ヤンマーテクニカルレビュー

農薬散布量削減と付着率向上を両立する散布方法の確立
~トラクター用農薬散布機での革新的散布作業の提案~

Abstract

In pesticide spraying, the extent of spray drift to areas other than target crops is proportional to the amount sprayed. Along with the high price of pesticides, this makes reducing the amount sprayed desirable both for the environment and for agricultural management. The problem with conventional methods, unfortunately, is that reducing the amount sprayed degrades spraying performance. This article describes the research and development of a tractor-mounted sprayer that combines two-stage spraying with a leaf-turning mechanism. By doing so, the sprayer both reduces the quantity of spray used and improves the coverage, achieving similar performance to existing methods while using only 60% as much spray. The newly developed system has been incorporated into the new WS300 pesticide sprayer for vineyards launched by Yanmar Agribusiness in May 2023.

WS300 movie link: https://youtu.be/3wmBkgOHu2U

1. はじめに

農作物の収量・品質の維持、農作業の負担軽減のため農薬散布は重要です。その一方で、農林水産省が発行する農薬飛散対策技術マニュアルにおいて農薬の散布量と比例するとされている対象作物以外への農薬飛散(ドリフト)が社会問題となっています(1)。また、原材料や物流費の値上がり等による農薬価格の高騰(2)が問題となっており、環境保全と農業経営の両面から散布量の削減が求められています。
農薬散布機に求められる機能は、必要最低限の散布量で対象作物へ均一に農薬を付着させることです。特に、葉が入り組んでいて湿気が溜まりやすく病原菌の発症部となりやすい、葉裏にも十分に付着させることが重要視されています。しかし、図1に示すスピードスプレーヤをはじめとする従来の散布方法(以下、慣行散布)では、葉表、葉裏で葉の向きが異なるにも関わらず一方向からのみ農薬を噴射しており、特に樹木の下方や内側を向く葉裏に対して、葉表側から噴射する不合理な散布となっているため、散布量を削減すると十分な付着量が担保できません。
そこで本稿は、こうした課題を解決する新しい機構を備えた散布機の研究開発内容について紹介します。

図1 スピードスプレーヤでの農薬散布風景
図1 スピードスプレーヤでの農薬散布風景

2. 新コンセプトの立案

葉表と葉裏は表裏一体のため、単純な散布で両面に対して同時に農薬を付着させることは困難です。そのため、これを解決する一つ目の手段として葉表、葉裏それぞれに対して個別に最適な散布を行う2段散布方式を採用しました。また、二つ目の手段として、葉裏を強制的に散布ノズルの方向に向ける機構を採用しました。葉の向きを任意に変えるには葉に風力、電力、磁力、重力、浮力、接触力等の外力を加える必要がありますが、農薬散布機への搭載性および作物への侵襲性などから風力を利用し葉を裏返す方式としました。本技術を「エアアシスト」と称しますが、エアアシストによる葉の裏返しが実現することで、葉裏に対して有効な散布が可能になります。第一章で紹介した課題を解決するため、上記二つの手段を組み合わせ、2段散布と葉の裏返し機構を備えた新コンセプトを立案しました。
新コンセプトの散布イメージを図2、構造概略を図3に示します。向きが異なる葉表、葉裏に対してそれぞれ下方向と上方向に農薬を噴射するために2段の散布部を備えています。1段目散布部はトラクター後方直近に位置し、吹出部から吹上げられるエアアシストで裏返った葉裏に同期させて下方から葉裏に農薬を付着させる構造です。2段目散布部は1段目散布部後方のエアアシスト範囲外に位置し、元の位置に戻った葉表へ上方から農薬を付着させる構造です。

図2 新コンセプトの散布イメージ
図2 新コンセプトの散布イメージ
図3 新コンセプトの構造概略
図3 新コンセプトの構造概略

なお、葉の裏返しに要する風速vは、葉を裏返すのに必要な力F leaf、葉の面積A leafをほ場にて測定し、式(1)から決定しました。図4に標準化した葉の裏返しに要する風速vstdvを示します。ばらつきを持つ作物の特性を考慮し、葉の裏返しに最低限必要な風速として設計風速vdは図4に示すように標準偏差の二倍とし、付着率の向上とドリフトによる周辺環境への影響の抑制を両立しました。

図4 標準化した葉の裏返しに要する風速vstdと設計風速vd

図4 標準化した葉の裏返しに要する風速vstdと設計風速vd

3. 新コンセプトの実証

3-1. CFDによる新コンセプト有効性の予測

CFD(Computational Fluid Dynamics)により、葉近傍の風速、散布した農薬液滴(以下、液滴)の挙動と葉表面の付着量を評価し、新コンセプトの有効性を予測しました。図5(B)は、図5(A)の白矢印で示した視点から見たエアアシストの風速分布図および速度ベクトルを示しており、風速の高い領域を赤、低い領域を青としています。吹出部の延長線上に位置する葉下部での風速が設計風速vd以上であることを確認しました。また、図5(C)は図5(B)と同方向からの液滴の挙動および葉表面の付着量を示しており、付着量の多い領域を赤、少ない領域を青としています。1段目散布は葉裏に対して、2段目散布は葉表に対して必要十分な付着量となっていることを確認しました。

図5 CFDでの新コンセプトの有効性確認の結果:(A)散布部外観、(B)葉近傍の風速分布、(C)農薬液滴の挙動および葉表面での液付着量
図5 CFDでの新コンセプトの有効性確認の結果:(A)散布部外観、(B)葉近傍の風速分布、(C)農薬液滴の挙動および葉表面での液付着量

3-2. 散布性能の評価方法

散布性能は、葉表および葉裏に付着した液滴の面積率(以下、付着率)で評価しました。付着率は、液滴の付着で変色する感水紙を図6(A)に示すように作物のランダムな位置の葉表、葉裏に固定し、散布後変色したものを画像処理し、葉全体に対する面積の比率を算出しました(3)。感水紙は黄色が未付着、紫色が付着を示します。図6(B)に付着率毎の感水紙の例を示します。

図6(A)感水紙(矢印)の設置の例、(B)付着率毎の感水紙
図6(A)感水紙(矢印)の設置の例、(B)付着率毎の感水紙

3-3. ほ場実験での散布性能検証

新コンセプトの散布性能を評価するために、図7に示す散布機を試作し、ほ場で慣行散布のスピードスプレーヤと比較して散布性能を検証しました。図8にほ場での実験条件と散布性能を示します。新コンセプトの散布量(900L/ha)は慣行散布(1,500L/ha)の60%であるにも関らず、葉裏の付着面積率が6%増加(54%→60%)しています。これは、エアアシストによる葉の裏返し効果と1段目散布部の上方への散布による効果と考えられます。また、葉表の付着率も慣行散布と同等以上(79%→81%)となっています。これは、2段目散布部の下方への散布が葉表に対する散布として有効に作用したと考えられます。なお、散布量60%で慣行散布と同等の付着率が得られたことから、第一章で述べようにドリフト量は比例して40%減ったと推定され、新コンセプトは慣行散布と比べ周囲環境への影響が抑制されていることが検証できました。

図7 試作したトラクター用農薬散布機の外観
図7 試作したトラクター用農薬散布機の外観
図8 ほ場試験での散布量と付着率の比較(散布量(青)、葉表の付着率(白)、葉裏の付着率(グレー)、エラーバーは推定量の標準偏差)
図8 ほ場試験での散布量と付着率の比較(散布量(青)、葉表の付着率(白)、葉裏の付着率(グレー)、エラーバーは推定量の標準偏差)

4. おわりに

本稿では慣行散布に比して少量の散布量で同等以上の付着性能を実現するトラクター用農薬散布機の研究開発内容について紹介しました。2段散布と葉の裏返し機構「エアアシスト」の組み合わせからなる新機構で、散布量の削減と付着率の向上の両立を実現するこの農薬散布機は、2023年5月にワイナリー(垣根栽培)向け散布機 WS300としてヤンマーアグリ株式会社から発売されました(4)。今後は摘芯機T100S-V(A)(5)や草刈り機(モアー)など他の作業機と組み合わせた快適、安全、低コストなワイナリー向け栽培管理ソリューションの提案だけでなく、新コンセプトの散布方式をワイナリー以外の様々な栽培方式へと拡大することで環境にやさしく経済性に優れた農業経営に向けた社会およびお客様のニーズに貢献していきます。

WS300動画リンク:https://youtu.be/3wmBkgOHu2U

参考文献

関連特許

特許7283007 薬剤散布装置 平澤一暁(ヤンマーホールディングス株式会社)、池上聡一郎(同)、鵜飼洋史(同)、吉田義弘(有光工業株式会社)
WO2021193845 CHEMICAL AGENT-SPRAYING DEVICE Kazuaki Hirasawa (Yanmar Holdings CO., LTD.)、 Soichiro Ikegami (Yanmar Holdings CO., LTD.)、 Hirofumi Ukai (Yanmar Holdings CO., LTD.)、Yoshihiro Yoshida (Arimitsu Industry CO., LTD.)

著者

技術本部中央研究所
基盤技術研究センターダイナミクスグループ

鵜飼 洋史

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