MINAMINOREPORT#8
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高級マンション

の上に農園!?

南野拓実が

見つけた食の未来。

高級マンション

の上に農園!?

南野拓実が

見つけた食の未来。

モナコの街を歩く中で、国全体がどれほどサステナブルな取り組みに力を入れているかを実感した南野。使い捨て容器の削減、ガラス食器のシェアサービス、環境に配慮した建築基準、そして効率的な都市交通システムなど、モナコは環境に優しい未来へ向けて積極的に取り組んでいる。

※前回の記事はこちら。

次は、モナコの持続可能な農業の未来を象徴する屋上菜園、「テラエ」プロジェクトを訪れた。緑豊かなこの地で、南野は自然と調和した農法と地元食材の価値について深く探求する。

モナコの都市部でサステナブルな農業を生む、革新的な屋上農園

モナコは、緑地面積が22%を占め、欧州ではオーストリアに次ぐ2位の比率を誇る。そのうち62%が公共スペースとして利用されているという。

南野も「都市のイメージが強いですけど、意外にも緑が多いんですね」と驚く。

そんな緑豊かな場所の一つが、「オデオンタワー」にある。この世界一高価なマンションの庭は、まさに静かな隠れ家。450平方メートルに及ぶ農園では、鳥のさえずりや花の香りが漂い、野菜やハーブが育ち、蝶やハチが舞う。

「ここがビルの屋上だなんて、信じられますか?」。そう言いながら、南野はこのエコロジカルガーデンを前に笑顔を見せた。この農園は「テラエ」という有機農業スタートアップにより管理され、レジデンスの住民が優先的にその産物を購入できる仕組みになっている。

創設者のジェシカさんは挨拶を終えると、赤い花を差し出した。口に入れた瞬間、「甘い!」と南野は驚きを隠せない様子だ。

モナコでは100年以上前には農業が盛んに行われていたが、その後の都市化によって完全に途絶えていたという。南野が「なぜモナコで農業を始めようと思ったのですか?」と質問すると、ジェシカさんは自らの出発点について語り始めた。

「モナコの高層ビルを眺めながら、子供時代に両親の小さな菜園で過ごした時間を思い出しました。それが農業への情熱を再び呼び覚まし、この道へと導いたのです。そしてフランスの農家から、持続可能な農業システムである“パーマカルチャー”について学び、その知識をモナコで実践する決意を固めました」

クラウドファンディングを通じて資金を集め、アルベール2世財団の庭に最初の有機野菜と果樹園を設置。その活動はやがて高級ホテルやミシュランの星付きシェフたちにまで広く知られ、支持を受けるようになったという。

「最初は、モナコで農業が実現可能だと信じる人は誰もいませんでした。でも、モナコで新鮮な野菜を手に入れられる場所は限られているため、この取り組みには大きな価値があると信じていました。今では、年間4トンの野菜を生産し、毎年2000人の子供たちが私のガーデンで学んでいます。その成果が、オデオンタワーの魅力の一つとして紹介されるようになったんです」

「ジェシカさんの活動は、本当に多くの人に影響を与えているんですね」と南野も笑顔で語る。

ジェシカさんが実践するパーマカルチャーは、「永続性」、「農業」、および「文化」を組み合わせた概念で、人間と自然の共存を目指すデザイン手法だという。

「私たちは単に野菜を栽培しているだけではなく、自然の循環を活かし、生態系全体が一つの大きなサイクルとして機能するようにしているんです。それがパーマカルチャーにおける大切な考え方です」

農園を案内された際、南野は静かに置かれたミツバチの巣箱に目を留め、「ミツバチの巣箱にASモナコの選手たちの名前が書いてあると聞きましたが、本当ですか?」と興味津々で尋ねた。

「その通りです。ASモナコの選手たちの名前も入っていますし、南野選手の名前も10ゴールを決めるごとにリストに加わる予定ですよ」とジェシカさんは微笑む。

ASモナコは、「レ・リューシュ・ルージュ・エ・ブランシュ」(赤と白のミツバチの巣)という環境プログラムを立ち上げた。

「世界の主要農作物の実に75%以上の種類が、ミツバチを中心とした“花粉媒介者”の影響を受けていると言われています。花粉媒介者がいなければ、私たちの食卓の彩りは一気に失われるかもしれない」とジェシカさんは、このプロジェクトの重要性を強調した。

「それは大事な取り組みですね。あと3点で達成できるので、来月には名前が入ることを楽しみにしています」と、南野も意気込みを語る。

新鮮で持続可能。
屋上農園が切り開く食の未来

屋上農園の豊かな緑に囲まれながら、市販の野菜との違いを尋ねた南野。ジェシカさんによると、屋上で栽培された野菜はその新鮮さが特に際立つという。

「収穫直後に摂取できるため、味が濃厚で栄養価も高くなります。また、私たちは化学肥料や農薬を使用せずに野菜を育てているため、消費者には自然そのものに近い状態の野菜を提供できるのです」

南野の興味は、農園がどのようにモナコの持続可能性に貢献しているかに向けられた。

「農園の豊かな緑は、夏を涼しく冬を暖かくし、地元で消費される食材は輸送に伴うCO2排出を減らします。また、地元での食材消費は新鮮な食べ物を提供するだけでなく、地域経済の支援にも繋がっているのです」とジェシカさんが説明する。

「持続可能性って本当に身近なもので、僕たちの日常生活に深く関わっているんだとあらためて感じました」と、農園の取り組みに触れた感想を話す南野。

ジェシカさんのプロジェクトは、さらに広がりを見せようとしている。

「私たちの農園プロジェクトを、モナコからさらに多くの地域へ広げていきたい。2年後にはベルギーにもこのプロジェクトを導入する計画を立てています。そして、いつか日本にもこのプロジェクトを広げたいですね」

南野も賛同し、「日本での展開も楽しみにしています。その際は、サポートしたいですね」と期待を寄せた。

ジェシカさんの取り組みは、農園の枠を超える価値を地域コミュニティと環境へもたらしていると言えるだろう。パーマカルチャーの理念に沿って、自然と人間が相互に支援し合う関係性を構築するこのプロジェクトは、果たしてどのような進化を遂げるのだろうか。

地産地消で持続可能な食文化を実践、「アジュールキッチン」の取り組み

農園をあとにし、次は高級感あふれる「Novotel Monte Carlo」内にある「アジュールキッチン」を訪れた。ここでは、ジェシカさんの農園で採れた野菜を使ったヘルシーな料理が提供されている。

エントランスに一歩足を踏み入れると、洗練されたインテリアと心地よい照明が迎えてくれた。レストラン内部は、モダンながらも温かみのある雰囲気。窓からは、モンテカルロの息をのむような景色が広がっている。

厨房へと足を踏み入れると、シェフのフレド・ラモスさんが迎えてくれた。彼は地中海の風味からインスピレーションを得て、レストランの庭で栽培された地元食材、そしてジェシカさんの農園で育った野菜を使い、心のこもった料理を提供してくれた。

フレドさんの料理は、新鮮な野菜を豊富に使用し、創造性と繊細さを兼ね備えている。それぞれの料理には野菜本来の味が生かされており、農園との親密な関係、そして各皿に込められた情熱が伝わってくるようだ。

メニューには地域の名物料理が含まれ、地中海周辺の文化と味が反映されている。

  • Pichade(ピシャード): トマトとアンチョビを使ったピザで、モナコ周辺のマントン地方の郷土料理。
  • Barbajuan(バルバジュアン): ほうれん草やトウモロコシ、オニオンを詰めたモナコの伝統的な餃子。
  • Pissaladiere(ピサラディエール): オニオンをたっぷり使ったニース名物のピザ。
  • Tarte Avocat(アボカドタルト): 新鮮なアボカドを使った革新的なタルト。
  • Focaccia Mortadelle(モルタデッラのフォカッチャ): イタリアの伝統的なモルタデッラを挟んだフォカッチャ。

Novotel Monte Carloの屋上から始まるサステナブルな食文化

食事の後は、「Novotel Monte Carlo」の屋上に設けられた菜園を、フレッドさんが案内してくれた。

明るく穏やかな日差しの中、足を踏み入れると、プランターには「テラエ(terrae)」の文字があった。ここは、ジェシカさんのプロジェクトとのコラボレーションの一環として誕生。サステナブルな農法に焦点を当て、地元の食材を活用した料理を提供することを目的に営まれている。

「ジェシカさんがこのスペースを使ってみないかと提案してくれたんです。すぐにそのアイデアに賛同しました」(フレドさん)

屋上菜園では、有機農法により多様な野菜やハーブが栽培されており、収穫された食材はホテルのレストランで使われる。地元食材を活用したメニューは、持続可能な食文化の促進に貢献しているという。

一方、菜園運営の課題について、フレッドさんは次のように話す。

「都市部での菜園運営の最大の挑戦は、限られた空間をどう活用するかです。私たちは多様な植物を植え、オリーブの木を含む環境を豊かにすることで、この問題に取り組んでいます」

菜園のみならず、レストランでもサステナブルな取り組みが行われている。そのひとつが、食品ロスを減らすことを目的にした料理の提供だ。

「『ミスターグッドフィッシュ』という自然の生態系を尊重したプログラムに参加することで、産卵期にある魚を獲らないなど、地球環境への配慮を最大限に行っています。また、海老や魚、肉などの食材は、その場で好みの量をオーダーし、専属のシェフが焼いて提供するシステムを導入。これにより、食品ロスを減らすだけでなく、新鮮な食材を最高の形で味わってもらうことができます」

「アジュールキッチン」は、ジェシカさんの農園とのコラボレーションをはじめ、野菜の栽培からその他の食材も含めた調理、提供に至るまで、サステナビリティの行き渡った先進的なレストランのあり方を教えてくれた。環境に対する深い配慮と質の高い食生活を両立するという、現代のホスピタリティ業界の新たな目指すべき姿が示されていると言えそうだ。