研究開発ユニット 中央研究所
ヤンマーテクニカルレビュー
ノンパラメトリック感度解析を用いたエンジンルームの新しい熱管理
Abstract
Thermal management of industrial vehicles is made difficult by the fact that they are operated under a heavy load and at low traveling speed. They also tend to be operated for long periods of time within the same area, making them a greater cause of high noise levels than passenger cars. Although running the cooling fan at a faster speed or making the engine room larger can enhance cooling, these measures also result in more noise. Therefore, industrial vehicle design requires ways of achieving both thermal management and low noise. In this study, non-parametric sensitivity analysis is applied to the engine room of an agricultural tractor in order to determine the sensitivity of design variables to coolant temperature. Using non-parametric sensitivity analysis results in a lower computational load than conventional parametric approaches to engine room design.
はじめに
産業車両の多くは,乗用車両と比較して稼働時のエンジン負荷率が高く発熱量が多い.また,稼働時の走行速度が低く,冷却ファンの全圧と比較してラム圧は微小である.これらは産業車両のエンジンルームの熱管理において過酷な条件となっている.また,一定空間内での稼動時間が長く,周囲騒音の暴露量が多くなる傾向にある.過酷な熱問題に対応するために冷却ファンの高速化やエンジンルームの開口部の拡大を行うと,騒音暴露を加速してしまう.国土交通省および欧州連合における音響パワーレベルの認証制度やユーザーの快適性確保を動機として騒音は抑制されているが,産業車両のエンジンルーム設計には,熱管理と低騒音を両立する手段が求められている.
設計検討の手段として,数値流体解析を用いてエンジンルームの熱対流場を考察する取り組みがある.しかし歴史的に進化してきた設計をさらに最適化することは容易ではない.また,パラメータスタディにより回帰式や応答曲面等を求め,目的関数に対する設計変数の感度を得る方法や,勾配法および大域探索法等の最適化アルゴリズムにより最適解を得る方法(1)がある.これらのパラメトリック手法は設計指針が得られる一方,適切な設計変数の選択や多数の実験結果または計算結果が必要となる.別のアプローチとして,変分法に基づいて熱対流場の設計問題を定式化し,得られた随伴問題を数値計算によって解くノンパラメトリック感度解析がある.例えば,圧縮性対流場における航空機の形状最適化に関する研究(2)や,非圧縮性熱対流場における建築物の換気を対象としたレイアウト最適化の研究(4)がある.これらの手法は,初期解を得るための順解析と境界条件の微小変化に対する目的汎関数の変化として定義される感度を得るための逆解析によって,境界面における設計変数の感度が得られる.
本研究は,産業車両のエンジンルーム内の熱問題にノンパラメトリック感度解析を適用し,エンジン冷却水温度の制御因子であるボンネット等の開口率に関する設計感度を求め,従来のパラメトリック手法と比較して少ない計算負荷で設計指針が得られることを示す.
問題設定
研究対象は,図1に示す定格出力21kWの水冷ディーゼルエンジンを搭載した農用トラクタである.
設計者は,エンジンのオーバーヒートを避けるために,ラジエータ入口水温を評価する.したがって,ラジエータ入口水温について定式化する.熱平衡の状態にあるときを考えると,エンジンの燃焼室から水室へ流れる熱量は次式のとおりとなる.
ここで,はそれぞれ,消費する軽油の低位発熱量に対する冷却水熱量の割合,エンジンの出力,エンジンの燃料消費率,単位質量あたりの軽油の低位発熱量である.ラジエータ入口の水温および出口水温と冷却水の放熱量は次式の関係となる.
ここで,はそれぞれ,冷却水の質量流量と比熱である.一方,ラジエータにおいて冷却風が受け取る熱量は,ラジエータ通過前の冷却風の温度および通過後の冷却風の温度と次式の関係がある.
ここで,はそれぞれ,冷却風の質量流量と比熱である.また,ラジエータにおいて次式のニュートンの冷却則が成立する.
ここで,と,はそれぞれ,ラジエータの伝熱面積と熱通過率である.は次式に示す冷却水と冷却風の算術平均温度差を用いることができる.
エンジンルームが熱平衡の状態では,次式のとおり各熱量が等しくなる.
したがって,式(1)~(6)を整理し,ラジエータ入口水温は次式のとおり定式化できる.
本研究は,エンジンルームの設計の立場から,エンジンに関する変数は設計変数としない.すなわち,冷却水の質量流量を定数とする.したがって,熱通過率は次式のように冷却風の質量流量の関数として近似できる.
ここで,およびは,ある冷却水量におけるラジエータ固有の定数である.また,本研究で対象とする農用トラクタは,ラジエータの風上側に熱源が無いことから,ラジエータ通過前の冷却風温度を定数とする.したがって,ラジエータ入口の冷却水温度に関する式(7)の変数は,冷却風の質量流量のみとなる.以上により,エンジンルームの熱問題において,ラジエータ入口水温を目的関数とした最小化問題は,冷却風の質量流量を目的関数とした最大化問題に置き換えられる.
冷却風の質量流量の最大化において,騒音増大をともなう冷却ファンの増速は考えないため,エンジンルームの開口部位置を最適化し,エンジンルームの圧力損失を最小化する必要がある.したがって,本最適化問題における設計変数は,エンジンルームの構成部品に関する開口率とする.
ノンパラメトリック感度解析の定式化
1.基礎配方程式および境界条件
本研究で取り扱う農用トラクタのエンジンルームは,非圧縮性の流れ場であるため,その基礎方程式は式(9)の質量保存則および,式(10)の運動量保存則となる.
ここで,はそれぞれ,流速ベクトル,圧力,粘性係数,外力ベクトルである.なお,本報では圧力と流速からなる従属変数ベクトルを用いて基礎方程式を次式のとおりベクトル表記する.
これらの基礎方程式は順解析により求解し,初期設計の解を得る.
2.目的汎関数とその第一変分
前章の問題設定に基づき,冷却風の質量流量を最大化する目標領域を,この領域を含む全設計空間をとして目的汎関数を次式のとおり定義する.
ノンパラメトリック感度解析の目的は,目的汎関数の変化に対する設計変数の変化を求めることであるが,目的汎関数の範囲は対流場の基礎方程式を満足している必要がある.したがって,対流場の基礎方程式を制約条件としてLagrangeの未定乗数ベクトルを用いると目的汎関数の随伴方程式は次式となる.
設計変数である開口率が微小変化したとき,対流場の圧力および流速ベクトルも微小変化すると仮定すると,目的汎関数の微小変化,すなわち第一変分は次式のとおりとなる.
ここで,はカーテシアン座標系における流速ベクトルの各方向成分,は対流場 の周りで線形化された微分作用素行列(3)である.式(14)右辺第2項に広義の部分積分を適用し,次式のとおり領域積分と境界積分に分離する.
ここで,はに対する随伴作用素からなる行列(3),は随伴応力ベクトルである.
3.随伴問題とノンパラメトリック感度
式(15)において設計空間内の未知の変化量を含む領域積分項を消去するため,随伴問題として式(16)を選ぶ.
さらに,境界上の制御不可能な変化量である速度境界上のおよび応力境界上のを含む境界積分項を消去するため,随伴問題の境界条件として
を選ぶと,式(15)は制御可能な変化量のみを含む次式の境界積分方程式となる.
したがって,境界条件および体積力の微小変化に対する目的汎関数の変化,即ち汎関数微分は,制御可能な境界上および全領域内で式(20),式(21)および式(22)のように与えられる.
これらが目的汎関数の変化に対する境界条件の変化,すなわちノンパラメトリック感度であり,随伴問題式(16)を境界条件式(17)および式(18)のもとで求解して得られる.また,体積力変化は,圧力損失係数を介して流体抵抗の変化と関係付けることができ,さらに圧力損失係数と開口率の関係から開口率に関する感度を得ることができる.これらの関係式を式(23),式(24),式(25)に示す.
ここではそれぞれ,流速,計算格子幅である.
数値計算
1.計算モデルと境界条件
計算モデルを図2に示す.ボンネットおよびパンチングメタル材で構成された開口部により,エンジンルームが形成されている.冷却ファンは図2(b)のとおりラジエータ風下側に設けられている.その他の構成部品は図2(c)に示すとおりである.
上図2のように,ボンネットの周囲6面に計算境界を設け,車両前後の境界面にそれぞれ走行速度相当の流入境界と流出境界を適用する.その他の4面はノンスリップの壁面とし,壁関数を適用する.車両前方の開口部,側方の開口部は,開口率59%相当の圧力損失面としてモデル化し,ラジエータコアも同様に,開口率35%相当の圧力損失面とする.冷却ファンは,円盤状の面に圧力流量特性を設定する.ボンネットおよびアンダーボディについては,開口率感度に関する設計変数とするため壁面条件は適用せず,開口率0.0001%相当の圧力損失面としてモデル化する.上図2(c)に示したその他の構成部品は,設計変数と考えないため壁面条件を適用する.離散化は図3に示すとおり直交6面体格子を用いた有限体積法である.圧力と速度の連成はSIMPLEC法,乱流モデルは標準型k-εモデルを用い,計算格子数は約9000000である.
2.順解析の結果
対流場の初期解を得るために順解析を実施する.ソルバは,株式会社アドバンスドナレッジ研究所が提供するFlowDesigner10を用いる.計算結果を図4に示す.車両前方のボンネット開口部からエンジンルームに流入した流れは,バッテリーを避けてラジエータを通過し,エンジンおよび補機類を避けてボンネット側方の開口部や隙間等からエンジンルーム外部へ流出している.圧力損失は,ボンネットによって内部流れが形成されるが故に発生するため,適切なボンネット開口部位置を知ることができれば,小さい開口面積においても圧力損失が抑制可能と考えられる.
3.逆解析の結果
2章のとおり,設計者の目的は,ラジエータ冷却風の質量流量の増大である.したがって,目標領域の場所は,ラジエータコアの直前とする.設計変数は,上図2(a)(b)において名称にアスタリスク*を表記したボンネット,ボンネット開口部,ラジエータコア,アンダーボディ上の開口率,すなわち圧力損失である.
FlowDesigner10を用いて逆解析した開口率感度を図5に示す.赤色は冷却風の質量流量の増大と正の関係にある感度を示し,青色は負の関係にある感度を示す.ボンネットおよび開口部における高感度の場所は,車両前方に設けられた開口部の側方(図5 (a)a点)とボンネット天井面の一部である.最大感度はラジエータ面にある.これは圧力損失が比較的大きいためであるが,正負両方の感度が高い.負の感度を示した場所(図5(b)c点)は,冷却ファン近傍,正の感度を示した場所(図5(b)d点)はラジエータ四隅とバッテリー後方である.圧力損失は流速に比例するため,流速が高い場所は負の感度,すなわち開口率の低減が提案され,流速が低い場所は正の感度,すなわち開口率の増大が提案されたと考えられる.視点を変えると,ラジエータ通過風速の平均化が示唆される結果である.
設計変更による逆解析結果の検証
1.設計変更の内容
初期設計のラジエータ入口水温は84.4℃であり,オーバーヒートまで余裕がある.したがって,騒音低減を目的に開口部を遮蔽することとする.高感度の場所と低感度の場所をそれぞれ遮蔽し,冷却風の質量流量およびラジエータ入口水温を評価することで,本ノンパラメトリック感度解析を逆説的に検証する.
ボンネット開口部において正の高感度を示した図5(a)点a付近に図6(a)に示すような開口率ゼロの物体を配置し,エンジンルームの遮蔽を行う.これをモデルAとする.一方,開口率感度が低い図5(a)点b付近に,モデルAに設けた開口率ゼロの物体と同一の物体を配置する.これをモデルBとする.
2.計算結果および考察
モデルAおよびBを順解析し,設計変更前後の比較を行う.冷却風の質量流量とエンジンルームの圧力損失の計算結果を図7に示す.モデルAは初期設計と比較して質量流量が6.2%低減し,モデルBは1.3%低減している.同じ部品で遮蔽したにもかかわらず,低減量は4.8倍となっている.圧力損失は,質量流量と反対の傾向であるため,質量流量の低減は,エンジンルームの圧力損失の増大にともなう冷却ファンの作動点移動に起因している.
設計変更前後の各モデルにおける冷却風の質量流量と式(7)および式(8)から求めたラジエータ入口水温を評価する.図8に結果を示す.設計変更後はどちらも温度が上昇するが,モデルAがより高温となっている.ボンネット開口部を同一面積で遮蔽したにもかかわらず,遮蔽する場所によってラジエータ入口水温に1.5℃の差が生じる結果となっており,本ノンパラメトリック感度解析の結果が妥当であったと言える.
おわりに
対流場の支配方程式を制約条件とした目的汎関数の第一変分から初期設計における対流場近傍で線形化された随伴問題を定義するノンパラメトリック感度解析を産業車両のエンジンルームの熱問題に応用し,以下の成果を得た.
- (1)設計変数の感度を得るために,設計変数をパラメトリックに決定することなく,開口率感度に関する全境界を設定することが可能となった.
- (2)パラメトリック手法と比較して,少ない計算負荷(2回の数値計算)で設計感度が得られた.
- (3)得られた感度に基づき設計変更されたエンジンルームにおいて,目的汎関数の変化およびその物理を考察する事で,本ノンパラメトリック感度解析の結果が妥当であることを示した.
- (4)産業車両の熱管理に関する設計指針を得るための新たな手法を提案した.
謝辞
ノンパラメトリック感度解析の理論について,株式会社アドバンスドナレッジ研究所技術フェロー,桃瀬一成様と同社代表取締役,池島薫様に多大なるご指導をいただきました.ここに感謝の意を表します.また,数値計算に用いた形状モデルを作成頂いた,中央研究所,テクニカルサポートセンター,南部めぐ美様に感謝の意を表します.
文献
- (1)大林茂,"CFD利用の新段階 数値最適化",日本機械学会誌,Vol.105,No.999 (2002),pp. 64-69.
- (2)Jameson, A., "Aerodynamic Shape Optimization Using the Adjoint Method", Lecture Note at the Von Karman Institute (2003).
- (3)Momose, K. and Ikejima, K., "Optimization of Convective and Mass Transfer using Nonparametric Sensitivity Analysis", Proceedings of 20th International Symposium on Transport Phenomena CD-ROM, No.162(2009).
- (4)中川修一,桃瀬一成,池島薫,"ノンパラメトリック感度解析を用いた産業車両におけるエンジンルームの熱管理手法",日本機械学会論文集(B編),Vol.79 (2013),No.805,pp.1774-1783.