ヤマト運輸 ネットワーク事業開発部 情報ネットワーク戦略課長
畠山和生
2018.06.06
なぜヤンマーがロボティクスか? Vol.02 ロボットで実現する人間の豊かな暮らしとは
創業100周年を機に新しいブランドステートメント「A SUSTAINABLE FUTURE(ASF)」を掲げたヤンマーは、現在豊かな未来の実現のアプローチの一つとしてフィールドロボティクスの研究開発に取り組んでいる。
その研究開発を担当する同社の中央研究所主席研究員・杉浦恒さんが、「ロボネコヤマト」プロジェクトを共同で展開するヤマト運輸とディー・エヌ・エー(DeNA)の担当者とともに、ロボティクスで目指す社会像、現状と課題などについて話し合った。
ディー・エヌ・エー オートモーティブ事業本部 ロボットロジスティクスグループ グループマネジャー
田中慎也
ヤンマー中央研究所主席研究員
杉浦恒
※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。
配送・受け取りの選択肢を増やす「ロボネコヤマト」
杉浦:新しい配送サービス「ロボネコヤマト」プロジェクトの実用実験を神奈川県藤沢市で行われていますね。将来の自動運転社会を見据えた取り組みで、フィールドロボティクスの開発を進めている私たちにとって、とても興味深い取り組みだと感じました。背景を教えてください。
畠山:インターネット通販の急速な拡大を受け、宅配サービスにはさまざまな変化が生まれています。その一つが、受け取り手のニーズの多様化です。インターネットで「自分買い」する人たちは、これまで宅急便を受け取っていたお客さまとはちょっと違う層だと実感するようになりました。これまでもコンビニエンスストアや専用ロッカーなど新しい受け取り方を提供し始めています。今回の取り組みは、自動運転事業を展開しているDeNAさんと組んで、新たな配送・受け取り方法をお客さまに提案するプロジェクトです。
杉浦:具体的には、どんな技術を使ったどのようなサービスなのでしょう。
田中:サービスは2種類あります。保管ボックスを設置した専用EV(電気自動車)が、10分刻みの希望した時間に希望した場所へ宅急便を届ける「ロボネコデリバリー」と、地元商店の商品をインターネット上で一括購入して運んでもらう買い物代行「ロボネコストア」の2つの宅配サービスを実施しています。それを支えるのは、配送経路やスケジュール、突発的オーダーへの対応を効率化させるAI(人工知能)と無人オペレーションです。現在は人が運転していますが、将来的には自動運転を見据えているので、ドライバーが玄関先まで届けるのではなく、お客さまが車まで来てご自身で荷物を取り出す仕組みになっています。
杉浦:このサービスが日本全国で受けられるようになれば、過疎地域に暮らしていても欲しいものが欲しいときに手に入りますね。ヤンマーのロボティクスの狙いの一つとして、農業や漁業の担い手を増やすことがありますが、移住の際には買い物の心配があります。ロボネコヤマトは過疎地域に人を呼び込むという面でも非常に重要な役割を担えるのではないかと感じています。ただ、自動運転が実現しても、配送という要素が入ると、技術的に別の課題が出てきそうですね。
畠山:そうですね。例えば「駐車」の問題があります。実験を行っている藤沢エリアは狭い道が多いんです。お客さまとの待ち合わせ時間は10分単位なので駐車時間は数分なのですが、それでもほかの車の妨げになることがあります。今は有人なので問題ありませんが、今後クリアしなければならない課題の一つですね。
人とロボットの境目はどこにするのか
杉浦:ロボットの活躍の場として、荷物を玄関先まで届ける部分もあるのではと思うのですが、いかがですか。
田中:重い荷物を車まで取りに来ることが困難なお客さまもいるので、ロボットが運ぶという可能性はありますね。
畠山:現在、都市部などで駐車で迷惑をかけないようにドライバーと配達員の2人体制を取っているエリアがあるので、確かにロボットが配達してくれれば、1人で済むかもしれません。ただ、ヤマト運輸のサービスの中核はあくまでも玄関先でお客さまに手渡しするサービスです。多様化するニーズに応えるために「ロボネコヤマト」など新しい取り組みも進めていますが、そこは変えずにいきます。
杉浦:なるほど。お客さまから「ありがとう」と言われることが、ドライバーのモチベーションになっているという話を聞いたことがあります。私も農業のロボット化を考えるとき、未来の農村の姿についてよく話すのですが、農作業をすべてロボットが行い農民たちは都会のカフェでコーヒーを飲んでいる世界って本当に幸せなのか――。
そういう未来もあるかもしれないけれど、一方で農業を経験したことのない人や、年をとって農業がしにくくなった人たちでも農業ができるようにサポートする、そんなロボットも作っていきたい。ヤンマーでは「最大の豊かさを、最少の資源で実現する」というテクノロジーコンセプトを掲げていて、ロボティクスはそれを支える5つの技術カテゴリーの1つと捉えています。つまりロボティクスは手段のひとつであって、最終的に目指すところは、自己実現や生きがいといった幸せを提供することなんです。何でもロボット化すればいいというものではありませんね。人とロボットの境界線は非常に難しいと思います。
田中:ヤマト運輸のドライバーさんは運転・運搬・接客など本当にさまざまな仕事を一人でこなしています。でも今回の取り組みでは基本的に運転以外のことはしなくていい仕組みなので、既存のドライバーとは違ったタイプの人も働いています。人間が担う部分とロボット化できる部分をうまくすみ分ければ、担い手の裾野が広がり人手不足の解消にもつながりそうです。
杉浦:そうですね。現在進めている漁業領域のロボティクス研究で例えると、漁師さんを船に乗せ寝ているうちに漁場に進み、着いたら起きて魚を捕る、というような自動運転の船ができれば、漁業に参入する人が増えるかもしれません。実際に農業では、体力が必要な農薬の散布作業をロボット(ドローン)に置き換えることで、諦めかけていた農業を続けられたという例もあります。もちろんいきなり完全自動化は難しいのですが、人の操作を楽にするところから始めて、徐々にロボットにできることを増やしていくことで、さまざまな産業を支えることができると思います。
田中:今回の自動運転も同じですね。50%を80%とか90%にするのと、99%を100%にするのとでは難しさが全く違います。単に100%自動運転を目指すのではなくて、1%は人が関与する余地を残してでも、社会に役に立つあり方を考える必要がありますね。
人の代替ではなく、ロボットにしかできないことを
畠山:ロボットがどの部分を代替すべきかは、従事する人に聞いたり、実際に仕事の現場に入ってみたりしないと分からないですね。
杉浦:人がやりたいことに集中できるような環境づくりをすればいいんですが、技術者はときどき間違えてしまうんです。全部自動化しようと思ってしまいます。でも例えば収穫を一番の楽しみにしている農家さんにとって、自動収穫ロボットは不要です。ロボットが楽しみを奪っちゃいけませんよね。
田中:それから、使ってもらいやすい工夫も重要だと思います。自動運転やロボットっていうとちょっと冷たいイメージがあると思うんですが、そこに人の温かみみたいなものがうまく交わると、もっと面白いことができるのではないかと思います。
畠山:ロボネコヤマトを視察した弊社の社長から、保管ボックスや操作パネルを一通り体験した後に「利用するお客さまに対してもっと『声かけ』があった方が操作のしやすさとか親しみが湧いていいんじゃない」と言われたことがありました。確かにその通りだと思って、ロボットが発する利用案内音声に少し言葉を増やす改修をしたんです。ささいな変化ですが、こんな風に人の温かみを加えたりすることで、今までのロボットのイメージを一気に超えて受け入れられる。そんなきっかけをもっと見つけていきたいですね。
杉浦:確かにロボットと人間の境目をどうつなげるか、インターフェース技術には工夫が必要ですね。
畠山:実験を始めるまでは、ロボットは人の代替手段だと思っていたのですが、ロボットしかできないことがあると気づきました。例えば、食品類や、規制緩和されれば薬品も、人間よりロボットの方が衛生的なので混載ができるようになるかもしれません。コンビニでの受け取りで、対面だからイヤというお客さまにもロボットは歓迎されますね。
杉浦:ロボットならではの需要を探せば、可能性は広がっていきそうです。「ロボネコヤマト」では今後どのようなステップを視野に入れていますか。
田中:今はニーズの確認の段階。自動運転技術がより高度になったタイミングで初めてビジネスとして成り立つ日が来ると思っています。今回の実用実験中に認知度を高めながら、より多くの人に便利さを感じてもらいたいと思います。自動運転技術にどんな付加価値を付けるか、どのように社会に貢献していくか――。人々の生活を豊かにすることを大前提に考えていきます。
畠山:近年、山間部などの過疎地でバス会社と組み、客貨混載輸送を始めました。こうした地域ではハンドルを握る人自体が少なくなっていますから、ラストワンマイルの担い手も含め、車に高度な運転支援技術が備わってくれば、人手不足にも対応できるようになるかも知れません。こんなふうに地域ごとにマーケティングしながらロボネコヤマトのサービスメニューを多様化し、それぞれの場所に合ったサービスを提供していきたいですね。同時に、ヤマト運輸のセールスドライバーの接遇力、荷物への責任感は大きな財産。この力を支えているのはお客さまの「ありがとう」の一言です。これまで築いてきた関係を維持すべく、さまざまな技術を使ってセールスドライバーをアシストしていきたいと思っています。
杉浦:お二人のお話を伺い、ヤンマーのフィールドロボティクスと物流のロボット化の根本的な課題は一緒だなと感じました。ロボティクスはどうやって社会に受け入れられるかが重要です。実証実験を繰り返しながら完成度を高めていきたいですね。そうすれば世の中も盛り上がりロボット導入のハードルもだんだん下がってくると思います。それからロボット、ロボットというとSFで描かれるような怖い未来を想像し不安になる人もいますが、私たちが目指しているのは、あくまでもヒトが中心でヒトが豊かに暮らせる社会なんだというメッセージを常に発信し続ける努力も必要ですね。貴重なお話ありがとうございました。