「海外では自分を表現できないと
生き残っていけない」
香川真司と林穂之香が語る理想のボランチ像と
欧州挑戦の価値
香川真司と林穂之香。年齢としては10学年離れている両者だが、セレッソ大阪で育ち、プレーの舞台を欧州に移し、主戦場は中盤と、多くの共通点がある。香川は今シーズン、12年半ぶりにC大阪へ復帰し、チームの中心として奮闘。林はイングランドFA女子スーパーリーグ初挑戦を終えたばかり。そんなタイミングで、二人による初の対談が実現した。ちょうど今月20日に開幕する「FIFA 女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド 2023」に挑む「なでしこジャパン」メンバーが発表された翌日。やや緊張の面持ちで対談に臨んだ林だが、初のイングランドでのプレーで感じた悩みや経験を打ち明けるにつれ、“先輩”である香川の言葉も熱を帯び、対談は大いに盛り上がった。(取材日:2023年6月14日)
香川:W杯メンバー選出おめでとうございます!
林:ありがとうございます!
お二人は10学年、離れていますが、面識はありますか?
二人:初めてですね。
香川:いま25歳ですか?
林:はい。
香川:若いですね(笑)。セレッソでは何年プレーしていましたか?
林:中学1年生で入って、10年間です。
香川:そこから欧州へ?
林:はい。スウェーデンに行って、今はイングランドです。
香川:すごいですよね、ウェストハムでプレーするなんて。
レディースに入った当時、香川選手の印象は?
林:香川さんのことは小学生のころからずっと見ていました。一番覚えているのは、レディースのセレクションで面談があって、「憧れの選手は誰ですか?」という質問に「香川選手」と答えたことです。
香川:うれしいです(笑)
林:それを昨日、思い出して、一気に緊張しました(笑)
香川:いやいや、緊張しなくていいですよ(笑)
初対面ということですが、香川選手の林選手に対する印象は?
香川:ずっとレディースのチームを引っ張ってきた選手ということは聞いています。W杯の日本代表にも選ばれたということで、僕自身もW杯を経験した身として、彼女にとっても、今回がいい対談になればいいなと思います。
林:よろしくお願いします。
という理想像
最初のテーマは“ボランチ論”。欧州ではトップ下やインサイドハーフを務めることが多かった香川だが、現在のC大阪ではボランチでプレー。円熟味を増したゲームメイクや要所を押さえた守備など、チームの中心として引っ張っている。林はC大阪堺レディース時代からボランチ一筋。攻守に抜群のセンスで中盤を切り盛りしてきた。ポジショニングも含めた“サッカー脳”にも優れた二人はピッチで何を考え、プレーしているのか。頭の中を覗いてみた。
お互い、ポジションは中盤ですが、試合中に心掛けていることは何でしょうか?
林:私はずっとボランチでプレーしているのですが、レディースにいたときは、真ん中から全体に気を配ることを意識していました。守備のときはカバーに入る、攻撃ではサポートに回る。ただ、途中から自分をガンガン出していくことも大事だと思い、大人になるにつれ、両立できるようになってきたと思います。いまは両方をさらに高めていくことを心掛けてます。
香川:海外は日本以上に自分を表現できないと生き残っていけない厳しい環境ですよね。僕も経験してきたので、そこでやっていくことがどれだけ難しいことか分かります。イングランドでは、女子の試合も観客が多いですよね?
林:日本に比べたら多いですね。小学生、中学生くらいの女の子が見に来てくれます。
香川:文化やサポーターも含め、サッカーをやる環境が欧州は成熟しているから、幸せな環境ですよね。
香川選手がボランチとして試合を作る上で大事にされていることは何ですか?
林:メッチャ聞きたいです(笑)
香川:ボランチは最近始めたばかりで、理想はありますけど、現実としてその理想を披露できているかと言えばまだまだギャップはあります。サッカーはチームスポーツではありますが、個人スポーツでもあると思っていて、いかに自分の長所をチームに落とし込んで、力を証明できるか。それはどのポジションであっても大事だと思っています。もちろんトップ下や前目のポジションでずっとやってきましたから、そこでのプレーに慣れている分、ボランチになるとプレースタイルの変化は必要です。守備も求められるポジションで、自分の良さを出せる回数はトップ下に比べて多くはないですが、ラスト3分の1のエリアでボールを受けてゴールに直結するプレーにどれだけ関われるかは意識しています。
チームのことも考えながら、いかに自分を出すか。そこはお互いに共通するテーマですね。
二人:そうですね。
香川:ウェストハムでは、どのポジションをやっていますか?
林:[4-3-3]の6番(ピボーテ)か8番(インテリオール)です。チーム事情や相手によって変わります。
香川:ピボーテとインテリオール、両方やるんですね!
林:はい。6番の選手が欠場すれば、6番をやったり。
香川:6番タイプで好きな選手は?
林:幼いころから見ていたのは(セルヒオ)ブスケツ選手です。
香川:間違いないですね。6番であの選手に適う選手はいないと僕も思っています。
林:ブスケツ選手みたいになりたいんですけど、ギャップがあり過ぎて…(苦笑)
香川:憧れを持ち過ぎてもよくないので、自分は自分で(笑)
林:そうですね(笑)
香川:クラブでは、守備に専念することのほうが多いですか?
林:バランスを見て、守備から攻撃にいく感じです。セレッソでは前に上がっていくプレーも得意にしていたので、前に行きたい気持ちと、バランスを見なアカンなという気持ちと。
香川:そう!日本人は気が利くから、どうしてもバランスを意識する役割になることが多いですよね。
林:バランサー的に使われがちです(苦笑)
香川:個が強い選手が多い中で、日本人は使い勝手がいいと思われていることが多いですよね。でも前に行ける能力があるなら、自分の持っているモノは大事にしてほしいです。
林:セレッソではずっと「点を取れるボランチになれ」と教わってきました。10年間、意識してやってきたので、身に付いている部分もあります。それを欧州でも出していきたい思いもあるのですが、イングランドでの1年目は、あまり発揮できなかったです。
「点の取れるボランチ」は、香川選手もプロ入り後に目指していた姿ですよね?
香川:そうですね。ゴールもアシストもできるボランチは理想です。僕もプロに入った当初はボランチで、いかにボランチからドリブルで運んでゴールを取れるかを意識していました。それまでのボランチは、ゲームを作るタイプが多かったけど、点を取れるボランチにあこがれていたので。林選手も自分の理想像や大事にしているプレーを、イングランドでも求めていってほしいと思います。
林:ありがとうございます!
「自分の武器を忘れてはいけない」
香川がC大阪を離れたのは2010年の夏。ボルシア・ドルトムントでブンデスリーガを連覇するなど欧州でセンセーショナルな活躍を見せた若者が次に選んだ舞台はプレミアリーグだった。マンチェスター・ユナイテッドという伝統のビッグクラブでもがき、戦い続けた経験は、血となり肉となり、現在の自身にも生かされている。一方の林は、欧州初挑戦となったスウェーデンを経て、昨季からウェストハム・ユナイテッドFCウィメンでプレー。フィジカル的にもタフなリーグで生き抜く術は何か。自身の経験をもとに語り合った。
ここからは、“欧州(イングランド)でのプレー”をテーマに進めていきます。
先ほども話に出ましたが、やはり周りには個が強い選手が多いですか?
林:そうですね。特に女子は男子に比べてフィジカルの差が顕著に出やすい。パワーやスピードでは圧倒されます。私は真ん中なので、スプリント勝負することはあまりないですが、サイドの選手は1対1でゴリゴリ来る選手が多いです。
香川:僕もトップ下かインテリオール、10番か8番が自分のベストポジションだと自覚していましたし、ウィングは無理でした(笑)
林:香川選手も体格差やスピード差を感じていましたか?
香川:無茶苦茶ありました。チームで一番小さいほうでしたし、スピードも自分より速い選手が多かったです。でも、フィジカルで勝負して勝てるわけがないからこそ、自分の武器を忘れてはいけないと思います。技術的なことや、仲間を生かすことなど、そういうところで日本人選手の能力は発揮しやすいはずです。
参考になりそうな意見ばかりですね。
林:はい!
香川:大きくベースを変える必要はないと思います。技術を評価されてプロになって、欧州までいっているわけですから。海外にいくと、良くも悪くも刺激が入って、自分のプレーを見失うこともあると思います。そうなったときに立ち返る場所として、自分のベースがあるに越したことはないから、そこは大事にしてほしいです。
自分を見失うことは、ありますか?
香川:悩んだりしますよね?
林:悩むことは、ありますね(笑)
相談と言っても、チームメートやスタッフとは言語が違うので、
深いところでは解決できないこともあると思いますが、どう解消するのですか?
林:まず練習を全力でやることを心掛けます。うまくいかない試合が1ヶ月くらい続いてコンディションやメンタルが落ちても、変わらず練習に注力していると、何がきっかけか分からないですが、パッとうまくいくことがあります。
香川:流れが変わることはありますよね。
林:そうなんです!そのタイミングが今回は1ヶ月とかで来てくれたから良かったですが、悩む期間が2ヶ月、3ヶ月と続いたら怖かったなと思います。そういう期間ってありましたか?
香川:もちろん僕にもありました。だけど林さんも言っていたとおり、いいトレーニングをしていれば、絶対に時間が解決してくれます。いいメンタリティーで毎日を過ごせていたら、波に乗れるタイミングは必ず来る。結局のところ、日頃の積み重ねが大事なんですよね。2、3試合悪くても、やることをしっかりやっていれば、必ずその瞬間は訪れます。日頃の練習を大事にして、質が高い練習ができていたら、それをきっかけにまた自信も生まれるし、そうなれば試合で結果も付いてきます。海外での生活は孤独ですし、自分を見失いがちです。自信を失ったり、悩んだり。でも、確かな実力があるから欧州でプレーしているわけで、自分の良さをあらためて自分に言い聞かせながら、地道にやっていくことが大切なんですよね。そして、結果を残す。こればかりは自分で勝ち取るしかないです。
林:そうですね。
悩む時間も含めて、欧州で成長している実感もありますか?
林:そうですね。多分、日本で、セレッソでずっとやっていたら、ここまで悩むことはなかったと思います。できるプレーも増えて、22歳くらいになって、ここから伸びるためにと考えたときに…。
香川:新しい環境、厳しい環境を求めたんですね。
林:はい。
香川:そういう意味では、うまくいかないことも成長できるきっかけになるし、壁を乗り越えたら、もっといい選手になっていけるはずです。いいですね、いい環境でプレーできていると思います!
林:フフフ(笑)
香川選手の目も輝いていますね(笑)
香川:成長するために、環境はものすごく大事なんですよ。そういう環境でプレーしていることに誇りをもってほしいですし、自信をもってほしい。欧州で苦しみながら戦い続けている選手のことは、リスペクトしかないです。
林:この1年間、苦しいことも多かったですが、頑張ってきて良かったです(笑)
共感することは多いようですね。
香川:本当にそうなんです。「このまま自分のプレーができない時期が続いたらどうしよう」という不安に駆られたり、負の連鎖に陥ったり。でも、そういう時に日本代表の活動があったり、夏とか冬にブレイクがあったり、クリスマスや年末年始に家族と美味しいご飯を食べてまた頑張ろうと思えたり、そこで良くなることもあるんです。
林:日本に帰って家族と会うだけで全然違いますね(笑)
香川:気分転換になりますよね。 流れを変えるきっかけはたくさんあるので、悩んでも大丈夫。頑張って欲しいです。
林:ありがとうございます!
香川:女子のほうが男子以上に環境は厳しいと思うので、世界で活躍しているなでしこの選手をもっとメディアでも取り上げてほしいですね。
林:そこは自分たちのW杯の結果次第だと思います。
香川:結果で(注目を)勝ち取ることは大事ですよね。でもあまり気負い過ぎなくてもいいと思います。欧州でプレーしていることに誇りをもってほしいです。W杯はもちろんだけど、来季のプレミアリーグも楽しみにしています。
林:今日は響く言葉をいっぱいもらったので、励みにしながら、めっちゃ頑張ります!(笑)
セレッソの未来のために
対談の締めは、“自身にとってのセレッソ大阪と未来”。二人にとって出発点であるクラブは、ともに今年が節目の年。12月にクラブ創設30周年を迎える男子のトップチームに対し、レディースは来シーズンから女子のトップカテゴリーであるWEリーグに参入。国内最高峰の舞台でしのぎを削る。男女で切磋琢磨する環境になり、クラブにとっての新たな船出を前に、両者が語るセレッソの未来とは。
現在の自分を作ってくれたクラブであることは間違いないと思いますが、お二人にとって“セレッソ大阪”とは?
林:中1からの10年間、伸びる時期にプレーして、いまの自分のプレースタイルを作ってくれました。サッカー、チームのことを考えることも全部セレッソで教わったので、セレッソがなかったら、たぶんいまここにいないですし、サッカーを続けていたかも分かりません。育ててもらった大事な場所ですね。
香川:僕もプロに入って、セレッソでプレーして、日本代表や海外に行くことができたので、同じ思いです。
香川選手は、クラブにレディースができた意義はどう考えますか?
香川:同じサッカー選手として、女子サッカーが盛り上がることはサッカー人気が上がるのと同じことなので、うれしいです。サッカーの影響力、子どもたちに与える影響力はものすごく大きくて、日本でプレーしている選手はもちろんのこと、海外で頑張っている選手は男女を問わず、もっともっと日本人にメッセージを送れると思います。異国の地で孤独な中で戦っているわけで、サッカーを超えたチャレンジをしているわけですから。林選手のことも、セレッソから羽ばたいた一人の選手として、もっともっと注目してほしいですね。
レディースは来シーズンからWEリーグに参入します。ぜひ林選手からエールをいただけたらと思います。
林:すでにセレッソのスタイルはしっかりあると思いますし、みんなでずっとやってきたからこそ表現できることもあると思います。WEリーグ参入1年目から、しっかり戦えるはずです。ずっと一緒にやってきたメンバーが今のチームメートにもいますし、後輩たちも厳しい練習をしていることは分かるので、あとは「自分たちがやってやる」という気持ちをもって、初年度から優勝を目指して頑張ってほしいと思います。
セレッソは今年クラブ創設30周年を迎えますが、もちろん、これからも続いていきます。 今後、どのようなクラブになってほしいと考えていますか?また、自身もそこにどう貢献していきたいですか?
林:いま、WEリーグで強いチームはベレーザ(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)やINAC(神戸レオネッサ)、レッズ(三菱重工浦和レッズレディース)がパッと挙がるのですが、そこにセレッソも入ってほしいですし、「セレッソが1番」と言われるような強いクラブになってほしいです。関西の女子サッカーを盛り上げる意味でも、魅力あるチームになってほしいなと思います。もちろん私もセレッソが一番好きですし、愛情も愛着もあるので、これからもいろいろな形で関わっていけたらなと思います。
香川:もちろん男子も強いチームになっていってほしいです。同時に、欧州のフットボールは100年以上の歴史があるわけで、そこから見ればまだまだ30年という捉え方もできます。今後、10年、20年、30年と常に強いチームであり続けるためには、チームとしての一貫性が必要です。それは選手だけではなく、育成組織も含めてクラブ全体がフィロソフィーをもたないといけません。なぜ(川崎)フロンターレやマリノス(横浜F・マリノス)が優勝したのか、連覇したのか。しっかりとフィロソフィーを掲げてやり続けているからこそ、優勝し続けているのだと思います。セレッソはまだ発展途上だと思うので、先を見据えて地道にやっていくことが大事です。クラブとしての狙いがないと、強いチームであり続けることはできません。単年ではなく、長いスパンで、育成から、環境から、一貫性のあるクラブになることが大事です。そのためには、組織や選手に投資をすることも必要ですし、いろいろな意味で大きなクラブ、強く、勝ち続けていけるクラブになってほしいですね。
大いに語り合った最後、林から香川に率直な質問が投げかけられ、和やかなムードのまま、初の対談は幕を閉じた。
この機会に、林選手は、香川選手に何か聞きたいことはありますか?
香川:何でも聞いてください。
林:海外でプレーしていると、練習後に結構、時間があるんです。
香川:ありますね。
林:その時間の使い方は、香川選手の場合、どうされていたのですか?
香川:基本、家にいました(笑)。ドルトムントやユナイテッドのときは、ほぼ中3日や4日で試合があったので、試合をして、練習をして、移動が多かったですけど、それ以外は基本的には家にいました。パーソナルトレーナーもいたので、家で一緒にトレーニングをするか、ケアをするか。
林:自分もずっと家にいるから、これでいいんかな?と思ってしまいます(笑)せっかくやから、街中に繰り出した方がいいんかな?と。
香川:外食したり、たまにはそういう息抜きも必要だと思いますけど、外に出ると、良くも悪くも刺激が入ってしまうんですよね。家にいれば、暇ではあるけれど、自分がやるべきことはサッカーだと常に思い出すことができます。外に出てやれることはいっぱいありますが、自分が集中しないといけないことが分散されて、大事なことを忘れがちになってしまう怖さもあります。サッカー選手にとって大事なことは毎日の練習であり、そこでベストを尽くすためには、家でしっかり休養することが大事。家にいていいと思いますよ!
林:安心して家でゆっくりします(笑)今日はありがとうございました!
- 林穂之香
- 1998年5月19日生まれ、25歳。京都府宇治市出身。京都・神明J.S.Cスポーツ少年団→セレッソ大阪レディースU-15→セレッソ大阪レディース→AIKフットボール/スウェーデン→ウェストハム・ユナイテッド/イングランド。今年7月に開催されるFIFA 女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド 2023のメンバーに選出された。
- 香川真司
- 1989年3月17日生まれ、34歳。兵庫県神戸市出身。FCみやぎバルセロナJrユース→FCみやぎバルセロナユース→セレッソ大阪→ドルトムント/ドイツ→マンチェスターU/イングランド→ドルトムント→ベシクタシュ/トルコ→ドルトムント→サラゴサ/スペイン→PAOKテッサロニキ/ギリシャ→シント=トロイデンVV/ベルギー。2023シーズンよりセレッソ大阪に復帰。