ヴィラデストガーデンファームアンドワイナリー
代表取締役社長 栽培醸造責任者
小西 超様
- 地域 : 長野県東御市
- 掲載年 : 2020年
- 作物・作業 : ブドウ
ヴィラデストガーデンファームアンドワイナリー
代表取締役社長 栽培醸造責任者
国内で栽培したブドウだけを使い国内のワイナリーで醸造した「日本ワイン」がブームになっている。なかでもプレミアムワインとして注目を浴びているのは、日本ワインコンクールで輝かしい受賞歴を重ねる長野県東御市の「ヴィラデストガーデンファームアンドワイナリー」のワインだ。こだわりのブドウ栽培を展開しつつ、産地づくりやワインツーリズムなどの新しいビジネスモデルにも挑戦されている同社を訪ねた。
梅雨が明けて一気に猛暑が襲ってきた8月初旬のある日、しなの電鉄「大屋」駅から車で15分ほど登っていくと、丘の上にそのワイナリーはあった。標高850mだけあって日射しは優しく涼やかな風が心地良い。ワイナリーの周辺には垣根仕立てのブドウ畑が広がり、ハーブや季節の花が風に揺れる。眼下に千曲川、遠くに北アルプスの山並みが望め、大自然の雄大な眺望はまさに信州の原風景だ。
出迎えてくれたのは同ワイナリーの代表取締役社長で栽培醸造責任者を務める小西超氏。開口一番「いい環境でしょう。ブドウにとっても恵まれた環境なのです。ワインはブドウのできる気候や風土、畑の条件に大きく影響を受けますからね。ここは千曲川の河岸段丘の上、南向きの傾斜地に位置していますが、この地域は日本有数の少雨地帯で日照時間が長く風通しもいいうえ、標高が高いので寒暖差が大きく、完熟すると同時に酸味や香りがしっかりした色付きの良いブドウが収穫されます。畑の土も粘土質と火山灰地の両方あり、同じ品種のブドウでも個性や味わいが違うワインができます。ワインづくりに適した条件が揃っていることが、おいしく上質なワインができる一番の決め手ですね」と笑顔で話す。
だがブドウ栽培の最適地であるだけではいいワインはできない。ブドウの育て方や栽培管理などの技術、つくり手のこだわりも重要だ。
「目指しているのは、ブドウが持つ個性が最大限に引き出され、この地ならではの豊かな風土が反映された、世界に通用する高品質のワインをつくること。そのためにブドウの樹はワインの本場・欧州系の専用品種の中から畑の土質にあった品種を選び、それに適した栽培法を用いて、手入れの行き届いた畑でしっかり手間をかけて樹を育てます。ブドウが収穫できたら、設備の整ったワイナリーで最新の知見と昔ながらの手づくりを組み合わせて丁寧にワインを醸す。そうするとエレガントで清らか、凝縮感のあるワインが生まれます」と小西氏は胸を張る。
樹の仕立て方はヨーロッパでは慣行となっている樹高が低い垣根仕立て。棚仕立てに比べて果房が地面から低い位置につき日光が当たりやすく、樹と樹の間隔を狭くした密植にも適し、風味が凝縮したブドウが得やすいのだそうだ。栽培管理も手を抜かず、丁寧できめ細かく、それぞれの樹にしっかり向き合って適期作業を確実に行う。例えば、その年のブドウの品質と収穫量をコントロールするうえで重要な剪定作業も、どの枝をブドウが実る母枝として残すか来年以降の先のことも考え慎重にハサミを入れる。また、芽が出て葉が茂ってくると雑草、害虫、病気との闘いが始まるが、畑をよく見回って観察し、早期発見と迅速な対処を怠らない。一昨年は完熟期に干しブドウ状に乾燥した「貴腐ブドウ」を見つけた。灰色かび病を引き起こす貴腐菌が原因だが、湿度や霧と晴れ間の回数などごく限られた自然条件とブドウの完熟度などの厳しい条件が偶然揃った時だけ水分が抜け糖度が上がった貴腐ブドウになるという。めったに出会えない機会を逃すまいと、香りが芳醇で蜂蜜のような甘口のデザートワイン「貴腐ワイン」の醸造に挑戦した。収穫する際も醸造の過程でも他のワインより何倍も手間がかかったが、努力のすえ見事成功。発売するや希少性もあって大きな反響を呼んだ。
現在メルローやピノ・ノワールなどの赤ワインとシャルドネなどの白ワイン約3万本のほか、地元産のリンゴを使ったシードルなどを全国の酒店やデパートに卸し、インターネットやワイナリーのショップで販売している。
「お陰様で多くの方々にご愛飲いただくまでになりましたが、ワイナリーを創業した時の初心やつくり手としての思いは今も変わりません」と力を込め、これまでの歩みを振り返った。
ワイナリーの開業は17年前の2003年10月。その12年前に現在オーナーである画家でエッセイストの玉村豊男氏が45歳の時、病気を機に自然が豊かなところで農業をしながら田舎暮らしをしたいと夫婦でこの地に移住。昔の桑畑を開墾し西洋野菜やハーブを栽培する農園「ヴィラデスト」をつくった。大学在学中にパリに留学した後も何度も渡仏し、ワインを日常的に楽しむ食文化に親しんでいたことから、自分でワインをつくって飲みたいと翌1992年に庭先の畑20aに欧州系ワインブドウの苗木を植えた。それが同社の始まりだ。
やがてブドウが収穫できるようになると、小諸市のワイナリーに醸造を委託。数年後、玉村氏はワインに関する見識の深さを見込まれて大手酒造メーカーのワイナリー建設事業に協力し、地元の東御市に掛け合ったりしていたが、3年後突然計画が中止になった。それなら自分の手でやると一念発起。自ら資金集めに奔走し醸造免許も取得した。玉村氏の熱意に共感し、夢を一緒に追いかけようと大手酒造メーカーから退社して最初から二人三脚で取り組んできたのが、現社長の小西氏だ。同酒造メーカーからワイナリー建設事業のために研究者として派遣されて以来、ワインづくりに開眼し情熱を注いでいた矢先の建設事業の頓挫。夢を諦めきれなかったのだそうだ。
以来2人は畑を年々増やし、樹も新品種を次々導入。品質向上を目指しワインづくりの父・麻井宇介氏にも師事し知識や技術を磨いた。醸造機械など設備も揃え、2003年10月、念願のワイナリーを創業し、初仕込みを行った。その後も、少しずつ畑を広げ、ワインの生産量も次第に増加。開業5年目の早い段階で前年2007年産シャルドネが日本ワインコンクールで金賞を受賞。同年、2005年産も洞爺湖サミットのランチで世界の首脳に供された。その後も数々の受賞を重ね、2013年のアフリカ開発会議や2016年の伊勢志摩サミットの晩餐会にワインを提供した。品質への高い評価が口コミで広がり、開業初からつくり手の想いを伝える場をつくろうと併設していたカフェも盛況に。自然の美しい景観の中でブドウが育つ姿やそのブドウからワインがつくられる様を見ながらワインや料理をいただき楽しい時を過ごす。そんな『田園リゾート』の提案が、次第に人々から共感を得ていった。
「私自身もワインづくりはブドウ栽培からということを信念としており、農業をベースにしたライフスタイルは豊かな精神性を感じ、癒されます」
現在、約2万5000本のブドウ栽培と約3万本の醸造をほとんど5人のスタッフで行っており、年中忙しい。1年の仕事は11月、防寒用の藁を巻く作業から始まり、2月には剪定や接ぎ木苗づくり。4月に入ると苗木を植付け、その後誘引。6月下旬から摘芯作業を行う。
その間もずっと除草などの管理作業がある。9月になると収穫が始まり10月中旬まで続く。採ったブドウはすぐに仕込む。まず、房ごと収穫したブドウを除梗破砕機にかけ搾汁機で果汁にした後、タンクに入れて発酵。発酵が終わるとタンクや樽の中で熟成させる。最後に前年に仕込んだワインの瓶詰めを行って1年が終わる。どの作業もきつく多くの時間を要するので省力化と効率化を常々考えていたが、ワインブドウは日本の農業全体の中でウエイトが小さく、垣根式栽培の歴史も浅いため、機械化が遅れていた。外国製はあるが大型すぎるので使えない。
「これから日本ワインが発展していくうえで、日本の実情にあった小回りの利く作業機が必要で、その中でも一番必要なのは摘芯機です」と小西氏から相談されたことをきっかけに、ヤンマーでの摘芯機の開発が始まった。「私も昨年まで試作機を使った試験に協力しており、今年から発売されたので1号機を購入しました。
使ってみるとこれまでの手作業と比べて作業効率が10倍くらい上がりました。身体への負担が大幅に減り、栽培の基本である適期作業が実現できます」と大満足の小西氏。スタッフ達も「短時間にきれいに仕上がり身体が楽」「トラクターもエアコン付きのキャビンだからいつでも快適」とニコニコだ。折りしも東御市では新たな産地づくりと観光化のモデルとするため、同社を含め既存ワイナリーや新規就農者などと共同で荒廃地を造成しブドウ畑をつくるワイン団地事業が進行中。2019年から植栽が始まり数年内に約30haと本州で最大級の畑になるそうだ。当然農作業の機械化や効率化、共同化が急務。ヤンマーも産地とタッグを組み、摘芯機に続いて役立つ機械を提供していこうと開発に邁進している。
同社では日本ワイン全体の振興や地域活性化のために貢献しようと、先頭に立って多彩な活動に取り組んでいる。例えば東日本大震災発生以後、田舎暮らしや地方への移住を考える人が増えており、同社にも相談に来る人が増加。若い人が個人で立ちあげたワイナリーも相次いでおり、それらが集積した「千曲川ワインバレー」が形成されている。これは産業の振興にとどまらず、ワインツーリズムなど観光化まで広がり、地域の大きな活性化につながると期待が大きい。ワインバレーのさらなる発展とそれに伴うワインの一定以上の品質維持を図るためには人材育成と支援体制が不可欠だと同社は真剣に考えており、関連会社として日本ワイン農業研究所(株)を設立し、ブドウ栽培から経営までを体系的に教える「千曲川ワインアカデミー」を開講。民間の講座としては日本初だ。また、ワイナリーを持たないブドウ農家のために醸造の受託も行うほか、畑の取得に困っている新規就農希望者の相談にものる。
一方、消費者に対しても日本ワインのPRと需要拡大のための活動に余念がない。ワインへの深い愛と熱い思いを胸に「ワイン産業の将来性は大。ワイン文化を広め、業界全体を世界レベルに引き上げ発展させたい」という小西氏の高い志が実を結ぶ日は遠くないだろう。
トラクターに乗って、ラクにきれいに摘芯作業!