南野拓実のホームタウン、
モナコが志す
「新しい豊かさ」とは。
「MINAMINO REPORT」を通じて、食と農業、そして都市におけるサステナビリティの重 要性について、ヤンマーの事例を紐解きながら理解を深めた南野拓実。
では、それぞれの分野での取り組みはどのように結びつき、持続可能な未来へとつながっていくのか。
現在、彼が暮らすモナコは、実は各分野の取り組みを統合し、一体となってサステナビリティを推進している先進的な国として注目されている。
今回は、そんなモナコでの体験を通して、サステナビリティの現在地を深掘り、私たちの未来にどのような影響を与えるのかを探っていく。
モナコは、「地上の楽園」として
南野の生活に深く根付いている
フランスのニース・コート・ダジュール国際空港から直行バスに揺られて30分。辿り着くのは、地中海に浮かぶ国、モナコ公国だ。世界で二番目に小さく、日本の皇居ほどの大きさの国土を持つこの国は、高級リゾート地としての豪華さと古き良きヨーロッパの魅力が見事に融合。南野は、ここで約二年間過ごしてきた。
「モナコの生活で最も心を惹かれるのは、その壮大な自然と常に晴れ渡っている天気です。特に、高台から望む海の景色は、一目見るだけで心が洗われます」
モナコの空気を吸いながら、息を弾ませる南野。その表情からは、モナコへの愛着が感じ取れた。
モナコの高台からの眺めは、絵画のような美しさを放つ。地中海の青い広がりが空に溶け込み、現代的な建物と歴史的な街並みが交わった景観に目を奪われる。
港に停泊する豪華なヨットは、昼夜を問わず躍動するモナコの象徴だ。以前住んでいたリバプールと比較しながら、南野はモナコでの生活に満足していると話す。
「モナコは他に類を見ないユニークな国です。単純な比較は難しいですが、住みやすさはどの国よりも魅力的だと感じます。リバプールでの生活では、天候の厳しさを特に感じましたが、その点でも圧倒的に快適。この街の美しさや治安の良さは、家族や友人を迎えるにあたっても大きな安心材料です」
モナコで過ごす日常は、忙しい日々からの逃避を許し、心の平穏をもたらしてくれる。南野にとって、単なる居住地以上の存在。彼の心の中に深く根付いた「地上の楽園」とも言える場所のようだ。
モナコが描く未来。
ラグジュアリーの概念から、新たな豊かさの追求
そんなモナコだが、カジノやF1といった高級リゾート地としての魅力をもつだけでなく、近年は「レスポンシブル・ラグジュアリー(責任ある豊かさ)」というコンセプトのもと、農業復興や持続可能な生活様式への取り組みが活発に進められている。豪華さや贅沢さを求める従来のラグジュアリーの概念から、新たな豊かさの追求へと視点がシフトしているのだ。
具体的には政府主導のもと、温室効果ガスの排出量を2030年までに1990年比で55%削減し、2050年までにはカーボンニュートラルを達成することを国全体で目指している。これは、気候変動に対応し、持続可能な未来を築くための取り組みだ。
モナコで進められているサステナビリティの取り組みについて南野に尋ねたところ、「実は、あまり知らなかったんです。ただ、ASモナコのサードユニフォームがリサイクル素材を使用しており、海洋保護活動に貢献していることは知っています」と素直に答えた。
これまでの「MINAMINO REPORT」を通じて、サステナビリティの様々なアプローチ、細分化された取り組みについて学んできた。自分が環境問題にどう貢献できるか、さらに深く探求したいと意気込む。
「モナコで得た知識は、日本や他の国々にも応用可能だと思います。知識を深め、広く共有することで、より多くの人々のサステナビリティに対する意識を高めたい」
モナコと日本の架け橋を訪ねて知る、小国の大きな一歩
モナコの取り組むサステナビリティを探求する旅のスタートとして、在モナコ日本国名誉総領事のエリック・ベンチモル氏のもとを最初に訪れた。エリック氏は、文化、芸術、スポーツ、経済といった幅広い分野で、日本とモナコの交流促進と友好関係の深化に貢献。両国の文化的架け橋ともいえる人物だ。
南野とエリック氏は、モナコへの移住にあたり支援を受けて以来の仲。心温まる会話が弾んだ。
「エリックさんとは、最初にビザを取得した際、様々なサポートを受けたことが縁で知り合いました。銀行手続きやパスポートの問題など、サッカー以外の生活面でも常に助けてくれています。僕だけでなく、モナコ在住の日本人のサポートも行っているんです」
サッカー好きのエリック氏は、南野が所属するASモナコの試合を頻繁にスタジアムで観戦しており、南野がリバプールで活躍していたころからのファンだったという。
「日本人選手として注目していたので、モナコに来てくれたことはとても嬉しいです」
地中海を一望する壮大な景色を背景に、二人はモナコの目指すサステナビリティについて議論を交わす。エリック氏は、モナコがラグジュアリーなイメージからさらに進み、環境保護へ取り組むことになった過程を教えてくれた。
「現在のモナコ公国の君主であるアルベール2世大公は、環境保全を目的としたアルベール2世財団を設立し、2010年から環境問題に取り組み始めました。2018年には、“レスポンシブル・ラグジュアリー”というコンセプトを世界に向けて発表。ラグジュアリーな旅行を楽しみつつ、持続可能な行動を選択する体験を提供しています」
エリック氏によると、今では広く浸透したSDGsの概念が提唱される以前から、モナコは環境保護に対して積極的な姿勢を取っていたという。
「モナコは環境への配慮とライフスタイルの質の高さを兼ね備え、単なるラグジュアリーだけではなく、品格を持った国家として、環境保護やSDGsに対してリーダーシップを示しています。例えば観光産業においては、2021年11月に発表された『モナコ公国のサステナブル・ツーリズムに関する白書』をはじめ、環境負荷の削減に向けた取り組みを国内外に積極的に発信しています」
新たな可能性を秘める、
持続可能な未来に向けたモナコの取り組み
「モナコはその小さな国土を活かして、様々な環境対策を先進的に実施していますが、具体例はありますか?」
興味深く聞き入っていた南野が尋ねると、エリック氏は真剣な表情で答えた。
「いくつか例を挙げましょう。モナコでは、2020年からはプラスチック袋の使用を完全に廃止し、さらに公共バスの全面電動化や紙の使用量削減を目指す野心的な計画が進行中です。また、観光客を迎えるホテルやイベント会場では、水力エネルギーによる空調設備を導入しています。国土のコンパクトさに合わせたソフトモビリティインフラの整備も進んでおり、電動自動車を購入する際には、国から最大1万ユーロのサポートを受けることができます」
エリック氏との対話を通じて、南野は新たな気づきを得たようだ。
「モナコの事例から学べるのは、技術革新を活用し、限られた資源と国土の中でいかにして環境への配慮を実践し、持続可能な未来を目指すかです。この発見は、サステナビリティにおける新たな可能性を感じさせます。国の規模にとらわれない環境保全への強いコミットメントは、世界に対して重要なメッセージを発信している。それは、どの国も環境問題に積極的に取り組むべきだということですね」
エリック氏との対談を通じて浮き彫りになった、持続可能な未来に不可欠な具体性をもった行動。南野は、サステナビリティの実践例について深く掘り下げていくため、所属するASモナコの練習場へと向かった。
緑のフィールドから青い海へ。
南野拓実とASモナコのサステナブルな融合
南野が所属するASモナコの練習場があるラ・トゥルビ地区は、高台に位置し息をのむような美しさを誇っている。そこに建てられたASモナコの施設は、ヨーロッパの最先端トレーニングセンターから影響を受け、チームのパフォーマンス向上のための基盤となっている。
案内された部屋へ足を踏み入れると目に飛び込んできたのは、モノトーンに仕上げられたコラージュの壁画だった。
その中心には、南野の姿が力強く描かれている。
壁の上部には「AS MONACO」と「ALL TOGETHER」という言葉が大きく掲げられており、これらがクラブの結束力とチームワークの重要性を物語る。この空間全体が来訪者にクラブの歴史を感じさせ、その一部になるような体験を提供しているのだ。
この施設への訪問の目的は、2023年4月にASモナコと海洋研究所が結んだパートナーシップに迫ることにあった。この協力関係は、「OCEANO(オセアノ)」と名づけられたASモナコのサードユニフォームを通じて具現化されている。
このユニフォームは青と白のグラデーションで地中海とリビエラ海岸の美しい風景を表現しており、かけがえのない海洋の美しさを際立たせている。特筆すべきは、100%リサイクル・ポリエステル製で製造したこのユニフォームの売り上げの一部が海洋研究所に寄付され、海の保護という重要な活動に貢献している点だ。
ASモナコがこのような形でサステナビリティへの強いコミットメントを示していることは、スポーツ界が環境保護の重要性を認識している証だろう。
サッカーボールに込められた
持続可能な未来への願い
南野とASモナコのマーケティング責任者であるティボーさんとの間で行われた対談は、チームのサステナビリティに対する取り組みがどのようなものであるかを深く掘り下げる機会となった。
南野が手元にあるサッカーボールを見つめながら、「このボールは、サステナブルなプロジェクトの一環になっているのですか?」と質問を投げかけた。
「このボールはクラウドファンディングによって資金を集めたRebound社がプロセスを担当し、リサイクル素材を用いて製造されました。このデザインには、ASモナコがクープ・ドゥ・フランス※1で5回の優勝を果たしたこと、1924年にモナコで創設されたクラブであることなど、クラブにまつわるさまざまなモチーフが表現されています。これらはASモナコの豊かな歴史と偉業を称え、クラブの記念すべき瞬間を永遠に刻むためのものです」とティボーさん。
※1 注釈:クープ・ドゥ・フランスは、1917年に始まったフランスのサッカーカップ戦。プロチームだけでなくアマチュアチームも参加できるため、全国各地からさまざまなレベルのチームが集まる。この大会はフランス国内で非常に人気があり、優勝チームにはUEFAヨーロッパリーグへの出場権が与えられる。
さらに彼は、「このサッカーボールを生産するRebound社は主にプロモーションの目的で使用されていますが、将来的にはすべてのリーグでの使用を視野に入れています。そして、このボールの売り上げの一部は、海洋博物館を支援するために寄付されるのです」と説明を加えた。
この話を聞いた南野は「サッカーボールひとつを通しても、クラブが持続可能な未来に対してどれだけ真剣に取り組んでいるのかが伝わってきます」と語り、その意義に感じ入ったようだ。
ASモナコのユニフォームを身にまとい、地球の未来に貢献する
南野はさらに詳しく知りたいと思い、「ASモナコがリサイクル素材を使用したユニフォームやボールで海の環境保護に貢献しようと考えたきっかけは何ですか?」と質問した。
「ASモナコは、選手たちが着用するユニフォームの快適性を最優先する一方で、持続可能性への取り組みにも力を入れています。サードユニフォームを例に紹介しますが、こちらは100%リサイクル・ポリエステル製で製造しています。
このユニフォームのデザインは、地中海とリビエラ海岸の美しい風景を象徴する青と白を基調とし、海の波を連想させる独特な斜めパターンが特徴です。この環境への配慮は、海洋研究所との連携によりさらに強化され、海洋の脆弱性と生物多様性の保護を意識した取り組みを通じて、スポーツの世界から持続可能な未来への重要な一歩を踏み出しています」
さらにティボーさんは続ける。「ソーシャルメディアを活用してファンやサポーター2400万人にメッセージを送り、このユニフォームを介してサステナビリティの大切さを伝えられるようにすることが私たちの願いです」
南野はこの説明を受け、「素晴らしい取り組みですね」と感銘を受けていた。ASモナコがサステナビリティへの深いコミットメントを持ち、それをクラブのアイデンティティの一部として積極的に推進していることがよくわかる取り組みだ。
ティボーさんは、「サードユニフォームを1枚売ると5ユーロが海洋研究所へ寄付され、海洋保護活動に役立てられています。私たちの活動はモナコだけにとどまらず世界中の海や海洋生物の保護に貢献しており、地球環境に対する責任を果たしています」と熱意を込めて語る。
南野はその言葉に強い共感を示した。「ユニフォームを身にまとってピッチに立つたびに、その背後にあるメッセージが強く心に響きます。ASモナコが展開する環境保護に対する献身的な取り組みは、僕たち選手にも大きな使命感を感じさせてくれます。試合での勝利の追求は当然大切ですが、地球環境への貢献や次世代に対してポジティブな影響を与えることも、同じく重要な責務であることを実感しています」
ティボーさんも南野の言葉に力を得て、「確かにユニフォームは、単なるスポーツ用の装備を超えた深い意義を備えています。それはファンの心を揺さぶり、クラブに対する愛着を深める役割を果たしています。私たちの役目は、このユニフォームを通じて環境保護という重要なメッセージを広め、地球の未来への貢献を目指すこと。この役割を果たし続け、より多くの人々にこの思いを伝えていきたい」と強い決意を示した。
対談を終え、南野は自身が果たすべき役割についてその胸中を語った。
「選手として、この素晴らしい活動に貢献していきたい。リサイクル素材の使用や海洋保護への寄付など、環境を守る取り組みを進めているクラブの一員であることは大きな誇り。これからも海洋研究所との協力関係を持続させ、地球保護に貢献するためのさらなる活動を推進していきたいです」
モナコ公国は、地中海に面した美しい自然の中で、長年にわたり海洋保護が文化と共に育まれてきた。そのため、ASモナコおよびその選手たちが環境保護に真摯に取り組むことは、サッカーを通じて持続可能な未来への意識を高める重要な役割を担っている。これらの活動が、サッカー界をはじめとするスポーツ界全体の環境意識の向上に貢献することを期待したい。