代表取締役
笠間 勝弘様
笠間 令子様
- 地域 : 石川県河北郡内灘町
- 掲載年 : 2023年
- 作物・作業 : ほうれんそう・小松菜ハウス58棟(1.7ha)、 枝豆2.5ha、さといも60aほか
持続可能な農業に向けて担い手の確保が期待できる「農福連携」。石川県内灘町の笠間農園(以下、同社)では、福祉事業所とその利用者との間に三方良しの関係を築き、規模拡大に成功されている。その背景にある同社の工夫や想いをうかがった。
石川県内灘町の河北潟干拓地(かほくがたかんたくち)で、ほうれんそうと小松菜のハウス栽培を中心に周年栽培を行っている笠間農園。2代目の勝弘さんは、地域の生産者と共に「河北潟」ブランドを確立させ、「河北潟こまつな」の販売などで安定した収入と雇用を生み出し事業を拡大され、14棟からスタートしたハウス栽培を58棟にまで増やしてこられた。現在は、奥さんの令子さんと常勤3名、パート10名、そして「農福連携」で施設外就労に訪れる金沢市とかほく市と内灘町の障がい者福祉事業所利用者(以下、利用者)が、この大規模栽培を支えている。
笠間農園が農福連携を始めたのは2017年の春。障がい者福祉事業所から「利用者を笠間農園で施設外就労させてほしい」という話があり、令子さんが「どうしても受け入れたい」と勝弘さんに相談したことがきっかけだった。令子さんは就農前に作業療法士をされており、農園の仕事を手伝い始めた初日、70~80代の高齢の方が元気いっぱいに働いている姿を見て「農業はリハビリだ!」と感銘を受け、「いつか農業を地域の役に立てたい」という夢を以前から描いておられた。相談を受けた勝弘さんは、農福連携が農業経営の中で成立するのかと不安を感じておられたが、「これまでの作業の流れを崩さない」という令子さんとの約束のもと、1事業所との農福連携に踏み切られた。
比較的簡単な小松菜の収穫作業から委託を始めると、半年後には利用者も作業に慣れ、農園が求める収穫量にも応えてくれた。それどころか、時間のかかる作業でも集中力を途切れさせずに続ける力があることがわかり、勝弘さんの意識も少しずつ変化していった。令子さんは当時を振り返り、「利用者のみんなが私たちの不安な想いを覆し、障がい者も農業で活躍できることを証明してくれたんです」と利用者への信頼感に満ちた表情で話してくれた。その翌年は枝豆の選別や袋詰め作業の委託も始め、契約も2事業所へ、さらに翌年は4事業所へと増やしていった。
委託にあたり同社が大切にしていることが「作業分解」だ。これまでは、播種から収穫、選別、袋詰めまで一連の作業をひとくくりに考えていたが、繰り返し作業が得意な利用者たちには、選別と袋詰めのみを委託し、その他は農家側が担うことで作業量を増やすことができた。作業体制においても、事業所のスタッフ1名と利用者数名のチーム制をとり、チーム全体で目標達成を目指してもらうことで、収穫の量と質を安定的に確保されている。
「どんどん作業をこなす人もいれば、わずかな作業量の方がいてもいいんです。一人ひとりの力をチームで補い合って、全体でやるべき量を頑張ってもらえたら」と令子さん。また栽培面積を広げるには、これまでの手作業では到底追いつかないと考え、2020年に乗用汎用野菜移植機PH20Rを導入。「移植機があったからこそ、拡大できたと思っています。これまで直播でしたが、苗の移植ができるようになったことで出芽しないというロスも無くなりました」とその効果を実感されている。作業体制の確立と利用者の活躍、そして機械化がうまく噛み合ったことで、着々と面積が拡大していき、枝豆の作業委託は6事業所に、2017年に2.5トンだった枝豆の出荷量は2022年には12.2トンに増加した。
取材中、令子さんはハウスで収穫作業を終えた利用者に「前回よりもたくさん収穫できてるね!」と笑顔で声をかけておられた。日頃から伝えることを心がけているというその感謝の言葉が、利用者にとって「社会の役に立っている」という実感になり、この7年間、利用者が笠間農園を就労先として選び続ける一番の理由になっているのではないだろうか。利用者からも「気持ちの良い自然の空気を吸いながら仕事ができて、達成感が格別です」と喜びの声が上がっている。
当初は障がい者との接し方に不安があったという従業員の理解も共に過ごす中で深まっていき、一方で利用者も農園の期待に応えようと作業に打ち込んでいる。両者の姿を見て、「笠間農園には、多様な人材が活躍する共生社会が実現できています」と令子さんは微笑む。さらに、バイタリティにあふれる令子さんは、北陸農政局と金沢医科大学と一緒に実証実験を行い、農業が障がい者の睡眠の質を向上させることを医学的にも立証された。「働き、稼ぐ場所としてだけでなく、心や体に良いことも農福連携の魅力。いつか、作業療法士として農業でリハビリを行うことが私の夢です」。
農福連携への理解をより深めたいと、2021年に「農福連携技術支援者※」の認定を取得されていた令子さんに続き、勝弘さんも2023年1月に同資格を取得された。力を合わせて笠間農園をもっと発展させ、「笠間農園の共生社会のあり方を日本中に広めたい」という令子さんの想いを実現させたいと考えておられる。そのためには、農作物の価値を上げ、笠間農園の経営を強化することも大切と話す勝弘さん。そこで売上拡大を目指して、昨年からは主力作物を小松菜から単価の高いほうれんそうへと切り替えている。
石川県の食材をテーマにした懇親会で、農福連携を応援したいという東京の五つ星ホテルのシェフとも出会い、販路も広げられた。出会いのきっかけはシェフが農福連携を応援していたことだったが、取り引きが継続できているのは、何より生産物の品質が評価されているからだ。「今後もニーズの高い、立派な作物をつくって価値を高めていきたいですね」と話す勝弘さんの目には、経営者としての誇りと責任が宿っている。会社の売上げを賃金として還元することで、「事業所にも利用者にも喜ばれる農園でありたい」と口を揃えるお二人の想いが農福連携の継続を実現させ、同時に笠間農園にとっても収穫・出荷に欠かせない作業の担い手確保につながっていく。その先には、持続可能な農業という未来が広がっているのだろう。
後ろ向きに座るので植付状態を確認しながら作業ができる。水田転作にも適した乗用汎用野菜移植機。