特機エンジン事業本部 開発部
ヤンマーテクニカルレビュー
舶用デュアルフューエルエンジン(環境にやさしく信頼性の高いエンジン)
Abstract
The growing demand to reduce engine emissions in recent years has led to interest in engines fuelled by natural gas, which can significantly reduce nitrogen oxides, sulfur oxides, particulate matter and carbon dioxide. This has led to recognition of the potential for marine engines fuelled by natural gas to help reduce marine environmental problems. This article describes the history, design, and technical characteristics of two-stroke and four-stroke dual-fuel engines, and considers the challenges and solutions to their use as marine engines.
はじめに(1)(2)(3)
船舶からの大気汚染防止は,1997年に採択されたIMO (International Maritime Organization 国際海事機関)/MARPOL 条約により2005年から,窒素酸化物(NOx),硫黄酸化物(SOx)などの規制が開始された(第1 次規制)。この規制は2011年第1次規制値から15~22%削減する第2 次規制,更には2016 年から指定海域において第1 次規制値から80%減とする第3 次規制が予定されている。一方GHG(Green House Gas:温室効果ガス)の規制も2013年よりCO2排出指標(EEDI: Energy Efficiency Design Index)が導入されて,2015年から10%,2020年から20%のCO2排出削減が要求されている(図1)。
図2は船舶から排出される環境負荷物質およびGHG規制に対応する代表的なエンジン技術の比較を示すが,それぞれの技術が特定の環境負荷物質にのみ有効であるのに対し,天然ガス燃料化はこれらの環境要求すべてに対応できる技術として注目されている。本稿では環境対応を目的に船舶への搭載を目的とするデュアルフューエルエンジンの歴史,構造,技術課題について解説する。
デュアルフューエルエンジンの歴史(4)
ガスエンジンの歴史は以外に古く,1785年にジェームスワットが近代的な蒸気機関を発明した20年後には蒸気に変わって真空式のピストンエンジンに石炭ガス燃焼を利用するものが発明されている。これは最初の内燃機関といわれている。
第二次世界大戦後,中東などで大量に安価な石油が生産され始めると,内燃機関が急速に普及する。このとき石油掘削リグから石油と同時に産出する天然ガスを有効活用するために,産出されるガスをディーゼルエンジンの吸気に混ぜて燃焼させた。これが最初の二元燃料(デュアルフューエル)エンジンである。以来多くの二元燃料エンジンが開発されてきたが,多くはガス燃料に点火するために液体燃料を使用する二元燃料エンジン(ディーゼル着火ガスエンジン)か,LNGタンカーのボイルオフガスの処理や石油掘削時に産出する天然ガスを混焼するエンジン(ガス混焼ディーゼルエンジン)であった。余剰の天然ガスを補助燃料として使用することを目的としていた時代の二元燃料エンジンはこのようなガス混焼ディーゼルエンジンでも市場要求に応えられていたが,環境負荷の低減を目的に天然ガスを活用するエンジンでは極力ガス燃料だけで運転できる必要がある。
天然ガスエンジンを船舶に搭載するためには船級脚注1)の技術指針に規定される安全性と冗長性の確保が必要となる。すなわち燃料供給系またはエンジン側の要因でガス燃料による運転が継続できなくなったときの冗長性の確保が必要で,ガス燃料と液体燃料を切り替えて運転できるデュアルフューエルエンジンはこの要件を充たすエンジンとして認められている。
このようなガス燃料と液体燃料を切り替えて運転できるデュアルフューエルエンジンは1990年代後半になってまず4ストロークエンジンで実用化された。2ストロークのデュアルフューエルエンジンは2010年になってようやく実用化された。
ガスエンジンの基本特性
1.ディーゼルエンジンの燃焼
4ストロークのディーゼルエンジンでは吸入した空気(または混合気)を14~16分の1まで圧縮するので,圧縮後の空気温度は300℃~350℃まで上昇する。この圧縮空気中にディーゼル燃料を霧状にして吹き込むと,燃料は直ちに周りの酸素と反応して燃焼を開始する。このときの燃焼は局所的でほぼ化学量論比に近い状態で燃焼するので,火炎温度が高く空気中の窒素の酸化が促進される。ディーゼル燃焼のNOx値が高いのはこのためである。
2.ガスエンジンの燃焼
ガスエンジンの場合,天然ガスの自己着火温度が高いため,圧縮空気中に吹き込んでも簡単には燃焼を開始しない。そのため天然ガスエンジンでは天然ガスを燃焼させるための着火源が必要となる。一般的にはスパークプラグまたはディーゼル噴霧が着火源として用いられる。4ストロークエンジンの場合,燃料は空気と予め混合されて均一の混合気としてシリンダーに吸入される。このとき予混合気の空気と燃料の混合割合を化学量論比より空気過多とすると(空気過剰率脚注2)>1),シリンダー内の燃焼温度が下がりNOxの発生を抑制することができる(図3)。
ガスエンジンの正常な燃焼は着火した火炎が順次未燃混合気中を伝播して燃焼を完了する状態である。しかし,負荷上昇などでシリンダー内の熱負荷と燃焼圧力が上昇すると未燃部分の混合気が火炎伝播を待たずに自己着火を起こす。この自己着火が連鎖的に発生すると,強烈な圧力上昇や温度上昇が発生するため時にはエンジンに致命的なダメージを与える。これがノッキング現象で,ガスエンジンでは絶対に避けねばならない燃焼状態である(図4)。
ノッキングを避けるためには圧縮比を下げて圧縮空気温度を下げることおよび,空気過剰率をできるだけ大きく(混合気の希薄化)して燃焼温度を下げる方法があるが,下げすぎると混合気に着火できず失火に至る。失火すると未燃焼の混合気が排気管に抜けて引火する可能性があるため,これも避けねばならない。
図5はガスエンジンの燃焼特性を示すグラフで,横軸が空気過剰率,縦軸がエンジン出力を示す。空気過剰率が1近傍で出力の高い領域にノッキング領域が存在し,空気過剰率の大きい領域には失火領域が存在する。ガスエンジンを開発する際には運転が想定される負荷で空気過剰率がノッキングや失火領域にはいらぬよう燃焼条件を設定するが,船舶の推進負荷のように常に負荷が変動する場合には目標の空気過剰率を逸脱してノッキングや失火する危険性が増える。特に給気流量は過給機の回転数に依存するので,負荷の変動に応じて過給機の回転がすばやく反応できないとエンジンは負荷運転できなくなることも考えられる。
最近のガスエンジンはノッキング領域と失火領域の中間の空気過剰率を狙って高出力化をめざすため,運転状態に応じて空気過剰率を適正に調整する機構を備えるものが多い。図6は給気流量を調整する機構の一例で,メインの給気通路のほかに給気の一部を過給機入り口へ戻すバイパス通路を備えている。バイパス通路に装着されているバイパス弁は全負荷時には閉止(過給機から出た給気が全量エンジンに供給される),部分負荷時には半開となって常にエンジンに必要な給気量が供給されるよう開度を調整する。
デュアルフューエルエンジン
1. 4ストロークデュアルフューエルエンジン
ディーゼルエンジンの給気行程中にガスを供給して,ディーゼルとガスの混合割合を変化させると混合割合に応じて排気エミッションが変化する(図7)。CO2は燃料の組成で排気ガス中の濃度が決定するのでディーゼルとガスの混合割合に比例して最大25%程度軽減する。一方NOxは,燃焼温度に依存するのでディーゼル燃料割合をある程度減少させないとNOxの低減効果が得られない。
IMO/3次規制(NOx80%低減)を達成するためにはディーゼル燃料割合を2%まで減少させる必要があるが,定格負荷時の燃料噴射量からこのような微量噴射量までを安定して(サイクル毎の燃料噴射量のばらつきなく)供給できるノズルは実用化されていないため,ガス運転時の着火用燃料を供給する専用の小型ノズル(マイクロパイロット燃料噴射弁)が必要である。
4ストロークデュアルフューエルエンジンの断面図を図8に示す。ガス燃料は給気通路に設けられたガス弁から供給され空気と混合した状態でシリンダーに供給される。シリンダヘッドにはディーゼル運転用のメイン燃料噴射弁とガス運転用のマイクロパイロット燃料噴射弁が装着されており,ディーゼルとガス燃料の切替は使用条件によっては制限があるものの運転中自由に行うことができる。
2. 2ストロークデュアルフューエルエンジン(5),(6)
2ストロークエンジンの場合燃焼ガスの掃気を給気を介して行うため,給気中にガス燃料を予混合することができない。燃料ガスはディーゼルと同じように圧縮空気中に噴射され,ディーゼル燃料噴射弁から噴射されるパイロット燃料で着火される(図9)。燃焼はディーゼルと同じ拡散燃焼となるため,未燃ガス(HCやCO)の排出は僅かでノッキングを起こすこともなく,CO2も20%以上の低減が期待できる。一方,ディーゼルと同じ拡散燃焼方式となるためNOxの排出レベルは高い。
図10に2ストロークデュアルフューエルエンジンのシリンダカバー構造を示す。圧縮空気中に吹き込むガス圧は最高30MPaまで昇圧させるため,液化天然ガスの状態で加圧した後,気化させてシリンダー内に噴射させている。ディーゼルとガス燃料の切替えはノッキングの恐れがないため比較的容易に短時間で行うことが可能できる。
2ストロークデュアルフューエルエンジンのNOx排出レベルを改善するために提案されたのが低圧ガス噴射式2ストロークデュアルフューエルエンジンで,2ストロークでありながら希薄予混合燃焼を実現している。すなわち前述の給気行程中の予混合形成タイミングに時差を設けて直接混合気が排気と触れないような燃料噴射時期制御により給気中に燃料ガスの予混合を実現している(図11)。このエンジンは現在開発中であるが,4ストローク並みの低NOx性能を目指している。
3. デュアルフューエルエンジンの制御
デュアルフューエルエンジンでは,ディーゼル運転とガス運転を任意に切り替えられるように燃料流量制御は電子制御器で行われる。ディーゼルの場合はアクチュエーターが燃料ポンプの調量レバーを機械的に駆動するが,ガスの場合は電磁ソレノイドの通電時間により,ガス弁の開放時間を電気的に制御する。
ガス運転からディーゼル運転への移行はガスの遮断とディーゼル噴射の開始を瞬時に行うことも可能であるが,ディーゼル運転からガス運転への移行はガス弁を徐々に開けていきながら,エンジンの調速制御をディーゼルからガスへ受け渡す手順を踏む。これはガス運転が負荷や燃料性状によって運転可能な空燃比範囲が制限されるためで,ノッキングや失火の兆候を観察しながら自動制御で移行が行われる。
ガス運転の主要なエラーモードはノッキング,失火,ガス漏れの3つである。ノッキングは振動センサーによる燃焼振動の変化を捉える方法や,筒内圧波形より直接検出する方法で検知することができる。ノッキングが検出された場合,エンジンは自動的に回避操作を行う。一般的にはマイクロパイロット噴射弁による着火時期を遅らせて筒内最高圧の低減を図るが,それでもノッキングを回避できない場合にはディーゼル運転への移行が行われる。
失火は,排気温度,筒内圧波形,回転変動などで検出することができる。失火が何サイクルか継続して回復しない場合に自動的にディーゼル運転に切り替わる。ガス漏れについてはガス検知器により検出する。ガス漏れの場合,検出されると同時にガス弁を遮断,ディーゼル運転に切り替わる。
4. デュアルフューエルエンジンの課題
デュアルフューエルエンジンは2種類以上の燃料を同一シリンダー内で燃焼させるため,潤滑油の選定が課題となる。低質油燃料(硫黄分3.5%)を使う場合には高い塩基価30~40 mgKOH/gの潤滑油が選ばれるが、天然ガス(硫黄分0%)の場合には5 mgKOH/g程度の低い塩基価の潤滑油が選ばれる。天然ガス運転の場合,塩基などが燃焼残渣物としてシリンダ壁面に堆積すると断熱効果により燃焼温度が上昇して,ノッキング裕度を低下させるためである。デュアルフューエルエンジンの場合,ディーゼル性能とガス性能を両立することができる潤滑油選定が課題となる。
舶用デュアルフューエルエンジン特有の課題として燃料性状がある。外航船の場合行く先々で燃料をバンカリング(補給)することになるが,天然ガス燃料は産地によってその性状が異なり,極端に性状の異なる燃料を切り替えて使用すると,切り替えた瞬間にノッキングによってエンジンが停止することも想定される。現在は使用燃料を限定したり,出力を制限するなど,運用方法でこれに対処しているが,将来的には燃料性状変化に耐えるエンジン技術の開発が課題となる。
おわりに
環境対応と将来のエネルギー転換,船舶用エンジンとしての信頼性,これらを実現する有力な候補として登場したデュアルフューエルエンジンは,社会ニーズに応えるエンジンとして期待されている。しかし舶用エンジンとしていまだ未解決な技術課題も少なくなく,信頼できるエンジンとして完成度を高めることができるよう,我々エンジン技術者の役割も大きいと感じている。
引用文献
- (1)村岡 英一, "IMOにおける大気環境規制の動向", 海上技術安全研究所報告 8,(2)183(2008)
- (2)"エネルギー効率関連条約(EEDI及びSEEMP)",日本海事協会ホームページ
- (3)春海一佳, "排ガス環境規制の強化とその対応", 2014年4月10日 SEA JAPANセミナー資料
- (4)岩淵文雄, "ガス機関技術の系統化調査"国立科学博物館 産業技術情報センター
- (5)渡邉貴士,柴田繁志,"ME-GI機関を搭載したLNG船の紹介", Journal of JIME, 49,(1)13(2014)
- (6)廣瀬孝行 et al.,"低圧ガス噴射式2ストローク・ガスエンジンの開発", Journal of JIME, 49,(1)7(2014)
- (7)大津正樹, "LNG燃料2ストロークガスエンジン・ME-GIの紹介", 2014年日本海事協会環境セミナー資料
- 脚注1)船級(船級協会)は、船舶と設備の技術上の基準を定め、設計がこの基準に従っていることを確認する。
- 脚注2)燃料が過不足なく完全燃焼する燃料と空気の混合比を化学量論比と言い,空気過剰率は1である。この比率より空気の割合を多くすると空気過剰率は>1となる。
◇本解説文は公益社団法人石油学会誌「ペトロテック」第38巻3号に掲載された記事を転載したものである。