木下幸司
ヤンマー造船株式会社 商品統括部 商品開発部
1989年入社。岡山本社(当時)の設計部門を経て1994年大分に異動。トヨタハイブリッドハルの構造設計に取り組み、ストリンガー構造を導入する。
2017.07.31
トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)が2016年10月に発売した新型ボート「PONAM28V」に採用された、次世代型の船体「トヨタハイブリッドハル」。国産の量産艇としては初のVIP工法(バキューム・インフュージョン・プロセス)を採用し、これにアルミニウム、カーボン繊維をハイブリッドさせることで、新感覚の乗り心地と高剛性・軽量化を実現しています。この次世代型の船体(以下、ハル)の開発にあたり、トヨタと共同でプロジェクトを進めたのが、FRP(ガラス繊維強化プラスティック)船の豊富な実績を持つヤンマー造船株式会社です。
ヤンマーとトヨタは、2015年3月のジャパンインターナショナルボー卜ショーをきっかけに、ヤンマー舶用システムからの舟艇のOEM供給に合意。同時に、ヤンマー造船とトヨタの間でも共同開発契約を締結し、次世代型ハルの開発業務が始まりました。
ヤンマー造船に求められたのは、従来のアルミニウムハルと同等以上の剛性と軽さを持つ新しいハルを、FRP、アルミニウム、カーボン繊維という3種類の素材を使って生産する技術。しかも、1年後のボートショーに出展し、その半年後には発売するという短期開発でした。トヨタハイブリッドハルの構造設計から量産化までのストーリーを、開発担当の木下さんと製造担当の矢野さん、トヨタの開発担当者 都築さんに伺いました。
木下幸司
ヤンマー造船株式会社 商品統括部 商品開発部
1989年入社。岡山本社(当時)の設計部門を経て1994年大分に異動。トヨタハイブリッドハルの構造設計に取り組み、ストリンガー構造を導入する。
矢野 祐二
ヤンマー造船株式会社 生産統括部 生産部
1992年入社。組み立て、成形や強度補材の取り付けを経験し、現在は新艇の試作に携わる。VIP工法を習得し、他のメンバーに教えるキーマンとして活躍。
都築敦之
トヨタ自動車株式会社 新事業部統括部 マリン事業室 PONAM-28V開発担当主査
愛知県生まれ。船舶系学部を卒業。入社後は、自動車のエンジン、材料分野を経て、マリン事業の発足当初より開発業務を担当。
※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。
FRPにアルミとカーボン繊維を複合させる構造設計は非常に難しく、手探りで検討を進めるしかありませんでした。
「アルミハルと同等以上の剛性と軽さ」という高いハードルを越えるために、有識者の助言を借りながら一緒に開発に挑んだ木下さん。通常FRPハルの場合は、剛性を高めるために合板等の補強材を使用していましたが、木製補強材を使用すると重くなるのでFRPだけで剛性を保持できる縦構造にチャレンジすることにしました。具体的には、FRP製ハット型縦構造材の中に発泡材を注入する方法です。
部分的に使ったことはありますが、船体の主要構造部材に使うのは初めて。海外のボートの写真や資料を参考に計算を繰り返し、どのような構造にするかを決めていきました。
最終的には、FRP製ハット型縦構造材を縦方向の補強材に使用し、横方向の補強材は取付ピッチを見直し極力削減しました。この結果、アルミと同等以上でFRPの約7倍という剛性を達成しました。新しい縦構造の採用に加えて、従来はFRPを貼り合わせて接合していた部分を接着剤に変えることで、船体重量はアルミハルと比べて約10%軽くなりました。
アルミハルと同等以上の剛性を達成するためには、VIP工法の導入が不可欠でした。VIP工法とは、真空圧によって樹脂充填と含浸を行う工法。通常のFRP積層に対し高い剛性と軽量化が図れることが特徴ですが、工数がかかり、廃材が多く出てしまうことが難点。量産移行時の工数も勘案して、試作艇は船底のみに同工法を採用しました。しかし、その後の実船テストで、ハル全体に同工法を用いなければアルミハル同等の乗り心地が達成できないことが判明し、VIP工法の採用範囲が増えることになったのです。量産には成形技術者のスキルアップと大幅なリードタイム短縮が必須となりました。
矢野さんは、VIP工法を知る有識者から技術を習得する一方で、他のメンバーと一緒に樹脂注入までのリードタイムを、量産ラインに対応できる30%短縮を目標に改善に取り組みました。最も時間がかかっていたガラスチャージに着目し、ガラスの裁断寸法を見直し、型紙の精度を上げたことで時間を大幅に短縮。さらに、準備作業を短くするための道具や材料、加工作業の方法について皆で知恵を出し合いました。
数字を見た時は絶対無理だと思いましたが、結果的に目標を上回る35%短縮を達成できてほっとしました。
新しい構造設計や生産技術に加えて、自動車のトップメーカーであるトヨタとの協業も初めての経験でした。
こんなにも短い期間で開発を行うということは大変でしたが、初めて経験することが多く、今思えばワクワクしながら取り組むことができました。そして、トヨタさんとの連携という部分では仕事のやり方や考え方の相違からくる気づきは、今後ヤンマーの新商品開発に生かしていきたいと思います。
トヨタハイブリッドハルを搭載した「PONAM-28V」は名誉ある日本ボー卜・オブ・ザ・イヤー2016を受賞。
大変な思いをして作ったボートが受賞したのはうれしいです。今後はVIP工法ができる人材を増やし、全体のスキルをレベルアップしていきます。
本プロジェクトのパートナーであるトヨタの都築さんにもプロジェクトについてお話を伺いました。
当社のマリン事業は1997年からスタートしました。その間、船体はアルミ合金を採用してきましたが、事業開始20年目を迎えるにあたり、将来に向けた新しいチャレンジを求められていました。そこでヤンマー造船さんへ構想を持ちかけて、実現した新技術が、トヨタハイブリッドハルでした。
インフュージョン成形したFRPをベースに、アルミ、カーボン繊維でハイブリッド化。ヤンマー造船さんのFRP成形技術、構造設計がなければ開発することはできなかったと思います。改めて感謝申し上げます。今後も両社で日本のマリン事業の発展に貢献したいと考えています。
環境負荷低減に貢献するVIP工法は、今後造船業界で導入が進むと予想され、ヤンマー造船にはその先導役が期待されます。
トヨタとヤンマーは、マリン事業分野において、技術開発、生産、部品の相互利用などの幅広い分野で協業を進めることに合意しました。
ヤンマーは、オラクルチームUSAのテクニカルパートナーとして世界最高峰のヨットレース“アメリカズカップ”連覇に貢献。世界中の人々とマリンスポーツを通じてつながり合い、海の愉しさを分かち合う活動に取り組んでいます。