研究開発ユニット 中央研究所
ヤンマーテクニカルレビュー
電界アシスト火花放電に関する研究
Abstract
To extend the discharge gap of spark ignition plug is effective to improve the ignitability on lean mixture because the larger gap can reduce heat loss from initial flame kernel to an electrode. However, this may results in increase in breakdown voltage which is essential for the life time of spark plug. In this paper, the authors propose a new concept which can improve the lean burn limit without extending the discharge gap. By applying high voltage from the assisting electrode, flame kernel is rapidly moved out from the discharge gap. As a result, lean burn limit is improved without extending the discharge gap. Experiments were conducted using constant volume combustion chamber to verify this concept. The effect of electric field on breakdown voltage is also evaluated.
1.はじめに
火花点火機関の熱効率向上には熱損失低減,比熱比増加の観点から希薄燃焼が有効である.点火プラグの放電ギャップ拡大は,初期火炎核の電極による熱損失を低減するため,希薄燃焼限界拡大に有効である.しかし放電ギャップを拡大すれば,絶縁破壊に必要な電圧(以下,要求電圧)は増加する.
また一方,希薄燃焼を採用すると同一混合気量下における機関出力が低下するため,過給技術と組み合わせられる場合が多い.希薄燃焼を採用する中形・大形のコージェネ用ガス機関においては,エンジンの馬力単価低減による商品性向上の観点から近年高過給化が進んでいる.このような従来よりも高過給の条件下では点火時における筒内圧力が高く,従って要求電圧も上昇する.点火プラグのギャップ拡大や高過給化による要求電圧の上昇は点火プラグの寿命を短くする.特に長時間高出力で運転されるコージェネ用機関では,点火プラグ寿命は機関のメンテナンスインターバルに影響を与えるため,希薄燃焼限界の拡大と,要求電圧の低減を両立する技術が求められている.
このような課題に対して,現在種々の点火技術について研究が行われている(1-3)が,いずれもコスト面や耐久性などが実用化における課題であると考えられる.著者らはコスト面・信頼性を勘案し,既存の点火系に改良を加える方法を検討した.具体的には点火プラグの放電ギャップ部近傍に設けた補助電極に高電圧を印加し,電界を付与する.これにより、ギャップを拡大することなく希薄燃焼限界の拡大を狙う.また,電界中での放電が、要求電圧に影響を与えることが分かったので報告する.
2.電界アシスト点火のコンセプト
点火プラグの放電ギャップ部近傍に補助電極を設け,高電圧を印加することにより電界を付与する.この電界により初期火炎核中のイオンを静電移送し,放電ギャップ部から素早く離脱させることにより電極による熱損失の低減を図る。すなわち,ギャップを拡大せずとも希薄燃焼限界の向上が期待できる.
また,点火プラグ放電ギャップ部における火花放電は,偶存電子の印加電圧による加速から始まるとされている(4).そうであるならば,補助電極から放電ギャップ部への電界印加は,偶存電子の加速を促進することになり,要求電圧を低減できる可能性がある.本研究ではこれらによる希薄燃焼限界拡大と,要求電圧低減の両立を狙い,当該コンセプトに基づく点火方法を電界アシスト点火と名付けた.点火プラグの放電電極とは別に,電界を付与するための補助電極を設けた定容燃焼容器を用いて燃焼実験ならびに放電実験を行い,本コンセプトの効果を検証した.
3.実験装置
3.1.実験装置の構成
実験装置の構成を図1に示す.装置は予混合気タンク,定容燃焼容器,点火装置,測定装置によって構成されている.予混合気タンク内には外部モータによって駆動される撹拌羽根が設置されており,常時予混合気を撹拌している.作成された予混合気は予混合気タンクから定容燃焼容器に送られ,自作点火プラグの放電ギャップ部で火花点火される.自作点火プラグの詳細については後述する.燃焼室内の圧力はピエゾ式圧力センサ(KISTRER製 6061B)によって計測され,データ解析装置に記録される.また本装置は圧力採取と同時にシュリーレン撮影が行えるよう,光学系が構成されている.放電時の電圧は高電圧プローブ(Tektronix製 P6015 )を用いて計測した.
3.2.定容燃焼容器
定容燃焼容器は本体と本体両側に取り付けることができるヘッドで構成されている.容器本体はステンレス(SUS316)製で,直径74 mm,長さ74 mmの円筒形である.燃焼室体積は318 cm3である.また,本燃焼容器の壁温は特注のバンドヒータ(坂口電熱製 600 W),シース熱電対と制御装置により任意の温度に制御できるよう工夫されている.燃焼容器にはプラグ取り付け口および圧力センサ取り付け口が設けてある.燃焼容器のヘッドもステンレス製(SUS316)で,シュリーレン撮影用の石英ガラス窓が取り付けてある.プラグ取り付け口は2ヶ所あり,1つは自作点火プラグ用に,もう1つは燃焼場に電界を付与するための補助電極を取り付ける.
3.3.点火装置および電界印加装置
点火装置には自動車用フルトランジスタ式点火装置を用いた.点火コイル1次側への通電時間をパルスジェネレータから出力されるパルス長さで制御することにより,火花放電のエネルギを調整する.
自作点火プラグのボディは真鍮製で,プラグと電極間の絶縁を確保するために,外径4.0mm,内径1.0mmの丸型2ツ穴絶縁管(ニコラ製,品番905103)を用いた.この2つの穴にそれぞれ鍵状に加工した線径0.8mmのニッケル線を通すことにより,放電電極の高圧側電極ならびに接地側電極を製作した.ニッケル線の先端は火花を安定させるために細く削っている.放電間隙は1.0mm,補助電極と放電電極の距離は2.0mmとした.図2に放電電極と補助電極の配置を示す.
燃焼場に電界を付与するために高圧電源装置(松定プレシジョン製HCZE-30PN0.25)を用いた.本電源装置はプラス・マイナス両極性を30kVまで印加することができる.
4.実験方法
4.1.実験条件
燃焼実験の燃料には純メタンを,酸化剤には圧縮空気を用いる.燃焼容器内の初期圧力・当量比を任意の値になるように調整し,自作点火プラグで点火することにより燃焼実験を行う.放電実験の場合では圧縮空気を用いて容器内の設定圧力を変更し,放電実験を行う.補助電極へ高電圧を印加し電界を付与する場合,点火直前から燃焼終了までのすべての時間において高電圧電源装置に通電している.すべての実験において容器の壁温は300K一定とした.
4.2.最少通電時間の定義
定容燃焼容器は耐圧の関係上,実機と同等の高過給条件下での燃焼実験ができない.そのため,点火コイル一次側への通電時間を短くすることによって点火エネルギを減少させ,点火プラグにとって過酷な燃焼場を再現する.任意の初期圧力・当量比の予混合気に対して,点火コイル一次側への通電時間を変更して燃焼予備実験を行い,失火しない限界の通電時間を最小通電時間と定義する.なお,本研究においては,連続して20回放電を行い,1度も燃焼しなかった場合を失火と定義している.
5.結果および考察
5.1.初期火炎核の静電移送効果
はじめに電界が初期火炎核の成長に与える影響を調べた.容器に充填するメタン/空気予混合気の当量比はø=0.8,初期圧力は0.9MPaとした.点火コイルへの通電時間は各条件における最小通電時間とした.補助電極からの印加電圧は16.0kVとし,プラスおよびマイナスの両極性を試した.図3に燃焼実験の圧力履歴と熱発生率を示す.プラス電圧,マイナス電圧の両ケースにおいて,燃焼容器内の圧力が最大値に達するまでの時間が短くなっていることが分かる.また,熱発生率の解析結果では,特に燃焼初期段階における差が大きくなっており,電界が初期火炎核の成長に大きく影響を与えていることが分かる.
図4は,その際に撮影されたシュリーレン画像である.放電ギャップへの火花放電後,1.0,5.0,10.0,20.0,30.0msec. 後の画像を示している.電界を付与しなかった場合についてのみ,40.0msec.後の画像も示した.
点火直後である5.0msec.後の画像を比較すると,電界を付与した場合では燃焼の初期段階から補助電極先端と反対方向に火炎が靡いており,火炎核の成長が速くなっていることが分かる.これは当初の狙い通り,初期火炎核中のイオンが電界による影響を受け,静電移送されたためと考えられる.これより,電界アシスト点火のコンセプトの1つである,初期火炎核の静電移送効果が確認された.
火炎伝播の様子を観察すると,電界を付与した場合では付与しなかった場合と比べて火炎面先端が皺状に乱れている.図5にはそれぞれの条件について燃焼期間を整理した結果を示す.電界を付与した場合,初期燃焼に与える影響が大きいことは前述の通りであるが,質量燃焼割合10-90%の主燃焼期間についても短縮さてれおり,燃焼が促進されているといえる.
表1は本実験条件における最小通電時間を比較したものである.本実験条件では,プラス,マイナスいずれのケースにおいても,電界を付与した場合に最小通電時間を短くすることができた.またその効果はプラスの高電圧を印加した場合により大きい.これは,より小さい点火エネルギで点火が行えることを示しており,点火性向上の可能性を示唆するものといえる.
表1 Comparison of minimum charging duration at ø=0.8
Minimum charging duration[ms] | |
---|---|
w/o | 0.76 |
+16 kV | 0.29 |
- 16 kV | 0.62 |
5.2.希薄燃焼限界の拡大
続いて容器に充填する混合気の当量比をø=0.6に変更し,希薄限界付近の燃焼に電界が与える影響を調べた.補助電極からの印加電圧は18.0kV,極性はプラスとした.容器内の初期圧力は0.9MPaであり,5.1節と同様である.
図6に燃焼実験の圧力履歴と熱発生率を示す.電界を付与しない場合は圧力上昇がø=0.8の場合に比べて非常に緩慢になっており,希薄燃焼限界付近であると知れる.一方電界を付与した場合には燃焼が成立している.図7にはその際のシュリーレン画像を示している.点火直後5.0msec.の画像において,電界を付与した場合では,すでに初期火炎核が補助電極と反対方向に靡いて流されていることが確認できる.これより,希薄混合気に対しても電界による静電移送効果は有効に作用しており,初期火炎核を放電ギャップから急速に離脱させることができることが分かる.点火後20.0から80.0msec.の画像からは,移送された初期火炎核が,皺状の火炎表面を形成しながら,電界を付与しなかった場合に比べて急速に伝播していく様子が分かる.これらの結果より,本結果には5.1節で示した初期火炎核の静電移送効果と,その後の燃焼促進効果が寄与していると考えられる.
以上により,電界アシスト点火が希薄燃焼限界の拡大に有効であることが確認できた.
5.3.要求電圧の低減
続いて,要求電圧の低減効果を調べるため,容器内に圧縮空気を充填して放電実験を行った.補助電極への印加電圧は0.0kV(印加なし),+3.0kV,+13.5kVの3通りとした.点火コイルへの通電時間は2.0msec.一定とした.空気中ではメタン/空気予混合気に比べて絶縁破壊電圧が増大するため,容器内の圧力を各条件において自作点火プラグが安定して放電可能な限界の圧力に調整した.1条件につきそれぞれ10回の放電を行い,平均要求電圧を求めた.図8に各実験条件における放電波形を,図9に放電限界圧力,点火エネルギ,平均要求電圧を,それぞれ補助電極からの印加電圧に対して整理した図を示す.補助電極からの印加電圧が+3.0kVの条件では平均要求電圧の絶対値はやや小さくなっているものの,放電波形に大きな差は見られない.しかし,放電限界圧力は1.1MPaから1.6MPaへと向上している.印加電圧を+13.5kVに増加させると,放電波形に明確な差が表れる.平均要求電圧の絶対値は明確に小さくなり,電場なしの場合の-10.6kVから-4.4kVまで改善されている.さらに放電限界圧力も2.0MPaまで向上している.点火エネルギは20.7mJから23.2mJに若干増加しているが,その変化は小さい.
本実験により,電界アシスト点火のコンセプトの1つである要求電圧の低減効果を確認することができた.
6.おわりに
火花点火機関の希薄燃焼限界拡大と要求電圧低減を両立する技術として,電界アシスト点火コンセプトを提案した.それぞれの狙いについて,定容燃焼容器を用いた燃焼実験および放電実験を行い,その効果を調べた.得られた知見を以下にまとめる.
- (1)点火プラグの放電ギャップ部に電界を付与することにより,初期火炎核を静電移送効果により急速に離脱させる効果がある.これにより,希薄燃焼限界を拡大することができる.
- (2)補助電極に印加する高電圧は,プラスおよびマイナスの両極性において効果がある.
- (3)点火プラグの放電時に電界を付与することにより,要求電圧を低減することができる.
謝辞
本研究を実施するにあたり,当時名古屋工業大学大学院生であった菱田雄太君の協力を得た.ここに記し,謝意を表する.
参考文献
- (1)池田祐二,芹澤毅,内田克己,“マイクロ波プラズマを用いた自動車エンジンの燃費改善”,日本機械学会誌,Vol.117,No.1148,p.6-9 (2014)
- (2)伊藤隆志,林田貴章,田上公俊,窪山達也,森吉泰生,堀田栄喜,清水尚博,“繰り返しパルスプラズマ放電による希薄・希釈燃焼限界の拡大”,第21回内燃機関シンポジウム講演論文集,p.201-206 (2011)
- (3)尾井宏朗,芹沢毅,奥村文雄,“高周波印加型点火システムのSIエンジンにおける燃焼特性”,自動車技術会学術講演会論文集,No.96-11,p.5-12 (2011)
- (4)西尾兼光,中原吉男,“スパークプラグの知識と特性”,山海堂,(1984)
著者
研究開発ユニット 中央研究所
萩原 良一
研究開発ユニット 中央研究所(工博)
武本 徹
名古屋工業大学 (准教授)