ヤンマーテクニカルレビュー

鋳鉄材における高精度な応力予測技術~弾塑性解析技術の向上~

Abstract

Elastoplastic analysis under cyclic loadings is increasingly required in recent years. There are several models to describe elastoplastic behavior. Among them, the extended subloading surface model is able to express smooth transition from elastic to plastic state that is observed in real metal. And the extended subloading surface model is one of the most competent models for describing cyclic loading behavior. In order to use the extended subloading surface model under finite element software, it is necessary to apply the implicit stress-update algorithm by return-mapping and the consistent tangent modulus tensor. They are implemented into the implicit finite element program through the user-defined function. We simulate elastoplastic behavior of cast iron material assess calculation accuracy and efficiency of the proposed algorithm.

1.はじめに

近年,産業分野におけるCAEの活用は益々増加しており,その中でも強度解析は重要な分野の一つである.強度解析において設計品質を向上させるためには,例えば,エンジンの発停に伴う熱負荷によってシリンダヘッドやピストンなどにき裂が生じる熱疲労破壊に対しても信頼性を確保することが望まれている.このためには繰返しを含む弾塑性挙動を高精度に再現することが必要となるが,本研究で用いた拡張下負荷面モデル(1, 2)(Extended subloading surface model)は,弾性域から塑性域への滑らかな弾塑性挙動を表現できる.従って,エンジン部品によく用いられる鋳鉄材のような純粋な弾性域が小さく,塑性域へ滑らかに遷移する材料の弾塑性挙動の再現に適している.また,拡張下負荷面モデルはいくつか提案されている弾塑性モデル(3-5)の中でも繰返しの弾塑性挙動を高精度に再現できるモデルの一つであることが立証されている(1)

本研究では,この拡張下負荷面モデルを静的なFEMに導入するためにリターンマッピングによる陰的な応力更新法と整合接線係数テンソルに適用した(2).さらに,これを汎用FEMソフトウェアADVENTUREClusterにユーザー関数機能を用いて組み込み,エンジンのような構造物を安定かつ高効率に計算する解析技術を構築した.そして,これを用いて鋳鉄材の弾塑性挙動を再現し,商用FEMソフトに多く実装されているChabocheモデル(3)と比較することで本手法の有効性を検証した.

2.定式化

2.1.拡張下負荷面モデルの定式化

本研究で用いた拡張下負荷面モデルの基本式を要約して記す(1).微小ひずみに基づく微小変形論を採用し,ひずみは弾性ひずみと塑性ひずみに加算分解して表される(式(1)).Cauchy応力は,弾性係数テンソルを用いた等方線形のHooke則を採用し,弾塑性状態では式(2)のようになる.

また,式(3, 4)で示す等方硬化および移動硬化を有する正規降伏面と,現応力点を通り正規降伏面に相似な下負荷面を仮定する(Fig.1).下負荷面に関する各物理量は式(5)で与えられる.

は背応力に対する下負荷面の共役点で下負荷面の中心である.は正規降伏比であり,下負荷面はとなったときに正規降伏面に一致する.また,塑性ひずみ増分に対して式(6)で示す下負荷面の外向き法線ベクトルと塑性乗数を用いた関連流動則を採用する.

さらに,正規降伏比の発展則は式(7, 8)で与えられ,これを積分形で表すと式(9)のようになる.なお,は純粋弾性限における正規降伏比を示す材料定数であり,現応力点が純粋弾性限内にある場合,弾性状態となる.

Normal-yield, subloading and elastic-core surfaces.
Fig.1 Normal-yield, subloading and elastic-core surfaces.

等方硬化関数,移動硬化および相似中心は累積相当塑性ひずみの増加に伴って発展する非線形型の式(10-12)を採用する.

ここに,は正規降伏面の初期値,および は材料定数である.

2.2.陰的応力更新法

リターンマッピングによる応力更新の全体フローをFig. 2に示す.ステップ目での計算はステップ目の更新後の応力,弾性ひずみおよび他の状態変数に対して,ステップのひずみ増分が与えられる.ここで,リターンマッピングでは与えられたひずみ増分の全てが弾性ひずみであると仮定し,試行弾性応力を算出する(式(13)).さらに,算出した試行弾性応力から式(14)に基づいて降伏判定を行う.なお,下添え字はステップ数を表す.

Calculation procedure for stress.
Fig.2 Calculation procedure for stress.

式(14)の上式の場合は降伏しておらず弾性変形のみが生じているため,試行弾性応力を更新値として採用し,応力更新を完了する.一方,下式の場合は降伏しているため塑性修正を行う.

塑性修正ではリターンマッピングにおける試行弾性応力から降伏曲面に対してNewton-Rapson法を用いて徐々に応力を下負荷面に近づけることにより,塑性変形後の応力および状態変数を算出する.そのために,まず,収束計算における応力および状態変数の初期値を式(15)のように設定する.なお,上添え字は収束計算の反復回数を表す.

さらに,応力や下負荷面式,状態変数を含めた満たすべきつり合い式は式(16)である.また,未知ベクトル,残差ベクトルはそれぞれ式(17, 18)で与えられるので,解くべきつり合い式は式(19)となる.

この非線形連立方程式である式(19)をNewton-Raphson法を用いた反復計算によって解くためにTaylor展開によって式(20)のように線形化する.

ここに,式(20)におけるJacobi行列は式(21)で与えられる.

Jacobi行列は2階のテンソルであるとスカラー量であるによって構成される.また,Jacobi行列の各成分の導出は煩雑であるが,直接的な微分演算によって導出できるため,ここでの記述は省略する.収束計算の反復回数回目から回目における修正ベクトルは式(22)で与えられるので,未知ベクトルは式(22)を用いて式(23)のように更新される.この収束計算は式(24)の条件を満たすまで繰返し,収束時の応力や状態変数を塑性修正後の更新値とした.

静的なFEMにおける全体のつり合い条件を効率的に満たすための整合接線係数テンソルは,ステップにおける応力更新が終了した時点の応力とひずみの摂動を考慮する必要がある.そこで,Jacobi行列の逆行列から応力更新に関わる部分を算出し,整合接線係数テンソルとして全体計算に適用した.

以上のアルゴリズムをADVENTUREClusterにユーザー関数機能を用いて組み込み,数値解析を行った.

3.解析結果

3.1.陰的応力更新法の妥当性検証

陰的応力更新法の実用的な変形解析への適用性を検証するために,Fig.3に示すR付丸棒の繰返し変形解析を行った.解析は軸方向の対称性を考慮して1/2を解析対象とし,6面体1次要素にて解析メッシュを作成した.境界条件は下面の軸方向および円周方向を変位拘束し,上面に下記の条件にて強制変位を与え,2種の繰返し変形解析を行った.

条件Ⅰ 軸方向への引張・圧縮繰返し変形:変位振幅 ±0.05mm,変位増分 0.01mm
条件Ⅱ 円周方向へのねじり繰返し変形:ねじり角度振幅±2度,ねじり角度増分2/5度

Test specimen and 1/2 analytic model.
Fig.3 Test specimen and 1/2 analytic model.

解析はそれぞれ5サイクル繰返し,解析ステップは合計95ステップとした.また,全体計算の収束判定は残差力ベクトルにおける絶対値の最大成分を1.0×10-4N以下とした.

Fig.4 a)に条件Ⅰの初期サイクルにおける強制変位0.05mm載荷時,Fig.4 b)に最終ステップ終了時のMisesの相当応力分布を示す.R付丸棒はサイクル数の増加に伴って応力が増大している.また,切り欠き効果によるR部への応力集中が見られる.さらに,Fig.4 c)に条件Ⅱの最終ステップ終了時のMisesの相当応力分布を示すが,条件Ⅰと同様にR部への応力集中が見られる.従って,提案したリターンマッピング手法はどちらの繰返し変形解析においても妥当な解析がなされていると考える.

Contour figures of Mises equivalent stress.
Fig.4 Contour figures of Mises equivalent stress.
Number of iterations in the global calculation.
Fig.5 Number of iterations in the global calculation.

Fig.5に各計算ステップにおける全体計算の収束までの繰返し数を示す.本手法による計算は全体計算が一般に収束しにくい条件Ⅱでも5回以内で収束した.さらに,両解析の最終ステップにおける残差力ベクトルの収束過程をFig.6に示す.本手法はどちらの解析においても残差力ベクトルにおける最大成分が2次収束しているため,整合接線係数テンソルの導入により高い収束性を有することが示されている.

Convergence of the maximum residual force at last step.
Fig.6 Convergence of the maximum residual force at last step.

3.2.鋳鉄材の材料試験との比較検証

鋳鉄材の材料試験により得られた応力・ひずみ曲線から拡張下負荷面モデルによる弾塑性挙動の再現精度を検証した.供試材には球状黒鉛鋳鉄FCD450相当材を用いた.材料試験はひずみ0.5%(公称ひずみ)の片振りひずみ振幅を100サイクル載荷し,応力とひずみを計測した.

解析は応力とひずみの再現精度を検証するために拡張下負荷面モデルに加えてChabocheモデルによる計算も行った.解析におけるひずみ増分は0.05%とし,最も単純な6面体1要素モデルにて計算を行った.Fig.7に1,10,20,30,40,50,60,70,80,90,100サイクルにおける応力とひずみの実測と解析の比較を示す.拡張下負荷面モデルはChabocheモデルと比較して,各サイクルの応力・ひずみが実測結果と良く一致している.特に,拡張下負荷面モデルは相似中心の移動によって降伏状態から除荷した後の再負荷時における応力・ひずみを良く再現できている.従って,拡張下負荷面モデルによる解析は鋳鉄材の弾塑性挙動を高精度に再現できることが示されている.

Comparison of measured and calculated stress and strain.
Fig.7 Comparison of measured and calculated stress and strain.

4.おわりに

本研究では,拡張下負荷面モデルを汎用FEMソフトウェアADVENTUREClusterに組み込み,高精度な弾塑性解析手法を構築した.その結果,下記の知見が得られた.

  • 拡張下負荷面モデルをリターンマップによる陰的応力更新法と整合接線係数テンソルに適用することで安定かつ高効率な計算が可能となった
  • 拡張下負荷面モデルは鋳鉄材における繰返しの応力・ひずみ挙動を高精度に予測できることを確認した

今回の報告では省略したが,本手法はシリンダヘッドやピストンなどのエンジン部材における熱疲労寿命予測に用いられている.今後は材料の高温クリープ現象や温度依存性を考慮することで更なる高精度化を図るとともに,展開先を増やすことで製品の低コスト化や信頼性向上に貢献していきたい.

5.参考文献

  • (1)Hashiguchi, K., Elastoplasticity Theory (2013), Springer.
  • (2)安食 拓哉,岡 正徳,橋口 公一,完全陰的応力更新による拡張下負荷面モデルに基づく弾塑性解析,日本機械学会論文集,Vol.82, No.839 (2016), DOI:10.1299/transjsme.16-00029.
  • (3)Chaboche, J. L., Time-independent constitutive theories for cyclic plasticity, International Journal of Plasticity, Vol.2, No.2 (1986), pp.149-188.
  • (4)Dafalias, Y. F. and Popov, E. P., A model of nonlinearly hardening materials for complex loading, Acta Mechanica, Vol.21 (1975), pp.173-192.
  • (5)Mroz, Z., On the description of anisotropic workhardening, Journal of the Mechanics and Physics of Solids, Vol.15 (1967), pp.163-175.

著者

中央研究所

安食 拓哉

中央研究所

岡 正徳

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