有限会社知床ネイチャークルーズ様
住所 : 北海道目梨郡(羅臼町)
小型観光船『エバーグリーン38』 電子制御エンジン6AYESP-GT
全長・幅(m) : 20.00 × 4.9
総トン数 : 19G/T
出典 : YANMAR mare vol.41(2020年12月発行)
住所 : 北海道目梨郡(羅臼町)
全長・幅(m) : 20.00 × 4.9
総トン数 : 19G/T
出典 : YANMAR mare vol.41(2020年12月発行)
真っ白な流氷群の上空を舞う黒い影。全幅2メートルにも及ぶ翼の持ち主が姿を現すと、たちまち無数のシャッター音が鳴り響いた。
「褐色の太い翼、白く短い尾が特徴のオジロワシです。もう少し色が濃く、ひとまわり大きいのがオオワシで、日本最大の猛禽類とされています。どちらも天然記念物と絶滅危惧種指定されている希少な存在。それらをすぐ目の前で、しかも流氷の上で観察できるのは世界中でもこの海だけなんですよ。常に複数の乗組員が目を光らせていて、目当ての動物を発見した時は、すかさずスピーカーでお客様にアナウンスしています。生態や習性などについても詳しいので、予備知識がないまま来られた方にも楽しんでいただけます」
操縦桿を片手に誇らしげに話すのは、2020年2月5日にデビューしたばかりの小型観光船「エバーグリーン38」の船長、長谷川正人さんだ。 ここは北海道唯一の世界自然遺産、知床半島に位置する羅臼町。古くから昆布の特産地として知られるこの町は今、海鳥やクジラ類など野生動物のパラダイスとして注目を集めている。冬場にやってくる流氷がプランクトンを運び、それを求めてスケトウダラ等が集まり、その魚をクジラやイルカが追ってくるのだ。種類も豊富で、マッコウクジラやミンククジラ、イシイルカにカマイルカたち。海のパンダと呼ばれるシャチが姿を見せることも珍しくない。
「この時期(1月下旬から3月中旬)は、流氷クルージングが人気です。知床半島から羅臼の海に到達する流氷は密度が低く、かき分けながら進むことができるので、小型観光船でのクルーズが可能となっています。比較的近海で操業している漁船も多く、引き上げられる魚を目当てに、オジロワシやオオワシなどが群がってくるんですね。漁業が頑張っているからこそ、私たち観光業もやっていける。もちろん観光業が盛んになれば、漁業にも良い影響を与えられるはず。漁業と観光の町として、地元の羅臼にもっと活気と賑わいを生み出せれば最高です」
有限会社知床ネイチャークルーズ
船長 長谷川 正人氏
エサ用の魚を投げるスタッフと、それを目当てに集まる野鳥たち
1961年、羅臼にて3代続く漁師の息子として生まれた長谷川さん。高校を卒業後は家業を継ぎ、24歳から「第三十八 長榮丸」船長として漁業に勤しむ。冬場は地元、羅臼の海でスケソウダラ漁に精を出し、春から秋はイカ釣り操業で石川県能登半島まで遠征する。家族を持った長谷川さんはそれまで以上に奮闘するが、肝心の漁獲量は年々減少するばかり。そこで心機一転、再出発を図ったのが観光船事業だ。生まれ育った故郷の豊かな自然に惚れ込んでいた長谷川さんには、当然の成り行きかもしれない。
観光船会社を起業するにあたり、不可欠となるのが観光船である。そこで相談したのが「第三十八 長榮丸」を手掛けたヤンマー舶用システム(株)根室支店だ。長谷川家との付き合いは長く、同社に任せれば間違いないとの思いが強かったという。当時の所長と協議の結果、数年前にヤンマーが手掛けた中古船を改良して使用することに。やがて納入されたその船は、長谷川さんの期待をはるかに上回るものだった。
「水産高校の小型実習船として製造され、実際に使用されていたその船は、観光船としても理想の特長をいくつも備えていました。いちばんの魅力は、操舵室と客室が一体化していること。高校の先生が生徒を指導する場面を想定したものですが、私たちとお客様がコミュニケーションを取りやすい環境にもなっています。私たちは、乗船中の意見や感想を直接聞くことができ、気分がすぐれない方にも声をかけやすい。お客様は、船を操縦する様子や航海計器を間近で見られることに感激されています」
こうして誕生した観光船は、長く栄えるとの願いを込めて「エバーグリーン」と命名。漁師の頃に船長を務めていた「第三十八 長榮丸」にも由来する。
開業時から今も現役の「エバーグリーン」
念願叶って2006年8月、「知床ネイチャークルーズ」を開業した長谷川さん。乗客数の年間目標を5,000人に想定していたが、シャチを間近で頻繁に見られることがマスコミに取り上げられると世間の注目度が急上昇。一般客だけでなく、世界各地から著名なカメラマンや研究者が押し寄せるようになったという。乗客数は毎年1,000人のペースで増え続け、2019年には1万5,000人を突破。なおも増加する予約に対応するべく、新しい船の建造を決意する。この時の相談相手も、ヤンマー舶用システム一択だったという。担当したのは、数年前に店長へ就任した鈴木 敏さんだ。
「新船の設計について長谷川さんからの主なオーダーは、以下の3点でした。まず、大勢が乗船できるようにワンサイズ大きくすること。次に、エバーグリーンと同じように、操舵室と客室を一体化すること。そして、クリーンで静かなエンジンを搭載することです。運上船舶工業さんに長谷川さんのご要望をお伝えし、乗客数に関しては、これまでの定員40名に対し、2倍にあたる80名を設定。船内には壁や柱を極力なくし、船長やスタッフと乗客がより親密にコミュニケーションできるレイアウトを実現していただきました。デッキと通路を広くしたことで船内の移動がスムーズになり、シャッターチャンスを逃したくない写真家に好評です」
エンジンについては、ヤンマーの6AYESP-GTを採用。コモンレール式燃料噴射装置の搭載により、クラストップレベルの燃費性能を達成しながら、クラスナンバーワンの高出力を実現している。黒煙レベルの大幅な低減により、見た目にも環境にやさしい印象を演出。多段階燃料噴射により特にアイドル時の静粛性が優れており、より船内で会話しやすくなったこともネイチャークルーズの観光船にピッタリだと話す。
「実は今から3年前(2017年)、エバーグリーンのエンジンを同じタイプ(6AYES-GT)に換装しているんです。長谷川さんによると当時、エバーグリーンの常連客から『排気臭が薄くなりましたね』と評価していただき、感心されていたそうです。新しい船は大きさも重さもスケールアップしましたが、このエンジンは実用最大737kW(1002PS)と馬力も十分なことから、自信を持って提案できました」と鈴木さん。
新造船のネーミングについては、長谷川船長のこだわりから、初代の船以上に「第三十八 長榮丸」を意識した「エバーグリーン38」に決定。船体のカラーをブルーにしたのは、ホワイトを基調とする初代との差別化を図るためでもあった。
最新の航海計器が揃う操舵室でアナウンスを行う長谷川船長
静寂な自然が舞台のクルージングにふさわしい、クリーンで低騒音、良好な始動性を備えるヤンマーエンジン6AYESP-GT
本記事の取材は、新造船「エバーグリーン38」の初運航からひと月足らずで実施したものだが、長谷川船長は確かな手応えをつかんでいる様子。
「実際にお客様を乗せた感想は、予想していた以上に広さを体感できること。操縦桿を取り囲むようにズラリと並んだ航海計器やモニターも臨場感があり、お客様から好評をいただいています。また、乗船中のお客様は珍しい動物が見える側へ集中するのですが、船体の傾きをほとんど感じないのは、新船への希望を実現してくれた造船所のおかげだと感謝しています。そして何よりも有難いのは、目標地点まで素早く移動できるエンジンのパワフルさです」と満面の笑みを浮かべる。観光船として絶対的な自信を持つ新旧エバーグリーン2隻による運航体制を整えた今、長谷川さんの笑顔は、これまで以上に多くの人々と感動と興奮を分かち合える喜びにあふれていた。
知床ネイチャークルーズのスタッフ。長谷川船長と長男・次男、羅臼の海(特にシャチ!)が好きで全国から集ってきた若者たちで構成