エンジン事業本部 小形エンジン統括部 開発部
ヤンマーテクニカルレビュー
次世代マリンエンジン 4LVシリーズ
~現行機種を凌駕した加速性・静粛性~
Abstract
Yanmar's new 4LV series of marine diesel engines were released in 2017. The new engines are a marinized version of an automotive engine and incorporate proprietary control logic for marine propulsion. The adoption of optimized combustion technologies and a common rail fuel injection system have enabled the engines to comply with stringent exhaust emission regulations while also satisfying customer requirements for acceleration and for low noise and vibration. The electronic control system allows easy engine installation, communication with onboard navigation devices, and connection to a joystick maneuvering system. Yanmar believes the new engines will delight customers. This article describes the new technologies used in the 4LV series engines.
1.はじめに
ヤンマーの主力商品である小形ディーゼルエンジンの一つに、マリンボート用エンジンがある。特に欧米では認知度が高く、「ヤンマーといえばマリンエンジン」と答える人も少なくない。例えば、風を帆で受けボートを走らせるセールボート用のディーゼルエンジンはヤンマーが世界トップシェアであり、離着岸時の動力やボート内の生活電源として活躍している。使用環境が海上のため、ボートの動力源には信頼性・耐久性に優れたディーゼルエンジンが船内機(船体の中にエンジンを配置する構造)として広く採用されているのだ。
一口にマリンボートと言ってもセールボートやフィッシングボート、クルーザー、レスキューボートなど使用用途により多種多様である。特にフィッシングボートやクルーザーなどに使用されているマリンボート用船内機は、エンジン出力が110kW~180kWにおける市場規模が大きく、非常に重要な出力ゾーンとなっている。これまでヤンマーの商品ラインナップとしてこのゾーンは4LHシリーズと4/6BYシリーズが担ってきたが、4LHシリーズは軽負荷業務用途、4/6BYシリーズはプレジャー用途であり、仕様の違いにより同じ出力ゾーンに2シリーズが重複している状況であった。そこで、軽負荷業務用途とプレジャー用途の両方に適応し、さらに市場要望のある大型セールボート向けにも適応した次世代エンジンとして開発したのが4LVシリーズである。
2.商品概要
4LVシリーズは2017年よりリリースされたマリンボート用ディーゼルエンジンである。4LHシリーズおよび4/6BYシリーズの後継機種として新規開発したもので、従来機種と同等の外形寸法によりエンジンの載せ替えを可能にし、さらに加速性・静粛性に優れたエンジンとなっている。
ベースエンジンには自動車用エンジンを使用し、全く異なるフィールドである舶用エンジンとして最適なマリナイズを施した。常に海水と隣り合わせの環境下において信頼性を確保するためにヤンマーがマリンエンジンメーカーとして蓄積してきた経験と技術を集結させた。加えて、事前検討段階で可能な限り解析評価を実施することで開発期間の短縮に成功した。
燃料噴射にはフル電子制御コモンレールシステムを採用し、最適な燃焼マッチングによりアメリカのEPA(Environmental Protection Agency/環境保護庁)Tier3規制を始めとする各国の排気ガス規制に対応している。
4LVシリーズの商品ラインナップは船内機仕様とスターンドライブ仕様があり、出力別に4LV150(Z)(110kW)、4LV170(Z)(125kW)、4LV195(Z)(143kW)、4LV230(Z)(169kW)、4LV250(Z)(184kW)である。いずれの仕様もターボチャージャーを用いた過給方式を採用している。4LVシリーズの基本要目を表1に示す。
表1 4LVシリーズ基本要目
機関名称 | 4LV150(Z) | 4LV170(Z) | 4LV195(Z) | 4LV230(Z) | 4LV250(Z) |
---|---|---|---|---|---|
最大出力(kW) | 110 | 125 | 143 | 169 | 184 |
最大回転速度(min-1) | 3500 | 3800 | |||
排気量(L) | 2.755(4気筒) | ||||
ボア×ストローク(mm) | 92×103.6 |
3.適用技術と新たな付加価値
3.1.商品力の向上
3.1.1.加速性
ボートのユーザーにとって加速性は快適な航行のために重要である。
加速性は機関の低回転時のトルクが大きく影響する。4LVシリーズは当社従来機および同クラスの他社機に比べて上記の点で勝っており、より快適な加速性を実現できる(図1)。最適な燃焼マッチングを行い、欧米の厳しい環境規制を満足しつつもユーザーの快適性に配慮した。
3.1.2.静粛性
マリンボートには様々な種類があるが4LVシリーズが主なターゲットとするプレジャーボートにおいて、エンジンの静粛性は非常に重要な要素の一つである。限られた船体スペースのため、エンジンルームは居住スペースと近接しており、船によってはエンジンルームがリビングや寝室と板一枚隔てた場所にレイアウトされている。快適なボートライフのためには静粛性がなくてはならない要素なのである。
4LVシリーズではコモンレールシステムを採用し燃料噴射時期や噴射回数を電子制御することで燃焼の最適化を実施した。またエンジン構造に目を向けると、内部ではカムおよび燃料ポンプのチェーン駆動や2次バランサの採用、外部ではマリナイズ部品を始めトップカバーおよびベルトカバーの形状検討を行うことで他社機以上の静粛性を実現している(図2)。ボートに乗り最初に耳で感じる静粛性をユーザーには体感してもらいたい。
3.1.3.低環境負荷の実現
また静粛性と併せて、ボートに乗り最初に感じるのが「排ガスの臭い」や「排気口からの煙」、「油浮き」である。排ガスの臭いや排気口からの煙はユーザーの気分を害し、多量な油浮きはマリーナ内の汚染につながってしまう。これらの主な原因は排ガス中の青白煙と未燃燃料である。
4LVシリーズは最適な燃焼マッチングを行うことにより、青白煙が同じコモンレールシステムエンジンである当社従来機よりもさらに低い値となっており、低環境負荷を実現した(図3)。
加えて、舶用ディーゼルエンジンついての排ガス規制には、代表的なものとして、アメリカのEPA規制とヨーロッパのRCD(Recreational Craft Directive/レクリエーション用船舶指令)規制が挙げられる。それぞれの規制では、2014年(EPA 舶用Tier3)と2016年(RCD Stage2)から1段階厳しい規制が施行されているが(図4)、4LVシリーズでは共に認証を取得済であり、排出する黒煙の量も当社従来機と比べて大幅に低減している。
3.1.4.ヤンマーブランドの向上
次に、普段は船の機関室に隠れているエンジンにも是非とも目を配ってもらいたい。
4LVシリーズの特徴としてまずビジュアルに訴えてくるのがカバーである。4LVシリーズにはトップカバー、ベルトカバー、ECUカバーの主な3つのカバーを使用しているが、主な機能は内部部品の保護やけが防止である。これまでマリンエンジンのカバーには鉄板が使われることが多かったが、4LVシリーズではこれにデザイン性という付加価値を付けた。特にトップカバーはエンジンの顔でありながらメンテナンス時には足場として使用される場合もあり、デザインを成立させつつ強度を確保するためにデザイン担当者やサプライヤーと細部に至るまでとことん話し合い形状をFIXさせた(図5)。
また2015年リリースの6LY400/440とデザインを統一させており(図6)、今後の新規マリンエンジンにも同様のデザインを採用することでヤンマーブランドを高めていく。
3.2.エンジンの搭載性維持
プレジャーボートを含めた舶用市場ではボートの寿命が数十年に及び、エンジンを乗せ換え(換装)する機会がしばしば発生する。換装の機会に後継機として4LVシリーズを選んでいただくには容易に搭載できることが求められる。4LVシリーズは搭載性において重要な下記3点について特に配慮した。
3.2.1.換装性
- エンジンルームの改装が不要
- 当社従来機および同クラスの他社機と同等のエンジンサイズとし、換装時のエンジンルームの改装を不要にした。また、機関据付脚幅も当社従来機と同一にしているため、機関台の変更も不要である。
- 機械式からの換装が可能
- 近年、エンジンやトランスミッションを操作する「コントロールレバー」などの操作システムの電子制御化が進んでいるが、機械式のユーザーも多数存在する。
4LVシリーズでは元々搭載されていた機械式コントロールレバーを継続使用できるように、電子制御仕様に加え機械式仕様も設定している。機械式仕様とは、具体的には機械式コントロールレバーの動きを電気信号に変換する「ポテンションメータ」をエンジンに搭載した仕様であり、従来の機械式システムに使用されていたケーブルを、そのまま4LVシリーズに接続可能にした(図7)。
3.2.2.接続性(舶用機器とのワンタッチ接続)
マリンボートには、ユーザーが各々の趣向に応じて、地図上にボートの軌跡を記録する「チャートプロッタ」などの様々な舶用機器が搭載されている。これら舶用機器の中には、燃料消費量やエンジン回転数などの情報が必要なものも存在しているが、従来の機械式エンジンからは、舶用機器が必要な情報を容易に取り出すことができず、ユーザーが不便な思いをしていた。そこで、4LVシリーズでは舶用機器との親和性を高めるため、舶用機器が必要とするデジタル情報を、エンジンから直に取り出せる仕様になっている。その結果、エンジンと各舶用機器との接続は、ワイヤーハーネスに付いているコネクタを接続するだけになり、エンジンと舶用機器を接続する際の手間と、エンジンと舶用機器間における情報のやり取りを大幅に簡略化できた(図7)。
3.2.3.据付性・メンテナンス性
4LVシリーズでは造船所や現地サービススタッフの要望を取り入れ、据付性・メンテナンス性を向上させた(表2)。
表2 据付性・メンテナンス性改善内容
目的 | 改善内容 |
---|---|
据付時間短縮 誤組防止 |
温水取り出しや燃料入口位置など船体側との接続部分を指示ラベルで表示 |
メンテナンス時間短縮 誤組防止 |
サーペンタインベルトのレイアウトをラベルで表示 |
ケガの防止 | 先端が鋭利になっているホースクリップに保護キャップを装着 |
3.3.電子制御システムとの親和性
3.3.1.VC10
4LVシリーズにはヤンマーオリジナルの電子制御エンジンコントロールシステム「VC10」が適用可能である。VC10を適用することで、複数のエンジンを搭載した場合でも容易にエンジン回転数を同期させることが可能である。また、VC10は電気通信(CAN信号)でエンジンを制御するため、機械式特有のスロットルケーブルなど設置上の大きな制約となるものがなく、容易に設置できる通信用のワイヤーハーネスで接続可能である。そのため、好みの場所に操船席を設置できるなど、船体設計の自由度が高まる(図8)。
3.3.2.ジョイスティックコントロールシステム(JC10)
離着岸や狭水路、マリーナ内など特に狭い場所では操船にはある程度の技術が必要なため、簡単に操作できるシステムのニーズがある。
VC10に加え、ヤンマーオリジナルの電子制御による操船コントロール・定点保持システム「JC10」を組み合わせることで、ジョイスティックの操作により船体方向を維持したままでの縦横の移動、狭い範囲での360°旋回などの操作を容易に行うことができ、更に定点保持も可能となり、初心者の方でも安心して操船できるようになる。今後、4LVシリーズにこのJC10仕様を設定予定である。
図9にヤンマー製のスターンドライブを2基搭載した場合のJC10での操船イメージを示す。目的の動きは右舷と左舷での機関回転数やスターンドライブの舵角を制御することで実現している。
3.4.市場要望に応える取り組み
先述したようにマリンボートといっても多種多様であり、その用途によってユーザーの要望は異なる。4LVシリーズは市場の様々な要望に応えるため、多くのオプションを設定している。表3にオプションの一覧を示す。
表3 4LVシリーズ対応オプション
4LV対応オプション一覧 |
---|
各種推進機対応 |
排気ミキシング対応 |
2線式対応 |
Secondly Alternator |
Front PTO |
Solas(レスキューボート用エンジン) |
ヒーター用クーラント取出し可能 |
コントロールパネル VC10対応 |
4.おわりに
これまで述べてきたように新開発の4LVシリーズは同クラスの他社機に比べ、加速性と静粛性をはじめ、トップクラスのパフォーマンスを実現した。さらに、造船所や現地のサービススタッフからの要望を幅広く取り入れており、据付性・メンテナンス性にも拘っている。また、ボートユーザーに快適な操船性を提供するジョイスティックコントロールシステム (JC10)も適用予定である。
今後、更にお客様に感動いただける商品を提供できるよう努力していく所存である。
著者
エンジン事業本部 小形エンジン統括部 開発部