2020.03.19

農業の未来を変えたい!研究者・農家・技術者が挑戦したロボットトラクター開発への想い

現在、日本の農業は、就労者人口の減少や高齢化や担い手不足など、いろいろな課題を抱えています。しかしその一方で、来るべき農業の課題を大胆に予測し、その解決策の一つとして、農業の半自動化・ロボット化の実用化に成功した人たちがいました。

Y mediaでは、農業ロボット研究の第一人者である、北海道大学大学院 農学研究院の野口伸教授、ロボットトラクターの開発に協力した畑作農家の三浦尚史さん、ロボットトラクターを開発したヤンマーの日高茂實さんに、それぞれの視点で「農業の未来について」語っていただきました。

野口 伸(のぐち のぼる)
北海道大学大学院 農学研究院 副研究院長・教授。北海道大学農学部にて農業工学を学び、同大で博士号を取得。内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクターを務めた。

三浦 尚史(みうら ひさし)
株式会社三浦農場 代表取締役。岩手大学農学部、北海道大学大学院農業工学を卒業後、農業機械メーカーに就職し、30歳で祖父の代から続く農業を始める。現在は、99ヘクタールの畑で小麦・馬鈴しょ・豆類・ビートの畑作4品目のほか長芋を栽培し、「スマート農業を実践し、未来の農業」に取り組んでいる。

日高 茂實(ひだか しげみ)
ヤンマーアグリ株式会社 開発統括部先行開発部 技監・部長 農学博士。農家であった親の影響で「トラクターの開発」を夢見てヤンマーに入社。野口先生と三浦さんに出会い、ロボットトラクターの開発に取り組む。

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

日本の農業が抱える課題と、解決へのキーポイント

―― 日本の農業の課題について、どう考えていますか?

野口:やはり労働力不足が大きな課題です。基幹的農業従事者の平均年齢は67歳を超え、65%以上が65歳以上、これからますます高齢化が進むと予測されます。また、人数も過去30年間で半減、過去5年間で15%も減少している、という現実に直面しています。

さらに、高齢化によるリタイアが進むことによって“熟練の技術”の消失も大きな問題です。「経験と勘が必要」と言われる農業において、生産性を落としていく原因となり得るのです。

三浦:私が就農した頃よりも、輸入農産物との競争が激しく、生産コストを下げていかないと生き残れなくなってきています。「コストを下げるには、朝から晩まで働ければいい」というわけにはいかないので、機械を増強するか、人を増員するか、という選択肢になってきていますね。

就農した当時、畑を13ヘクタール程広げるために、「外国製の大型トラクターと大型作業機を購入しようか?」と思ったことがありました。しかし、よくよく考えてみると、外国製の大型トラクターは2,000万円近くするんです。海外の農家のように機械を大型化しても、「とてもじゃないが経営が難しい」と思い直しました。

日高:農機メーカーとしては、耕起や播種、収穫といった農作業のお手伝いをすることで、生産効率を上げたり、品質を向上させたりすることは当たり前のことなんです。さらに、ずっと農業に関わってきたヤンマーとしては、“農業生産”の貢献ということだけでなく、その先の流通・加工・販売といった“食の産業”としてのバリューチェーンにまで、目を向けていくことが重要だと思っています。

―― 課題解決の、答えの一つが農業ロボットなんですね。

野口:私が農機の自動運転に取り組み始めたのは1991年の頃です。当時は、技術的に大きなハードルがありました。自動運転を実現するには、衛星測位技術が欠かせません。しかし、当時のアメリカのGPS(全地球測位システム)は、精度が低くて利用コストも高価でした。その頃は、今ほど労働力不足が問題になっていなくて、「まだ、先のこと」という雰囲気もありました。

その後、農水省のプロジェクトで農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)と共同研究することとなり、測位技術の進歩もあって、自動運転技術が現実的になってきました。

―― 三浦さんは、ロボットトラクター開発の試作機から関わってきたそうですね

三浦:畑を13ヘクタール広げた頃、当時の半自動運転テクノロジーにイノベーションが起こったんです。GPSの補正信号で、誤差が+-30cmだったのが、+-3cmの精度にアップしたんです。これにより半自動運転の使い方が広がりました。例えば、私の農場では、女性従業員が半自動運転のトラクターに乗って作業できるようになりました。「教えればアルバイトの方が操作ができる」、「農機の大型化とは違う方向で、農業を効率化できる」ということに気づいたのです。

さらに、「オートトラクター(有人の半自動運転)」「ロボットトラクター(無人の完全自動運転)」という組み合わせで作業することができれば、「誰でも作業できる」、「人が減らせる」と考えたんです。さらに、畑のデータを一回読み込むと、その通りに走るのは当然ですが、データは翌年も使えるので「管理データを蓄積できる」という複数のメリットも出てくると思いました。

「これらを応用したら、未来的な農業ができるのではないか?」と思い、一つのアイデアを持って、野口先生の研究室を訪ねたのです。

農家のひらめきが、ロボット農機開発のブレークスルーに

野口:三浦さんはもともと北海道大学の大学院生なので、私の研究をよく知っていました。三浦さんは「今の農業の問題はとても深刻。開発中のロボット農機を使って、自分のアイデアを実現したい」と、非常に強い熱意で話を持ってこられました。

三浦さんのアイデアは、「ロボットトラクター(無人)とオートトラクター(有人)を、1人で2台のトラクターを操作する」というものでした。

<三浦さんのアイデア>
● 複数台の協調作業:大型トラクター1台で作業するのではなく、2台の協調作業で効率化を図る。
● 複数台の同時作業:整地と施肥・播種などの2つの異なる工程を同時に行う。

当時、農林水産省の委託プロジェクト研究「農作業の軽労化に向けた農業自動化・アシストシステムの開発」を実施しており、北海道大学はヤンマーさんとともにロボットトラクターの開発をしていました。その時、ロボット農機の開発には「価格」と「安全性」の2つの課題があり、特に安全性が大きな課題でした。人のいる畑で無人の機械を動かし、「誰が安全性を確保するんだ」ということですね。

しかし、三浦さんのアイデアなら、「無人機を監視しながら、自分も作業する」ことにより、安全性も確保することができるのです。「このアイデアならいける!」と思い、プロジェクト検討会議の場で農林水産省の担当者やヤンマーさんなどメンバーに三浦さんから話をしてもらいました。

日高:三浦さんのアイデアは、「確かにそうだ」と思いました。早速、三浦さんの農場へ金時豆の播種作業を見に行きました。前を走るロボットトラクターは播種床をつくる作業で、三浦さんの運転するトラクターが後方について播種を行なっていました。試作機には女性のアルバイトが乗っていたので、私が「何をしていますか?」と聞いたら、女性は「座っているだけです」と返答。三浦さんは、後ろで播種作業をしながら、前を走るトラクターの監視もしている。「なるほど、これならできる!」と思いましたね。

野口:三浦さんの参加をきっかけに、プロジェクトは「協調型=2台で走らす仕組み」へと動き出しました。また、この取り組みは社会に注目され、ヤンマーの「ロボットトラクターの研究開発」が2016年「第7回ロボット大賞(農林水産大臣賞)」を受賞、ヤンマーさんの商品化への大きな弾みとなりました。ロボット農業の実用化のきっかけを作ったのは、三浦さんと日高さんといっても過言ではないですね。

ロボットトラクターの市販化、そして、未来へ

―― 2018年10月に自動運転トラクターが発売された時は、どんな思いでしたか。

野口:今回の市販化の成功は、研究機関である大学と農機メーカー、ユーザーである農家、そして安全性確保ガイドラインを整備した農林水産省の“協働”が大きかったと思います。私たちの研究には、これまで多くの人たちが関わってきました。卒業した大学院生の中には、ヤンマーさんをはじめ、日本や海外のメーカーで活躍している方も多くいます。三浦さんのように、農業のフィールドで実践されている方もいます。

三浦:ロボットトラクターは、2019年の5月に導入しました。試作機から関わっているので、市販機の完成度にはとても満足しています。農家の細かい要望を汲み取り、大変の努力をなされたと思います。私の周りの農家さんも大いに興味を持っています。

日高:今回の開発では、「農業者と開発者が一緒になって作り上げる」ことの大切さを改めて実感しました。弊社の若い技術者には、ロボトラをやりたいとか、精密農業をやりたいとか、コネクティッドの仕事をしたいとか、いろいろな希望がありますが、まずは「農業者の現場に行って体験してこい」と指導しています。

―― 日本の農業は、どう進化して行くと思いますか?

野口:ロボット農機の次のテーマは、「小型化」と「スマート化」だと思います。現在のロボット農機は、北海道のような大規模農業を前提としていますが、深刻な人手不足は、山間部などの入り組んだ小規模農家で起きています。そのためには、ロボット農機の小型化とコストダウンがポイントです。

もう一つは、管理作業の無人化が課題です。現在は、人が監視しながら適切な施肥とか農薬散布を行っていますが、この作業もスマート化によって無人化できると思います。

三浦:ロボットトラクターは、これからの農業のベースになると思っています。ロボットトラクターは、畑の情報をデータとして蓄積できるからです。今後、さまざまな作業機として連携することで、さらなる“省人化”が可能になると思います。

一方で、省人化とは別に、畑の情報を活用した“精密農業”の可能性も見えてきています。例えば、施肥作業などをデータ化することで「畑に養分がどれだけあるか」と精密に管理できるようになると期待しています。それにより、肥料のコストダウンとか、品質の向上も見込めますね。

日高:開発者としては、まずはロボットトラクターができる作業の種類を増やすことが次のステップだと思っています。並行して、野口先生が話されたことと同じく、小規模農家への展開だと思っています。

そして、農業のスマート化ですね。私たちヤンマーは、生産の現場から消費者まで、情報をコネクティッドできる農業を目指しています。生産の現場では、肥料や農薬、燃料の使用量を適切に管理する。そして、消費者へ情報付きの信頼できる作物として、トレーサビリティ情報をお届けする。生産者にも消費者にも、共に喜ばしい農業社会が実現できると思っています。

―― 最後に、みなさんの夢と、次世代の方へのメッセージをお聞かせください。

野口:夢は、世界の食料の安定供給を支えるような研究。経済成長と地球環境が両立した持続可能な社会の実現のために、私たちのスマート農業の技術で貢献したいですね。

学生たちには、何か大きな目標を持って、諦めず取り組んでほしいと思います。私たちの研究は、大きな分野でやりがいのある分野です。ぜひ私たちと一緒に、自分の夢を追いかけてもらいたい。

三浦:私はもっともっと農業の合理化を進めたいですね。合理化すれば利益も出ます。利益が出れば社員に還元できますし、地域の活気にも貢献できます。

今の時代、「こうなったらいいな」と思ったら、SNSでいろいろな“結びつき”が可能です。共感する人たちが短期間で集まり、意見を交換するためにネット上で会議もできます。さらに新しいテーマができると、また新しい“結びつき”が生まれる。次代の農業を志す人たちも、どんどん参加してもらい、一緒になって課題を解決していきたいですね。

日高:私は農業に関わるこの仕事に誇りを持っていますし、「山間部などで頑張る、小規模農家を支えたい」と思っています。おこがましいかもしれませんが、都会から若い人たちが農村に戻ってくるような環境を作り上げたいですね。

これから技術者を目指す方には、すぐに諦めず、考えて、考えて、すぐにやってみて、また考えて夢に挑戦し続けて欲しい。そういう人たちが、農業を盛り上げていって欲しいです。

野口:日高さんが「農業を活性化したい」とおっしゃいましたが、これからは「何を作って、どこに売るか?」というマーケットイン型の農業にしていくことが重要だと思います。

私は、日本とアジアの農業システムを変えていくのは日本の農機メーカーだと思っています。ヤンマーさんの「生産から加工、流通、消費者まで、食の産業のバリューチェーン」の取り組みに、とても期待しています。

 

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