2022.12.26

稲刈り体験で”食べ残し”が減った。アグリバトンプロジェクト横田祥さんに聞く「農業と子どもの成長」

農業を子どもたちのあこがれの職業にすることを目指して活動する「アグリバトンプロジェクト」。農業の楽しさを詰め込んだ絵本を作成し、全国各地で子どもたちに読み聞かせる活動を行っています。

2022年11月26日、ヤンマーミュージアム(滋賀県長浜市)で絵本の読み聞かせイベントを開催し、約20組の親子が参加しました。絵本の読み聞かせのほか、お米の話や、籾(もみ)すり体験など盛りだくさんの内容で、参加者からは「お米ができるまでの工程が絵本を通してよく理解できた」「日頃経験できないことを体験できてよかった」「たのしかった!もっとおはなしききたかった!」などの感想が寄せられ、大盛況でした。

農業に触れる体験は、「食育」にもつながり、日頃の食事を見直すきっかけになることもあると言われています。そこで、アグリバトンプロジェクトの代表を務める横田祥さんに、活動への想いと農業がもたらす子どもの成長についてお伺いしました。

プロフィール
横田 祥(よこた さち)
アグリバトンプロジェクト代表。茨城県にある横田農場で稲作に従事しながら、横田農場おこめLABOでイベントも多数実施。子ども6人のママ。

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

絵本を通じて「農業の楽しさ」を伝えるプロジェクト

ーー「アグリバトンプロジェクト」が始まった経緯を教えてください。

茨城県のある中学校で2019年に実施された「なりたい職業ランキング」がきっかけでしたなりたい職業で農業を選んだ生徒はゼロ。やっぱり…という思いもありつつ、心から楽しんで農業に取り組んでいる私としてはとても残念な結果でした。

私が住む茨城県は農業が非常に盛んで、メロン、栗、れんこん、水菜など日本一の生産量を誇る食べ物が多くあります。お米農家もたくさんいて、至るところに畑や田んぼが広がっています。そんな茨城県に住む子どもたちでさえ、農業をやりたいと思っていなかったんです。

農業の担い手不足は深刻な課題であり、後継者がいないまま高齢により離農する農家さんが多くいます。私が働く横田農場の周辺も同様の状況で、離農した農家さんの土地を引き継いでいます。約20年前に30ヘクタールだった田んぼが、今では168ヘクタールに増えたほどです。

農業のイメージは必ずしもいいとは言えないかもしれませんが、諦めてはダメだと。農業のバトンを子どもたちに継承するという意味で「アグリバトンプロジェクト」と名付け、子どもたちに農業の楽しさを伝える手段として、絵本を製作することにしました。2021年11月に『おいしいまほうのたび あさごはんのたね』という絵本を出版し、読み聞かせイベントを全国で60回(2022年11月26日現在)ほど実施しています。

アグリバトンプロジェクトが製作した「おいしいまほうのたび あさごはんのたね」
アグリバトンプロジェクトが製作した「おいしいまほうのたび あさごはんのたね」

近隣の女性農家さん2人と一緒に小さくスタートしたプロジェクトですが、今では78人の個人に加え、4つの団体(2022年11月26日現在)がメンバーとして参加しています。参加者の9割が女性です。

ーー絵本の製作にあたり、2020年夏にクラウドファンディングを実施されています。反響はどうでしたか。

初めての挑戦でしたが、239人の方から約200万円の支援をいただくことができました。私たちと同じく担い手不足を危惧されている全国の農家さん、その課題を間近で見ている行政関係者、さらに小さなお子さんを持つ保護者などさまざまな方が支援してくれました。

製作にあたっては、全国の様々な農家さんにオンラインでインタビューして、その様子をSNSでライブ配信する取り組みをしました。それぞれの農家さんが考える農業の魅力を知りたかったからです。「自然の風景を見ながら仕事をするのが楽しい」「収穫時の喜びは格別」「育てた野菜を食べて、おいしいと言ってもらうと嬉しい」など多くの声が集まり、それを絵本にしました。

「おいしいまほうのたび あさごはんのたね」>

イラストは茨城県在住で農業にも従事されている絵本作家の小林由季さんに依頼し、みんなの想いの詰まった1冊に仕上がりました。

絵本の読み聞かせ&籾すり体験で農業が身近に

ーーこれまでの読み聞かせイベントでは、どんな感想が寄せられましたか。

野菜やお米を身近に感じられたのか、お子さんから「苦手な野菜が食べられるような気がしてきた」「種から野菜を育てたくなった」といった声が寄せられました。イベントは、農家さんが育てた野菜を売る農園マルシェとして全国で開催しており、その中で絵本の読み聞かせも実施しています。

野菜やお米を手に取りながら、どうやって作られたのかを直接、農家さんから聞くことで、農業に興味を持っていただけたらと思っています。

ーー11月26日にヤンマーミュージアムで開催した絵本の読み聞かせイベントでは、20組ほどの親子が参加して、横田さんのお話に耳を傾けていましたね。

3〜12歳のお子さんとその保護者の方が参加され、とても楽しそうに話を聞いてくれていました。「農業」という切り口だと関心が薄いかもしれませんが、「ご飯の話だよ」と伝えたことで、身近な話だと受け止めてくれたのかもしれません。

ヤンマーミュージアムでの絵本読み聞かせイベントの様子
ヤンマーミュージアムでの絵本読み聞かせイベントの様子

籾すり体験のワークショップも、年齢問わず、みんな夢中になって取り組んでいました。農家では専用の機械を使って籾すりをしますが、今回はすり鉢と野球のボールを用意して、ゴリゴリとする体験でした。お米がどのように作られ、どのように食卓まで届けられるのかを知ってもらえる良い機会だったと思います。

籾すり体験ワークショップの様子
籾すり体験ワークショップの様子

ーー参加した方感想はいかがでしたか。

田んぼで稲作体験をしたという保護者の方から、こんな声が聞かれました。

「絵本に描かれていたように、稲作体験をして初めて、こんなにも田んぼに生き物が住んでいることを知りました。私にとって稲作体験は非日常を感じられる時間です」(参加した保護者)

田んぼには、アマガエル、ザリガニ、おたまじゃくし、トンボ、ヤゴ、カメ、ミズカマキリ、どじょう、メダカ、ひばり、サギ、とんびなど、数えきれないほどの生き物が生息しています。そんな世界が広がっていることを知らない人が多いんですよね。私自身も農業を始めてから知り、とても驚きました。

農業に触れることは「食育」にもつながる

ーー農業に触れることで、子どもたちの知識や好奇心が広がりそうですね。

そうですね。誰もが毎日食事をしていて、その背景には食べ物を育てている人がいる。当たり前のことですが、子どもにとっては「誰かが育てているから食事ができるのだ」という気づきになるかもしれません。

私が主催している「横田農場おこめLABO」では小学校、保育所、学童などに田植え・稲刈り体験を提供していて、体験の翌日には給食の残飯の量が減るそうです。特に保育所では顕著に変化が現れるので、「絶対に稲刈り体験をさせたい」と話す先生もいるほどです。

近年はアレルギーの問題などに配慮して、先生たちは「残さず給食を食べましょう」と指導しないそうです。そのためか残飯の量が増えているようなのですが、田植え・稲刈り体験や絵本の読み聞かせを通じて、子どもたち自身に「残さず食べよう」という意識が芽生えたらうれしいですね。

実際に田んぼに来て体験するのがもっとも発見や学びを得られると思いますが、都心に住んでいる子どもたちには難しい事情があると思います。それでも、入り口として絵本に触れてもらうだけでも十分に農業を知ってもらえるかなって。

絵本にはQRコードを付けていて、実際の田んぼや畑の様子を見ることができます。また、農業体験ができる農園も紹介しているので、機会があれば体験してほしいですね。

横田祥さん

ーー食育の側面も大いにあるのですね。

現在、「夜ごはん」をテーマにした2作目の絵本を製作中で、2023年中の出版を目指しています。今回は畜産農家さんをクローズアップして、「いのちをいただくこと」をテーマに描く予定です。畜産農家さんが、どのような気持ちで動物を育て、送り出しているのかを伝えることで、いのちをいただくことを考えるきっかけになればと思います。

今回もクラウドファンディングで支援を募りながら、畜産農家さんへのインタビューをおこなっています。

クラウドファンディングはこちら

ーー最後に、​​アグリバトンプロジェクトの今後の展望を聞かせてください。

私たちが掲げている目標は、「2030年までに農業を子どもたちのあこがれの職業にすること」です。活動のメインとなる絵本の読み聞かせに加え、今後はより食育に注力したいと考えています。

具体的には、食事のバランス指導などができる方を認定するアグリバトンプロジェクト独自の資格を設けて、子どもたちに食育を提供していく予定です。多くの農家さんを巻き込んでいくには、取り組みやすさが重要になります。誰にとっても簡単に説明でき、理解しやすい資料を作成し、認定資格を設けることで、食育を進めることへのハードルを下げられるだろうと考えました。

担い手不足に頭を悩ませているのは、どの農家さんも同じです。多くの人に仲間として関わっていただき、農業を盛り上げていけたらいいですね。

横田祥さん

[取材・文] 小林香織 [編集] 岡徳之 [撮影] 八月朔日仁美

 

<アグリバトンプロジェクトの詳細はこちら>
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