エンジン事業本部 小形エンジン統括部 開発部
ヤンマーテクニカルレビュー
排気量1Lクラス世界トップクラスのトルク特性の実現に向けて
~3TNV80FT機関開発~
Abstract
Strict emission regulations in recent years have led to greater demand for engines in the sub-19 kW class, a response to the higher cost of larger-sized engines. This in turn has created a need for better torque performance and for sub-19 kW engines to satisfy requirements for a variety of applications.
The 3TNV80FT was developed to be a sub-19 kW engine that is both compact and provides a high level of torque performance.
The combination of high torque performance and clean emissions was achieved through use of turbocharging together with the 2G Eco Governor. Developed in-house by Yanmar, the 2G Eco Governor is an electronically controlled speed governor that provides a high degree of freedom in the control of the fuel injection amount.
These features also help the engine maintain performance under different environmental conditions while satisfying the requirements of different applications.
This report describes the technologies used in the 3TNV80FT engine.
1.はじめに
当社の出力19kW未満クラスの小形ディーゼルエンジンは、機械式燃料噴射装置にて米国Final Tier4規制、欧州StageV規制などの先進排ガス規制に対応しており、市場で好評を頂いている。
近年の排ガス規制の強化に伴い、出力19kW以上のクラスではコモンレールシステムやDPF(Diesel Particulate Filter)などの高価なシステムの導入が必須となっている背景があり、比較的低価格な出力19kW未満のエンジンの需要が高まっている。また規制の切り替わりに合わせて20kW近傍であった従来機から19kW直下の機種への載せ替え要望を頂くこともあり、その場合は19kW未満のクラスでありながら高いトルクを発揮出来ることが求められる。
また、出力19kW未満クラスのエンジンは建設機械等の業務用途向けのみならず、芝刈り機の様な一般家庭でも使用される機械に幅広く搭載されており、市場ニーズも多岐に渡るものとなっている。
本稿では、上記のような市場ニーズに基づき開発を行い、2016年より市場投入している3TNV80FT機関の適用技術と商品力について紹介する。
2.製品概要
3TNV80FT機関は19kW未満クラスの中でクラストップの高トルクを持つコンパクトなエンジンを、という市場ニーズに基づき開発したエンジンである。19kW未満クラスのヤンマー従来機関のトルクカーブを図2に示す。定格トルクを19kW直下まで向上させつつ、中低速のトルクを大きく向上することにより、幅広い回転域で高いトルクを発揮できる特性となっている。また本機は米国Final Tier4規制対応をターゲットとして開発され、近年では欧州StageV規制の認証も取得しており、パワフルでありながら環境にも配慮したクリーンなエンジンとなっている。
また上記のような先進排ガス規制では、低大気圧条件 (高高度条件)下においても排ガスエミッションを満足する必要があるが、機械式ガバナを採用している従来機関では排ガスエミッションと密接な関係のある燃料噴射量を高度に応じてリニアに低減させることができない為、必要以上に作業性の低下を招く課題を抱えていた。本機では自社開発の電子制御式調速装置である“2Gエコガバナ”を採用することにより、高度条件に応じたトルク特性を持たせることで高地環境での出力低下を極小化し当課題の改善を行っている。
電子式ガバナ採用によるもう一つのメリットとして、搭載車体側とのCAN通信が可能なことが挙げられる。これにより車体側制御との連携によりエネルギー効率の良いシステムを実現出来るポテンシャルを有している。
3.適用技術と商品力
3.1.2Gエコガバナ+過給化による高トルクライズ実現
本機では最大のポイントである高トルクライズを実現するために、噴射量制御自由度の高い2Gエコガバナ及び過給機を採用している。
まず、19kW未満の出力に抑えることが大前提であるため、定格時は19kW直下で留まるよう噴射量を制限しつつ、中低速時の燃料噴射量を増量する必要があった。従来の機械式ガバナではこのように回転数毎に噴射量を調整するような対応が不可能であったため、噴射量制御自由度の高い2Gエコガバナを採用することで対応を行った。
次に、空気量一定で燃料噴射量のみを増量するとPMの悪化を招くため、中低速時の燃料噴射量増量に対して適切な空気量を確保するため過給機を採用した。過給機選定にあたっての課題としては、図4に示す通り各性能のトレードオフが発生するため、複数仕様の試作品を作成し評価を重ねることで最適な仕様選定を行った。(図5)
上記の適用技術により、本機は高トルクライズを実現しつつクリーンな排ガス性能を有している。
3.2.高地作業性の向上
空気密度の低い低大気圧条件(高高度条件)下では、燃料が不完全燃焼となり排気濃度(Sd)が悪化するという問題が発生する。この問題への対策としては一般的に、低大気圧条件下において燃料噴射量を抑制する対応が取られるが、この対応はトルクの低下を招き作業性が悪化する。さらに従来の機械式ガバナでは標準条件と低大気圧条件の2パターンのトルクカーブを切り替える対応しか取ることが出来ず、条件によっては必要以上の作業性低下を招いていた。本機では2Gエコガバナを採用したことにより各回転数毎に噴射量の調節が可能なことに加えて、大気圧センサからのフィードバックに基づき、高度条件に応じてリニアに噴射量を調整することが可能となっている。(図6) また、過給機を採用したことで従来機よりも空気量を確保出来ており、高速域では低大気圧条件下でも噴射量抑制が不要となっている。
上記により従来機と比較し、低大気圧条件下でも高い作業性を維持することが可能となっている。
3.3.電子制御化に伴う商品力向上
本機は2Gエコガバナの採用に伴い以下に示すような商品力の向上を得られている。
3.3.1.ドループ制御による作業性の向上
従来の機械式ガバナには無負荷から最大負荷まで移行する間にエンジン回転速度が低下(ドループ制御)する特性があり、低回転になる程この回転速度低下が大きくなる特性があった。(図7) 2Gエコガバナを採用することでこの回転速度低下がエンジン回転数によらず同程度となり作業性の改善に繋がっている。また作業機に応じて最適なガバナ特性を持たせる為に、回転速度低下をゼロにする(アイソクロナス制御)オプション機能を持たせた。
3.3.2.始動・加速時の余剰燃料噴射カットによる燃費の向上
機械式ガバナでは噴射量を調整する機構の挙動をスプリングにより制御しているため、始動時や加速時などの過渡条件において燃料噴射量が過剰となり、黒煙・燃費の悪化を招いていた。2Gエコガバナでは上記挙動をリニアソレノイドで制御することで過渡時においても燃料噴射量を適正に調整することを可能としており、黒煙及び燃費の改善に繋がっている。
3.3.3.搭載車体側の制御との協調制御システム実現の可能性
2GエコガバナはCAN通信に対応しており、エンジン回転、負荷率や異常有無などの情報を搭載車体側のシステムに送信することが出来、また車体側システムからの要求に基づきエンジンの運転条件を制御することが出来る。この機能を活用することで、例えば油圧装置を搭載している作業機では、油圧とエンジン負荷/回転数を協調制御することにより、最も燃費の良い条件で作業するようなシステムを構築することも可能である。
4.おわりに
3TNV80FT機関について、本稿で紹介した内容のまとめを以下に示す。
- 最適な過給機マッチングと2Gエコガバナによる噴射量制御により出力19kW未満のクラスにおいて各先進国の排ガス規制をクリアしながら、世界トップクラスの高トルク特性を実現している。
- 2Gエコガバナによる最適噴射量制御により低大気圧条件(高高度条件)においても出力低下を極小化することができ、高地環境下でも高トルクの優位性を維持している。
- 2Gエコガバナの通信機能を活用することで、搭載車体側要求に応じて様々なメリットを引き出すポテンシャルを持っている。
近年パワーソースとして、ハイブリッドシステムや電動システムの台頭が目覚しいが、産業用パワーソースの分野では当面の間、耐久性及び信頼性の観点からディーゼルエンジンは優位を保ち続けると考える。当社ではこれからもディーゼルエンジンの技術開発を継続し、お客様の生涯価値を最大にする商品の提供に努めていく所存である。