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2016年7月発行「FREY7号」より転載

良食味米を生み出す「匠」の技。きめ細かな管理と基本技術の徹底

「コシヒカリ」の一大産地である新潟県長岡市にあって阿部真一さんはコメづくりのプロ中のプロだ。「うまい」というクチコミだけで、いまや北海道から九州まで顧客を抱えている。良食味のコメを生み出す秘訣は「きめ細かな管理と基本技術の徹底」。加えて新しい技術に敏感な先進性が経営を強くしている。

阿部 真一 様

新潟県 長岡市

Profile
1951年、新潟県長岡市生まれ。県立長岡農業高校卒業後、2008年まで自動車整備工場で整備士として勤務。2014年から日越地区生産組合組合長。水田15haでコメと大豆を栽培。コメはJAと個人、集荷業者に販売する。全国豆類経営改善共励会農林水産大臣賞、2015年に農林水産祭の日本農林漁業振興会会長賞を受賞。

気持のいい青空のもと、植えて間もない稲の苗が田面からひょっこり顔を出していた。苗がいくぶんまばらなのは、コスト削減のために疎植をしているから。栽植密度は坪当たり40株である。阿部さんが今年8haの田んぼでつくるのは例年通りの「こしいぶき」と「コシヒカリ」。このほかブロックローテーションにしている7haの畑で大豆「エンレイ」も栽培する。田植機やトラクター、コンバインなどは地元の農家と共同利用し、ここでもコスト削減に気を使っている。

うまいコメづくりの称号「匠」の初代に輝く

阿部さんは農家の4代目として幼いころから農作業に携わってきた。高校卒業後は地元で自動車整備士になる。その理由は春と秋の農繁期に一カ月の休暇をもらえるから。この期間を利用して実家で田植えや収穫などを手伝ってきた。そうして兼業農家としてやってきたが、1984年に父が病気で倒れたのを機に、農業に本格的に打ち込むようになった。

コメの販売先はJAと個人、集荷業者がそれぞれ3分の1ずつ。といっても阿部さんも当初は周りの農家と同じようにJAだけにコメを出荷していた。販売方法を変えたのは約10年前。米価が低迷するなか、生き残りをかけて直売を手掛けることにしたのだ。

最初に営業をかけた相手は親戚や知人。その後はクチコミだけでお客さんが自然と増えていった。宣伝や広告もせず、なぜそれだけ広がったのかと尋ねると、阿部さんは「うまいからだよね」とさらり。

こう言い切るには根拠がある。阿部さんはJA越後ながおか主催の「こめの匠コンテスト」で初代の「匠」に認定されている。このコンテストは、化学農薬と化学肥料を5割ずつ減らす「エコ・5―5運動」に基づいて栽培した「コシヒカリ」を対象に食味を評価するもの。つまり日本を代表するコメどころで最高の称号を得ているのだ。

おいしさを生み出す秘訣はいくつかある。
ひとつ目は10a当たりの収量を8俵以下に抑えること。増収を目的に窒素を多く投入すれば食味が落ちるのは周知の通り。ふたつ目はこまめな水管理。阿部さんには2010年の高温障害で品質が著しく低下したという苦い経験がある。だから田んぼの水は可能な限り入れ替えて、なるべく水温を上げないようにしている。3つ目は遠赤外線の乾燥機を導入したこと。穀物の内部からじっくりと温めることで品質の低下を防ぐ。4つ目はコメの冷蔵保存。冷蔵庫で設定温度を14℃にして保管している。

阿部さんが最後にもうひとつ付け加えたのは先祖への感謝だった。「すぐ向こうの地区は砂壌土だけど、うちがコメをつくっている辺りは重粘土壌なんだ。そこで先祖がいい土をつくってきてくれたからこそ、うまいコメが取れるようになった。それは感謝しないとね」

湿害回避の耕うん同時うね立て播種

ただし、大豆づくりにとってみれば重粘土壌は逆に厄介な土地柄である。大豆の生育にとって湿害は最大ともいえる問題だからだ。実際に阿部さんの転換畑では以前であれば10a当たりの収量は100kg程度だったという。だが、いまでは例年のように300kgを超す。飛躍的に収量を高めた立役者は「耕うん同時うね立て播種」という技術だ。

この技術ではトラクターに装着するロータリーは通常と違ってアップカット(逆転)を採用する。その特長を挙げれば、名前の通り耕うんと同時にうね立てと播種が一工程でできるため、梅雨時の限られた日数のなかでも作業がはかどること。それぞれの工程を別々に行ったら、播種が遅れて、その後の生育に悪影響をもたらす。

もう一つの特長は、うねの上に大豆の種子をまくため、地下水位も土壌水分も低くなること。おまけに土の中にも空気がいきわたり、結果的に大豆の生育が盛んになる。

以上の理由から、この技術を開発した農研機構によると一般的に収量は1~2割増えるそうだ。ただし、これだけでは阿部さんが10a当たり300kgもの収量を挙げている説明が十分につかない。耕うん同時うね立て播種は重粘土壌が多い北陸地方を中心に普及しているが、それでも多くの農家は300kgに到達していないからだ。そのことを疑問に思っていることを察してか、阿部さんはすぐに「これひとつで決定的な技術というのはない。一つひとつの積み重ねが収量や品質を上げるポイントだよね」と畳みかけてきた。

たとえば収穫の適期を見極めるために、JA越後ながおかに委託して大豆の水分率を調べる。水分率が20%近くになった段階で収穫開始だ。もちろん明きょや暗きょなどの排水対策も欠かさない。こうした基本となる技術の積み重ねが300kgを生み出している。

さらに収量を伸ばすために導入を検討しているのは農研機構が開発した品種「里のほほえみ」だ。いまつくっている「エンレイ」に比べると倒伏しにくい。おまけに着莢する最低の位置が高いほか、割れにくいため、コンバインでの収穫に適している。それでいて子実の蛋白質含量は「エンレイ」並みに高いので、加工業者にも喜ばれる品種だ。

エダマメの産地化に貢献

コメ農家にとって目下最大の心配事は減反廃止だろう。廃止後の交付金の扱いがどうなるかは不透明だが、コメの作付けに支払われる10a当たり7500円がなくなることは決定している。
それでも阿部さんは今後の経営のあり方を見定めている。それはコメの作付けを減らすこと。「コメは需要が落ちているんだから、減らしていかないとダメだね。代わりに豆を増やしたい。いまの収入をみても、豆はコメと同じ面積なのに収入はかなり多いから。これからは収益性の高い作物を入れていきたい」

そこで大豆の作付けを増やすだけでなく、今年からエダマメの生産にも着手する。というのも地元のJAがその産地化に取り組むからだ。農家は収穫したエダマメをJAに出荷する。JAが設定している基準単収に達したら、コメよりも10a当たりの収入が4万円高くなるという。もちろん収量を上げればさらに収入は増えるため、農家のやる気も出てくるというものだ。

JAはエダマメをつくる農家の経済負担を減らすため、収穫に必要な機械を貸し出す予定。大規模農家向けにトラクターに装着する収穫機を用意している。阿部さんもこれを使って、初年度となる今年はいきなり30aでつくってみる。そこには地域の農業を盛り上げたいという気持ちもある。

「豆はきちんとつくって収量を上げれば、それだけ収入もよくなる。エダマメにしても自分が先頭切って頑張ることで、ほかの農家を鼓舞したいよね」と強く語った。

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