2018.05.30

なぜヤンマーがロボティクスか? Vol.01 人の生活を豊かにするフィールドロボティクス

富野 「ガンダム」は、地球上では決して有効ではありません
杉浦 ロボットを研究するには、人間を知ることが必要です

ヤンマーは現在、人に寄り添ったフィールドロボットの研究開発を推進している。「鉄腕アトム」の演出や「機動戦士ガンダム」の生みの親として知られるロボットアニメの第一人者、富野由悠季さんとヤンマー中央研究所主席研究員・杉浦恒さんが、ロボティクスの現状と課題、今後の方向性などについて意見を交わした。

富野由悠季( とみの・よしゆき)
1941年生まれ。日大芸術学部卒業。虫プロで「鉄腕アトム」の演出などを手がけた後フリーに。ロボットアニメ「機動戦士ガンダム」の原作者で総監督。演出家、小説家、作詞家としても活躍する。

杉浦恒( すぎうら・ひさし)
1968年生まれ。筑波大学大学院理工学研究科修了。独ビーレフェルド大学博士。自動車メーカーなどで人工知能、人間型ロボットや災害支援ロボットの研究開発に携わり、2015年ヤンマー入社。

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

ロボティクスで、100年後も持続可能な社会の実現へ

富野:僕の年代は、ヤンマーといえば何と言っても「ヤン坊マー坊天気予報」です。天気予報という実利的な情報と絡めたCM手法は巧妙で、極めて先進的でした。農業や漁業を支える企業の使命のようなものも感じられましたね。そんな御社が最近は、ロボティクス事業も推進していると聞きます。どのような思いで取り組んでいますか。

 

杉浦:2012年、創業100周年を機に、次の100年に向けヤンマーはどうあるべきか、少し立ち止まって考えようとなったんです。そして、新しいブランドステートメント「ASF」を掲げることになりました。その実現に向けて、ヤンマーの価値の中心に据えたのがテクノロジーです。テクノロジーコンセプトを「最大の豊かさを最小の資源で実現する」と定めて、研究開発を進めています。創業者の山岡孫吉は、世界で初めてディーゼルエンジンの小型化に成功しました。苦労しながらも諦めずに成し得たのは、農家出身の孫吉が農作業の大変さを骨身にしみて知っており、農家の負担を軽くしたいとの思いが強かったからです。この思いは現在のロボティクスの研究開発にも受け継がれていています。弊社のロボティクスの主役は、あくまでも「人」なんです。

 

富野:100年先、1000年先を見据えると、僕にはこれまでのように重工業重視で、鉱物資源を徹底的に採掘し地球を使い切るような発想が善とは思えないんです。当たり前の話、農業や漁業は再生可能にして永遠に継続されなければなりません。生態系をきちんと維持していくため、人間の生活を維持していくために、どういう機器を投入するのか――。その中で、ロボティクスをどのように利用していくのかという視点に立てばいいのだと思っています。

厳しい環境条件への対応が必要なフィールドロボティクス

杉浦:日本のロボティクスはこれまで工業ベースで進んできました。いかに速く正確に動き続けるか――。工場の中だけでならそれでよかったんです。でも、我々の事業領域は農業や水産業をはじめ、大地・都市・海という幅広いフィールドにありますから、さまざまな環境で動かさなくてはなりません。工業化の枠組みでは収まりきれないのです。

 

富野:環境で一番厳しいなと思ったのは、人工衛星の軌道で使うロボットです。例えばアームの部分はうかつに動かすと止まってしまう。摩擦熱で金属が膨張したとき、空気のない宇宙空間では熱がすぐに発散してくれないからです。農林水産業の現場も同じでしょうね。クリーンルームの中で動く工業ロボットと違い、雨や風、ほこりなどにさらされ精度が狂う。それらを乗り越えるのが絶対条件です。例えば僕は日本の林業政策に大きな危機感を持っていて、持続可能な未来の観点から見ると森林を維持するためにロボットはとても有効だと考えています。枝払いはもちろん、伐採した木材を里山から平野に運搬する機械をロボット化するなど、いろいろな方策を考えるべきです。農業でも、起伏の多い日本にはシステマチックに農作業できる場所が少ない。そうした多様な場所でロボットを活用するには、より高い性能が求められます。水産業では、海の環境整備や再生などにロボットはもっと利用されるべきではないでしょうか。

農業や水産業に人を呼び込むきっかけにしたい

杉浦:我々技術者が忘れてならないのは、技術化をどんどん進めていったその先の議論です。例えば、米作りの自動化が非常に進んだ地域で、農作業が楽になった一方で、農村の過疎化が問題になっていると聞きます。こういった問題も考えていくことで、ヤンマーの考える持続可能な社会の実現や、人を幸せにすることにもつながると思います。ヤンマーが目指すロボティクスは、人手不足解消はもちろん、ロボットが補助することで体力の衰えや何らかのハンディがあっても仕事ができて、きちんと収入が得られるようになることでしょう。さらには、自己実現や承認欲求など、人としての高い次元の要求をかなえること――。そんなロボット活用を進め、農業や水産業にも人を呼び込むようにしていきたいですね。

ヤンマーのトラクター(コンセプトモデル)の模型を見ながら、ロボティクスの夢について語り合う

富野:全くその通りです。ロボットが人間をしのぐのではという意見もありますが、僕は信じていません。例えば大人気のギョーザを生産しているメーカーでは、生産ラインをロボット化していますが、ギョーザの具を決めるのはやはり人間なんですよ。

 

杉浦:日本は技術至上主義という側面もあり、何でも技術で解決できるという発想が強いですね。技術者たちも自分の世界に入り込んで研究だけに没頭してしまいます。私自身も若いころはそうでしたし、技術を向上させるためにはそういう時期も大切だったと思います。でもロボットを研究すればするほど人間のすばらしさを実感します。また、自分の子どもが生まれたり、さまざまな災害や事故を見聞きしたりしているうちに、研究者として社会とのつながりを非常に意識するようになりました。今は、工学論や技術論だけでなく、生態系や文化、歴史、地域の問題など学際的な背景に目を向ける必要性を実感しています。

存在意義を明確にし、人の生活と響き合うロボットを

富野:若い人たちに伝えたいのは、ロボットを含めて、道具というものは単機能の方が安全だし長持ちするということです。だから多くの日本人が、これはアニメの影響かもしれませんが、多機能を搭載したヒト型ロボットを本能的に求めることには懸念しています。「ガンダム」がヒト型なのは、360度何もない宇宙空間では人の形が、見る者にとって安心につながるからです。それから、あんな巨大なロボットは宇宙だから使えるのであって、地球上では決して有効ではありません。もちろんアニメはエンターテインメントなので、現実的ではない描写もたくさん含まれていますが、現実の社会で使われるロボットは存在意義を明確にして作られなければいけないと思っています。それは「ガンダム」を始めたころから認識していたことです。ファンの皆さんが自分の好きなロボットを作りたいと思ってくれることはうれしい半面、その発想はもう「鉄腕アトム」の時代で終わっていたと思ってほしいですね。

杉浦:確かに「ガンダム」はじめアニメの影響はありますね。日本のロボット研究者は人間を目指しがちです。ヤンマーのフィレンツェの研究所にだって「ガンダムのユーザーインターフェースを実現したい」と言っている研究員がいるんですよ。

 

富野:困ったなあ。僕がそこまで責任持つ必要ないよね。(笑)

 

杉浦:実は私も・・・・・・、子どものころからロボットが好きでこの道に進んだんですが、ここ数年、いかに社会に貢献するかという視点を持てたことで、新たなステージに入れた気がしています。一つのかたちとして人間型ロボットという可能性はありますが、それだけではなく、広い意味でのロボットを考える必要があると思います。使用する現場を見て機能を絞るという割り切りも必要ですね。

 

富野:ロボット化の一番の命題は、社会の中で人の生活とちゃんと響き合う形で存在するものを提供できるかどうかです。日本がこれからも豊かな農業国家、海洋国家であり続けるには、法整備や社会制度づくりも必要です。ヤンマーさんには、100年以上続く企業としてこれまでの知見を生かし、ロボットの存在意義を明確にした上で研究開発を進めていただきたいと期待しています。

 

杉浦:ロボットを研究するには、人間を知らなければなりませんね。いつまでも心豊かな暮らしが続くための「人間中心のロボティクス」を推進すべくまい進します。ありがとうございました。

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