ヤンマーテクニカルレビュー

軽質ガス・ディーゼル混焼による高効率・低エミッション化の検討

Abstract

The dual fuel combustion of a lean homogeneous gas mixture ignited by micro diesel injection has the potential to realize low emissions and high thermal efficiency. The research described in this report focused on the effects of gas composition on the combustion characteristics. The diesel engine was tested using a variety of gas fuels, including hydrogen (H2), carbon monoxide (CO), methane (CH4), and mixtures of these, and the fundamental combustion characteristics of each gas were obtained. This report reviews the optimum gas compositions in terms of ignitability and degree of constant volume, for the various engine operating conditions that were obtained from these results.

1.はじめに

ディーゼル機関は熱効率が高く自動車や各種産業用機械の動力源として広く用いられているが、環境汚染物質(NOx,PM)の低減が困難であることが知られている。これは噴霧拡散燃焼において局所高温域でNOxが,燃料過濃領域でPMがほぼ同時に生成されることに起因する(1)。これまで混合気を希薄均一に燃焼させることで低エミッション化を図る取り組みが数多くなされてきたが(2)(3)、着火制御の難しさから幅広い運転条件での実用化には至っていない。筆者らは燃料改質プロセスを導入することにより軽油を水素、一酸化炭素、メタン等の着火性の低い軽質ガスに転換し、これらをディーゼル噴射によって希薄予混合着火させる方法について調査を行ってきた(4)。また、最近ではCO2低減の観点からカーボンニュートラルである木質バイオマス燃料を軽質ガス化し、内燃機関に混焼させる方式に注目が集まっている(5)。この燃焼方式においても水素、一酸化炭素、メタンといった軽質ガス成分とディーゼル燃料との混焼技術が高効率・低エミッション化の鍵となる。

このような背景のもと、本報ではディーゼル機関に予混合吸気させる軽質ガス成分がディーゼル混焼性能に与える影響を実験的に調査し、軽質ガス・ディーゼル混焼機関の運転状態に対して最適なガス性状について検討した結果を紹介する。

2.実験装置および実験方法

2.1.供試機関

表1に供試機関の諸元を、図1に今回用いた実験装置の概略を示す。機関はコモンレール式燃料噴射装置(CRS)を装着した直噴式ディーゼルエンジンであり、任意の時期に軽油を筒内に噴射することができる。また、ガス燃料と空気を吸気マニホールド上流で混合できるよう改造を施している。吸入空気には電動式コンプレッサから供給される加圧エアを用い、吸気経路内にサージタンクを配置することでコンプレッサ吐出に伴う圧力脈動を抑え、減圧弁および吸気スロットルによって吸気マニホールド内のガス圧力が所定の値となるように調整している。

2.2.ガス燃料の供給方法

本実験では水素、一酸化炭素、メタンをガス燃料として用いた。各ガスを貯蔵した高圧ボンベから1次レギュレータを介して約0.6MPaに減圧した後、設定したガス組成となるように開度調整した流量制御弁を経て、ガスミキシングタンクに一旦貯蔵しガス組成を均質化させる。タンクを出た混合ガスは2次レギュレータによってさらに圧力を0.3 MPaに減じ、機関入口に設置した流量制御弁により供給ガス流量を調整し機関に導入する。なお,試験ガス条件を変える度にミキシングタンク内のガスをガスクロマトグラフィ装置にて分析することで、機関に供給するガス成分の確認を行なっている。

Table 1 Engine specifications
Fig.1 Schematic of experiment apparatus

2.3.実験方法

表2に実験条件を示す。機関速度は1000 min-1一定であり、負荷条件は低負荷(BMEP:0.12 MPa)、中負荷(0.48 MPa)、高負荷(0.84 MPa)の3段階を設定した。

まず各負荷において機関が筒内圧超過や失火を起こすことなく運転継続できるガス混焼条件を把握するため、出力一定の条件下でガス燃料の供給量と軽油の噴射開始時期を変更する実験を行った。この際、水素(H2)、一酸化炭素(CO),メタン(CH4)をそれぞれ単ガスで供給した実験を最初に行い、各ガス成分がディーゼル混焼性能に与える影響を評価した。次に一酸化炭素と水素、メタンと水素の混合ガスでの評価を行った。実験に際しては全ての気筒の筒内圧力を監視し、筒内圧力が規定値を超過した場合や、過早着火、または大きな燃焼変動が見られた場合はその条件を運転限界とした。なお吸気圧は自然吸気(N/A)相当を標準条件とし、ガス予混合気の空気過剰率を変更する実験のみ適宜吸気圧を調整している。

Table 2 Experiment conditions

2.4.燃焼性能指標の定義

実験結果の考察のため、本報では燃焼性能に関わる指標を下記のように定義する。

(1)ガス混焼率

機関に供給された熱量のうちガス燃料に由来する比率をガス混焼率(GFER:Gas Fuel Energy Ratio)と定義し、実測ガス流量と軽油噴射量を基に式(1)によって求めた。なお、QgasQliqはガス燃料と軽油の供給熱量であり、それぞれ式(2)(3)によって得ることができる。

ここで、Gfuel_gasGfuel_liqは計測されたガス燃料と軽油の質量流量であり、LHVgasLHVliqはそれぞれの低位発熱量である。混合ガスを用いる場合は各燃料の低位発熱量をガスクロマトグラフィで実測したモル分率で按分した値をLHVgasとして与えている。

(2)着火遅れ

着火性の指標として、インジェクタ通電開始から熱発生率が正に転じるまでに要したクランク角度を着火遅れ(τid)と定義する。

(3)燃焼期間および燃焼期間比

相対的な燃焼速度を評価するため、着火から熱発生量の積算値が総発熱量の90%となるまでのクランク角度を燃焼期間(τcmb)と定義し、式(4)のように同一運転条件におけるディーゼル燃焼の燃焼期間(τcmb_ref)との比を燃焼期間比(RoCD:Rate of Combustion Duration)として求めた。

3.実験結果

3.1.単一ガス混焼時の運転可能範囲

図2(a)-(c)に水素,一酸化炭素,メタンそれぞれを単ガスで供給し,ディーゼル混焼させた際の運転可能範囲を示す.

Fig.2 Engine operating limits with H2, CO, and CH4 dual fuel combustion

水素混焼(図2(a))では、高負荷(BMEP=0.84 MPa)で混焼率増加に伴い筒内圧力が上昇し噴射時期進角時の運転領域が狭まる。また、ガス混焼率50%を超える条件では過早着火が発生した。中負荷(BMEP=0.48 MPa)でも同様に噴射時期進角時に運転領域が制限されるが、90%を超えるガス混焼率まで運転可能であった。低負荷(BMEP=0.12 MPa)では噴射時期進角側に制約は存在せず、遅角側運転領域はディーゼル燃焼と概ね同じであった。

一酸化炭素混焼(図2(b))ならびに、メタン混焼(図2(c))の結果を見ると高負荷(BMEP=0.84 MPa)では水素と同様にガス混焼率増加に伴い運転領域が狭くなるが、適切な噴射時期を設定すれば過早着火は発生せずガス混焼率90%以上まで運転可能であった。中負荷(BMEP=0.48 MPa)では高混焼率時に噴射時期進角側の運転領域が拡大した。これは一酸化炭素やメタン混焼時の筒内圧力がディーゼル燃焼に比べ緩慢に上昇し、同じ噴射時期では最高筒内圧力が低下するためである。また、低負荷(BMEP=0.12 MPa)では一酸化炭素混焼、メタン混焼いずれの場合でも高混焼率時に失火が発生しやすくなり、遅角側運転領域が狭くなった。

図3に軽油の燃料噴射時期をTDCに保ち、ガス混焼率(GFER)を変化させた際の燃焼期間比(RoCD)を示す。高負荷(BMEP=0.84 MPa)ではどのガスでも混焼率の増加により燃焼期間比が1.0以下、すなわちディーゼル燃焼より燃焼期間が短縮した。これは高負荷、高混焼率ではガス予混合気の空気過剰率が低下し燃焼速度が高くなるためである。中負荷(BMEP=0.48 MPa)では水素混焼時の燃焼期間比は高負荷同様ガス混焼率の増加によって低下するが、他のガスでは逆に増加する。また、低負荷(BMEP=0.12 MPa)では高混焼率時に全てのガスでRoCDが増加した。これは負荷の低下によってガス予混合気の空気過剰率が高くなり、燃焼速度が低下するためである。

以上のことから、軽質ガス・ディーゼル混焼において、高負荷ではガス予混合気の過早着火防止が、中・低負荷では燃焼の緩慢化による等容度低下への対応が課題となる。

Fig.3 Effect of the gas compositions on the combustion period

3.2.空気過剰率が等容度に与える影響

図4に中負荷(BMEP=0.48 MPa)でガス予混合気の空気過剰率を変化させたときの燃焼期間比(RoCD)の変化を示す。いずれのガスを混焼させた場合でも空気過剰率を減じると燃焼期間比を低下させることができ、これによって等容度改善が期待できる。ただし、空気過剰率を低減するために過度の吸気スロットリングを行うとポンピング損失の増加を招くことから、空気過剰率最適化によって熱効率改善を図るには等容度改善とポンプ損失増加とのバランスを考慮する必要がある。

Fig.4 Effect of excess air ratio on the combustion period

3.3.水素混合が等容度に与える影響

次に水素、一酸化炭素、メタンの中で最も着火し易く燃焼速度が高い水素を、比較的緩慢に燃焼する他のガスに加えた際の燃焼性能変化を調査した。図5、図6に水素の混合率を変化させた一酸化炭素と水素の混合ガス、およびメタンと水素の混合ガスを供給した際のガス混焼率(GFER)と燃焼期間比(RoCD)の傾向を示す。

一酸化炭素に水素を添加した場合(図5)、高負荷(BMEP=0.84 MPa)では燃焼速度が高まり、水素混合率が50%を超える条件では筒内圧制限により運転可能な最大ガス混焼率が大幅に低下した。中負荷(BMEP=0.48 MPa)でもガス混焼率が高い条件では水素添加率に応じて燃焼期間比の顕著な低下がみられた。メタンに水素を添加した場合(図6)も同様に水素添加率が高くなると燃焼期間比が低下する。しかしどの負荷条件においても一酸化炭素に水素を供給した時に比べ燃焼期間比の変化が小さかった。このことから、水素添加による等容度改善効果は水素添加量で一義的に決まるのではなく、組み合わせるガス種によっても変化すると考えられる。

Fig.5 Effect of H2 on CO gas-diesel combustion
Fig.6 Effect of H2 on CH4 gas-diesel combustion

3.4.着火制御性評価

図7に実施した全ての実験条件での燃料噴射時期と着火遅れ(τid) の関係を示す。水素100%ガス混焼の高負荷時に過早着火が発生したが、それ以外の条件では過早着火は発生せず、着火時期は概ね一定の期間内に収まっている。すなわち、水素を極端に多く含むガスでない限り過早着火のリスクは低く、ディーゼル燃料噴射によってガス予混合気の着火制御は可能と考えられる。

Fig.7 Ignition delay at all test conditions

4.機関出力に対する最適ガス組成の考察

図8に軽質ガス・ディーゼル混焼機関の出力条件(負荷)に対する最適ガス組成の要件をまとめる。なお、図の横軸はガス燃料中のメタンと水素(または水素+一酸化炭素)の比率であり、縦軸は機関の正味平均有効圧(BMEP)である。

ガス予混合気の空気過剰率(λgas)が低く、筒内温度が高い高負荷では筒内圧力超過や過早着火のリスクを低減するため水素量は極力減じる事が望ましく、水素混在下でも燃焼速度や着火性が変化しにくいメタンを主体とするガスが適している。一方、部分負荷では、失火を防ぎ、高い等容度を維持するために水素、または水素と混合させることで燃焼速度が高まる一酸化炭素を多く含むガスが望ましい。さらに、出力気筒の運転条件に対して最適な空気過剰率を実現するためには、高負荷では過給が、中低負荷では吸気スロットリングが有効である。

Fig.8 Desired gas composition at engine operating conditions

5.おわりに

昨今急激に市場化が進んでいる電動化技術に押し出されるかのように乗用車OEMの多くは欧州市場からのディーゼル機関搭載車の撤退を表明し、その流れは今後オフロード機関にも広がると予測されている。しかしながら、未利用エネルギーの有効利用の観点からは「雑食性」の高いディーゼル機関はCO2低減手段として有望であり、その最大の欠点である排ガス性能を改善することで今後も社会の発展に寄与し続けられると確信している。本研究はその一助となるべく始めたものであるが、実用化に向けては未だに数多くの課題が残されている。今後さらに技術の研鑽を深め、創出した技術を通じてより良い社会に貢献していきたい。

参考文献

  • (1)Kamimoto, T. et.al.: High Combustion Temperature for the Reduction of Particulate in Diesel Engines, SAE Technical Paper (1988), 880423
  • (2)石川直也:低NOx予混合燃焼方式の他気筒ディーゼルエンジンへの適用,自技論, Vol.37, No.4, p.155-160 (2006)
  • (3)中野道王:予混合圧縮自着火エンジンの燃焼特性と自着火制御,自技論, Vol.38, No.3, p.37-42 (2007)
  • (4)朝井豪:ディーゼル燃料過濃予混合気のピストン圧縮改質,自技論,Vol.49,No.1, p.24-29 (2018)
  • (5)平田悟史:木質バイオマスのガス化発電・熱供給システム,計測と制御, Vol.45, No.10, 2006

著者

中央研究所

朝井 豪

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