は非常に景気が悪く、びわ工場の生産台数が27万台から19万台まで落ち込んだりと、会社としても厳しい状態でした。これはなんとかしなければいけないと、YWKが立ち上がりました。グループ全体の生産現場の改善活動で、厳しい経営状況を乗り越える施策として始まったわけです。
――「ムダ廃除運動」「ムダゼロ作戦」と、製造のプロセスはそもそも改善と切っても切れない間柄なのでしょうか。
そうですね。技術も進化しますし、排ガス規制が強化されるなどの法律の改正もあります。世の中のニーズに応え、変化に対応するためにつくる製品が高性能化すると、組み立て工数に対し試運転の工数が多くなってくる。すると、試運転の工数を減らすための改善が必要になりますよね。
製造現場では、変化に対して常に最適解を探し続ける宿命にあります。そういう意味では、改善はヤンマーという企業に必須の文化でもあるのです。
当初のYWK活動はあくまで生産現場中心で、「在庫管理は定品・定位置・定量で行う」などの統一ルールを決めたりするものでした。やがて毎年行う「YWK報告会」で、個別の工場の改善活動に加えて、販売、開発、生産と事業全体の方針の展開や進捗、改善状況も報告するように進化してきました。
――メーカーならではの企業文化が、ミッション浸透と実践に向けた現在の形に。2012年のミッション策定後、2014年からはYWKグローバル大会が開かれるようになりました。
2012年の段階では、まずミッションブックを制作してグループ全社員に配布しました。組織内で最も影響力のある課長層を対象に、国内外で119回、2271名に対して3時間のミッション研修会を実施しました。でも、ミッションは言葉として理解するだけではなく、実践へと結びつけもらう必要があります。
日々の業務をミッションの実践へと結びつける方法を考える中で、改善活動を報告し合い、良いものを積極的に表彰する大会のアイデアが出たんです。
ちょうど品質保証部が「グローバルQC大会」という活動発表会を開催していたので、YWK活動を掛け合わせ、2013年にYWKグローバル大会を開催する運びとなりました。
――なるほど。改善活動が発展し、さらにミッションを浸透させ、実践へとつなげていくツールとしてYWKグローバル大会が生まれたというわけですね。
ミッションも改善活動も、まずは課題や解決策を考える「思考」から始まり、その後「対話」したり、実際に「行動」に移さなければ成果にはつながりません。YWK活動が最終的に事業での成果に結びつき、お客様への提供価値を通して社会へ貢献するところまでを目指しています。
ミッションを実践へと移すツールとして日産自動車株式会社の課題解決プログラム「V-up」も導入しました。研修会で学んだことを部門に持ち帰り、「V-up」を使って改善活動を行い、その結果をYWKグローバル大会で発表していただくサイクルも見られるようになってきました。こちらからお願いするのではなく、あくまでも自律的に「思考」「対話」「行動」のサイクルができる仕組みづくりが私たちの仕事です。
YWKグローバル大会によって根付く、“互いの仕事を讃え合う文化”
2017年度で4年目を迎えたYWKグローバル大会。神原さんの言葉にあった、日々の改善活動を報告し、表彰する大会とは、どのような取り組みなのでしょうか? 具体的にお話を伺いました。
――ひとことで言うと、YWKグローバル大会はどんな大会ですか?
改善活動やチャレンジに取り組む社員を“讃える”大会です。讃えることによって、他の社員に「自分もやってみよう」という思いを生む、そういう波及効果を期待しています。最終的なゴールは、お互いを讃え合う文化をつくることでミッションの実践につながる活動を増やし、組織の風土を改善していくことです。その先に事業での成果と会社の成長とともに、社会への貢献があると考えています。
――「お互いを讃え合う」点は特徴的ですね。
幅広くいろんな社員に取り組んでもらうには、トップや周りから褒めてもらうことが一番効果があると考えたからです。この考えには経営層からも共感が得られ、非常に協力してもらっています。
YWKグローバル大会は以前Y MEDIAでもお話した、世界中のヤンマーグループを対象としたサッカー大会、「ヤンマーグローバルカップ」 にもつながっているんです。海外の現地法人の場合は、マネージャークラス以上は本社に来る機会がありますが、現場で働く社員はなかなか機会がありません。でもYWKグローバル大会にエントリーし、評価されれば各地域代表の出場チームに選ばれ、サッカー大会と同じように日本に招待されます。来日してくれたメンバーは、帰国した後は誇りや喜びを伝えてくれますし、会社に対するエンゲージメントも非常に高くなると実感しています。海外の現場で頑張っている人たちをどんどん呼びたいということも、狙いのひとつです。
――世界中に拠点のあるヤンマーならではのお話ですね。
ただ個人的には大会名の「グローバル」という言葉に違和感を持っています。多様性のある世界中の社員がミッションの実践に向けて同じ志で日々業務にあたっている中で、「グローバル」という言葉は日本的な視点ですよね。今後はグローバルという言葉を使わずに「グループ」の大会として位置づけたいですね。
――過去4回の開催で、エントリーの内容に傾向や特徴は見えてきましたか?
エントリー数ではエンジン事業、アグリ事業、コンポーネント事業の順に、参加率ではコンポーネント事業、エンジン事業、建機事業の順に多くなっています。各現場で改善を競い合うような側面もありますね。
――今年3月に開催された、第4回YWKグローバル大会は、2357件のエントリーがあり、32チームが大会に出場。当日は経営幹部や参加チームを含めて500名の参加者がありました。年々規模も大きくなる大会の準備は、どのような体制で行われているのですか?
ミッション推進グループ、ものづくり改革部、品質保証部が連携し、各事業部やグループ会社からプロジェクトメンバーを募集します。若手の育成の場ともなるように、若手を中心に7〜16名の分科会ごとにリーダーを置き、自由な発想で運営に取り組んでもらっています。その後は各地のエントリーの促進や出場チームのフォロー、大会当日の内容を詰めたりと、年間通じてチームで動きます。
準備の段階では、メンバー間で揉めることもあるくらい、活発な活動になっています。それだけに大会が終わるとすごく達成感があるみたいで、プロジェクトメンバー経験者が周りに薦めてくれており、自主的にプロジェクトメンバーに手を挙げる人も増えています。
準備が始まるのは毎年5月。経営層に向けて大会の概要を説明して承認を得ます。6月からは参加人数やチーム数、カテゴリーなどを決定し、7月からは告知と説明会をスタート。8〜9月がエントリー期間。10〜12月に各地域での審査を行い、翌年1月に出場チームが決定します。プロジェクトチームの実質的な準備期間は約半年といったところでしょうか。先ほど申し上げたとおり、メンバーの中心は若手です。若いうちから事業部の仕事だけでは触れ合えない、海外拠点も含めた他部署との部門を越えたグループ間の交流ができることは、参加した社員自身の成長ややりがいともつながっているようです。
――プロジェクトチーム内にも自主性が育まれてきているんですね。参加者の側からはどんな声がありますか?
参加者からは「改善活動へのモチベーションが上がった」という声、出場者からはプロジェクトメンバーと同じく「他の事業部や部署の人たちと交流できて良かった」という声が多いです。特に、出場者だけで開く前夜祭はお互いの発表内容を聞き合うなど、深い交流が生まれます。
大会当日は、国内外の現場で働く社員から、経営のトップまでが集まります。グループを構成する多様な人たち、本当の意味での交流の場になっていますね。先にお話した「思考」「対話」「行動」の流れでいえば、こうして多くの人が集まり、互いの改善活動について「対話」が生まれる時点でひとつの役割を果たしているといえます。その先には当然、「行動」。例えば、タイの社員がインドネシアの社員の取り組みに刺激を受ければ、国に帰ってからの視点が変わると思うんです。もちろん国内の社員にも影響を与えています。実際に、回を重ねるごとに「出場したい」という声があがってきて、エントリー件数も増えているのはその現れかと実感しています。
打ち上げ花火ではなく、長く続けて浸透させたい
ミッション実践で、新陳代謝のある活気溢れる組織に
今年でミッション策定から5年。最後にYWKグローバル大会を含めた過去5年間の取り組みを振り返り、社内におけるミッションの浸透・実践についての手応えと改善点を伺いました。
――これまでの出場者のなかで、印象に残った発表について教えてください。
サッカーと同じくこちらも以前、Y MEDIAでも取り上げていましたが、本社社員食堂にムスリムフレンドリーメニューの提供を実現させたプロジェクトは、ミッションと行動指針(Yanmar11)を自らの考えとして自律的に行動してほしいというメッセージに応えた一つの形だったかなと思います。他のYWKの多くのエントリーも同様に、ボトムアップの改善活動であることはうれしい限りです。
昨年は、タイのYanmar S.P.という生産/営業の会社と、Yanmar Capital Thailandというファイナンスの会社が、会社の枠を超えて協力しあい、営業提案を支援するという改善活動を発表されました。女性の社員によるパフォーマンスを交えた発表も含めて印象深かったです。海外の現地法人を訪問すると、YWKグローバル大会が経営層から現場までが自律的に改善に取り組むよい機会になり、また会社としての成長にもつながっていることを実感しますね。
――改めてこの5年間の改善~ミッション浸透活動を振り返って、感じていることをお聞かせください。
ミッション浸透プロジェクトを始めるとき、各部門から15名くらい出てきてもらってチームをつくりました。その発足会で、「最低でも10年間は続けよう」と話したんです。リーフレットを配って終わりにするのでもなく、何か大きなイベントを花火のようにバーンと打ち上げて終るのでもなく、ずーっとやり続けることを目指しましょう、と。今年は6年目ですから、ちょうど折り返し地点ですね。
継続しながら、それこそミッション浸透プロジェクトの中でも改善は行われています。例えば、YWKグローバル大会の運営は特に改善し続ける必要があります。今年は参加人数も多かったので発表を4会場で開催したのですが、会場を分けるとせっかくの交流の機会が失われてしまうという反省がありました。来年は会場をひとつにして、参加者全員で全部の発表を見られるように改善する予定です。
アンケートでは「すごくいい取り組みだから、もっと社内にアナウンスするべきだ」、「来場できない人にも発表を見られる仕組みを考えてほしい」という声もいただいてます。また、エントリーはしたけれど出場には至らなかった2000以上のチームを讃える方法も今後は考えていきたいです。
――将来的にYWKグローバル大会をどのような存在にしたいと考えていますか?
大会で上がる声を聞き、改善を重ねながら永くやり続けていきたいですね。一番は参加率が100%になり、全社員が何かしらの改善に取り組んでいるという状態。年に一つは改善活動にチャレンジしているという文化が根付いてほしいと思います。
――全社員が改善活動に取り組むと、会社としてはどんな状態になるのでしょうか。
新陳代謝が活発で、血の巡りもいい活気にあふれた会社です。上司からの指示ではなく、自分から取り組むようにしてほしい。ミッションは、字面だけで追いかけるものではなく、一つひとつの文章の意味を考えて身に染み付いていくもの。暗記してそのまま読み上げるものではありません。ミッションの実践と日々の業務は常につながっていると実感してほしいですね。その中で、YWKグローバル大会を一つの機会として思い出して考えればいいと思います。
アンケートをとると「ミッションを実践できていない」と思っている人が多いのですが、YWKグローバル大会のエントリーに向けての日々の改善活動はまさしくミッションにつながっているんだということを、腹落ちしてくれるとうれしいですね。
ミッションは会社にとって最上位のものだから、浸透プロジェクトはいつまでも続けないといけないと思います。社員も変われば、世の中も変わっていきます。そのたびにミッションを捉えなおし、その実践を見直していく必要があると思います。
企業のミッションや、ブランドステートメントをどのように社内外へ浸透させていくのかを今回は掘り下げてみましたが、いかがでしたか?
こういった企業風土にまつわるストーリーは、企業によってさまざまな姿を見せてくれます。現場起点の自主的な活動。若手の経験の場。世界中からミッションに共鳴し、集まる対話と行動の仕組み。神原さんと橋井さんのコメントから浮かぶいくつかのキーワードは、すなわちヤンマーらしさを表してるといえるのではないでしょうか。
ミッション浸透、実践とつながる改善活動は今後も続いていきます。神原さんが掲げた10年目を迎えた時、組織はどのような姿になっているのでしょう。その時はぜひ、もう一度取材したいと思います。