2023.01.26
米作りは喜劇だ!「RICE IS COMEDY」が拓く農業の未来
滋賀県北部、琵琶湖の北端沿いに位置する長浜市西浅井(にしあざい)町を拠点とし、地元で生まれ育った20〜40代の兼業農家たちが活動する「ONESLASH(ワンスラッシュ)」という団体があります。「ONESLASH」が取り組む農業プロジェクト「RICE IS COMEDY(ライスイズコメディ)」は、担い手不足、重労働、儲からない……といった、農業のネガティブなイメージを払拭すべく、「米作りは喜劇だ」というコンセプトを掲げ、米作りの楽しさを伝えるイベントの企画やYouTubeの発信といった活動をしています。
「楽しくやるのがいちばんやと思うんです。楽しいところには勝手に人が集まるじゃないですか」。そう語るのは、ONESLASH代表でRICE IS COMEDYを牽引する清水広行さん。30歳で西浅井町に戻ったとき、“あきらめムード”に満ちた地元の様子に危機感を覚えたといいます。
RICE IS COMEDYのメンバーで、YouTubeでは「田んぼ大好きまさや」として登場する中筋雅也さんも、はじめはその“あきらめ”にとらわれていた一人だったと振り返ります。「『西浅井の米は外でも通用する』と言われても、ほかと比べたこともなかった。正直、半信半疑でしたね」。
YouTubeで見せるコミカルな様子からは想像できないほど、”ネガティブ”な空気に満ちていたという西浅井町の兼業農家たち。RICE IS COMEDYの活動によっていかにその誇りを取り戻していったのか。そして目指す未来像は。その軌跡をふたりの言葉からたどります。
プロフィール
ONESLASH代表/RICE IS COMEDYリーダー
清水 広行(しみず ひろゆき)
写真右。元スノーボード選手。怪我を機に選手活動を引退し、地元に戻った後は家業であった建設業を継ぎながら農業を始める。地元西浅井町をもっと活性化するべく「ONE SLASH」を立ち上げた後、農業を楽しく・面白く伝えたいという想いから、農業プロジェクト「RICE IS COMEDY」を発足。様々な活動に取り組む。
RICE IS COMEDY お米生産部隊隊長/
ヤンマーパワーテクノロジー株式会社 小形事業部 生産部所属
中筋 雅也(なかすじ まさや)
写真左。普段はヤンマー社員として働く兼業農家。家業を継いで農業を始め、幼馴染の清水さんから「西浅井町を一緒に活性化させよう」と誘いを受け、「RICE IS COMEDY」のプロジェクトに立ち上げから携わる。
※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。
耕作放棄地、担い手不足……“ネガティブ”な町を盛り上げるには?
RICE IS COMEDYのもととなる活動がスタートしたのは、2017年。18歳から23歳までプロスノーボーダーとして活動し、その後県外で就職していた清水さんが、30歳を機に家業の建設会社を継ぐため西浅井町へ帰ってきたのがきっかけでした。2010年に市町村合併により伊香郡から長浜市に編入された西浅井町は、人口も年々減少し、活気を失っているように見えたといいます。
清水「ネガティブ以前の問題というか……大人も子どもも覇気がなくて、『こんなもんやろ』ってあきらめていた。町のお祭りも、僕らが小さいころは出店やら屋台やらで賑わっていたのに、久々に行ったら子ども会で集まってご飯を食べるくらいの規模。こうなったのは、大人の責任やなって思ったんです」
そこで清水さんは同世代の有志に声をかけ、ONESLASHを結成。マルシェやジビエ祭り、100mの流しそうめんといったイベントを開催し、人口約4,000人の町に年間約4,000人のお客さんを集めるほどになりました。けれどもイベントでは、人が集まるのはその当日だけ。より持続的な活動で地域を盛り上げられないか……? そうして目を向けたのが、西浅井町の兼業農家でした。
プロスノーボーダー時代、各地を遠征していた清水さん。米どころと呼ばれる地域のごはんを食べる機会も多くありましたが、「西浅井の米ってやっぱり美味しい」と感じていたといいます。
清水「美味しいはずなのに、地元の農家の人たちには、米どころの農家のようなプライドがない。兼業農家だから、別に儲からなくていいんです。自分たちや周りに分けられる程度に米をつくって、田んぼを維持さえできれば、それでいいんです」
「でも、そんな状態を“思考停止”で放置した結果、耕作放棄地が増え、担い手がどんどん少なくなっている。兼業農家を“子どもたちが憧れる存在”にしなければ、この風景を守っていくことはできないと思ったんです」
西浅井町の米には可能性がある。もっと美味しい米をつくって、外に出て勝負しよう──。そんな清水さんの呼びかけに、同年代の兼業農家が集まりました。その一人である中筋雅也さんは、2009年に父親が亡くなったのを機に、本格的に米づくりを始めることになりました。RICE IS COMEDYでは「お米生産部隊隊長」を担当。ヤンマーの社員としても働いています。
そんな中筋さんですが、当初は“思考停止”していた農家の一人だったといいます。はじめての打合せの日、「楽しいことを考えるには、楽しく話さなきゃ」と目の前に並んだビール缶。清水さんをはじめONE SLASHのメンバーから次々にアイデアが飛び出すなか、中筋さんは何がやりたいのか、何をすればいいのかもわからず、ただその様子を笑って眺めることしかできませんでした。
中筋「ほかの(生産地の)米も食べたことないし、現状も知らなかった。米づくりのことは何も知らなかったから、まわりのおっちゃんから全部教えてもらったんです。この時期に田植えして、この時期に刈り取って、収穫して……と。ヒロ(清水)さんに『自分らでつくった米は自分らで売っていこ!』って言われても、『そんな高い米、誰が買うねん』と思っていました。田んぼを守っていくことしか考えていなくて、『お客様に食べてもらう』という意識があまりなかったんです」
中筋さんは、それまで地域の会合には参加していましたが、年長者ばかりの会議で、役員決めや当番の割り振りなど形式的な内容。若手の自分から発言しようという気にはならなかったといいます。新しいことを始めるというより、これまでやってきたことをいかに引き継いでいくか。人口も予算も縮小する中、「やらない理由」ばかりを挙げてしまうような雰囲気がありました。清水さんはそんな兼業農家の雰囲気を変えたかったのだといいます。
清水「子どものころって『ケーキ屋さんになりたい』とか、みんな夢を持っているじゃないですか。でもいつの間にかあきらめてしまう。僕はこれまでの人生、やりたいことしかやってこなかったんです。だからみんなにも、やりたいことをやってほしい。お金がないなら出資するし、やり方が分からないなら仕組みから教えてやる。そうやって言い訳を片っ端からつぶしていったら、仲間が少しずつ増えてきたんです」
「あきらめていた」農家たちに芽生えたプライド
長浜市の観光名所「黒壁スクエア」で、自分たちの好きな音楽を流しながら屋台を引き、街ゆく人々におにぎりを振る舞う「ゲリラ炊飯」を決行したのを機に、RICE IS COMEDYの活動は少しずつ広がっていきました。滋賀県だけでなく東京や愛媛など他の地域に出向いてゲリラ炊飯を行ったり、県内各地のこども食堂につくった米を提供したり、RICE IS COMEDYのファンコミュニティに向けて農業体験や圃場(田んぼ)見学ツアーを企画したり、さまざまな角度から「お米を楽しむ」取り組みを進めてきました。
清水「農家って、誇りを持ってお米を作っているんです。だけど、『農業体験』となると、もちろん手を使って行う作業が多いから、どうしても『農家=大変』っていうイメージを持たれてしまう。だったら、それだけじゃない、日常の米作りの姿をそのまま見せればいいんじゃないかって。そうすれば、『農業って、農家ってかっこいい』、そうポジティブに思ってもらえるはず。だって、何かに打ち込んでいる人って、農家に限らずみんなかっこいいじゃないですか? 仕事を楽しんでいるからこそ、いいものができるわけで」
はじめは「やりたいことが分からなかった」中筋さんも、RICE IS COMEDYの活動を通じて少しずつ変わってきました。
中筋「やっぱり目の前で米を食べてもらって、『美味しい!』『モチモチしてる』と感想をもらえると、作りがいがありますね。田んぼ見学でも『こんなところ、トラクターで土がぐちゃぐちゃになってるだけやし、何が面白いんやろ?』と思ってたけど、お客さんから質問されると、自分が何も分かってなくて、うまく説明できないことに気づくんです。だからこの作業にはどんな意味があって、どうすればもっとうまくいくのか、改めていろいろ調べてみたりする。僕にとってもホンマに勉強になってるんです」
中筋さんが「田んぼ大好きまさや」として発信するYouTubeにも、農業に従事することになった若者たちが「勉強になりました」「こんなことを知りたい」など続々とコメントを寄せ、熟練したベテラン農家からは「もっとこうした方がいい」と丁寧なアドバイスが届きます。
中筋「僕と同じ境遇というか、(農業を)急遽継ぐことになった人や、これから農業始めますって人たちがいるみたいで。いろんな人からコメントをもらって、僕自身も知識をもらえています」
RICE IS COMEDYがつくる米も人気を集め、公式オンラインストアや各ECサイトでの売上も上々。メディアで取り上げられる機会も増えてきました。テレビ番組などで食べた人たちが口々に「おいしい」と喜んでいるのを見て、西浅井町の兼業農家たちの反応も変わってきました。
清水「『どうやってんの?』と僕らの農法を尋ねられたり、作付面積を広げるために僕らが引き受けようとした休耕田を、『いや、あそこは俺がやるから』って言い出したり……やっぱりメディアとかで自分たちが作ったお米を美味しそうに食べている人たちの姿なんかを見ると、『もっと作ろう』っていうプライドというか、『自分で耕してみよう』っていう意識が芽生えてくるんですよね。そうなったら、いよいよだな、と」
「あきらめていた兼業農家たちの意識が変わって、『こいつらには負けへん』ってプライド持つようになれば、西浅井の米の品質がもっと上がって、米が売れるサイクルが生まれる。西浅井が“米どころ”として、ブランド化するのも夢ではないと思っています」
楽しさの先には豊かさがある
RICE IS COMEDYの視線は、さらなる未来に向かっています。中筋さんが今、特に注力しているのは酒米づくり。2019年から「酒米の王様」とも称される山田錦を栽培し、その品質を高く評価した蔵元「萩の露」を醸す(かもす)福井弥平商店が全量買付を決めました。さらに「獺祭」の旭酒造が主催する「最高を超える山田錦プロジェクト」でグランプリを獲ることを目標に、酒米づくりの探究に勤しんでいます。
中筋さんが米の「質」を追求するなら、清水さんは米農家全体の「総量」を追求しています。清水さんが目をつけたのは、「ライスレジン®」という新技術。食用に適さない古米や破砕米など、廃棄されてしまう米を原料に「バイオマスプラスチック」として活用する技術です。RICE IS COMEDYは「ライスレジン®」を製造する企業と提携。そのための資源専用米として、一般的な米よりも1.5倍の量となる超多収品種「さくら福姫」を滋賀県で栽培するべく、実証実験を2023年から始めることになりました。米栽培から廃棄物をプラスチック製品にして活用するところまで手掛けることで、米農家全体の総量のアップにつながり、新たな付加価値を創出するサイクルが生まれることになります。
2022年10月に実施した稲刈り体験では、農業体験だけではなく、「ライスレジン®」専用のお米をつくっていること、このお米がどのように活かされていくかなどを参加者が学ぶ機会を設けました。食べるものだと思っていたお米が、ビニール袋やフォークやスプーンになる仕組みや、「ライスレジン®」の可能性に興味津々(しんしん)でした。
清水さんは、この「ライスレジン®」などの取り組みが滋賀県に評価され、琵琶湖を切り口とした2030年の持続可能な社会に向けた目標「マザーレイクゴールズ(Mother Lake Goals, MLGs)」の達成を推進する「ふるさと活性化大使」に就任。大使として積極的に情報発信を行い、やがて「ライスレジン®」が滋賀で製造され、農家の新たな収益源が生まれていくことを願っています。
「こないだ地元の中学校へ講演に行ったとき、『西浅井には何もないと思っていたけど、見つけようとすることが大事なんだと思いました』と感想をもらったんです。子どもたちに『何もない』と思われている、それって教えてやれていない大人たちの責任なんですよね。楽しければ、勝手に人は集まる。きっと楽しさの先に“豊かさ”だってあるはずなんです。RICE IS COMEDYが、米づくりをますます楽しくしていきますよ」