1993年12月に誕生し、今シーズンでJリーグ参入30周年を迎えるセレッソ大阪。
これまで数え切れないほどの歓喜や興奮、
そして失意や絶望を
すべての“セレッソファミリー”と共有しながら、
桜の歴史を一つずつ刻んできた。
ここでは、そんな忘れ得ぬクラブヒストリーを
各シーズンごとに振り返っていく。
チーム一丸となってJFLの頂点に立ち悲願の“Jリーグ”の舞台へ
1993年12月に前身のヤンマーディーゼルサッカー部を母体に「セレッソ大阪」が発足。迎えた94年のクラブ初年度は、初代監督パウロ エミリオのもとJFLに挑んだ。Jリーグ昇格条件の2位以内を目指して開幕から順調に白星を重ねると、その後も攻守の要を担った森島寛晃や神田勝夫らを軸に躍進を続け、リーグ最終節で見事にJFL優勝を達成。発足1年目にしてJ昇格を決めた。さらに、天皇杯ではJリーグ勢のヴェルディ川崎、浦和レッズ、横浜マリノスを次々と撃破する快進撃を見せ準優勝。“桜旋風”を巻き起こした。
- シーズンデータ(JFL)
- [監督]パウロ エミリオ
[成績]
◯JFL:優勝(26勝4敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:1回戦敗退
◯天皇杯:準優勝
TOPICS
- 「セレッソ大阪」誕生
- 1993年12月9日、大阪サッカークラブ株式会社を設立し、披露パーティーを開催。公募により決定したチーム名「セレッソ大阪」を発表した。
- Jリーグ昇格決定&JFL優勝
- 10月20日、台風の影響で延期となっていた藤枝ブルックス戦を延長戦の末に制し、2位以内が確定。創設1年目でJリーグ昇格を決めると、続く最終節も3-1で快勝。見事JFL優勝も成し遂げた
- 天皇杯で見せた快進撃
- JFLで勝利を積み重ねて自信をつけた桜の戦士は天皇杯でも快進撃を披露。Jリーグ勢を次々に撃破し、準優勝を果たした
- 1993年12月、プロ化推進室長を務めていた鬼武健二氏が大阪サッカークラブ株式会社の初代社長に就任した
3月8日、旗揚げ試合としてウルグアイのペニャロールと対戦。0-0の引き分けに終わった - 武田亘、トニーニョ、神田、久高、森島、マルキーニョスの6選手がJFLベストイレブンに選出。武田はベストGK賞にも輝いた。
- シーズン終了後に「’94御堂筋パレード」へ参加。Jリーグ昇格を市民に報告した
夢の舞台に初チャレンジ
記録にも、記憶にも残る1年に
念願だったJリーグの舞台。セレッソは元ブラジル代表GKジルマールを獲得し、カウンターを主体に初のトップリーグに挑戦した。迎えた開幕戦は、敵地でサンフレッチェ広島と対戦。延長戦までもつれ込む熱戦の中、途中出場の山橋貴史がクラブのJリーグ第1号ゴールとなる決勝点を叩き込み、初陣でJリーグ初勝利を収めた。その後はJリーグの高い壁の前に勝ち負けを繰り返したものの粘り強い戦いを続け、昇格1年目は年間8位という成績で終えた。攻撃の中心として奮闘した森島は年間11ゴール。ベストイレブンに初選出された。
- シーズンデータ(Jリーグ)
- [監督]パウロ エミリオ
[成績]
◯Jリーグ:8位
サントリーシリーズ:9位(13勝13敗)
NICOSシリーズ:10位(12勝14敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:―
◯天皇杯:2回戦敗退
TOPICS
- 元ブラジル代表GK加入
- ブラジル代表の一員として94年アメリカW杯優勝を経験したジルマールが加入。抜群のセービング力はもちろん、高いプロ意識はチームに好影響を与えた
- 開幕戦でJリーグ初勝利
- 広島と激突した開幕戦。延長戦に突入した熱戦にピリオドを打ったのは、途中出場の山橋だった。113分に劇的なVゴールを挙げ、初勝利へ導いた
- ミスターセレッソ、初のベストイレブン
- JFLで勝利を積み重ねて自信をつけた桜の戦士は天皇杯でも快進撃を披露。Jリーグ勢を次々に撃破し、準優勝を果たした
- ヤンマー時代から慣れ親しんだ尼崎グラウンドを離れ、練習拠点を舞洲へ移転した
- 5月21日に行われたスコットランド戦で森島が日本代表デビューを飾った
- 4月下旬にエミリオ監督が狭心症により入院する不測の事態がチームを襲う。それでも大事には至らず、6月中旬からはベンチに戻った
- Jリーグ昇格に大きく貢献した功労者の久高、佐々木が現役を引退
新ホームスタジアムが完成も
シーズンを通じて苦しい戦いに
2ステージ制から1ステージ制へ移行した96年は開幕10試合で3勝7敗と、黒星が大きく先行する苦しい立ち上がりとなる。5月にはエミリオ監督が辞任。楚輪博コーチが監督へ昇格することに。なかなか勝利を挙げられない中、92年から行っていた長居陸上競技場の改修工事が完了。新たなホームの完成を機に巻き返しを図ったが、シーズンを通じて接戦をモノにできず13位でフィニッシュ。また、Jリーグ昇格に大きく貢献したマルキーニョスがこの年限りで退団。多彩なパスで観客を魅了した桜の初代司令塔が、惜しまれつつブラジルへ帰国した。
- シーズンデータ(Jリーグ)
- [監督]パウロ エミリオ→楚輪 博(5月〜)
[成績]
◯リーグ:13位(10勝20敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:グループステージ敗退
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- 留学帰りの西澤がJデビュー
- 95年の加入後、オランダへ留学していた西澤が約11カ月ぶりに復帰し、Jデビュー。リーグ戦14試合出場3ゴールをマークした
- 初の指揮官交代
- 開幕8試合で1勝7敗とまさかの不振に陥り、5月に監督交代を決断。初代監督を務めたエミリオ(左)から楚輪(右)に指揮官の座が引き継がれた
- 長居陸上競技場の改修完了
- 改修工事を行っていた“新ホーム”長居陸上競技場がついに完成。7月27日にはブラジルのボタフォゴを招き、こけら落としマッチを開催した
- 桜の初代司令塔、マルキーニョスが96年限りで退団。その卓越したテクニックは多くの桜サポーターを虜にした
- 7月3日のヤマザキナビスコップ福岡戦で大量8ゴールを奪取。チーム最多得点記録を叩き出した
- Jリーグ第13節市原戦から第22節広島戦まで、チーム最長となる泥沼の10連敗。第23節京都戦も先制を許すが、マノエルと西澤のゴールで何とか連敗を止めた
第一次クルピ政権発足
「土台」を作り上げた1年
前年の不振から這い上がるべく、レヴィー クルピ新監督を招聘。選手のコンディション管理を徹底し、90分間走り続けられる土台作りに着手した。再び2ステージ制を採用したリーグ戦で上位進出を狙うセレッソだったが、日本代表招集により森島と西澤が不在となる試合が続く。その中で横山貴之が11得点、7月に加入したクラウジーニョが8得点と攻撃を牽引。しかし、上位に食い込むことは叶わなかった。チームが変革を続ける中で、守護神ジルマールが1stステージ限りで引退。選手・サポーターに愛された名手がピッチを去った。
- シーズンデータ(Jリーグ)
- [監督]レヴィー クルピ
[成績]
◯Jリーグ:年間11位
1stステージ:11位(7勝9敗)
2ndステージ:8位(9勝7敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:グループステージ敗退
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- リーグ史上初のKリーグ出身選手が誕生
- 94年アメリカW杯で韓国代表の背番号10を背負った高正云が加入。KリーグからJリーグに進出した初めてのプレーヤーとなった
- 守護神が現役を退く
- 95年からゴールマウスを守り続けたジルマールが1stステージ限りで引退。ラストマッチでは両チームの選手から胴上げされ、現役生活を終えた
- 横山、クラウジーニョが得点量産
- 日本代表招集により森島、西澤を欠く試合が増える中、横山(左)がチーム最多の11得点。さらに2ndステージから加入したクラウジーニョ(右)も8点を挙げ、主力不在の穴を埋めた
- 5月21日の韓国戦で西澤が日本代表デビュー。以降は森島とともにコンスタントに招集された
- 8月23日の大阪ダービーで横山が決めたゴールがJリーグ通算4000得点となる節目の1点に
主将就任、18得点、W杯出場
モリシが飛躍のシーズンを送る
V川崎をJリーグ2連覇に導いた松木安太郎が新監督に就任して迎えた開幕戦は大阪ダービー。敵地でのダービーは未勝利だったが、森島と横山の得点により2-1で制し、ついに初勝利を飾った。その勢いのまま開幕4連勝を果たすも、以降は3失点以上が実に12試合と守備の不安定さが目立つ1年に。それでもガンバ大阪に2勝するなど、しぶとく勝ち星を重ね、年間順位は9位だった。この年からキャプテンに就任した森島は、7戦連続得点を含む18得点。さらにはフランスワールドカップにも出場するなど飛躍を遂げ、名実ともにチームの顔となった。
- シーズンデータ(Jリーグ)
- [監督]松木安太郎
[成績]
◯Jリーグ:9位
1stステージ:9位(8勝9敗)
2ndステージ:13位(7勝10敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:グループステージ敗退
◯天皇杯:3回戦敗退
TOPICS
- Jリーグ初代優勝監督を招聘も……
- 新たな指揮官に松木監督が就任したが、不安定な戦いが続いてリーグ戦、カップ戦ともに負け越し。わずか1年でセレッソを去った
- 大阪ダービー、敵地初勝利
- リーグ開幕戦で実現した大阪ダービーでは序盤に先制を許すも、41分に森島、87分に横山がゴールネットを揺らして逆転。敵地での初勝利を飾った
- 覚醒した新・主将
- 同年からキャプテンに就任した森島はキャリアハイの18得点を挙げるなど獅子奮迅の大活躍。日本代表も常連となり、フランスW杯にも出場。セレッソにW杯戦士が誕生した
- セレッソ大阪サッカースクールが開校。幼稚園、中学校巡回指導がスタートした
- 1stステージ第6節磐田戦で9失点の大敗。Jリーグワースト失点記録に
- 森島が開幕戦から7試合連続でゴールを決め、Jリーグ記録を樹立
- 1stステージ最終節の柏戦では激しい打ち合いの末、5-7で敗戦。両チーム合わせて12得点は、Jリーグの1試合最多得点記録
- 守備の要としてチームを統率した元日本代表の勝矢が現役を退いた
自慢の攻撃陣が力を誇示
過去最高位の6位でフィニッシュ
セレッソにとって初めての欧州出身監督であるベルギー人のレネ デザイエレが指揮を執った99年は、欧州仕込みの組織的なサッカーがチームに浸透し、開幕から順調に勝ち星を量産。その中でも攻撃陣の活躍は目覚ましく、韓国代表FW黄善洪がリーグ戦で24得点を挙げてクラブ史上初の得点王に輝いたほか、西澤が1stステージ第5節柏レイソル戦でわずか7分間でハットトリックを達成するなど、リーグ最多となる64ゴールを記録。3得点以上の試合が10試合とシーズンを通じて自慢の攻撃陣が躍動し、クラブ史上最高の6位でフィニッシュした。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]レネ デザイエレ→副島博志(12月〜)
[成績]
◯J1リーグ:6位
1stステージ:5位(10勝5敗)
2ndステージ:5位(9勝6敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:2回戦敗退
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- レネ監督のもと攻撃力爆発
- 初の欧州出身監督として指揮を執ったレネ監督(左)に率いられたチームは得点力が大幅に向上。リーグ最多64得点を挙げ、年間6位に
- クラブ史上初の得点王が誕生
- 加入2シーズン目を迎え、チームにフィットした黄善洪が24ゴールをマーク。セレッソ初の得点王に輝くと、ベストイレブンにも選出された
- “お祭り男”森島がMVP獲得
- ホーム・長居で開催されたJリーグオールスター。森島がJ-WESTを勝利に導くゴールを奪い、MVPに輝いた。ちなみに森島のオールスター通算得点数は歴代1位の6得点。まさに“お祭り男”だ
- 98年フランスW杯に出場した韓国代表MF盧廷潤が加入。背番号10を背負い、黄善洪とのコリアン・コンビでチームを引っ張った
- 6月8日にイタリアのペルージャと親善試合を実施。結果は0-2で敗れた
- 9月22日、J昇格に大きく貢献したレジェンドの一人、久高氏が36歳で他界。悲しみに包まれた
静寂に包まれたホーム
4万人が言葉を失った“悲劇”
中盤の要として元日本代表MF田坂和昭、韓国代表MF尹晶煥を獲得。盤石の体制を整えたチームは、1stステージで大躍進。開幕戦こそ落としたが、その後は森島、西澤、盧廷潤ら代名詞の攻撃陣が前年同様に高い得点力を示して勝点を加算。最終節、ホームの川崎フロンターレ戦に勝利すれば1stステージ優勝という舞台を整えた。しかし、下位をさまよう相手に延長戦でまさかの敗戦。あと一歩のところで初優勝を逃し、静まり返ったホームの光景はまさに“長居の悲劇”だった。続く2ndステージは9位に終わるが、年間順位では前年を上回る5位を記録した。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]副島博志
[成績]
◯J1リーグ:5位
1stステージ:2位(10勝5敗)
2ndステージ:9位(7勝8敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:2回戦敗退
◯天皇杯:ベスト8
TOPICS
- 中盤に実力者が加入
- 攻守に存在感を示す元日本代表の田坂(左)、韓国代表の尹晶煥(右)が加入し、中盤の安定感や構成力が向上。優勝争いに食い込む基盤ができた
- 最強コンビがゴールを量産
- 森島(左)、西澤(中央)がリーグ戦で揃って15得点を挙げ、ベストイレブンに。J最強コンビとも謳われた抜群の連係は、相手の脅威となった
- 涙に暮れた“長居の悲劇”
- 初優勝に王手をかけて迎えた1stステージ最終節の川崎F戦。勝てば優勝が決まる一戦だったが、15位に低迷する相手にまさかのVゴール負け。あまりのショックにスタジアムは静まり返った
- 練習場が旧舞洲グラウンドから、南津守さくら公園スポーツ広場へと移転。敷地内にはクラブハウスも併設された
- 前年の天皇杯から監督代行を務めていた副島氏が新監督に就任。1stステージの躍進に導いた
- シーズン終了後、西澤が海外挑戦を表明。スペインのエスパニョールへ期限付き移籍した
最後まで歯車が噛み合わず
初のJ2降格が決定……
争奪戦の末に獲得した高卒ルーキーの大久保嘉人を筆頭に、岡山一成、大柴健二ら即戦力を迎え入れた01年だったが、開幕5試合未勝利と序盤戦から低迷。8月20日には副島博志監督を解任し、鹿島アントラーズを数々のタイトル獲得に導いたジョアン カルロスに白羽の矢を立てる。しかしシーズン前に海外移籍した西澤の穴を埋め切れず、2ndステージ第12節FC東京戦に敗れ、3試合を残して初のJ2降格が決定した。それでも天皇杯では鹿島や浦和などの難敵を破り決勝に進出。清水エスパルスとの元日決戦は延長戦の末に敗れたが、名勝負を演じた。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]副島博志→ジョアン カルロス(8月〜)
→西村昭宏(11月〜)
[成績]
◯J1リーグ:16位
1stステージ:14位(3勝2分10敗)
2ndステージ:16位(5勝10敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:1回戦敗退
◯天皇杯:準優勝
TOPICS
- 3冠ルーキー加入&最速ハットトリック
- 国見高で高校3冠を達成した大久保(左)が加入し、1年目から20試合出場2得点を記録。1stステージ第14節柏戦、途中出場の眞中(右写真右)がわずか3分間でハットトリック。J最速記録を塗り替えた
- 不振に陥り、初の降格を味わう
- 1stステージで3勝2分10敗と大きく出遅れると、2ndステージも開幕から7連敗。最後までスランプから抜け出せず、3試合を残してJ2降格が決まった
- 決勝進出もあと一歩及ばず
- 降格決定後、気持ちを切り替えたチームは公式戦7連勝。天皇杯では元日の決勝まで勝ち進んだが、清水に2-3で敗れ初戴冠はならなかった
- 強化担当だった大西副社長がチームの成績不振を理由に7月に辞任退職した
- 低迷したクラブは8月、11月と2度の監督交代を決断。J2降格は決まったが、降格後に就任した西村監督政権下では7勝1敗と結果を残した
- J2に降格したものの、森島や尹ら主力の多くがチームに残留した
“2桁カルテット”が躍動
最多得点を挙げ1年でJ1へ復帰
前年途中にジョアン カルロスから指揮を引き継いだ西村昭宏監督のもとで挑んだクラブ史上初のJ2。欧州でプレーしていた西澤が2年ぶりに復帰を果たし、1年でJ1に戻ることを誓った。強力なセレッソ攻撃陣を前に守備を重視した戦術で対抗する対戦相手が多かったものの森島、トゥルコビッチ、大久保、眞中靖夫の4人が2桁ゴールを奪取。終わってみればリーグ最多の93得点と圧倒的な攻撃力でリーグを席巻し、第43節アルビレックス新潟戦で昇格を争うライバルに3-0と快勝を収め、昇格圏内の2位以内が確定。1年でのJ1復帰を決めた。
- シーズンデータ(J2リーグ)
- [監督]西村昭宏
[成績]
◯J2リーグ:2位(25勝12分7敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:―
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- 桜の戦士3人がW杯メンバーに選出
- 森島(中央)、西澤が日本代表、尹晶煥が韓国代表の日韓W杯メンバーに選出。その中でも森島は長居開催のチュニジア戦で値千金の決勝点を決め、日本初のベスト16進出の立役者となった
- 圧倒的な攻撃力を披露
- 森島(左写真右)、トゥルコビッチ(左写真中央)、大久保(右写真)、眞中の4選手が2桁ゴール。年間93得点と圧巻の攻撃力を見せつけた
- 1年でのJ1復帰を決める
- J1昇格を懸けた第43節新潟戦で3-0と快勝。昇格圏内の2位以内を確定させ、J1復帰が決定。歓喜の輪ができ、西村監督の体が宙を舞った
- 2月に頭蓋骨にひびが入る重傷を負った眞中がシーズン途中に復帰。大ケガを感じさせないプレーで13得点をマークした
- 第19節山形戦から第32節甲府戦まで14戦無敗を記録。安定した強さで勝点を積み上げた
後半戦で失速し、リーグ戦は中位
天皇杯では“3度目の涙”を流す
1年で舞い戻ったJ1の舞台。1stステージ第2節清水戦で5-4と乱打戦に競り勝ち復帰後初白星を飾ると、その後も粘り強く勝利を積み重ね5位でシーズンを折り返す。しかし、2ndステージでは前半戦の好調を維持できず、開幕10試合でわずか1勝と大不振に。10月からは西村に代わりヘッドコーチの塚田雄二が監督に就任したものの流れは変わらず、結局、年間9位でJ1復帰初年度を終えた。それでも天皇杯では接戦を制して3度目の決勝進出。ジュビロ磐田との決勝に臨んだが、最後まで相手の堅守を崩せず完封負け。初戴冠はならず、またも涙を飲んだ。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]西村昭宏→塚田雄二(10月〜)
[成績]
◯J1リーグ:9位
1stステージ:5位(8勝1分6敗)
2ndステージ:12位(4勝3分8敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:グループステージ敗退
◯天皇杯:準優勝
TOPICS
- 背番号10の新エースが躍動
- 同年から「10」を託された大久保(中央)が日本人最多得点となる16ゴールを奪取。9得点を挙げたバロン(手前)とともに絶大な存在感を示した
- セリエAの強豪と親善試合
- 6月4日にパルマとフレンドリーマッチを開催。イタリアの強豪クラブを相手に2-2で引き分けた
- “3度目の正直”ならず
- G大阪、神戸、鹿島を破って決勝へと駒を進めた天皇杯。94年、01年に続く3度目の檜舞台だったが、最後まで磐田の牙城を崩せず、0-1で無念の敗戦。またも日本一に手が届かなかった
- 選手として、監督として、スタッフとしてヤンマー時代からクラブに貢献したネルソン吉村氏が11月1日に他界。桜を愛する誰もが肩を落とした
- 12月にクラブ創設10周年を迎えた
開幕前から不測の事態発生も
土壇場でJ1残留を果たす
監督就任が決まっていたナドべザ ペーターが持病によって来日できなくなり、急遽ファド ムズロビッチが指揮官に就任。しかしながら準備不足は否めず、開幕から公式戦3試合未勝利に終わると、クラブはすぐに解任を決断する。だが、ヘッドコーチから昇格したアルベルト ポボルも勝点を得られず、1stステージはまさかの最下位に。7月には小林伸二を新指揮官として招聘し、再建を託すも流れは変わらず、2ndステージも苦戦。それでも、いよいよJ2降格が見えてきた終盤戦でチームが奮起。ラスト4試合を無敗で乗り切り、土壇場で残留を決めた。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]ファド ムズロビッチ→アルベルト ポボル(4月〜)
→小林伸二(7月〜)
[成績]
◯J1リーグ:15位
1stステージ:16位(2勝4分9敗)
2ndステージ:12位(4勝4分7敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:グループステージ敗退
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- 公式戦3試合で監督解任。そして泥沼へ
- J1リーグ史上最短の公式戦3試合でムズロビッチ監督(左)を解任すると、後任のアルベルト監督(中)も結果を出せず、7月に2度目の監督交代。小林監督(右)体制でも苦戦は続いた
- 最終節で劇的なJ1残留
- J1生き残りへ向け、わずかな望みを残して迎えた2ndステージ最終節。1-1で迎えた86分、大久保がPKを決めて新潟に2-1で勝利。この結果、年間15位に浮上し、逆転でのJ1残留を勝ち取った
- エース大久保が海外移籍
- 15得点を挙げ、J1残留の原動力となった大久保のシーズン終了後のマジョルカへの期限付き移籍が決定。ホーム最終戦ではセレモニーが催された
- 大久保が日本代表としてアテネ五輪に出場。2ゴールを記録したが、チームはグループステージ敗退を喫した
- 夏に加入した古橋が2ndステージだけで5得点と高い得点力を示し、苦しむチームを救った
15戦無敗の快進撃で首位に立つも
待ち受けていた悲劇のシナリオ
1ステージ制へ移行した05年。前年の不振からの脱却を図るセレッソだったが、開幕3連敗を喫し不穏な空気が漂う。それでも第4節名古屋グランパス戦を森島の決勝弾で1-0と制すと、そこから猛チャージ。第19節清水戦から第33節横浜FM戦まで15戦負けなしの快進撃を続け、最終節を前に首位に立つ。迎えた最終節FC東京戦は、勝てば優勝が決まる歴史的な一戦。セレッソは2-1とリードし初優勝に手をかけるが、アディショナルタイムにまさかの失点。2-2のドローで5位まで転落し、歓喜に沸き返るはずだった長居は、またも悲劇の舞台となった。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]小林伸二
[成績]
◯J1リーグ:5位(16勝11分7敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:ベスト8
◯天皇杯:ベスト4
TOPICS
- ブラジルトリオが躍進の原動力に
- 新加入のブルーノ クアドロス(左)、ファビーニョ(中央)、ゼ カルロス(右)が個々の持ち味を遺憾なく発揮し、チームの勢いを加速させた
- 待ち受けていた悲劇的な結末
- 勝てば優勝が決まるリーグ最終節FC東京戦。西澤が2得点を挙げ2-1と試合をリードするが、終了間際に痛恨の被弾。手にしかけていた悲願の初優勝はまたしても目前ですり抜けてしまった……
- 吉田&古橋がベストイレブンに
- 躍進を支えた吉田(左)と古橋(右)がベストイレブンに初選出。また、ルーキーの前田は優秀新人賞、小林監督は功労特別賞に輝いた
- 現チームの最古参である藤本、丹野が同シーズンに加入。藤本はルーキーながら初優勝を懸けたリーグ最終節でもピッチに立った
- 7月28日にセリエAのフィオレンティーナと親善試合で対戦。結果は0-3と完敗を喫したが、貴重な経験を積み上げた
- 平均観客動員が過去最多の1万7,648人を記録。リーグ優勝を争うチームの動向を多くのサポーターが見守った
次代を担う若き才能が揃うも
大不振に陥り、2度目のJ2降格
香川真司、山下達也ら期待のルーキーに加え、柿谷曜一朗がトップ昇格を果たし、若手有望株が揃ったセレッソ。前年の快進撃もあり期待と注目を集めたが、開幕8試合で1勝1分6敗と開幕ダッシュに失敗し、4月に小林監督を解任。塚田監督が2度目の途中就任を果たすが、その後も第17節大宮アルディージャ戦まで勝利から見放されてしまう。この苦境を打開するべく、8月に元日本代表MF名波浩を獲得。前半戦はわずか1勝だったチームが少しずつ白星を重ねるが、大きな出遅れは取り戻せず、リーグ最終節で川崎Fに敗れ5年ぶりのJ2降格が決定した。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]小林伸二→塚田雄二(4月〜)
[成績]
◯J1リーグ:17位(6勝9分19敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:ベスト8
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- 次代を担う桜の原石
- アカデミー以外では前例がなかった高校卒業前のプロ入りを果たした香川(左)、クラブ史上最年少でプロ契約した柿谷(右)が桜の一員に。柿谷は第33節大宮戦でクラブ最年少出場記録を更新した
- エース帰還&名パサーの加入
- 6月に大久保(左)がスペインのマジョルカから復帰。さらに8月には日本代表の10番として活躍した名波(右)が磐田から期限付き移籍で加入。低迷するチームの立て直しに尽力した
- クラブ史上2度目のJ2降格
- 開幕から低空飛行を続け、巻き返せないまま16位で迎えた最終節。勝てばJ1・J2入れ替え戦に出場できる状況だったが、川崎Fに1-3で競り負け17位に転落。2度目のJ2降格が決まった
- 第9節広島戦でキックオフから8秒で失点。J最速失点という不名誉な記録を作る
- シーズン終了後、大久保や西澤ら主力が退団。チームの再編を迫られた
次訪れたチームの変革期
世代交代を推し進めた1年に
前身のヤンマーディーゼルサッカー部発足から50周年を迎えた07年。新監督に都並敏史を招き、若手中心の選手構成でJ1復帰に挑んだが、開幕3連敗を喫するなど波に乗れず。5月にクルピが2度目の監督就任。香川のサイドMF起用や小松塁のスタメン抜擢など大胆な選手起用で改革を進めながら、勝点を積み重ねるが、前半戦の借金が響き昇格圏内には届かなかった。それでもJリーグ初得点を挙げた香川や柿谷が随所に才能を見せつけたほか、同年に育成サポートクラブ「ハナサカクラブ」を設立。“育成型クラブ”としての礎を築く1年となった。
- シーズンデータ(J2リーグ)
- [監督]都並敏史→レヴィー クルピ(5月〜)
[成績]
◯J2リーグ:5位(24勝8分16敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:―
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- 第二次クルピ体制スタート
- 1復帰を目指して都並監督(左)を招聘したが、開幕3連敗を喫するなど不調が続き、5月に監督交代。97年以来の復帰となったクルピ監督(右)が指揮を託され、チームの再建を図った
- 大型ストライカー小松が覚醒
- クルピ監督によってレギュラーに抜擢された小松がゴールを量産。18得点を挙げた古橋に続くチーム2位の12ゴールを挙げ、攻撃の中核を担った
- 柿谷J2最年少ゴール&香川J初得点
- 第12節草津戦で柿谷(左)がJ2最年少得点記録を更新するゴールを決めて才能の片鱗を見せると、第17節水戸戦では香川(右)が左足でネットを揺らしてJ初得点。桜の宝石たちが輝きを放った
- 育成組織(U-18、U-15、U-12、レディース)をサポートすることを目的とした育成サポートクラブ「ハナサカクラブ」が発足した
- U-20W杯に香川と森島康が出場。日本はグループステージを首位通過し、16強に進出した
“ミスターセレッソ”が引退
背番号8を次代のエースに託す
序盤戦は勝ち負けを繰り返す不安定な戦いが続いたものの、第10節愛媛FC戦から7連勝を飾って勢いに乗る。一時は昇格圏内の2位をキープし、J1復帰への期待も高まった。しかし中盤戦で2度の3連敗。最終的には4位となり昇格を逃した。また同年は一時代が幕を閉じるシーズンに。18年の長きわたりセレッソで活躍し続けた“ミスターセレッソ”森島が引退を表明。ラストマッチとなった最終節愛媛戦では、終了間際に香川との交代で出場。試合後は胴上げで仲間やサポーターから送り出され、代名詞でありエースナンバーの「8」を香川に託した。
- シーズンデータ(J2リーグ)
- [監督]レヴィー クルピ
[成績]
◯J2リーグ:4位(21勝6分15敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:―
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- 乾の加入で攻撃が活性化
- 6月、横浜FMからの期限付き移籍で乾が加入。デビュー2戦目で初得点を挙げると、その後も香川らとの息の合った連係で攻撃を勢いづかせた
- 次代のエースが10代で代表デビュー
- 香川が平成生まれの選手として初めて日本代表に選出。5月のコートジボワール戦で代表デビューを飾ると、10月のUAE戦では代表初得点も決めた
- “ミスターセレッソ”がピッチを去る
- 森島のラストマッチとなったJ2最終節。終了間際に香川との交代でピッチに立った森島は、最後の雄姿を披露。桜一筋で18年間走り続けてきた男は試合後、エースの証“8番”を香川に託した
- 香川が北京五輪日本代表メンバーに選出され、グループステージ全3試合に出場。しかし3戦全敗に終わり、世界の壁を痛感した
- 小松が16得点を記録。香川と並ぶチーム最多得点を挙げ、ストライカーとしての地位を確立した
連勝街道をひた走り
4年ぶりのJ1復帰を果たす
前年途中に期限付き移籍加入していた乾が完全移籍し、西澤が3年ぶりに復帰。さらに、「アジア枠」でキム ジンヒョン、ブラジルからマルチネスを補強し、盤石の体制を整えた09年は開幕5連勝と絶好の滑り出し。その後も、J2得点王に輝いた8番・香川を中心とした高い得点力で安定した強さを発揮し、第36節から12戦無敗。そして上位をキープしたまま迎えた第48節ザスパ草津戦での勝利により、昇格圏内の2位以内が確定。4年ぶりのJ1復帰が決まった。その一方で、同年限りで西澤が現役を引退。森島に続き、桜の顔がユニフォームに別れを告げた。
- シーズンデータ(J2リーグ)
- [監督]レヴィー クルピ
[成績]
◯J2リーグ:2位(31勝11分9敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:―
◯天皇杯:2回戦敗退
TOPICS
- 香川がJ2得点王&シーズン100得点
- 「8」を受け継いだ香川(左)が期待に応える27得点の大活躍でJ2得点王に。また、「10」を背負ったマルチネス(右)、20得点を挙げた乾が絡む攻撃は破壊力抜群で、チームとして年間100得点を奪った
- 念願のJ1復帰を達成
- 第48節草津戦に5-0と大勝し、3試合を残してJ1復帰が決定。開幕直後から圧倒的な攻撃力で昇格圏内をキープし続ける安定した強さを誇った
- 西澤が現役生活にピリオド
- 同年から復帰した西澤。ケガの影響から思うようなプレーはできなかったが、絶大な存在感で若いチームを支えた。11月に引退を発表し、ホーム最終戦のセレモニーには“相棒”森島も駆けつけた
- ハナサカクラブ1期生である山口、丸橋がトップチームに昇格。“育成型クラブ”として大きな第一歩を刻んだ
- 「アジア枠」で加入したキム ジンヒョンが守護神として君臨。J1復帰に大きく貢献した
- 前年に引退した森島がアンバサダーに就任。シーズン後にはJリーグ功労選手賞を受賞した
3シャドーが大活躍
J1復帰初年度で初の快挙
攻撃陣に清武弘嗣や家長昭博、守備陣に茂庭照幸や上本大海を獲得し、J1仕様の戦力を揃えた10年。前半戦限りで香川がドイツへ旅立ったが、乾・家長・清武の3シャドーが“8番不在”を埋める大活躍。さらに、守備でも実績十分の茂庭と上本が期待どおりのパフォーマンスを示して上位に進出する。そしてリーグ最終節で磐田に6-2と完勝を収めると、J1復帰初年度にして過去最高の3位に浮上し、初のAFCチャンピオンズリーグ出場権を獲得。同年に改修を終えたキンチョウスタジアムでの快挙達成に、詰めかけた多くのサポーターと喜びを分かち合った。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]レヴィー クルピ
[成績]
◯J1リーグ:3位(17勝10分7敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:グループステージ敗退
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- 香川がドイツへ&新加入組が躍動
- 香川(上)が前半戦限りでドイツへ移籍。不在の影響が危惧されたが、新加入の清武(左)と家長(右)が2列目で乾と3シャドーを結成。14得点を挙げたアドリアーノとともに見事に穴を埋めた
- もう一つのホームが完成
- キンチョウスタジアムの改修工事が完了。球技専用スタジアムならではの臨場感が魅力で、第17節川崎F戦でこけら落とし試合が行われた
- 初のACL出場権獲得
- リーグ最終節、アドリアーノの4得点などで磐田に6-2と完勝。ACL出場圏内の3位に浮上し、クラブ史上初となるアジアの舞台への切符を手にした
- 扇原、永井、杉本がトップチームに昇格。永井はルーキーながらリーグ戦7試合に出場した
- 前年に引退した西澤がアンバサダーに就任した
- 茂庭、家長、乾が優秀選手賞を受賞。上位進出の立役者となった活躍が評価された
アジアの舞台で宿敵を撃破
初のACLでベスト8まで勝ち進む
前年の躍進に貢献した家長やアドリアーノらが退団し、また東日本大震災による日程変更等の影響もあり、開幕直後は勝点を伸ばせず低迷。さらに8月には乾がドイツへ移籍し、厳しい台所事情に。それでも初参戦のACLではグループステージを2位で突破し、ラウンド16で実現したアウェイでの大阪ダービーにも1-0で勝利。宿敵を下してアジア8強をつかむと、ヤマザキナビスコカップでも8強、天皇杯では4強とカップ戦で結果を残す。しかしリーグ戦は12位と下位に沈み、クルピ監督の退任が決定。誰からも愛された指揮官が、桜にさよならを告げた。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]レヴィー クルピ
[成績]
◯J1リーグ:12位(11勝10分13敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:ベスト8
◯天皇杯:ベスト4
◯AFCチャンピオンズリーグ:ベスト8
TOPICS
- ACLで宿敵・G大阪を粉砕
- ラウンド16で実現した大阪ダービー。敵地に乗り込んだ大一番は互いに一歩も譲らない緊迫の展開となるが、88分に高橋が豪快な決勝弾。アジアの舞台でライバルを下し、喜びを爆発させた
- 乾がドイツへ旅立つ
- セレッソラストマッチの第19節鹿島戦で自ら惜別のゴールを決めた乾。試合後はチームメート、スタッフ、サポーターの誰もが温かく彼を見送った
- 愛された指揮官が退任
- J1復帰、そして初のACL出場へと導いた指揮官が同年限りで退任。最終戦のセレモニーではクルピ監督自身も涙を流し、別れを惜しんだ
- 東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチに日本代表メンバーとして乾が、Jリーグ TEAM AS ONEメンバーとして茂庭が出場。またセレッソは京都とのチャリティーマッチも開催した
- チームは下位に低迷したが、25試合出場7得点と奮起した清武がベストイレブンに初選出された
体制の刷新で不振を脱却
若手抜擢で好循環が生まれる
柿谷や山下がチームに復帰し、下位に終わった前年からの巻き返しを誓うが、セルジオ ソアレス新監督の戦術が思うように浸透せず下位をさまよう。夏には清武、キム ボギョンが海外へ移籍した一方で、元ブラジル代表MFシンプリシオを獲得。また、8月にはクルピが3度目の監督就任。体制を大きく変えて不振脱出を試みる。しかし一度狂った歯車はなかなか噛み合わず、後半戦もJ1残留を争う展開に。それでも11得点を挙げた柿谷、2種登録ながらトップデビューした南野ら若き才能の台頭もあり、最終節の川崎F戦で何とか自力でJ1残留を果たした。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]セルジオ ソアレス→レヴィー クルピ(8月〜)
[成績]
◯J1リーグ:14位(11勝9分14敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:ベスト8
◯天皇杯:ベスト8
TOPICS
- 復帰した桜の至宝が輝く
- 期限付き移籍していた徳島から2年半ぶりに復帰した柿谷が11ゴールを挙げる大活躍。残留争いに巻き込まれたチームを引っ張り、優秀選手賞を受賞した
- 主力の入れ替わり
- 夏にチームの陣容が大きく変更。清武(左)、キム ボギョンが海外移籍した一方で、元ブラジル代表のシンプリシオ(右)を獲得。新たなチーム編成で低迷からの脱却を目指した
- 第三次クルピ体制&新星登場
- 8月、クルピ(左)が3度目となる監督就任。若手を積極的に起用する中、第32節大宮戦では2種登録の南野(右)がJデビューを果たした
- 山口、扇原、東京Vへ期限付き移籍中の杉本、キム ボギョン、海外移籍した清武がロンドン五輪に出場。3位決定戦では日韓戦が実現した
- キンチョウスタジアムがJリーグベストピッチ賞を受賞
“育成”が開花した1年
3年ぶりにACL出場権を手にする
前年にデビューした南野を筆頭に、U-18から4選手が昇格。若手とベテランが融合したチームは、14年ぶりのJ1開幕戦勝利を皮切りに3連勝と最高の船出を飾る。中盤戦以降も10戦無敗を記録するなど上位争いを展開。6位で迎えた最終節、敵地で浦和を5-2と撃破して4位に浮上し、3年ぶりのACL出場権を手にした。そんな実り多き1年の中でとりわけ輝いたのが柿谷。同年から背番号8を受け継ぐと、34試合出場21得点を記録した。その柿谷に加え、山口と扇原がアカデミー出身者初の日本代表入りを果たし、“育成のセレッソ”が花開いた1年となった。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]レヴィー クルピ
[成績]
◯J1リーグ:4位(16勝11分7敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:ベスト8
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- 8番を受け継いだ桜の申し子が覚醒
- エースナンバーを背負った柿谷がキャリアハイとなる21得点と大暴れ。ベストイレブン、最優秀ゴール賞、フェアプレー個人賞と数々の賞を手にした
- 香川率いる赤い悪魔と親善試合
- 欧州屈指の名門マンチェスターUとのフレンドリーマッチを長居で開催。OB香川が出場した一戦で、若き杉本、南野がゴールを挙げて存在感を示した
- 桜出身の才能たちが飛躍
- 7月に柿谷、山口、扇原がアカデミー出身者として初の日本代表選出。12月のJリーグアウォーズでは柿谷と山口がベストイレブン、南野(写真下)がベストヤングプレーヤー賞に輝き、チームとしても最優秀育成クラブ賞を受賞した
- トップチームの拠点が南津守から舞洲へ移転。リニューアルした舞洲は練習場、クラブハウスともリーグトップクラスの充実した設備に
- 東アジア杯に柿谷、山口、扇原が出場し、優勝に貢献。柿谷は得点王、山口は大会MVPに輝いた
- 12月にクラブ設立20周年を迎えた
世界的FW獲得で初優勝を狙うも
まさかのJ2降格に終わる
欧州ビッグクラブで活躍し、南アフリカW杯ではMVPに輝いたフォルランを獲得。ランコ ポポヴィッチを新監督に迎え、初優勝へ向け陣容を整えたが、序盤戦から不安定な戦いに終始。ACLこそ地力を見せて16強に進んだが、リーグ戦での低迷脱却にはつながらず、6月にはマルコ ペッツァイオリに指揮官が交代。7月に海外移籍した柿谷の後釜として、8月に元ドイツ代表FWカカウが加入し、顔ぶれを新たに挽回を狙うも状況は好転せず。9月からはアカデミー部門の責任者だった大熊裕司に指揮を託すが、流れを変えられぬまま無念のJ2降格が決まった。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]ランコ ポポヴィッチ→マルコ ペッツァイオリ(6月〜)
→大熊裕司(9月〜)
[成績]
◯J1リーグ:17位(7勝10分17敗)
◯ヤマザキナビスコカップ:ベスト8
◯天皇杯:ベスト8
◯AFCチャンピオンズリーグ:ベスト16
TOPICS
- W杯MVPプレーヤーが桜の一員に
- 世界的ストライカーであり、南アフリカW杯では得点王&MVPに輝いたフォルランが加入。大阪ダービーで2得点を挙げるなど高い決定力を見せた
- ブラジルW杯に3選手が出場
- サッカー王国で開催されたW杯。セレッソからは日本代表に柿谷(左)と山口(右)、ウルグアイ代表にフォルランが選出され、最高峰の舞台で躍動した
- 柿谷が海外挑戦を決断
- 7月、柿谷のバーゼル移籍が決定。第12節川崎F戦がラストマッチとなり、試合後のセレモニーではレジェンドの森島、大久保から花束を渡され、涙ながらに新天地での活躍を誓った
- 2度目の出場となったACLは、ベスト16に進出。ラウンド16で広州恒大に敗れたが、アジアの舞台で着実に経験値を高めた
- 8月に元ドイツ代表FWカカウを獲得。途中加入ながら5得点を挙げ、その実力を示した
- 平均入場者数が2万1,627人と歴代最多を記録
ベテランを迎えて心機一転も
まさかの結末でJ1復帰を逃す
ブラジルの名門サンパウロFCをクラブワールドカップ制覇に導いたパウロ アウトゥオリを新監督に招聘。元日本代表の玉田圭司や関口訓充ら経験豊富なベテランを補強し、新編成で臨んだ中、開幕6戦無敗と順調な船出を飾る。しかし、その後は勝点を伸ばせずJ1自動昇格圏外に。夏にはフォルランとカカウが契約満了により退団。さらに最終節前に監督交代が発表されるなど混迷を極め、リーグ戦は4位。J1昇格プレーオフでも決勝のアビスパ福岡戦で1-0とリードして迎えた終了間際に痛恨の失点を喫し、万事休す。最後の最後でJ1への道が閉ざされた。
- シーズンデータ(J2リーグ)
- [監督]パウロ アウトゥオリ→大熊 清(11月〜)
[成績]
◯J2リーグ:4位(18勝13分11敗)
◯J1昇格プレーオフ:準優勝
◯ヤマザキナビスコカップ:―
◯天皇杯:1回戦敗退
TOPICS
- 経験・実績十分のベテランが加入
- 日本代表経験のある玉田(左)や関口(右)ら即戦力のベテランを獲得。玉田はチーム最多タイの10得点、関口も豊富な運動量や熱いプレーで貢献した
- ビッグネームがチームを去る
- 契約満了によりフォルラン(左)、カカウ(右)が夏に退団。フォルランは前半戦だけで10得点を挙げ、圧巻の得点力を見せつけた
- プレーオフで勝ち切れずJ1復帰を逃す
- シーズンを4位で終え、J1昇格プレーオフに出場。リーグ最終戦から指揮を執った大熊清監督(右)のもと一丸となって挑んだが、決勝の福岡戦で終了間際に被弾。あと一歩のところでJ1復帰を逃した
- 1月、杉本が川崎F、南野がレッドブル・ザルツブルクへ移籍することが発表された
- リーグ最終節を前にパウロ アウトゥオリ監督が退任。急遽、強化部門の責任者だった大熊清が監督に就任した
- シーズン終了後にキャプテンを務めていた山口のドイツ・ハノーファーへの移籍が決定
“復帰組”の生え抜きが牽引
プレーオフを制し、3年ぶりのJ1へ
柿谷、杉本が復帰、ソウザや松田陸ら即戦力も獲得する大型補強でJ1復帰への強い決意を見せると、開幕8試合負けなしと序盤から首位争いを展開。しかし第17節V・ファーレン長崎戦で主将の柿谷が負傷。暗雲が立ち込めるが、14得点と奮闘した杉本が不安を払拭する。さらに夏には山口がドイツから帰還し、陣容はより強力に。迎えた2年連続の昇格プレーオフ。準決勝の京都サンガF.C.戦をケガから復帰した柿谷のゴールで勝ち抜くと、決勝のファジアーノ岡山戦では新加入の清原翔平が値千金の決勝弾。苦しみながらもJ1への切符をつかんだ。
- シーズンデータ(J2リーグ)
- [監督]大熊 清
[成績]
◯J2リーグ:4位(23勝9分10敗)
◯J1昇格プレーオフ:優勝
◯ヤマザキナビスコカップ:―
◯天皇杯:3回戦敗退
TOPICS
- 復帰した生え抜きFWが牽引
- J1復帰へ導くべく柿谷(左)、杉本(右)が復帰。柿谷は負傷に苦しみながらも主将としてチームを引っ張り、杉本もチーム得点王となる14得点を奪い、新たな得点源として存在感を誇示した
- ドイツから前キャプテンが帰還
- 6月に山口がハノーファーから復帰し、新加入のソウザ、山村とともに中盤の底で奮闘。その一方で出場機会が減少した扇原は名古屋へ移籍した
- 全員でつかんだJ1復帰
- 前年と同様、リーグ戦4位でプレーオフに出場。決勝は雨中決戦となったが、新加入MF清原(右)が挙げた1点を全員で守り抜き、念願のJ1復帰を達成。ようやく“いるべき場所”へ戻る権利を手にした
- U-23チームが発足し、J3に参戦。若い才能の鍛錬の場、そしてトップチームで活躍できる選手の輩出を目的に活動がスタートした
- ソウザ、ブルーノ メネゲウ、リカルド サントスのブラジルトリオが加入。しかし7月、調子を上げていたブルーノが長春亜泰へ引き抜かれた
- シーズン終了後、3年ぶりのJ1復帰へ導いた大熊監督が退任した
リーグ、カップ戦ともに大躍進
初タイトルを含む“2冠”達成
セビージャから清武が舞い戻り、クラブ初のOB指揮官として尹晶煥が就任。開幕直後は足踏みが続いたが、新監督が掲げる堅守&ハードワーク、勝負にこだわるサッカーがJ1で猛威を振るい、第11節広島戦から9戦負けなしと無類の強さを発揮。夏場に失速したことで最終順位は3位だったが、J1復帰初年度でACL出場権をつかんだ。さらに、カップ戦でも躍進は続き、ルヴァンカップ、天皇杯ともに決勝へ進出。いずれの決勝も苦しんだが、これまでの勝負弱さを振り払うかのように勝ち切り、J参入から無冠が続いていたチームが一気に2冠を達成した。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]尹晶煥
[成績]
◯J1リーグ:3位(19勝6分9敗)
◯YBCルヴァンカップ:優勝
◯天皇杯:優勝
TOPICS
- 初のOB監督誕生&電撃復帰
- かつては選手として輝きを放った尹晶煥(左)が初のOB監督に。ハードワークと勝利への執念を植えつけた。2月にはセビージャから清武(右)が電撃復帰。J随一の技術でサポーターを魅了した
- 3度目のACL出場権獲得
- 杉本が自身最多の22得点と爆発。さらに堅い守備とハードワークで勝ち切る強さも示し、J1復帰1年目でリーグ3位と躍進。翌年のACL出場を決めた
- カップ戦で“2冠”を達成
- “ルヴァン組”とも呼ばれたカップ戦メンバーの奮闘によりルヴァン杯、天皇杯は連戦連勝。決勝ではバトンを引き継いだ主力組も勝負強さを見せ、両大会ともに優勝。なかなか届かなかったタイトルを一気に2つも勝ち獲り、歓喜は最高潮に達した
- 第25節FC東京戦に勝利した時点で残留が決定。J1昇格プレーオフによって昇格したチームとしては史上初となるJ1残留を果たした
- 監督・選手全員で参加したJリーグアウォーズは受賞ラッシュ。個人では尹晶煥監督が優秀監督賞、山口と杉本がベストイレブン、柿谷がフェアプレー個人賞に輝き、チームとしてもJ1、J3それぞれのフェアプレー賞を受賞した
大胆な選手起用も実らず
功労者、尹晶煥監督が退任
リーグ王者の川崎Fと相まみえた富士ゼロックススーパーカップで優勝。幸先のいいスタートを切ったかと思われたが、ACL参戦やW杯開催による過密日程もあり、チームは徐々に疲弊。指揮官は大胆なターンオーバー制を導入して選手の負担軽減を図ったが、ACLで初のグループステージ敗退を喫するなど結果を残せず。夏場以降はリーグ戦でも勝ち切れず停滞感に包まれると、チームの一体感も薄れてしまい、順位はさらに下降。結果、クラブはリーグ戦2試合を残して尹晶煥監督の退任を発表。初タイトル獲得に導いた功労者がチームを去った。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]尹晶煥
[成績]
◯J1リーグ:7位(13勝11分10敗)
◯YBCルヴァンカップ:ベスト8
◯天皇杯:4回戦敗退
◯AFCチャンピオンズリーグ:グループステージ敗退
TOPICS
- ゼロックス杯初出場&初戴冠
- 天皇杯王者として初めて臨んだゼロックス杯で、リーグ王者の川崎Fを3-2で撃破。シーズン開幕を告げるビッグマッチでタイトルを手にした
- アジアの舞台で力を示せず……
- 3度目となるACLの舞台だったが、ターンオーバーを用いた中で思うように結果を残せず。グループ3位に終わり、初のグループステージ敗退を喫した
- 2冠に導いた指揮官が退任
- 2年連続のACL出場権獲得を狙ったリーグ戦は夏から失速し、シーズン途中に尹晶煥監督(左)の退任を発表。それでもシーズン最終戦で横浜FMに会心の逆転勝利を飾り、功労者に惜別の白星を送った
- 5月に社名を「株式会社セレッソ大阪」に変更
- ロシアW杯代表メンバーに山口とキム ジンヒョンが選出。山口は3試合に出場した
- スルガ銀行杯に初出場もインデペンディエンテに0-1で惜敗。タイトル獲得はならなかった
- 年間を通じて最もフェアプレーを見せたチームに贈られるフェアプレー賞高円宮杯を初受賞
- シーズン終了後に山口が神戸へ、杉本が浦和へ移籍。生え抜き2人がチームを去った
- 12月にクラブ創設25周年を迎えた
- 12月21日、かつてエースとしてセレッソを牽引した森島の社長就任が発表された
スペイン人指揮官のもと新たな船出
堅守を構築し、5位に食い込む
東京Vを率いていたロティーナ監督を招へいし、新たな船出をきった。選手に高度な戦術理解を求める“ポジショナルサッカー”は、戦術の浸透に時間を要し序盤こそ黒星を重ねたが、5月から4-4-2に切り替えたことも奏功し躍進。杉本や山口、山村らが抜けた穴を都倉、B・メンデス、奥埜、藤田らが埋め、勝点を積み重ねた。優勝争いにはあと一歩届かなったが、堂々の5位でフィニッシュ。失点数「25」はリーグ最少で、クラブとしても歴代最少を更新した。15年間、セレッソ一筋で走り続けた藤本が現役を引退。翌年からアンバサダーに就任した。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]ロティーナ
[成績]
◯J1リーグ:5位(18勝5分11敗)
◯YBCルヴァンカップ:プレーオフステージ敗退
◯天皇杯:4回戦敗退
TOPICS
- “ロティーナ・セレッソ”が始動
- スペインの智将・ロティーナが新監督に就任。選手一人ひとりの立ち位置を重視するポジショナルサッカーは、日を追うごとに完成度を高めていった
- 堅守を構築し、失点数歴代最少記録を更新
- ポジションに徹底的にこだわる緻密で堅実なサッカーは、守備組織が大いに機能。34試合で25失点と鉄壁を誇り、J1におけるクラブ歴代最少記録を更新した。その堅守に貢献したGKキム ジンヒョン(写真)とDFマテイ ヨニッチは優秀選手賞を受賞
- 桜の功労者がピッチを去る
- 2005年に高卒ルーキーとして加入し、15年間にわたってセレッソでプレーした藤本が2019シーズン限りで現役を引退。ホーム最終戦では引退セレモニーを開催し、ピッチとチームメートたちに別れを告げた
- “ミスター・セレッソ”森島が社長に就任。クラブOBの元選手がJクラブの社長に就任するのはJリーグ全体で2例目となった
- ボランチを本職とする奥埜がFWにコンバートされゴールラッシュ。チームトップタイの7得点を挙げた
- 第27節、G大阪との大阪ダービーはB・メンデスらのゴールで3-1の快勝。実に7年ぶりとなるダービー勝利に長居が沸いた
コロナ禍に翻弄されながら奮闘
ACLプレーオフ出場権を手にする
ロティーナ体制2年目は「優勝」を目指してスタートしたが、新型コロナウイルスの影響によりJリーグは約4カ月にわたって中断。7月に再開したものの、過去に例をみない過密日程が組まれ、かつ無観客試合も行われるなど異例尽くしの中、チームは難しい戦いを強いられた。それでも、完成度の髙い“ポジショナルサッカー”を武器に上位を進撃。新加入の坂元が右サイドから次々とチャンスを作り、攻撃を活性化した。10月以降にやや失速したことで最終順位は4位。ACLプレーオフ出場権を手にしたが、クラブはロティーナ監督との契約満了を決断した。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]ロティーナ
[成績]
◯J1リーグ:4位(18勝6分10敗)
◯YBCルヴァンカップ:ベスト8
◯天皇杯:─
TOPICS
- クラブ史上初、瀬古がニューヒーロー賞に輝く
- プロ3年目の瀬古がクラブ初の快挙となるルヴァンカップのニューヒーロー賞を受賞。Jリーグのベストヤングプレーヤー賞も獲得し“ダブル受賞”を果たした
- ロティーナ監督が退任
- 緻密な戦術をチームに植えつけたロティーナ監督が契約満了により退任。リーグ4位へと導き、ACLプレーオフ出場権を置き土産にチームを去った
- U-23チームが5年間の活動に幕
- 2016年に発足し、J3リーグに参戦していたセレッソ大阪U-23が活動を終了。「トップで通用する選手の育成」の役目を果たし、高校生を含む多くの若手が実戦経験を積み上げた
- クラブOBでもある梶野が7年ぶりに帰還。チーム統括部長としてクラブを支えていくことに
- リーグ再開初戦となったアウェイでの大阪ダービーに2-1で勝利。敵地でのG大阪撃破は実に17年ぶりとなった
- チームの大黒柱であり主将の清武がシーズンを通じて好調を維持。8得点・8アシストとキャリアハイを記録した
シーズン中に監督交代となるも、
小菊新監督がチーム再建に成功
前年に引き続きコロナ禍での開催となったJ1リーグ。クラブはレヴィー クルピ監督に指揮権を託し、「魅せる攻撃サッカー」へと舵を切った。15年ぶりに復帰した大久保が開幕戦ゴールを挙げるなど好調な滑り出しを見せたが、攻守のバランスを欠いたチームは徐々に勢いを失い白星が遠のく。8月下旬には湘南に大敗してクルピ監督が退任。コーチを務めていた小菊が指揮官に就任した。時を同じくして乾が10年ぶりに復帰。3年ぶりに挑戦したACLはラウンド16で敗退したが、ルヴァンカップでは決勝に進出。惜しくも名古屋に惜敗したが、小菊監督がチームを立て直すことに成功し、来シーズンへの希望を抱かせる内容でシーズンを終えた。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]レヴィー クルピ→小菊昭雄(8月~)
[成績]
◯J1リーグ:12位(13勝9分16敗)
◯YBCルヴァンカップ:準優勝
◯天皇杯:ベスト4
TOPICS
- ヨドコウ桜スタジアムが完成
- 大規模改修を終えたヨドコウ桜スタジアムが7月から稼働を開始。ピッチとスタンドが近く、ホーム感をより強く演出できる本拠地を手にした
- 3年ぶりのACLはラウンド16で敗退
- 3年ぶりにACLに出場。タイでの集中開催となったグループステージは無敗で突破した。迎えたラウンド16は韓国の浦項に0-1と競り負け、大会から姿を消した
- 復帰した大久保が現役引退を発表
- 15年ぶりに電撃復帰を果たした大久保は開幕からゴールを重ね健在ぶりをアピールした。しかし、11月に引退を発表。J1リーグ最多得点記録保持者が、惜しまれながらスパイクを脱いだ
- 川崎Fや名古屋で監督を歴任した風間がアカデミー技術委員長に就任
- 1年遅れで開催された東京オリンピックに瀬古が参加。女子でも宝田、林、北村とセレッソ出身選手が大舞台を踏んだ
あと一歩、目標には届かず
ルヴァン杯でも準優勝に終わる
小菊監督体制2年目。「絆」、「ハードワーク」、「アグレッシブ」。指揮官はこの3つをキーワードに挙げ、リーグ3位以内とタイトル獲得を目標に掲げ始動した。序盤は勝ち負けを繰り返して安定を欠いたが、5月以降は攻守が噛み合い躍進。公式戦6連勝など勝利を重ねる中で新加入の山中、毎熊、鈴木、ジェアン パトリッキらが活躍してチームに厚みをもたらした。ルヴァンカップでは決勝に進出するも、広島に逆転負け。2年連続、悔しさ噛みしめた。J1リーグでは9月以降に失速。最終節まで「3位以内」の可能性を残したが、最終的に5位でフィニッシュした。
- シーズンデータ(J1リーグ)
- [監督]小菊昭雄
[成績]
◯J1リーグ:5位(13勝12分9敗)
◯YBCルヴァンカップ:準優勝
◯天皇杯:ベスト8
TOPICS
- 2年連続ルヴァンカップ決勝で涙
- 「昨年の忘れ物を取りにいく(小菊監督)」を合言葉にルヴァンカップで勝ち上がったものの、決勝は広島相手に1-2の逆転負けを喫した
- 北野が最年少記録を更新
- プロ契約を結んだ17歳の北野が3月のルヴァンカップ鹿島戦で初ゴール。17歳6カ月17日でのゴールはカップ戦でのクラブ最年少記録となった
- レディースのWEリーグ参入が決定
- 堺レディースが23-24シーズンからWEリーグに参入することが9月に決定した。2010年にU-15レディースとして発足し足掛け12年。“プロ”として大きな一歩を踏み出すことになった
- 2016シーズンまで16年間在籍した酒本が鹿児島で現役を引退し、第4代アンバサダーに就任した
- 第11節鳥栖戦に出場したキム ジンヒョンが、J1リーグ通算334試合出場とし、J1における外国籍選手最多出場記録を更新した
- U-18とU-15がそろって日本クラブユースサッカー選手権大会を制覇。さらに堺ガールズも日本クラブユース女子サッカー大会で優勝し、アカデミー3冠の偉業を成し遂げた