2019.03.01
「GLOBALG.A.P.」を取得することで見えてきた、人と環境に“やさしい”農業とは
ヤンマーグリーンファーム(滋賀県栗東市)の水耕栽培レタスは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)における食材調達基準でもある「GLOBALG.A.P.(グローバルギャップ)」認証を取得しています。GAPの概要については前編記事でもご紹介しましたが、GAPを取得・実践することで品質向上や経営改善など様々なメリットが生まれます。では、実際にGAPを取得する際にはどのように進めればよいのでしょうか?取得にあたっての背景や経緯をヤンマーシンビオシス株式会社取締役の石城康之さんをはじめ、木村崇さん、西村久留美さん、青木尚子さん、ヤンマーアグリイノベーション株式会社の井口有紗さんに座談会形式で伺いました。
なぜ、ヤンマーシンビオシスはGLOBALG.A.P.取得を目指したのか?
石城さん:ヤンマーシンビオシス滋賀事業所栗東センターでは、水耕レタスをはじめ、たまねぎやブルーベリーといった野菜や果物、花の苗などの栽培事業を行っています。シンビオシスで栽培事業を立ち上げる際、多様な人々が働きやすい安心・安全な農業施設を作ろうとしました。その際は意識していなかったのですが、結果的にその基準がGAPにある程度合致していたのです。その後、井口さんからGLOBALG.A.P.が東京2020大会に準拠するという話を聞き、せっかくの機会なので取得しようということになりました。
井口さん:東京2020大会の食糧調達基準にGAPが欠かせないとのことで、日本国内でGAP取得の動きが活発になりました。農家さんから質問を受けることも出てきましたが、2017年当時はグループ内でもGAPについて熟知している部署が無かったのです。そこで、ヤンマーシンビオシスでGAPを実践し、自分たちの肌で実感しながら知見を貯め、理解しておきたかったんです。
石城さん:正直なところ、世界基準に認証されたからといってレタスが高く売れるわけではありません。ですが、“GAPに準拠した野菜を作っている”という意識がメンバー内にあることで、身支度や整理整頓をはじめとするちょっとしたことにも手を抜けないと気が引き締まり、生産性が高まると思ったのです。
GAP取得を決めてから約半年で第三者機関の審査へ
GLOBALG.A.P.などの認証を受けるには、毎日の農作業に加え書類作成などの事務作業が増えるため、きちんと対応できるのかと不安に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。取得に関するほとんどの作業を自分たちで行ったヤンマーシンビオシスでは、どのような取り組みを行ったのでしょうか?
井口さん:2017年10月にGLOBALG.A.P.を取得しようと決め、12月に水耕栽培に携わるメンバーと共にGAPに関する勉強会を行いました。そして、メンバー全員で作業場ごとに発生しうる「労働安全・環境保全・食品安全」のリスクを出し合って、リスク評価シートを作成。この作業を一番初めに行いましたね。
井口さん:次に、シートに書かれたリスクを解決または防ぐためのルールとチェックリストを定めるため、GLOBALG.A.P.の定める審査基準項目に従って、メンバーの得意分野ごとに担当を置きました。そして、できたマニュアルに沿って現場で作業を行い、実際にその通りにできるのかを検証。マニュアル通りにいかない場合は修正を繰り返し、半年後の2018年3月に第三者機関の審査を受けました。
石城さん:マニュアル化に関しては、例えば、ある農薬を散布する際はマスクや防護服の着用が必要か否かを書面化する作業となります。その時点で厳密なルールが無いリスクに関しては、メンバー間で新たなルールを策定し全員で取り組むことが、GAPの実践において必要になります。
木村さん:普段の農作業で帳簿を作ることがあまりないので、その作成プロセスが大変で。実際、各農作業のポイントとなる個々のマニュアルはあったのですが、全体を網羅したものは存在しませんでした。リスク評価シートで作業全体を把握できたことがGAPを実践してよかったことのひとつですね。
試行錯誤しながら作りあげた“手作り感”満載のマニュアル
一般的に「農業にはマニュアルがない」とされています。これは、長年の経験やカンなどで作業を行う、いわば“個人の頭の中にある”情報で農作業を行うことが多いから。仮に、家族経営の農家であれば親から子へと知識や技術が伝わりますが、ヤンマーシンビオシスのような組織では、マニュアルを整備し、内容に沿って作業をすることで、従業員が変わっても安全性や品質を維持した野菜を生産し続けることが可能になります。
石城さん:審査を受ける際、「農薬は管理されているか?」「害虫のモニタリングをしているか?」といった質問があります。これは合法的に定められた農薬の基準値を満たしているかを問われているというよりもむしろ、「農薬に関するルールとマニュアルがあり、全員で守れているか?」ということが、GAP実践において重要になります。
木村さん:GAPの実践に関しては「メンバーみんなで話し合ったか」がとても大切ですので、議事録もしっかり残しましたね。
西村さん:マニュアル作成に関しては見本も無く、どのようなものを作ったらいいのか見当がつかず苦労しました。ですが、一度できたマニュアル通りに作業をする中で、「この項目は入れた方がいいのでは?」などと自分たちで意見を言い合い改善してきました。できた当初は文字が多かったのですが、みんなが分かりやすくなるようにと文字量を減らして写真を増やすなど、工夫を重ねて徐々に改良していきました。
西村さん:GAPの一般的なテンプレート等と比較すると稚拙な部分があるかもしれませんが、自分たちらしいルールができたと思っていますし、達成感もあります。
石城さん:ファイルに入れている資料が見た目も含めてバラバラで、“手作り感”が満載なんですよね。テンプレートに沿えばきれいなマニュアルができたのかもしれませんが、自分たちで一つ一つ作り上げたものだからこそ愛おしいのです。実際、人が作った形式だけのマニュアルって、あまりきちんと読まない。
GAPを取得することで見えてきた、人と環境に“やさしい”農業
作成したマニュアルは現場に落とし込まれ、実際にできるのかどうかの検証を重ね、日々アップデートされていきます。農作業の現場にマニュアルがあることで得られたメリットについて教えてもらいました。
石城さん:農業だけに限りませんが、「適当に・だいたい・良い感じに・パパっと」といった“あいまい”な指示が結構あるんですよね。しかし、感覚的な指示では判断のできない方もいますし、個人によって解釈も異なります。順番や担当をしっかり決め、写真や見本で視覚的に指示を出し、具体的な定量(〇cm、1日〇回など)を明確にすることで、認識の違いも防げます。
青木さん:マニュアルがあるとその通りに作業すればいいのでありがたいですし、誰が何をやるのかが明確なのも良いです。テープで(置き場所の位置を決める)色分けがしてあるので、道具の整理整頓もしやすいです。
木村さん:出荷するレタスに関しても、GAP実践後は品質が良くなりました。かつては大きく育てようとしていましたが、葉が広がると隣り合った苗どうしが触れて傷み、病気のリスクも高まっていたのです。そのリスクを防ぐため、作業パネルごとの間隔を広げ、葉が広がらないうちに早めに収穫することをマニュアルに反映しました。結果的にレタスの品質が良くなり、ロスも減って出荷数増加につながりました。GAPを取り組む当初にメンバー全員でリスクを挙げましたが、このような考える元になるものがないと、改善のきっかけも起こりづらいですね。
石城さん:今回の取り組みにより「安心・安全な野菜を作りたい」というメンバーの意識や労働環境も改善しました。結果、みんなにとってより働きやすい職場となり、安心しています。GLOBALG.A.P.を取得する作業は大変でしたが、実施して良かったですね。
今後も、ヤンマーグリーンファームではGLOBALG.A.P.の実践を進めていきます。