Profile
松村逸夫
セレッソ大阪ターフアドバイザー。1964年頃から体育施設の管理に従事し始め、現在まで55年以上に渡り芝生の管理を行う。日本サッカー界を足元から支えてきたレジェンドとも言うべきグラウンドキーパー。2015年にはヤンマーが協賛するベトナム代表チームの練習環境向上のために、現地の芝育成をサポートし、近年の同国の躍進を陰で支えた。
※この取材は1月29日にオンラインで行いました
松村逸夫
セレッソ大阪ターフアドバイザー。1964年頃から体育施設の管理に従事し始め、現在まで55年以上に渡り芝生の管理を行う。日本サッカー界を足元から支えてきたレジェンドとも言うべきグラウンドキーパー。2015年にはヤンマーが協賛するベトナム代表チームの練習環境向上のために、現地の芝育成をサポートし、近年の同国の躍進を陰で支えた。
※この取材は1月29日にオンラインで行いました
- Q:松村さんはセレッソ大阪のターフアドバイザーとしてホームスタジアムと練習場の芝の管理をされていますがどのようなお仕事なのでしょうか?
- サッカーをするために最適で緑がきれいなグラウンドを1年中提供することでお客様に喜んでいただくことが仕事です。その上で、選手が練習場で養ったことを、ホームスタジアムで100%発揮できるような環境作りも行っています。スタジアムと練習場の芝は同じ品種、同じ刈り方のもので揃えていて、他のグラウンドキーパーと連絡を取り合ってコンディションを一定にするように努めているんです。日本には四季があるでしょ? 寒暖差が30℃近くある国ですから、生きている芝は影響を受けやすい。1年を通じて毎日状態を見て「健康管理」をしてあげるんです。人間と同じですね。
- Q:2015年には、ご自身の経験を伝えベトナム代表のグラウンド整備もサポートされました。そのお話しも伺えますか?
- ヤンマーさんからベトナム代表チームの練習環境を向上させるために力を貸してほしいと言われて、実際に現地を訪問して様々なアドバイスしました。当時のベトナム代表のグラウンドは、50年前の日本と同じように荒れていましたので、ベトナムサッカー協会の方に、芝管理の技術やノウハウ、導入した機械の使い方など、改善するための方法をお伝えしたんです。2年後に状況を確認しに行ったときは驚きました。荒れていたグラウンドが見事に緑のピッチに生まれ変わっていて、一緒に行ったセレッソのスタッフに「ここならJリーグの試合も開催できる」と言われました。私も70歳を超えて、日本とベトナムを行ったり来たりするのは難しかったので、「私の持っている技術や経験の全てをベトナムのスタッフに預けてくる」という気持ちで臨みましたから、皆さんに喜んでもらえて本当に嬉しかったですね。
ベトナムの方からお礼の手紙も2回ほど頂きました。近年ベトナム代表が東南アジアの中で良い成績を出していますが、そこに自分が少しでも役に立てたと思うと誇らしいですし、お世話になった皆さんに感謝しています。
松村さんがつくったピッチの上を、香川選手や乾選手、南野選手などセレッソから海外に羽ばたいていった選手たちもプレーしてきた。「会話をされたことは?」と聞くと、「選手は花形。私は裏方ですから、距離を置いています(笑)」と答える。ひたむきに仕事に取り組む松村さんの人柄が伺える。
- Q:グラウンドキーパーの仕事の難しさや、その中でのやりがいは何でしょうか?
- 芝は何十種という品種があります。その土地、その環境に応じた芝を使う中で、これは使ってよかったな、悪かったなという経験を繰り返して一番いい芝を見極めていくんです。それに、スタジアムイベントや、スパイクなどの道具の進化にも対応しないといけません。常に一定でない条件の中で、生き物である芝を最高のピッチに仕上げることが難しく、まるで自分の子どもを育てるような気持ちです。だからこそ、育てた子どもが立派に役目を果たしてくれたときは嬉しいし、誇らしいですね。
- Q:これまでのお仕事で失敗した経験はありますか?
- ええ。それはもう色々ありました。特に今でも思い出すのはJリーグよりもっと前の日本リーグが始まるオープニング試合のことです。セレッソ大阪の前身のヤンマーディーゼルサッカー部と広島東洋工業の試合があり、競技場の芝管理を担当したのが私と先輩の二人でした。8,000平米の芝を手作業で、2ヶ月かけて張り替え、何とか試合に間に合ったものの、選手がボールを蹴るとあっけなく芝がめくれあがってしまいました。夏芝が定着していなかったんですね。本当に全部の芝がバッっとめくれて飛ばされてしまい、言葉を失いました。選手に怪我がなかったのが幸いでしたね。やっぱりね、そのときの悔しさがあるから、「必ずリベンジしてやるぞ!毎回が勝負や!」という気持ちで芝のことを勉強してきて、今でも続けているんです。選手は試合に敗れると「このままで終われない」と奮起するでしょ。私も同じ気持ちを持って「次の試合」に臨んでいるんです。
- Q:松村さんの「原動力」とは何でしょうか?
- ピッチはグラウンドキーパーも真剣勝負する場所だと思っています。スタジアムに観戦に来るお客様全員がピッチを見つめます。そのときに美しいピッチで選手が100%のパフォーマンスを発揮し、お客様に楽しんでもらえることが私の使命であり、「選手はライバル」だと思っています。選手の激しいパフォーマンスに芝が負けたくない。選手が踏み込んだとき、芝が切れたりめくれたりしないような安定したプレーができるピッチをつくることが「ライバルに勝つ」ことなんですよ。その気持ちが原動力じゃないかな。
いわば、芝は一緒に戦っている仲間。試合前になると、いつも身震いしながら強い気持ちでピッチを見つめています。不安な気持ちを見せたら負けますからね(笑)。
誰でもかかってこい「受けて立ってやろうやないか」と。
「選手はライバル」。そう言い切る松村さんの勝負師としての顔が見えてきたように思う。あの美しい芝は、勝負の厳しさから生まれたのだ。最後に、ターフアドバイザーとして責務を果たし続ける松村さんに仕事についての考えを教えてもらった。
- Q:松村さんにとって「仕事」とはどういうものでしょうか?
- やっぱり、仕事を長く続けられたのは私の力だけではありません。周りの人に助けられてここまで続けられました。最初の体育施設管理時代の先輩、スタジアムや練習場のスタッフ、選手の皆さん、それにお客様。感謝の気持ちで一杯です。仕事というものは、最初から好きで始める人の方が少ないと思うんです。経験して失敗して、また良かったことや悪かったことを吸収する中で「これが自分の仕事だ」と言えるものを見つけていくと思うんですよ。ただし、試合会場での失敗は許されないんです。お客様からお金をいただいてサッカーを観に来てもらっていますから。そのような厳しさを持ち合わせ、実感することがどの仕事をするにも大事なことじゃないかなと。
- Q:これから挑戦する人へ、何か一言アドバイスをお願いします。
- ものごとが上手くいったとき、成功したときに、人はあたかも成功が当然のように思いがちです。でもその裏には、あなたが成功するために努力してくれた人たちもたくさんいることを忘れないで欲しいです。自分が挑戦しやすい環境をつくってくれた人たちを思い遣って感謝の気持ちを持ってください。そうすれば、また次もきっと上手くいきますから。
松村さんが育てた「芝」はいま大きく花開こうとしている。ベトナム代表のグラウンドの芝生が改善された2年後のアジアカップで初めて予選を突破し、2018年には東南アジアサッカー選手権で優勝、2019年には東南アジア競技大会(SEA Games)で史上初の男女アベック優勝を記録するなど、男女A代表のみならずU世代も含め、ベトナム代表はこの数年で飛躍的に成長し、東南アジア最強のチームとなった。そして、そのグラウンドで練習していたベトナム代表ゴールキーパーは、今年セレッソ大阪に入団が決まった。6月には新しいホーム、ヨドコウ桜スタジアムも披露される。松村さんは、今回もきっと変わらない気持ちで選手とお客様を待っているだろう。「さあ、真剣勝負だ」と。