北海道 岩見沢市
- Profile
- 両親が始めた稲作を引き継ごうと平成3年に就農。平成20年に稲作から畑作に全面転換。
現在の経営面積は56ha。内訳は秋小麦(うどんの原料、品種は『きたほなみ』)40ha、春小麦(パン用、品種は『はるきらり』)10ha、大豆6ha。
高齢化や労働力不足、農産物の需給動向の変化などに対応して経営転換を行う人が増えている。北海道岩見沢市の長谷川博さんもその一人だ。
稲作から麦作に転換し、個人で約60haもの大面積にまで拡大。高品質な国産小麦として市場からの評価も高い。安定した収益を上げている経営の秘訣を伺った。
北海道 岩見沢市
札幌から車で約1時間、肥沃な石狩平野の東部に位置し、道内一の米どころである岩見沢市は、豪雪地帯としても知られている。本州では桜の便りが聞かれはじめる3月下旬、同市栗沢町の長谷川博さんをお訪ねすると、家も畑もまだ一面の雪景色の中にあった。
長谷川さんは一昨年に導入したジョンディアトラクタ6430に乗って雪割り作業中だった。
「雪を早く解かさないと、雪の下で越冬している秋小麦が雪腐病にかかる恐れがあります。それに雪が解けてから種を播く春小麦も、播種作業が遅れる分、生育期間が短くなり、出穂も遅れて収量が少なくなりかねません」
22年前に就農してから12年間、米一本で営農してきたが、5年前、米から麦に全面的に切り替えた。その理由を長谷川さんはこう語る。
「まずは体力面からです。米づくりは機械化が進んでいるとはいえ、育苗や苗箱運びなど重労働があり、将来、働き手が私だけになった時、一人でやりこなせるだろうかと不安になったのです。麦ならほとんどが機械作業なので私一人で可能です。もう1つの理由は経済面ですね。当時、米は価格が低迷していました。それと比べて麦はこれから値上がりが期待できるので有利ではないかと考えたのです。
今も小麦は輸入物がほとんどで、国産は少ししかありません。そのため食の安全や健康志向の消費者などの間で、国産小麦への需要が高まってきています。同じ国産小麦の中でも、気候が麦づくりに適している北海道で高品質な小麦をつくり、様々な需要に応えようと思ったのです。うどんなどの原料になる秋小麦と、パンや中華麺用の春小麦の両方を栽培しているのもそのためです。他の作物を組み入れず麦単作にしているから、余裕を持って麦づくりに専念できるのです」なお、麦の他に大豆も少し輪作体系の中に入れて農地を回しているのは、麦の連作障害を回避するためだ。
長谷川さんの目標は高品質で多収のを駆使して管理しているのだろう。「いい小麦をつくるために重要なポイントは、土づくりと肥料、防除です」それぞれのポイントを長谷川さんは熱く語った。
まず、土づくり。元々小麦は乾燥した気候に適した畑作物なので、湿潤な土壌を嫌う。そのため長谷川さんが特に力を入れているのが、畑の排水対策だ。明渠・暗渠の整備の他、雪が解けたらすぐにサブソイラで透水性を高め、雨の後でも排水の良い土に改良していった。さらに土壌改良材として苦土石灰や、完熟堆肥の代わりに鶏糞を高熱処理でペレット化した有機質をたっぷり投入する。
耕うんは丁寧に行うが、播種前にアッパーロータリをかける際には、あえて土を細かく砕かず、粗く起こす。「小麦の種を播いた後、毎年決まって大雨が降るんですよ。土の粒子が細か過ぎると水が溜まって、種が浮いたり、除草剤の効きが悪くなるからです」
次は肥料。「稲は地力で、麦は肥料でつくる」と言われるように、肥培管理で生育や品質、収量は大きく違ってくる。
「基本的にはリン酸とカリは全量を基肥として土に混ぜ、窒素は基肥と追肥(分げつ肥、穂肥)の両方を生育状況に合わせて与えます」
窒素の施肥量は、春播きか秋播きかによって異なり、品種によっても違う。さらに用途によっても、求められるタンパク量が異なるため、施す窒素の量を調整しなければならない。例えば、うどんなどの麺類用はコシのある食感が重視され、パンや中華麺用は粘着性が必要になる。「また茎数を確保し多収を目指すには、穂ができ始めるまでに追肥して生育を助けます。生育が旺盛過ぎる時は、倒伏防止のために1回分の追肥を2回に分けて施す場合もあります」
病気の予防については、早期発見と適期作業の励行に尽きます。畑をこまめに巡回し、生育状態をよく観察して早めに異変に気付けば、すぐに適切な対処ができます」と長谷川さんは強調する。
小麦の病気で最も被害が大きいのが「赤かび病」。畑に残った前作の残渣などに潜んで越冬したカビ菌が、温かくなって動き出し、胞子をつくって葉や茎に飛散し、穂に感染する病気だ。これにかかると収量が減るだけでなく、カビ毒が人に中毒症状を引き起こすこともある。そのためJAに出荷した時、厳しい検査基準でチェックされ、発症して赤く色づいた麦粒が1つでも含まれていると、食用としては出荷できない。「診断の目安は、葉や茎が黄ばんでないか、草丈が短くないか。発症を見つけたら薬剤での防除を徹底します。穂が赤くなってから慌てても手遅れです」
赤かび病の感染時期は開花初期から登熟期。出穂期を迎えて穂が見え始めてきたら、穂の中で開花を始める。「その時が1回目の防除適期です。その後、1週間~10日おきに数回薬剤を散布すると、防除効果が上がります。勿論7月下旬頃から始まる小麦の刈り取りも、適期に一斉収穫します」
その他、11月には秋小麦が越冬中「雪腐病」にかからないよう防除する。「突然茎葉が黄色くなって枯れる『立枯病』にかかり、減収した時もありました。この病気は薬剤で防除するのは難しく、土をよく耕したり、過度の連作をしないといったことで防止します。連作障害の予防は、畑に水を入れて病原菌を殺す方法も効果があります」
もう一つ、苦労するのが雑草対策。小麦づくりは雑草との戦いでもある。雑草の発生状況に合わせて除草剤を散布。畦畔の草刈りも、品質・収量を上げるために手を抜けない作業だ。「土づくりも、施肥も、防除も、理想通りにやりたいのですが、うまくいかないことも多く、試行錯誤の途中です」と長谷川さんは、謙遜するようにうなずいた。
栗沢町では麦の他に、野菜や花などを取り入れている人もいるが、長谷川さんは作目を増やすことは考えていないそうだ。「一人でやっていますからね。あれもこれも手を広げていくと手が回らなくなり、収量だけでなく品質も落としかねません。一番は品質のいいものをつくりたいので、1つの作目に集中した方がいいと思っています」
収穫した麦は全てJAに出荷している。「農家は皆、プライドを持っており、人より多く、より高品質のものをつくりたいと、互いに切磋琢磨しています。勿論私もそう。せっかく品質のいい麦をつくっているのだから、本来は自分で売り先を見つけていけばいいのでしょうが、300トンもの麦をさばくのは簡単ではありません。理想通りにはなかなかいかないのが現実です。将来は麦の中で変わった品種をつくってみたいという思いはあります。それを企業と契約栽培し、加工品として広く消費者に届けられたらいいですね」
経営規模56ha、生産量年間300トン、麦の等級も上。個人経営ではトップクラスのレベルだ。「いやいや、人並みで、まだまだです。これでいいと満足してしまったらおしまいです。発展はありません。将来は、100haを目指したいですね。現在の機械体系も、先を考えて100haを十分営農できる能力を有したものを揃えています」
この地区には若い農家、それも20代、30代がたくさんいて、みんなやる気にあふれている。そのため地域内には耕作放棄地や遊休地は一つもなく、農地は取り合いの状態だそう。
「農地を集めるのに時間はかかっても、いつか実現させますよ。新しいことや難しいことに挑戦し成功した時、農業は面白いと実感します。一番の楽しみは収穫の時。実りが多いとコンバインの動きが重くなり前に進みにくくなります。ハンドルの手応えでわかるんですよ、収量がすごくありそうだって。その時、農業の醍醐味を感じますね」
そういって長谷川さんは少年のように目を輝かせた。