2024.03.11

農家の勘と経験を見える化し、データ活用で「儲かる農業」を実現 テラスマイルが挑む、新たなステージとは

ヤンマーは「A SUSTAINABLE FUTURE」の実現に向け、事業活動を軸に社会貢献などさまざまな取り組みを⾏っています。その基盤となるのが「HANASAKA(ハナサカ)」。これは、「⼈の可能性を信じ、挑戦を後押しする」という、創業時より受け継がれてきたヤンマーの価値観を指します。

Y mediaでは、このHANASAKAに通じて、何かに挑戦している⼈、誰かの挑戦を後押ししている人を「HANASAKAビト」と呼び、その取り組みをご紹介していきます。

今回は、きゅうりやピーマン、マンゴーなどの⽣産が盛んなことで知られる宮崎県に本社を構え、「儲かる農業」の実現を⽬指し農業⽀援事業を展開するテラスマイル株式会社(以下テラスマイル)代表取締役の⽣駒祐⼀さんです。

テラスマイルが提供する経営管理クラウドサービス「RightARM(ライトアーム)」は、農業を取り巻くあらゆるデータをクラウド上で⼀元化して分析し、収穫量の増加や市場評価の⾼い出荷時期といった経営判断に役⽴つ情報のアウトプットを⾏います。

また近年は、⽣産性の向上や担い⼿の育成に向けた全国各地の地⽅⾃治体を巻き込んだ取り組みでも成果を上げています。そんなスマート農業普及の⼀翼を担うテラスマイルは、2023年、⾷農産業を支える複数の企業から、総額3億3千万円の資⾦調達を実施。さらなる事業拡大を目指す生駒さんに、これまでの取り組みと今後の展望について伺いました。

<プロフィール>

テラスマイル株式会社(TERRACE MILE, Inc.)代表取締役
⽣駒祐⼀(いこまゆういち)

東京出身、⼤学(⼯学部応⽤化学科)卒業後、株式会社シーイーシーに13年在籍し、ソリューション営業、医療やFAロボット(工場の自動化に寄与するロボット)の新規事業に携わる。2010年、経営学修⼠(MBA)を取得。2011年から3年間、宮崎の⼤規模農園の運営に携わり独立、2014年、宮崎県でテラスマイル株式会社を設立。

□総務省 地域情報化アドバイザー(スマート農業支援・農業のデジタル化)
□農研機構 農機API共通化コンソーシアム(オープンAPI)外部評価委員
□秋田県立大学「スマート農業指導士育成プログラム」評価委員・講師
□JA全中(全国農業協同組合中央会) JA営農指導員 講師

 

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

農業者の「分からん!」を見える化、データ活⽤で「出荷予測」➡売上が倍に

Q東京から宮崎へ、またIT企業から全く畑の違う農業分野へ進出されましたが、ハードルは高くなかったのでしょうか。

もちろん怖さはありました。ただ経営大学院(MBA取得)で『志を持って生きよう』と教わり、社会企業塾でも多くの企業家に触れ、彼らがアジアやアフリカなど全く知らない土地、言語も分からないところで様々なビジネスに取り組む姿を見ていたので、躊躇なく決意しました。

私が赴任した2011年、宮崎は新燃岳の噴火や前年から続く口蹄疫の発生で農家が大きなダメージを受けていました。当時の東国原宮崎県知事が4.5億円の補助金を投じて、火山灰などで被害を受けた農業者に就労支援を行うプロジェクトを立ち上げ、当時東京で勤めていたIT企業がその運営に携わり、マネージャーとして派遣されました。年間200tのミニトマトを生産する農園だったのですが、5,000万円の赤字があり、1年で黒字にしないと破産すると言われました。会社は出張のつもりだったようですが、私は「農園を立て直すんだ」と東京の家を引き払い、勝手に退路を断って向かいました。若かったですね(笑)

着任当初、いちばん困ったのは、農業者に何を聞いても「分からん」と言われることでした。畑で病気が発生したとき、「どんな病気なんですか、どうして今、発生しているんですか」と聞くと、「分からん」。「この時期は何を撒いたらいいですか」、「分からん」。それまで東京では何かが起きれば、なぜそれが起きたのか、どこに問題があるのかとロジカルに解決する手法を学んできました。しかし、宮崎では全てが「分からん」で済まされていて、この『分からないという状況』にいちばん苦しみました。

Qそれでノウハウを蓄積するために、データを集め分析するということをはじめられたのでしょうか。

そうですね。そこは父の影響を受けていて、感謝している部分です。父は数学が得意で、私は家で精密機械の設計などをしている父の姿を見て育ちました。構造を理解し、形に起こすという行動が身近にあったため、私も父のように分からないところ(構造)を見える化にしてロジカルに考えようと思いました。トマトは、日差し、適切な温度、水があれば育つ。多くの日差しを吸収するためには葉っぱの面積が必要。ぬくぬくと育つと木だけが育ってしまう。夜、冷えるとトマトはマズイと思って子孫を残す、というような生物共通の仕組みを学び、生育方法を構造化し、こうすると上手くいくんじゃないかと仮説を立て、検証する、よくいうPDCAサイクルを高速で回し、データを蓄積していきました。

情報を集める中で気付いたのが、『出荷予測ができる』ということです。Oisix(オイシックス)が九州エリアで販路を拡大するというタイミングだったこともあり、契約出荷の提案書を持って行くと、パワーポイントで提案書を持ってくる農業者は初めてだと驚かれました。そして「出荷量の予測情報を出すので定期便で扱ってほしい、販売者と農業者としてフェアな関係を築きたい」と思いを伝えると共感してくれ、契約出荷の約束をしました。今では施設園芸では当たり前のことですが、当時は全くの未知数。周りからは、「農作物はおてんとう様との戦いだから出荷できないこともある、出荷できずペナルティが課せられれば農業者は首をくくるしかないんだ」と言われました。でもそんなことはないとがむしゃらに頑張り、2年目で売り上げを倍にし、黒字化を達成しました。

今ではアグリカルチャーという言葉は、当たり前に使われていますが、10年前は、農業って英語でなんていうんだっけという時代でしたから、データを使って農作物を可視化するのは、日本でも先進的な取り組みでした。

※PDCAサイクルとは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)の仮説・検証型プロセスを循環させ、マネジメントの品質を高めようという概念。

テラスマイル設立 ~農業者に稼げる武器を渡したい

Q会社を立ち上げたきっかけを教えてください。

地方がどんどん稼げない状況になる中で、少しでも『稼げる武器』を渡したいというのが根本にあります。宮崎は子ども、また母子世帯数の割合が他の都道府県と比べて多めです。18歳から働くのが当たり前という地域で、若くして結婚し子供が生まれる。若い世代だと収入は少ないのに子育て費用がかかるので富が蓄積されず、その結果、子どもたちは勉強する機会が十分得られない。富を得られれば教育にもお金が行き届き、早い段階でキャリアを定めてしまうことはなくなると思います。そういったチャンスを与えられる地域作りをしたいという思いが源泉です。

しかし今もそうですが、農業の分野に売り上げを持ち込むと怒られるんです。60代以上の農業者さんたちは、「農業者は農作物を作るのが仕事で、売り方は市場(いちば)や農協が考えるものだ」、人口が増えた高度経済成長期の中、作ったら物が売れる時代に育った農業者は本気でそう思っています。だから儲かっていないんです。売り上げ、コスト、利益を考えるだけで経営は良くなります。だから、そのための稼げるツールが不可欠だという想いから『RightARM(ライトアーム)』を作りました。 (2018年リリース)。

◆RightARM(ライトアーム)って?

農業者は、様々なメーカーの農業機械を使います。その情報を共有しようとすると、メーカーごとにプログラム言語、つまり話す言葉が違うため集約できず分析ができない、これが大きな壁でした。それをまるごと翻訳できる基盤を作ったのが最初です。

その上で高値で取引される時期を予測し出荷できれば、利益が上がります。実はこの予測は簡単で、例えば暖冬で農業者が同じように種を撒くと、あたたかいので生育が早い、当然、前倒しで収穫され、本当は欲しい3月に物がなくなってしまう、そうならないように全体の何割かを遅らせて種を撒くというように収穫時期を分散させると調整が可能です。優れた農業者はそういう感覚を独自に持っていて、その感覚的だった部分をRightARMで見える化しました。

苦労したのは、このデータを使ってどのような分析をしたら農業者が面白いと言ってくれるのかということでした。野菜の値段は収穫量と市況で決まります。ものがない時期は、値段が高いとニュースにもなりますよね。その高い時期と収穫量を掛け合わせ、「儲かった時期はいつです」と、そのシーズンの成績表を提供することにしました。

農業者の成績表 (RightARMを使った分析表)

3月(13週)が一番儲かった一方で、 4月(17週)は市場にものがあふれて働けば働くほど赤字になったということが一目瞭然。

農業者とデータで振り返り、来シーズンの方針を立て伴走し収益アップを図りました。データで見える化し伴走すると、生産性が10パーセントぐらいすぐに上がります。宮崎の若手の生産者グループから60パーセント生産性を上げたいと相談を受け、データを使って伴走し、3年間で収穫量11tを15tに増やしました。その成果が内閣まで伝わり、農林水産省の農業支援サービス事業者に指定されました。

RightARM for Ex ~自治体やJAのアナログ情報をデジタル化
データを用いて、新規就農者が作物の栽培前に「○○を作れば、いくら稼げる」を予測

Q2022年にリリースしたRightARM for Exでは、自治体やJA向けと組織に視点を移されましたが、それはなぜですか。

データを活用する仲間を増やしていく際に、これまでのように一人一人に対応するには限界があります。そこで、これまで農業者に寄り添ってきた県の普及指導員やJA(農業協同組合)職員にこのデータを扱ってもらおうと、2022年に自治体、JA向けに『RightARM for Ex』を立ち上げました。

彼らが一番悩んでいたのは、農業者向けの赤本(農業マニュアル)が間違っているということです。これまでアナログで管理され、さらには農業者の役割は農作物を作ることと定義されているので、作った後の販売のことまでは誰も考えてない、つまりこのマニュアル通りだと儲からない、それをみんな言いたくても言えなかったんです。

Q誰も言えなかったことを生駒さんは、仰ったんですか。

言っちゃいましたね。これまでの経験上、最初は波風が立つんですが、データで見える化することで問題点や間違いがはっきりと浮かび上がり、徐々に納得いただくことが多いんです。

年間2万人の新規就農者がいますが、このうち約8割が辞めてしまいます。この間違ったマニュアルを使うため、儲からないからです。ですが、データを使うことで「○○を作れば、いくら稼げる」という予測ができ、新規就農者の定着にも繋がります。こういった点が評価され、現在、RightARM for Exは、23県32産地で導入(一部モデル導入を含む)いただいております。(2024.1現在)

2023年、3.3億円の資金調達を実施
~サプライチェーンを可視化し、農業者自らが価格交渉できるフェアな仕組みを作りたい

Q今後の目標を教えてください。

農業は二酸化炭素を多く出すと言われています。脱炭素社会の実現を目指す社会において、温室効果ガスの排出量が「RightARM」で自動的に把握できるようにすること、さらにもう少し範囲を広げ、サプライチェーン全体を可視化し農業者が儲かる仕組みを作ることを最重要課題と捉えています。

コストや人件費が上がり、生産性を上げるだけでは限界があります。つまり、販売単価を上げられないと苦しいままで、上げるためには競争力をつけないといけません。サプライチェーンで競争力を持たせるためには、データで繋げ、「これだけのことをしています、それに見合う対価はこれです」と農業者自らが交渉をする力が必要だと考えています。そのためにサプライチェーンの可視化にしっかり投資をし、作り手の農業者から小売り、消費者までをデータで繋げる仕組みの構築を急いでいます。

そしてテラスマイルの今後の経営戦略としては、海外にも目を向けています。例えば、開発途上国で、これから50年前の日本の農業をするのではなく、最初からデータを扱った農業を手掛ければいいんじゃないかと思っています。日本では輸入頼みの肥料が供給されなくなった場合、約9,000万人が食べられなくなるというデータがあります。そういった時に、開発途上国が日本に感謝しつつ、食料を供給してくれるようなことができるともっといい未来が描けると考えています。一昨年から、農林水産省のプロジェクトでインドネシアとお付き合いをさせていただき、これから人口が伸びていく国の可能性を感じています。

超高齢社会の農業は、ロボットで乗り切る

Q日本の農業の未来は、どのように見てらっしゃいますか。

日本が今後迎える超高齢社会において、就農者人口の減少や認知症リスクは重要な課題です。そういったことを考えると、ロボット導入は必然で、ロボットシステムで工業化された野菜を作る実証を早めていかないと、日本の農業は沈んでしまうという危機意識を持っています。

他分野では、6軸の産業用ロボットティーチングし活用するのが当たり前ですが、農業でもできると考えています。例えば、私たちが飲んでいるフランスワインのブドウは、ロボット主体の木作りがされています。見ると違和感のある実の付き方をしているんですが、ロボットが刈り取りやすいように仕立てられています。つまり人の動きにロボットを合わせるのではなく、ロボットが動きやすいようにデザインされているんです。

また、自動車産業では、工場で当たり前のようにロボットが主導で働いていて、人は管理するだけです。農業でもそういった人とロボットの関係は実現できると思っていますし、その進展にはデータを活用したシステムが欠かせないはずです。その中で、私たちテラスマイルが果たすべき使命は、適切かつ効率的に日本の農業におけるロボットシステム化をリードして行くことだと思っています。

6軸ロボットとは、関節が6つあるアーム型の産業用ロボット
ティーチングとは、産業用ロボットが適切な動作を自動的に実行できるようにする作業です。様々な動きを6軸ロボットに覚えさせます。

テラスマイル株式会社:https://terracemile.jp/
RightARM:https://terracemile.jp/right-arm/